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2012年1月

2012年1月31日 (火)

睦月の落語徘徊

snow今年も残すところあと335日となりました。Photo
三遊亭圓窓師匠の門を叩いて、早いもので5年経ちます。
我が落研創部の親分だった「麻雀亭駄楽」師匠が急逝されて、高校の同窓でもあり、創部直後から落研ともお付き合いくださっていた圓窓師匠の前で、図らずも落語を演ることになったのは、駄楽師匠の同窓生が主催された「偲ぶ会」でした。Cimg05581
先輩から「落研を代表して一席」と言われ、決断したのが5年前の1月でした。
2月の紀伊國屋寄席で、ご出演された師匠にご挨拶をし、3月に師匠の母校で、師匠の前で「子ほめ」を演りました。
それが、今日に至る「乱志&流三&永久の落語徘徊」の、強力なアクセルになりました。
睦月の落語徘徊 睦月の落語徘徊 睦月の落語徘徊
今月は、体調の悪さと寒さで、ごく低調な年の始めになりました。
寄席・落語会は以下のとおり。
 ◇ 13日  東京落語会
 ◇ 21日  朝日名人会
 ◇ 22日  特撰落語会~市馬白酒二人会
落語ではありませんが、いい映画を観ることが出来ました。
 ◇  7日  幕末太陽傳
ついでに、もっと落語とは関係ありませんが、感動した映画。
 ◇ 22日  三丁目の夕日’64
   睦月の落語徘徊
さて、来月からは発表会が続きます。
P5290175_2稽古などろくにしていないので、ひたすら胃が痛みます。
「浜野矩随」・「薮入り」と「揺れるとき」と、
人情噺の長講3題・・。
さていかが相成りますことやら。
このブログへのアクセス累計が15日に21万件を突破しました。

来月の紀伊國屋寄席

ribbon来月の紀伊國屋寄席は、30日より発売開始。
    来月の紀伊國屋寄席
圓窓師匠がご出演。トリで「叩き蟹」をお演りになります。
もともと、昨年の7月に口演の予定だったのですが、師匠が体調を崩されて、金馬師匠が代演されたということがありました。
そうです。「圓朝まつり」の奉納落語会の直前でもあり、随分心配した記憶があります。
師匠は、毎年1度か2度は、紀伊國屋寄席にご出演されています。
私が、初めてご挨拶したのも、確か5年前の2月の紀伊國屋寄席のロビーでした。

落語っ子連[三流亭]発表会

scissors恒例の「落語っ子連・三流亭」の発表会の日程が確定。
201103051608000今年は、都合が悪くて出演できない人がいるため、従来の2日間を1日に集約して開催することになりました。
3月4日(日)の午後から、いつもの要町交差点の「プラサギターラ」で。
勿論、圓窓師匠のお楽しみの一席もあり。
写真は、前回の三流亭窓口さんの「替り目」の一席ですが、今回は大作「明烏」を満を持してご披露くださいます。
乞うご期待です。
      【落語っ子連・三流亭発表会】
(日時)    平成24年3月4日(日)午後1時頃から
(場所)     「プラサギターラ」去年と同じ場所です
         (地下鉄「要町駅」・要町交差点)
(木戸)    恐れ入りますがちょいといただきます
(番組)    道具屋    三流亭びす太
        猫の茶碗   三流亭まど深
        茶の湯    三流亭まど女
        薮入り     三流亭流三
        元犬      三流亭無弦
        明烏      三流亭窓口
        火事息子   三流亭まど絵 
 (ここまでは順不同)
        お楽しみ   三遊亭圓窓 
   
      
こんな様子で稽古をしながら、いよいよ本番です。
師匠が指導してくださる素人の落語会では、全て演じた後に師匠がコメントをしてくださいます。
それが楽しみで来てくださる方も多くいらっしゃいます。
一昨年の私の「浜野矩随」の時は、何とコメントが30分近くになったことは、以前ご紹介したとおりです。
あの時は、色々世間の話題がありましたので。
御用とお急ぎでない方は、是非ともご来場ください。

2012年1月30日 (月)

金研亭志ん昼さん

shadowお正月早々の話なのですが、落研の1年後輩の「金研亭志ん昼」さんとのやり取り。
メールで「番外あおば亭」の案内をすると、早速返信がありました。
まず、「ご安全に」というフレーズ。
彼の勤務している某大手メーカーでは、書面の冒頭の挨拶に必ず使うとか。
なるほど、ものづくりの原点は「安全」だということです。
私なら、「景気はいかが?」「儲かってますか?」かな・・?
まず、我々出演者5人の「ビョーキ」に、呆れ、羨ましがり。
そして、Eテレビで先代圓楽師匠の「浜野矩随」を視聴したということで、「乱志師匠の浜野を思い出しつつ、やはり乱志師匠は上手い!と改めて感じました。」と、歯の浮くようなコメントをしてくれました。
肝心の「番外あおば亭」には、受験生の娘さんがいるとかで。
娘の大事な時に、父親が好き放題に勝手な行動をしていると、家庭内無視+最低1ヵ月はメシも出してもらえないような予感・悪寒がします。・・・・ということでした。
どうも、家庭の中では、大変"地位"が低いようです。
鄭重なるご案内をいただきまことに有難うございます。
最早みなさん「ビョーキ」の境地に達してしまわれたのでしょうか?
乱志師匠始め、落語中毒症状を呈している皆々様のご活躍を心より祈念申し上げます。

・・・仕方がありません。200706171344000_2
このメールも、「浜野矩随」を演ろうと思い立つきっかけでした。
学生時代、宝亭六方・多趣味亭狂楽・多趣味亭こり生と私(乱志)は、ごく近くのアパートや寮に住んでいたのですが、ここに不幸にして舞いこんで来たのが、1年後輩の志ん昼さんでした。
我々同期4人が、玩具のように、奴隷?のように可愛がったことは、紛れもない事実です。
そして、本人はあまり記憶にないようですが、私が学生最後の高座の「薮入り」でしくじって、大泣きしたのは、彼の膝の上でした。

浜野矩随

cd約2年半前の三流亭の発表会の自分のDVDを視聴。
浜野矩随このバージョンで行こうと思います。
かなりくすぐりをカットして短めにしたものです。
このDVDは、実はお宝です。
P5290175_2私の「浜野矩随」の後で、圓窓師匠が、ちょうどその頃騒がれていた、七代目圓生襲名問題について、約30分弱のコメントをされているのです。
(←写真をクリックしてみてください)
本来は、2~3分程度で、落語っ子連のメンバーの噺の批評をする場なのですが、この「浜野矩随」が、先代の三遊亭圓楽師匠の音源を参考にさせていただいていたので、話題が広がってしまったという訳です。
私の噺の後に七代目襲名の関係者のコメントが入っている・・・。
お宝です。
何とか、あの感動を再現して、自分の噺にして行きたいものです。

芸術祭大衆芸能部門大賞

pencil「うれしい限りですが、一方で、これまで日が当たらなかった講談への叱咤激励とも思っています」。
大衆芸能部門で大賞を受賞した旭堂南陵はこう喜びを語った。
受賞公演となった第1回独演会での「安宅勧進帳」(昨年10月10日、国立文楽劇場小ホール)は、講談の特徴でもある“問答”に力点を置き、逃亡を図る源義経を安宅の関から無事通過させようとする弁慶と、詰問する富樫左衛門とのたたみかけるような迫力あるやり取りや情愛を表現。審査員の高評価を得た。
「最近の講談は、お笑いのネタを取り入れるなど落語に飲まれている感じがしています。そうじゃなくて、言葉の面白さやリズム感という講談本来の有りよう、芸の質みたいなものを示したかった」
昨年2月には、論文「京坂(=阪)における講談の歴史的検証とその周辺」で、寄席芸人としては極めて珍しい博士号を大阪芸術大学で取得した。蔵書1万冊、うち講談関連は2千冊を超える。研究者としても第一人者だ。
いわば「賞」にこだわらなくてよいキャリアと格を持つ。
アカデミックな人のようです。
講談も、聴いていて非常に心地の良いものだと思います。
日本人の感性に染み込んでいるものだと思いますから、落語とともに、ますます着実に続いて行けばよいと思います。

