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2012年1月16日 (月)

藪入り

fuji年末年始は色々な行事や神事があって、ついうっかりしてしまいそうですが、今日は1年に2日しかない藪入りの1日です。
噺の「藪入り」ではない、本チャンの藪入り。
江戸時代、商家に住み込みの奉公人(丁稚奉公ともいいます)たちは、毎年1月16日と7月16日の2日だけ休みをもらえるのが一般的でした。その休みを藪入りといいました。
現在のように毎月の定休日がなかった時代に、正月と盆の2回の薮入りは、奉公人たちにとって首を長くして待っている日でした。
薮入りの日は、奉公人は主人からお仕着せの着物や小遣いをもらい、親元に帰ったり、芝居見物をして過ごすなど、年2回だけの休みを楽しみました。
薮入りは、奉公人を家に帰すということで、宿入りがなまったということですが、定かではありません。
明治になって「週」の制度が入ってからも、外国系の企業以外は昭和初期までこの風習が残っていました。
昭和初期の頃ですと、一般には商家の主人が奉公人に小遣いを持たせて家に帰し、戻ってくる時は母が送ってくるといったものもあったようです。
また地方によっては、この日は嫁が実家に里帰りする日にもなっていました。
この時通常婿が送っていく訳ですが、婿も一緒に泊まる風習の所、婿は家に入れない風習の所などが地方によってありました。
今はいつでも里帰りできますので、こういう風習も消えています。
またこの里帰りの時にお餅を持っていく習慣のところもありました。
この日は閻魔様の縁日でもあります。
そのため「地獄の釜のふたが開く」と言われ、海に出ることを禁じてきました。
この日に地獄の十王詣でをする人もあり、藪入りで帰った人が故郷の閻魔堂にお参りに行く風習もあったそうです。

とても比べものにはなりませんが、18歳の時に初めて親元を離れ、全く知らない、知人も親戚もいない街に行き、下宿暮らしを始めました私でしたが、ホームシックになっていました。
今と違い、東北地方・仙台という街は、とても遠いところでした・・。
まだ新幹線も開通していなかった頃のことです。
故郷の山が、人々が、とにかく恋しくて仕方がありませんでした。
でも、不思議なもので、仙台を離れると、この青春時代の数年間住んだ街が恋しくて恋しくて仕方がなくなりました。

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