2012年1月29日 (日)

ラジオ寄席

night今夜も寒そうです。
早く休みたいのを我慢して、始まるのを待ちました。
録音をしないで待つというアナログぶり。
   ◇ 壺算    古今亭朝太
   ◇ 代脈    桃月庵白酒
朝太さんは、今秋真打昇進の若手です。
朝太というのは、古今亭の出世名で、あの志ん朝師匠の前座名で、志ん輔師匠も前座の時に名乗っていました。
あまり聴いたことはありませんが、比較的地味なイメージです。
白酒さんは、まあ相変わらずの雰囲気で、得意の噺です。
嫌いじゃあないんですがね。
休日も終わり、また明日は仕事・・・。
温かい布団の中で、ずっとまどろんでいたいのですが。

三流亭「ん組」稽古会

crying体調不良につき、落語っ子連・三流亭「ん組」稽古に参加出来ず・・。師匠・皆さん、申し訳ありません。

落語はやおき亭

carouselpony引き続き、意識がボーッとしたままで聴く落語。
高い声は、こういう状態の時には、聴き取りやすいものです。
  ◇ 火焔太鼓    十代目桂文治
とても受けていました。
文治師匠の全盛期という時期の録音でしょうか?
落語を聴いていれば、いくらか体調も良くなるでしょうか?
今日は一日横になっていようと思います。gawk

第4回お江戸あおば亭の日程

flair落研OB会の公式の落語会「お江戸あおば亭」の日程を確定しないといけません。
前2回と同様に、5月あたりがよかろうと、蕪生師匠から「浅草ことぶ季亭」の席亭に申し込んでいただいたところ、第一希望の5月26日(土)は先約あり。
5月は、学士会落語会の例会も予定されていますので、6月上旬で仕切り直しすることにしました。
「浅草ことぶ季亭」も、人気が出て来て、これからはもっと早く予約しないといけませんね。

落語DEデート

music体調が悪くて寝込んでいても、何故かとりあえず目が覚めてしまいます。
半分意識のない中で聴きましたから、志の輔さんの「○○師匠の△△です」の紹介の時は意識不明・・。
まだらな意識の中で聴いたのは・・・、六代目小勝師匠?
 ◇ 味噌豆     六代目三升家小勝
声の張り、流れるような口調・・、さすがでした。

体調・・・

typhoon年齢のこともあり、冬の寒さもあり、どうも体調が優れません。
週の後半には、持病?の口内炎が出て、しかも場所が舌の右横側なので、痛いやら、喋れないやら・・・。
土曜日は出勤日だったので、やや無理をしたところ、さらに酷くなりました。
昼食は、リンゴジュースを飲んだだけ。
昨夜は、帰宅して、口内炎の痛みを我慢しながら、夕食をやっとの思いで食べ、すぐに床に就くことにしました。
・・と、その前に、明日は三流亭の稽古日だったので、会長の無弦さんに、欠席の連絡をして。
来月・再来月と、立て続けにある発表会を控えて、やや焦りが出て来ました。
特に「揺れるとき」は、手探りで作らなくてはいけないので、チャレンジ前からやや腰が引けているような・・。

2012年1月28日 (土)

東京落語会の手続

mailto2週間ぐらい前に受け取っていた、会員更新の手続きをすっかり忘れていました。
書類は部屋のどこかにに置いたままで確認できないので、心配になってNHKサービスセンターに電話してみました。
「はい、東京落語会です。」
「交信手続き忘れていたんですが、まだ間に合いますよね。」
「はい。間に合います。大丈夫ですよ。」
「何日が締め切りでしたっけ?」
「・・・2月の・・・10日ぐらいかなぁぁ。」
「分かりました。来週手続き(振込)します。」
声の太い女性の担当者が答えてくれましたが、締切日が「・・ぐらい」って、そんなんでいいのかなぁ。
まあ、どうでもいいですが。
それで、「イイノホールには戻らないんですか?」と尋ねようとしたのてすが、訊くのを止めました。

「番外あおば亭」の演目

flag「番外あおば亭」での演目・・・。
P5290175_2色々悩みましたが、「浜野矩随」に決めました。
実は、先日「Ⅰさん」と話した時、「浜野が聴きたい」というリクエストを受けました。
リクエストしていただいたからだけでなく、今の落語徘徊の原点ともいえる噺で、もう一度演ってみたい気持ちが高まって来たからです。
早速、今回共演させていただく、南亭蕪生師匠と破れ家笑児さんには、報告とご了承をお願いしました。
前回とは違った、もっともっと練られた噺にしたいと思います。

広瀬さんの今輔評

baseballここ数年で、落語芸術協会では、昭和の大看板の名跡がいくつか復活しました。
春風亭柳橋と桂枝太郎、そして古今亭今輔。
いずれも、先々代・先代は、私のお祖父ちゃん世代でしたから、襲名した当代の方々の印象は、あまり強くありません。
春風亭百栄や三遊亭天どんといった若手新作派に次ぐ「新作派のホープ」として僕が期待しているのは古今亭今輔である。
群馬県富岡市出身、1970年生まれ。
1994年に古今亭寿輔に入門して「錦之輔」。2008年に真打昇進して「六代目古今亭今輔」を襲名した。
先代今輔は「お婆さん」ネタや『ラーメン屋』など新作落語で売れに売れた大看板。
戦後の落語界を代表する人気者の一人であり、今なお「お婆さん落語の今輔」は落語ファンには強烈な印象を残している。
大名跡のプレッシャーは大きいだろう。
だが、錦之輔時代にユニークな作品を次々に繰り出して新作落語ファンを唸らせた彼ならば、先代のイメージに囚われない「新しい今輔」としての活躍が期待できる。
今輔の新作は、一言でいえば「SFバカ本」系のナンセンス爆笑譚。
「日常」から「非日常」へと展開していく物語でありながら、そこに壮大なスケール感は皆無で、ただひたすらバカバカしい。
その「他愛の無さ」が当代今輔の真骨頂だ。
※週刊ポスト2012年2月3日号
そういえば、談志師匠の「現代落語論」で、新作落語について触れた部分を読んだ直後でした。

2012年1月27日 (金)

叔父から

phoneto叔父から電話。
  笑児さんと
相変わらず元気な声で、「2月に落研OB会があるって聞いていたけど、詳しい日程を教えてよ」ということでした。
何でも、昨年叔父夫婦と一緒に「お江戸あおば亭」などに来てくださった方とか、「千早亭落語会」に来てくださった方からも、声をかけてくれと頼まれている様子。
叔父に贈った、寝蔵エンタープライズ制作の「お江戸あおば亭」のDVDを、ご近所にも聴いていただいているとか。
大変有り難い話で、早速「番外あおば亭」のチラシを郵送しました。
勿論、3月の「三流亭」と「千早亭」、5月予定の「お江戸あおば亭」のことも案内しました。
母の実弟で、毎回発表会に来てくれます。
発表会が終わると同時に、叔父から母へのホットラインで、情報が実家に筒抜けになるという、"ありがたい"図式です。

東京かわら版

drama立川談志師匠の特集号になりました。
Photo・・・といいつつ、まだ読んでいないという・・。
今夜帰ってから読むことにします。
ところで、全く話は違いますが、東京落語会の会員継続手続をすっかり忘れていました。
今朝思い出しました。
まだ間に合ったかな・・?

林家こん平師匠

sweat01病気でリハビリ中の「林家こん平」師匠が、らくご卓球クラブ『新春初打ち会』に参加。
ラリーを披露するなど順調な回復ぶりを披露し、「チャラ~ン」のポーズも決めるなど終始ご満悦だったそうです。
週に1回卓球でリハビリに励んでいるというこん平師匠ですが、同席した三遊亭小遊三師匠は「卓球やってる時はテンション上がって明るくなってる。退院なさってからこの姿は想像できなかった。こんなに卓球できるとは思ってなかったから、この笑顔が見られるなんてね」と・・。
http://career.oricon.co.jp/news/74441/full/
元気な師匠でしたから・・。

2012年1月26日 (木)

【イチから分かる】落語

present産経新聞で見つけた記事です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120125-00000121-san-ent
落語のほんの触りの部分を、落語を全く知らない人に、コンパクトに紹介しています。
ここ数年、落語への注目度が高まっている。
東京都内の定席の寄席4席だけでなく、地方の落語会にも多くの客が押しかけ、毎日のように行われているさまざまな場所の落語会にも人が集まる。人気の若手も登場し、魅力が再認識されている落語の基礎をまとめた。
◆東西に5団体
現在、落語家は、日本全国に約700人いる。
東京には落語芸術協会、落語協会、五代目三遊亭円楽一門会、落語立川流の4つの団体があり、フリーで活躍しているのは元立川流の快楽亭ブラック(59)ひとりだけで、ほかの落語家はこのいずれかの団体に属している。
フリーの噺家さんは、例えば桂小金治さんや春風亭華柳師匠などもいますが・・。
名古屋では、立川流を破門になって、名古屋に行った雷門獅篭(かみなりもん・しかご)(40)をはじめ数人がいて、大須演芸場を中心に活動している。
う~ん、事実ではありますが・・・、そもそも、もともと名古屋でフリーで頑張っている雷門小福師匠がいます。そこに入門したんです。
関西には、上方落語協会がある。最近では、東京での落語会の出演も多く、東京の落語家も関西での落語会を定期的に開催していて、その交流はごく普通になっている。
ピンポーン! 私も細かいことは知りませんから。
◆ルーツは
落語は着物を着て、座布団の上で、扇子と手拭いだけで演じるひとり芝居だ。
最近では、スーツ姿で椅子に座って現代のニュースに材を取った噺(はなし)をする「同時代落語」を演じる柳家花緑(かろく)(40)や、春風亭昇太(52)の「吉田さんのソファー」のように、高座の横で、生で演奏する音楽を入れながら演じるものもある。落語家も、常に新しいものを取り入れようとしている。
というのも、今、古典といわれる落語も、高座にかけはじめた最初は当然、新作落語だったわけで、多くの落語家が高座にかけて磨かれて、初めて古典落語となった。
落語のそもそもは、辻咄(つじばなし)といって、盛り場や祭礼の場で、ヨシズ張りの小屋をつくり、咄を聞かせて、お金を集めたのがはじまりといわれる。
これは上方落語のことかなぁぁ。
一般に落語の祖とされるのは、「子ほめ」「平林(ひらばやし)」などの原話が多く含まれている『醒睡笑(せいすいしょう)』を述作した僧、安楽庵策伝(あんらくあん・さくでん)(1554~1642年)といわれる。
落語家の先駆けは、江戸時代前期の上方落語の祖、露の五郎兵衛▽同じく上方で江戸時代中期の米沢彦八▽江戸落語の祖、鹿野武左衛門(ぶざえもん)(1649~99年)-の名が挙げられる。
◆「おとしばなし」
落語という文字が使われるようになったのは、江戸時代の天明年間(1781~89年)だといわれ、そのころは「おとしばなし」と読んでいて、今のように、「らくご」と読むようになったのは明治20年ごろからだという。それでも当時は落語とはいわずに、「はなし」という言い方をしていたようだ。「らくご」という言い方をごく普通にするようになるのは昭和になってからだ。
寄席は、江戸の町の1丁に1軒はあったといわれるほど増え庶民を楽しませたが、関東大震災で大半が壊滅してしまった。
■限られた人気者のブーム
人気の落語だが、では「ブーム」とまで言えるのだろうか。
これには落語界でも見解が分かれ、実際に発売と同時にチケットが完売する落語会があり、「チケットを取れない落語家」という言い方をされる落語家もいる一方で、毎晩のように落語会をのぞいているが、お客さんの少ない会も多い。
ベテラン落語家は「一部の落語家の会は人気だが、どんな会でもお客さんが入っているわけではない。限られた落語家のブームにすぎない」と話す。
この言葉が、どうやら落語ブームの真実を表しているようだ。
世間の関心の高まりの背景にはテレビドラマや映画の影響も大きく、近年では、平成17年に放送されたTBS系ドラマ「タイガー&ドラゴン」が、当時のブームの火付け役とされた。
19年公開の映画「しゃべれどもしゃべれども」、19~20年放送のNHKテレビ小説「ちりとてちん」も落語家を主人公としている。

・・・これでどの程度理解してもらえるかは分かりませんが。
いかにも、マスコミの採り上げ方だと思いますね。

つるつる

snow雪が積もって道路がツルツル・・という訳で。
「つるつる」という落語は、八代目桂文楽師匠の十八番で有名。
でも、私はあまりよく知らない・・・。
幇間の一八が、同じ家にいる芸者のお梅に「嫁に来ないか」と口説いたところ、お梅は「浮気な考えじゃいやだ。それと(一八には)お酒を飲むと物事がぞろっぺいになって、約束をしてもすっぽかしたりする悪い癖がある。それがなければお嫁に行ってもいいけど、今晩2時になったら、私の部屋に来て。ただし少しでも遅れたら、いつもの癖が出たんだと言うことで、この話はなかったことにしましょう。」と約束をした。2
その日は、贔屓の旦那が来て付き合えと言う。
一八は、外へ行くとお梅との約束の時間に戻れないかも知れないので、今日は勘弁して欲しいという。
旦那がその訳を聞くと、一八は、しぶしぶお梅との約束を話した。
旦那が12時まで付き合えと言ったので、日頃世話になっている旦那だけに、一八も出かけることにした。
先方の御茶屋で、旦那が何か芸をやればそれを買ってやるからと言ったが、これという芸がないので、酒を湯飲みに一杯飲んだら金を出すという。
一八は、大好きな酒で金がもらえるならと、喜んで引き受けたが、何度か飲んでいるうちに酔っぱらってしまう。
もう少し飲めと言う旦那に、約束の時間だからと、断ってふらふらしながら帰ってきた。
二階へ上がったが、お梅との約束までまだ時間があるし、それにお梅の部屋に行くには師匠の寝ている部屋を通って行かなければならないので、あかりとりのさんをはずして、帯をほどき、裸になって、目隠しをして折れ釘に帯を結んで、これに捕まりながら、ゆっくりとおりていけば、師匠にも見つかることはないと、安心したら、酔いが出て寝てしまう。
時計のチンチンという音がしたので、帯に捕まりながらつるつるとおりていくと、下では、今みんなが朝飯を、食べようとしていたところ。
師匠が「おい、一八お前、何を寝ぼけているんだ」と言うと一八は「井戸替えの夢を見ました。」

「昭和の名人完結編」(25)

cd私が知らないだけなのかもしれませんが、ここまで昭和の名人と言えるのでしょうか?
Photo_3 4人とも上方落語の師匠で、桂春蝶師匠の顔を知っている程度です。
◇  青菜      三代目桂文我
◇ 首の仕替え  四代目桂文紅
◇ 昭和任侠伝  二代目桂春蝶
◇ お好み焼き  三代目林家染語楼
このシリーズも、次回配本が最終回です。

2012年1月25日 (水)

薮入りと俳句

eye"薮入りや 何にも言わず 泣き笑い"・・・・。
・・・「薮入り」のマクラに使うこれも俳句なんでしょう。
俳句を習っている母が、お正月に持って行った「藪入り」のDVDを聴いて、作句したものが主宰の眼に止まり、私の高座名やら尋ねられたそうです。
母は、私が幾つも高座名を持っているので、口で説明するよりはと、「お江戸あおば亭」などのプログラムを主宰に送ったそうです。
 "薮入りを 若者に聞かす 初高座"Photo
この「初高座」というのは、「薮入り」の時期(1月16日)を意識して、今年の語り初めという意味なのでしょう。
どうも、はっきり言いませんが、「薮入り」という噺は、かなり気に入ったようです。
この年代ぐらいまでは、薮入りという言葉には、奉公をした訳ではなくても<思い入れがあるのでしょう。
お正月に帰省した時に、「落語の(一人での)稽古はいつやってるんだい?」なんて尋ねられましたから、噺自体にも、私の語りにも、興味を持ってくれた気がしました。
句には、母なりのフィクションが詠み込まれているようですが、本当は、私の子どもたちにも聴かせたい噺であるとは思います。
「薮入り」は、養父入り、宿下り、里下り、宿下り、とも表しますが、やはりいまや死語、限りなく絶滅季語に近いと言われるようです。
「俳諧歳時記・新年」によれば、「大和の俗に、前年嫁したる女、其親里に帰るときは、必ず餅を搗きて祝す。これを十六餅、略して六の餅といひ、薮入を六入ともいふ」とあるそうです。其角など有名人の句も多くあるようです。
   やぶい入りや牛合点して大原迄     其角
   藪入の寝るやひとりの親の側       太祇
   薮入の宿は狂女の隣かな         蕪村
   藪入の頬にもつけよ桃の花        一茶
   藪入や思ひは同じ姉妹           子規

泣かせますね・・。

シネマ落語「昭和の名人 四」

movie「シネマ落語」は、第3シリーズまで公開され、かなり満足度の高い"映画"になっているようです。
シネマ落語は、国立劇場小劇場で毎月開催されているTBS「落語研究会」の過去の貴重な映像を、映画館の大スクリーンで上映しているものです。
これまで期間限定で上映が行われていましたが、どちらも口コミを中心に話題となり、上映期間の最終週に右肩上がりで劇的に観客が詰めかけるという、映画界では異例の事態が発生したんだそうです。
上映時のアンケートでは、大変満足と満足の合計が96%と、非常に高い数字を得たということです。
私も3シリーズ全てを観ましたが、確かに生の寄席や落語会とは違う楽しみ方があるのは感じます。
春先には、その第4弾が予定されているようですから、今から楽しみにしていたいと思います。

平成中村座立川談志追悼公演

event浅草の「平成中村座」で、立川談志師匠の追悼公演が行われるそうです。
産経新聞の記事です。

昨年11月に亡くなった落語家、立川談志さんの追悼公演「落語立川流 In 平成中村座」が2月20日、東京・浅草の仮設劇場「平成中村座」で開催される。
平成中村座は歌舞伎のロングラン公演中で、2月は休み。
主宰する歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが、談志さんと長く親交があったことから、勘三郎さんの熱意で実現したという。
談志さんの弟子の談春さん、志らくさんらが落語を披露するほか、勘三郎さんを交えた座談もある。

・・なるほど。

2012年1月24日 (火)

雪道

snow久しぶりに雪が積もって、例によって交通手段などが混乱したようです。
「転んで怪我をする人もいるんだろうな」と思っていたところ、会社の同僚が"ピンポ~ン"!
滑って転んで、庇ってついた左手首を骨折・・・。sweat01
心配が現実になってしまいました。coldsweats02
職責上、本人に怪我の状況などを聴いて社内に伝えたところ、本人から「大袈裟にするな!(恥ずかしいから・・)」と、怒られてしまいました。punch
・・まぁぁ、損な役回りです・・・。weep

積雪の朝

snow何年ぶりかの積雪だそうです。
    積雪   積雪
駅まで歩く道も歩きづらい状態です。
轍は凍ってツルツルです。
都心の霞ヶ関も雪化粧。
       
慣れない雪かきも大変・・。
落語に「つるつる」というのがありますが、雪のツルツルとは全く関係のない噺です・・。

ひぐらし寄席

shadow隅田川馬石さんから案内葉書をもらっている「ひぐらし寄席」。
今回は確か「火事息子」を演る予定だったはずなのですが、予定があってどうしても行くことが出来ません・・・。
午後7時から、日暮里サニーホールにて。

雪は降る

snow昨夜遅く帰る駅前。
      雪は降る
とうとう雪が降り出しました。
どうやら、かなり積もる感じ。
朝の通勤は、積雪で苦労しそうです。

2012年1月23日 (月)

お医者さんが真打

shadow先日のある新聞で知った話題です。
春雨や雷蔵師匠の一門に、「春雨や落雷」さんという人がいて、今年の6月に真打昇進するんだそうです。
これだけなら、ああそうですかなんですが、この落雷さんは、島根県松江市在住のお医者さんで69歳だそうです。
ある時は医師。またある時は巧みな話芸で観客の心をつかむ落語家・春雨や落雷(69)さんは・・・、新聞記事によると。
医師でありながら6年前に四代目春雨や雷蔵一門に入門し、今年6月、真打ちに昇進する。「芸を磨いて、お客さんをもっと笑わせたい」と熱く語る。
子どもの頃から古典落語が好きで、レコードなどを聴いて、独学で覚えた。
1987年に整形・形成外科医院を開業した後も、歓送迎会などで一席披露。「素人芸で終わらせるにはもったいない」と一念発起し、63歳の時、上京して、あこがれの四代目春雨や雷蔵師匠に直談判した。「弟子にしてください」。
何度も頭を下げたが、師匠の返事は「俺は弟子はとらない。談志を紹介するから、そっちへ行け」。諦めきれずに懇願し続け、2006年、念願の一番弟子にしてもらった。
遅いスタートだったが、一度決めたら迷いはなかった。
09年、医院は知人の医師に譲り、春雨や落雷として、噺家に専念。
古典落語を演ずる一方で、笑いと健康のつながりを医師としての経験談を交えて語る独自の医療講話が人気を集める。
今や県内外で毎年約70本近く講演する売れっ子だ。
それでも、年に数度は師匠に稽古をつけてもらう。
体や目の位置から、声の抑揚まで、ダメ出しは厳しい。
必死で師匠の所作を覚え、芸を磨く。
「自分の芸を『楽しかった』と笑ってもらえるのが一番うれしい。落語を見たことがない人も、生で見て思い切り笑ってほしい」と笑顔で語る。

ふぅぅ~ん。
色々な生き方があるものですね。

有楽町朝日ホール傘立て鍵

rainどうでもいい話。
先日の「朝日名人会」の時、冷たい雨が降っていて、会場の有楽町朝日ホールの傘立てに濡れた傘を立てると、偶然キーナンバーが「88」でした。
何かいいこと・・・、特にありませんでしたが・・。

広瀬さんの歌之介評

pencil久しぶりに、広瀬和生さんの噺家評。
三遊亭歌之介さんの巻。
寄席の定席では、漫談、もしくは「漫談のような新作落語」で客席を沸かせるタイプの落語家が重要な戦力となっている。
「漫談のような新作」とは漫談がネタとして定着したもので、たとえば三遊亭圓歌の「ウチには年寄りが大勢いる」という漫談が『中沢家の人々』という「演目」とみなされるようになったのがまさにそれ。
「歌奴」時代には「山のアナアナ」の『授業中』や『浪曲社長』等の新作で売れに売れた圓歌だが、今ではほぼ『中沢家の人々』一本槍。
そして、それがいつでもどこでも間違いなく大爆笑をさらうのだから凄い。
その圓歌の弟子、三遊亭歌之介。
彼もまた寄席の世界に欠かせない、ユニークな「爆笑派」だ。
1959年生まれ、鹿児島出身。
大阪の高校を出た後、1978年に圓歌に入門して「歌吾」。
1982年に「きん歌」で二ツ目となり、1987年に真打昇進して「歌之介」を名乗っている。
地元の鹿児島では『替り目』『桃太郎』等を鹿児島弁で演じる「鹿児島弁落語」で人気だが、それはあくまでも地元限定。
普段の歌之介は「ギャグ連発の漫談」の人だ。
綾小路きみまろにも似た語り口で初代林家三平の「リズム落語」のごとく次から次へとギャグを繰り出す。
日本全国どこへ行っても通用するであろう大衆性は師匠の圓歌譲りだ。
もともと新作をやりたくて入門した彼は前座の頃から三遊亭圓丈の「実験落語」の会に参加、二ツ目のきん歌時代には新作派の若手として頭角を現わしてテレビ番組「らくごin六本木」にも数多く出演した。
最近では息子の高校合格を祈願してゴルフ断ちした父を描いた新作『お父さんのハンディ』が秀逸。
ただしこの噺自体は非常に短く、高座でのメインはむしろ噺に入るまでの「ギャグ満載の漫談」の部分。
でも、それで物足りなさを覚えることは無い。
「漫談がメイン」なのは古典の小品『勘定板』を演るときも同じだが、歌之介の場合、「漫談で大いに笑った後で落語で仕上げ」というバランスが何とも心地好い。
爆笑漫談で売り出した歌之介だが、左甚五郎の逸話『竹の水仙』のような「ちゃんとした古典」を演ることも増えた。
とりわけ、自身が子供の頃に両親が離婚して母に引き取られた体験を踏まえて演じる『子別れ』は実に感動的で、歌之介の別の一面を見ることが出来る。
最近では、中学から高校まで大阪に住んだ経歴を活かした流暢な関西弁による上方落語も武器に加え始めているという。
どこまで貪欲なのだろう。
鹿児島のローカル・ヒーローが全国制覇する日も遠くない!?
※週刊ポスト2012年1月27日号

確かに・・、時々聴きたくなる噺家さんではあります。

知らなかった・・・

eye「五明楼玉の輔」さんのプログを見て驚きました。
そういえば、最近水戸大神楽の「柳貴家小雪」さんを見なくなっていました。
どうしてどうして、なぜ何故?...うーんとねぇ、いつの間にか結婚して子供作ってた!やりやがったな、松ケン?!...えっ、違うの?だって小雪の旦那って松ケンでしょ?子供が産まれる時、産婆さんが『マツケンサンバ』って言われてた...全然違う?!...誰だれ?...あ~そうそう、旦那さんは古今亭菊志んさん。くぅ~っ!子育てもあってずい分と休みました。やっと少しづつ活動開始。わたしもお正月、久しぶりに小雪ちゃんに会いました。ちょっと...ほんのちょっとだけ()ふっくらしたけど相変わらずで良かった良かった。
えっ?
結婚でもしたかと思っていましたが、相手は「古今亭菊志ん」さん?
菊志んさんのメルマガを受信しているのに、ちっとも知らなかった。
へぇぇぇ・・・。
これも、ある意味では職場結婚なんでしょうね。

2012年1月22日 (日)

特撰落語会「市馬白酒二人会」

moon1ほろ酔い気分で聴く落語会もまた乙なものです。
        
日曜日の夜でも、会場は満員です。
  ◇ 出来心      柳亭市助
  ◇ 甲府ぃ      桃月庵白酒
  ◇ 二番煎じ     柳亭市馬
  ◇ 厄払い      柳亭市馬
  ◇ 付き馬      桃月庵白酒
当たって欲しくない予想が当たり、今夜も市馬さんの「二番煎じ」。
旬な噺ですから仕方がないとはいえ、10日間のうちに3度。
というより、今年になって3度行った落語会全てで市馬さんの二番煎じを聴いたということです。
今夜のには「さんさ時雨」が入っていませんでした。
白酒さんの「甲府ぃ」は、大月あたりでしたねぇぇ。(わかるかなぁ)
「付き馬」も速射砲のような喋りは、面白くはありますが、何ともせわしいというか、ご本人も仰っていた表現を借りると、「中の舞の出囃子で出たとは思えない」雰囲気でした。
それぞれ好き嫌いの世界ではありますが、私は・・、もっと落ち着いて噺そのものを楽しみたいと思います。

有楽町ガード下

bottle有楽町で「三丁目の夕日」が終わったのが4時ちょっと前。 Photo_2
清澄白河の深川江戸資料館での落語会「市馬白酒二人会」まで、2時間半あまり・・・。
「静岡魚河岸 魚○本店」という店を探し当てました。
http://www.sanchoku-inshokugai.com/yurakucho/floorplan/uomaru/index.html
今日は日曜日で、明日は仕事ですから、落語会が終わったら帰ることにして、落語会が始まる前に一杯やろうという訳です。
映画館のそばのJRガード下に、沼津港直送の魚を出す店があり、私も「Ⅰさん」も沼津や伊豆はお馴染みとあって、迷わずに店内へ。

日曜日なのに、かなり混み合っていました。
シラスの釜上げ、山葵漬け、桜海老かき揚げ・・、緑茶サワーと、静岡県ならではの食材に舌鼓を打ちながら・・。

・・そして、〆は、富士宮焼きそばでした。 
       
明るいうちから二人とも完全に出来上がって、有楽町から清澄白河へ移動。

三丁目の夕日’64

movieせっかくの日曜日だからと、夜の「特撰落語会」の約束をしていた先輩の「Ⅰさん」を、昼過ぎから誘い、昨日から公開されている「三丁目の夕日’64」を観ることにしました。
   
第1作目の建設中の東京タワー・第2作目の高速道路に覆われる前の日本橋に次いで、第3作目の今回は東京オリンピックが背景になっています。
東京オリンピックの時は、小学校に上がったばかりの頃で、幼い頃の鮮烈な印象として残っています。
ほぼ満員の会場は、そこそこの年齢の人が多かった気がします。
3D用のメガネをかけて楽しみました。
・・・というより、何度も泣きました。周囲も泣いていました。
昭和39年(1964年)。オリンピック開催を控えた東京は、ビルや高速道路の建築ラッシュとなり、熱気に満ち溢れていた。
そんな中、東京下町の夕日町三丁目では、5年前と変わらず、個性豊かな住民たちが元気に暮らしていた。
小説家の茶川竜之介(吉岡秀隆)は、ヒロミ(小雪)と結婚し、高校生になった古行淳之介(須賀健太)と3人で仲良く生活している。
茶川商店の一角は改装され、ヒロミがおかみを務める居酒屋「新山藤」となった。
ヒロミは身重で、もうすぐ家族が一人増える様子。
だが茶川は「冒険少年ブック」の看板作家として連載を続けているが、新人小説家の作品に人気を奪われつつあった。
編集者の富岡(大森南朋)から「もっと新しい雰囲気で」と言われ、茶川はますますスランプに陥っていく。Photo
一方、鈴木則文(堤真一)とその妻・トモエ(薬師丸ひろ子)、一人息子の一平(小清水一揮)、住み込みで働く星野六子(堀北真希)が暮らす鈴木オートは、順調に事業を拡大し、店構えも立派になった。
六子にも後輩の従業員ができ、厳しく指導をする姿はすっかり一人前。
彼女無しでは鈴木オートの仕事は回らないほどであった。
そんな六子は、毎朝おめかしをして家を出て行く。
それは、通勤途中の医者・菊池孝太郎(森山未來)とすれ違い、朝の挨拶をかわすためだった。
六子のほのかな恋心を温かく見守るのは、大田キン(もたいまさこ)。
そして小児科医・宅間史郎(三浦友和)は、今日も町の人のために診療を続けている。
そんな折、茶川が隠していた、とある電報をヒロミが見つけてしまう……。

そうだよな。それでなくっちゃあな。つらいな。嬉しいな。
・・・何度も涙が出て来ました。
先日の「幕末太陽傳」に続いて、「あぁぁ、日本人に生まれて良かった」と思うことが出来ました。
「幕末・・・」が制作され、「三丁目の・・」の舞台になった昭和30年から40年代・・。
私が生まれて高校生の頃までの日本は、間違いなく、今日より明日の方が豊かになって行っていました。
まだまだみんな貧しかったけれども、上を向いて生きていました。
ちょっと忘れていた、あの頃の熱いものを思い出しました。
・・・そして、映画を観ていて、何故か突然閃いたことがあります。
「番外あおば亭」では「浜野矩随」を演れsign03
そんな声が聞こえた気がしたんです。

落語はやおき亭

music今朝も寒いです。
  ◇ 初天神    桂文朝
大好きな噺家さんでした。
落研なんかにいると、寄席や落語会に行っても、笑うことはあまりありません。
だいたい笑いのパターンやネタを知っているからなのですが、鈴本演芸場で聴いた文朝師匠のマクラには、爆笑してしまったことを覚えています。
60歳そこそこの若さでお亡くなりになってしまいました。
とても残念でした。
一年中聴く「初天神」ですが、本当は今頃が旬なのです。

下宿家さん丈さんから

cd後輩の「下宿家さん丈」さんから、また嬉しいプレゼント。

お正月に放映された、「立川談志」師匠の追悼番組の録画DVD。
ずぼらでメカに弱い私には、到底録画など出来ない芸当ですから、本当にありがたい。
(談志師匠が)あまり好きなタイプの噺家でもないようにお見受けいたしますが、美空ひばりと同様、嫌いでも避けて通れない存在だと考えています。
・・・という手紙が添えられています。
そうですね。そのとおりだと思います。
好き嫌いはともかく、支持不支持はともかく、少なくとも落語界の歴史の1ページを飾った噺家さんであることは確かです。
さん丈さん。度々貴重な品物をありがとうございます。
この場をお借りして、お礼を申し上げます。
いつか、何かお返しをしないといけませんね。

落語DEデート

dramaこの番組の常連?の金馬師匠てした。
  ◇ 七の字    三代目三遊亭金馬
初めて聴く噺でした。
最近は、字が読めない・書けない人はいませんから、噺の背景が分かりづらくなっています。
音源は昭和33年頃の録音でしたが、金馬師匠、何ヶ所か言い間違いがあったりして。
名人のトチりは、何故か何となくホッとするものです。Photo_2
ところで、ゲストが火鉢を知りませんでした。
私の娘世代ですから、知らなくて当然です。
ところで、志の輔さんは、この音源を聴いていませんね。
何故なら、火鉢を知らないゲストに、「火鉢」の中の灰に字を書いて教えるような説明をしていたのです。
ところが、金馬師匠のは、「火箸」を並べて、「七」という字を説明しているのです。
要するに、まず火箸を「ー」と置く、そしてその上に「|」と置いて、尻尾を右に曲げる。
・・・志の輔さん忙しいからなぁ・・・。Photo
あのゲストのお嬢さん、一生この噺が分からないままになるでしょう。
やはり、番組のスタッフがフォローしないといけないと思います。
「火鉢」と「火箸」・・・。
「摺り鉢」と「摺りこぎ(棒)」、「臼」と「杵」の関係と同じ・・。

客席のマナー

eventあんまり堅いことを言うつもりはありませんが、寄席や落語会に行って時々気になることがあります。

寄席は、飲食も出来ますし、通りすがりの人も入って来るでしょうから、ある程度仕方のない部分もありますが、ホール落語で気になることがあります。
まず、お喋り。
本人たちは小さい声で交わしているつもりでしょうが、かなり気になります。
それから、紙袋やビニールのガサガサする音、バッグのファスナー等も、頻繁に開け閉めされると気になるものです。
そして、携帯の呼出音と補聴器のハウリングの音。
会場は高齢者が多いので仕方がないのでしょうが、何とかならないかなぁと思います。
上の写真は、朝日名人会での私の席からの視界です。
帽子を被ったままの人が二人います。
高座は、前の女性の左側です。
私は、この帽子で視界が遮られることはありませんが、非常に気になります。
実は、私の一列後ろの席でも、帽子を被ったままでいる初老の女性がいました。
後ろのオジサンなどは、大きな帽子ではないからぐらいには思うでしょうが、そういうものでもないと思います。
私も、気が付かないところで、マナー違反をしているかもしれないので、十分注意しないといけませんが・・・。

近江(きんこう)の鷺

snow週末に東京に初雪が降りました。
冬草も 見えぬ雪野の しらさぎは 己が姿に 身を隠しけり

・・・ある人から、教えていただきました。
これは「礼拝」という題名の道元禅師の歌だそうです。
一面の銀世界の雪景色の処へ一羽の白鷺が舞い降りてきます。
雪も白いし白鷺も白い。
ちょうど両者が一体となって己れを空しゅうして仏様の世界にすっかり入りこんでしまった姿を詠んだということです。
不信心な私は、「闇夜の烏」と同じか・・なんて、罰の当たることを。
そういえば、鷺と烏は、落語にもセットで出て来ます。
「一目上がり」という噺。

近江(きんこう)の鷺は見がたく、遠樹(えんじゅ)の烏見易し
大家さんは、近くにいても、雪の中の鷺は目立たないが、遠くの烏は目立つものだと言い、良いことは目立たないが、悪いことは直ぐ露見するものだと、尋ねて来た八っつぁんを諭します。

次回の朝日名人会

eye次回3月の「朝日名人会」は、いよいよ今年度の「年間通し券」の最終回。
来月の朝日名人会
見ると、圓窓師匠も、「水神」以来の久しぶりのご出演です。
  ◇ 粗忽の釘      春風亭一之輔
  ◇ 三方一両損     三遊亭王楽
  ◇ 雁風呂        三遊亭圓窓
  ◇ 幇間腹        古今亭菊之丞
  ◇ メルシーひな祭り 立川志の輔
      朝日名人会
圓窓師匠の「雁風呂」が楽しみです。

2012年1月21日 (土)

真打競演

musicこれまた久しぶりの「真打競演」。
  ◇ 子ほめ    三遊亭歌武蔵
「子ほめ」ですよ。嬉しいですねぇ。
今夜も「ただいまの協議について説明いたします」で始まりました。
土曜日の夜、今日もまた落語漬けでした。

朝日名人会

present今年度の「年間通し券」も、今回を含めてあと2回。
朝日名人会 朝日名人会
  ◆ 平林        柳家おじさん
 ◆ 反対俥      柳家小権太
 ◆ 鈴が森      桂平治
 ◆ 二番煎じ     柳亭市馬
 ◆ 片棒        入船亭扇遊
 ◆ 紺屋高尾     桂歌丸
    朝日名人会
開口一番の「柳家おじさん」さんという前座さんは、やはりおじさんだそうで、35歳だそうです。
「おじさん」さんて、言わないといけません。
平治さんの「鈴が森」は3度目かな。
市馬さんの「二番煎じ」は、13日の「東京落語会」と同じ。
全体としてはあっさりという感じですが、やはり自慢の喉を聴かせてくれます。
「さんさ時雨」は懐かしかった・・・。宮城県の民謡です。
扇遊師匠の「片棒」のテンポも凄い。
ますます、演ろうという戦意がなくなる気がします。
トリの歌丸師匠も、「東京落語会」で聴いたばかり。
春以降に、持病の腰の手術をされる予定だそうで、心配していましたが、10日前と変わりませんでした。
一人でボーッとして聴く落語は、子守唄のようです。

朝日名人会の仲入りで

snow外は寒いのでしょうが、有楽町マリオン11階の「有楽町朝日ホール」の中は、ポカポカ、ほのぼの・・。
      朝日名人会
ただいま、仲入り。
間もなく後半が始まるところ。
休日の一人至高な時間。

無理編に拳骨

punch無理編に拳骨(むりへんにげんこつ)・・・・。
「無理へんに拳骨と書いて兄弟子と読む」annoy
角界(大相撲の社会)での上下関係しきたりの厳しさについてよく使われる言葉です。
兄弟子または番付が上のものが下のものに理不尽なことを言い従わなければ殴る、あるいは従っても殴るというような状況を言います。

・・・非合理・理不尽なことは多いものですが、人間の長い営みの経験の中で、生きて行くのにある程度は必要なのかもしれません。
昔、前夜酒をしこたま飲まされても、翌朝は這ってでも出て来いと言われました。
そうなることが分かって何故無理やり飲ませるのか、二日酔いで気分が悪いのに身体によくないのに・・。
その代わり、一旦出て行けば、そのことだけで免罪?され、認知されました。
・・・それ自体は、理不尽で、とんでもないことですが、そこから何かを感じ、学べということだったのでしょう。punch

むむ・・どうらく息子

eyeglass一気に第3巻目・・・。
昨日から、落語のコミックを4冊読んだ(見た)ことになります。
      むむ・・どうらく息子
第3巻目は、最新刊ですから、帯が付いていて、桂歌丸師匠の推薦文が書かれています。
まるで前座のお手本のような漫画。
これは人間修業の教科書になります。
・・・お相撲さんの世界でも、「無理編に拳骨(むりへんにげんこつ)」と言われますが、芸人さんの世界でも、非合理を受け入れて、じっと我慢して・・ということなのでしょう。
読みながら、涙を流しながら入り込んでいる自分に気がつきました。
さあ、第3巻は・・・。
でも思いっきり小三治師匠が見えますが、やはり三三さんの監修だからですね。
「惜春亭銅ら壱」くん、頑張れ!

笠と赤い風車

eventそろそろ、「番外あおば亭」の準備を始めなくてはいけません。
まずは、自分の高座の映像を見て、台詞などを再構築する必要があります。Imgp0793
この噺だけは、タイミングを逸したものか、何故か圓窓師匠には見ていただいていません。
ただ、師匠のアドバイスで、活字で噺を覚えないようにしましたので、あまりネタ本を見ないで作ったという経緯があり、全体の雰囲気やリズム、それに合った台詞回しを工夫する必要があります。
元ネタが、あの彦六の八代目林家正蔵師匠ですから、オリジナルで演ることが出来るかがポイントです。
初演は、一昨年の9月、仙台でのOB落語会でしたから、当時とは、会場の雰囲気も、私の技量も違うと思いますから、じっくり丁寧に作り上げたいものです。
オチも新しく考えてやってみるつもりです。

ほおぅぅ、どうらく息子

book布団の中で昨夜、今朝目が覚めてから、やっと第1巻目を読破。
「昭和元禄落語心中」とは異なり、絵も内容もかなり重厚な感じ。
・・というより、噺家さんが寄ってたかってという匂いがプンプン・・。
でも、師匠夫婦が格好良過ぎますね。
さすがに、あの人が薦めてくださっただけのことはありそうです。 
      
第2巻目に手が出ました。
寒い休日のひとときの、楽しみになりそうです。
これ、柳家三三さんが、落語の監修をしているんです。

芸術祭大衆芸能部門優秀賞

shadow古今亭菊丸師匠が、昨年の独演会で演じた「火事息子」で、第66回文化庁芸術祭大衆芸能部門・優秀賞を受賞されたそうです。
人間の情を切実なまでに描き出したと、高く評価されたとのこと。
「火事息子」ですか・・・。
そうですね。父親の情、母親の情・・・。

大寒

sign04冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也(暦便覧)
1月21日は、二十四節気の「大寒」です。
「大寒」とは一年中で寒さが最も厳しくなる頃。
「小寒」から「節分」までの約1ヶ月間を「寒の内」といいますが、「大寒」はその真ん中にあたります。
そして大寒から立春前日の節分までの約半月間は、特に寒さの厳しい時期に該当し、各地で年間の一番寒い記録が現われます。
penguinさぶ~ぅぅぅsnow
乾燥注意報がずっと出たままにもなっていました・・・。
雪も降る季節です。snow
昨日の初雪に続き、今日も寒そう・・・。

最近の寄席

clubあの、堀井憲一郎さんが、ツイッターでつぶやいたところによりますと、18日の新宿末廣亭の様子を以下のように仰っています。
Photo 3時過ぎに行くと異様な混雑、もちろん立見。
さらに昼トリの圓歌師匠に向けてどんどん増えに増えて、ついに、堀井さんの前に人が立ちすぎて高座が見えなくなるほどで、仕方なく後方に移動したそうです。
堀井さん、「水曜昼はみんなそんなに暇なのか!」ですって。
昼席が終了でがつりと空いて、夜席はトリ小三治師匠でもで立見2,3人だけ・・・・。
堀井さん、「水曜夜はみんな忙しいのか!」ですって。
最近の寄席は、昼席に比べ夜席の入りがあまり良くなさそうです。
私などは、夜席は混雑するだろうという先入観から、どうしても遠慮・敬遠しがちなのですが、思い切って、夜の新宿や浅草や池袋にも、たまには足を伸ばしてみましょうか・・・。
上野の様子は分かっていますから・・・。

2012年1月20日 (金)

昭和元禄落語心中

bookマンガ紹介本「このマンガがすごい!2012」とやらで、オンナ編の第2位に選出されたというのですが・・。
     昭和元禄落語心中
アニメを読むのは苦手だと言っていながら、ふと気がついて、帰宅途中で買い、電車の中で読み終えました。
内容は、オジサンが分かるものですから、若い人にはつまらせないか、全く知らないから新鮮に見えるか、どちらかでしょう。
満期で出所の模範囚。だれが呼んだか名は与太郎。 
娑婆に放たれ向かった先は、人生うずまく町の寄席。 
昭和最後の大名人・八雲がムショで演った「死神」が
忘れられず、生きる道は噺家と心に決めておりました。 
弟子など取らぬ八雲師匠。惚れて泣きつく与太郎やいかに……!?
昭和元禄落語心中・与太郎放浪篇、いざ幕開け!!

これが、第1巻目。
そして第2巻目は・・・。
惚れ抜く八雲師匠の芸だが,オイラにゃできねぇ、気づき始めたこの与太郎。
小夏の父ちゃん・亡き助六のすげぇ落語に取りつかれ、迎えた師匠の独演会、やっちゃいけねぇヘマをした。
破門と言われた与太郎と、与太をかばう小夏の二人に、師匠が語る約束の噺たぁ……!? 与太郎放浪篇から八雲と助六篇へ。
「長ぇ夜になりそうだ――」
まぁ、「どうらく息子」も頑張って読んでみようかと・・・。 

日本の話芸

tv金曜夜のNHKのEテレって、教育テレビ。
  ◇ 化物使い    桂南光
今夜は上方落語。
やはり、江戸のとはちょっと違います。

雪が降っています

snow天気予報どおり、都心でも雪がちらつきました。
でも、湿度が上がって、寒いのにホットしていたりして・・・。
昔、「あのねのね」というグループが、「雪が降っています」という曲を歌っていました。
基本的には、コミカルなコンビですが、この曲は良かった。
同じ二人が、「そのねのね」という名前で「愛の調べ」という歌もリリースしていました。
この曲も良かった・・・。
中学生から高校生の頃で、妹にギター伴奏をしてもらって、よく歌ったものです。
  note雪が降っています さよならも言わず 一人行く
             わがままな僕を許してください・・・
notes
     http://www.youtube.com/watch?v=QMrIIVCT-10
  notesこの愛よりほかに 君に贈るものは 何もない・・・note
     http://www.youtube.com/watch?v=DtbPia6pGE4
・・・なんていう歌詞だった気がします。
ところで、あの笑福亭鶴瓶さんは、「あのねのね」のごく初期のメンバーだったそうです。

へんな日本語

rain某大手新聞社の配信記事。
東京都心の大手町では雨がみぞれ混じりに変わり、初雪を観測。
・・・??
ちょっと待ってくださいよ。
「みぞれ混じり」はないんじゃないですか?Photo
雨に雪が混じるのを霙(みぞれ)と言うのですから、「雪混じり」でなくては・・・。
先日も、寒の入りした後の天気予報で、「真冬並みの寒さ」と言ったアナウンサーがいましたが、日本語は一体どうなっているんでしょう・・・。
みんな分かっているのかなぁぁ。
霙(みぞれ)とは、が混ざって降る気象現象である。

その、どうらく息子

book昨夜、「どうらく息子」を布団の中に持ち込み、本を開いた瞬間、やはりアニメは読みづらい・・。
1てんしき・・、プロローグの部分を3ページほど読んだ(見た)ところで、あえなくギブアップ・・。
版があまり大きくないので、絵がゴチャゴチャしていて、オジサンには大変。
それと、ここのところやや心身ともに疲れていて、早めに休んでいますから。
きっちり座って、集中して読まないといけません。
要するに、内容がどうこう以前の問題でした。weep

手拭いの折り方

motorsports手拭いの折り方を教えてくれるサイトもあります。
手拭い
http://www.geocities.jp/dancyoutei/tenugui/
明日使う手拭い 
乱志の手拭いコレクションのほんの一部です。
竹柄の手拭い    

・・・と、その時の演目や気分や思いで、手拭いを変えて高座に上がります。
これはこれで、結構楽しいんです。

三越落語会

ticket久しく行っていない「三越落語会」。
基本的に、イープラスのプレオーダーでしかチケットを購入しない方針でいるので、最近は落選続きという訳です。
この落語会は開演が午後6時なので、しがないサラリーマンは、どうしても最初から聴くことが出来ないのです。 
3月22日(木)午後6時開演で、出演者は、柳家小三治/鈴々舎馬桜/柳家花緑/古今亭菊之丞/隅田川馬石、の各師匠。
・・これは競争率が高いですよ。
とりあえずエントリーしておきましょう。
まぁ、無理でしょう・・。 

迷い・・・

eye欲の深い、虫のよい、自分勝手な話ですが・・。
Img_001050周年OB落語会での「浜野矩随」の評判が、思いのほか良かったみたいなので・・、2月25日の「番外あおば亭」の演目を変更しようか・・、なんて。今頃になって・・・・。)
どこかで再演したいとは思っていたのです。
でも、「笠と赤い風車」も捨てがたい・・・。
しかも、ご来場いただけそうな方々の中で、既に「浜野矩随」を聴いていただいている方もいらっしゃるし。Photo_2
当日の楽屋まで、何を演ろうか決まらないなんていうのにも、ちょっと憧れていたりして。
というのは、少なくとも複数の演目が出来る状態にあるということ。
まぁぁ、何と不遜な。wobbly
でも、やはり「笠と赤い風車」なんだろうなぁぁ。

親子五代・・

birthday1月20日は、私の祖父(故人)と父と息子の3人の誕生日です。Photo
祖父は、三遊亭圓朝が亡くなり(8月)、六代目三遊亭圓生師匠が生まれた年(1900(明治33年)9月)の今日生まれました。
我が息子は、偶然にも我が父の還暦の日に誕生しました。Photo_2
息子が生まれた年(5月)に、内曾孫を見て安心したものか、祖父が90歳の天寿を全うしました。
聞けば、さらに先代の曽祖父も1月生まれだったそうですから、我が家は少なくとも五代続けて1月生まれということになります。
さらに、そのうち三代が同じ20日生まれという・・・。
父も83歳となり、すっかり老境に入りましたが、祖父・父・私・息子と、一族が繋がって行く喜びは、理屈抜きの喜びだと思います。

2012年1月19日 (木)

もう、どうらく息子

bookAmazonから、「どうらく息子」3冊が、もう届きました。
もう、どうらく息子
今夜は、布団に潜り込んで読むことにします。
今日は色々なことがあって、とても疲れましたから、そのまま意識不明になってしまうかもしれません。

歌舞伎座

event久しぶりに東銀座方面へ。
東銀座と言えば、ただいま「歌舞伎座」が建替え中。
三原橋方面(西側)からは、まだ鉄骨が見えるだけです。
Photo_3  ←完成予想と今→ 歌舞伎座

・・・まだ暫く時間がかかりそう。
東京スカイツリーのように、建ち上がるプロセスを楽しむという訳にはいかないでしょうね。

照れ臭っ・・・(*^.^*)

school偶然「東北落研知恵袋」というのを見つけました。
http://www44.atwiki.jp/yu_rac/
その中に「用語集」というコーナーがありました。
その中に「50周年記念OB落語会」というのがありました。
以下のように書かれていました。
平成21年に開催されたOB落語会。
数え切れないほどのOBが来仙、部員を驚かせた。
ちなみに、この日には別件で出前があり、川内部長は部室、片平、会場の仙台ガーデンパレスを(手際が悪かったために)駆け回ったのは秘密である。
中トリの金願亭乱志さんの「浜野矩随」に惚れた人は数知れず。

197・・・えっ?
後輩の現役部員の皆さんには、「創部50周年」は、こんなふうに見えていたんですねぇぇ。
それよりも、最後の1行に痺れました。
あの噺は、自分の子どもと同年配の人たちにも、受け入れてもらえたんですねぇぇ。
平成21年11月8日(土)・仙台ガーデンパレスにて。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-cd10.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-56f9.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-f7cc.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-cb79.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-e1f2.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/11/post-4290.html
オジサン単純ですから、すっかり喜んでしまいました。

神頼み?

drama先日、自寺に安置している仏像を盗まれるという厄難に会った、厄除けで有名なお寺がありました。
最近、私の周りというか、仕事の絡みでは、どうも「水難」の懸念があるようです。
そこで、都内の水難除けの寺社を、今風だと「パワースポット」と言うそうですが、調べてみました。
水難除けのご利益は「水天宮」「上野摩利天」「深川不動」あたり。
なんだ、お馴染みの場所ではないですか。
ちょっと気にして、時間を見て、お参りしておこうかと・・。

Photo

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お七

foot先日の「落語DEデート」で、三遊亭圓生師匠の「お七」がオンエアされました。
圓窓師匠の「五百噺ダイジェスト」に、この「お七」について触れた部分があります。
善兵衛という縁起を担ぐ男の所で女の子が生まれた。
お初と名付けた。
お七夜のときに、嫌がらせ好きの忌太郎がやって来て「化け物が生まれたって?」
「戒名を付けたか?」
「お初? 徳兵衛という男ができて心中するだろう」などとさんざん嫌味を言って帰って行った。
善兵衛がたいそう悔しがった。
一月後、忌太郎に女の子生まれ、お七と名付けた。
それを聞いた善兵衛の女房は「『お七なら吉三といい仲になって、火付けして鈴ヶ森で火焙りになる』と言っておやり」と善兵衛に教えて仕返しに行かせた。
ところが、忌太郎は善兵衛が言おうとする縁起の悪いことを先に言うので、善兵衛は拍子抜けして何も言えないで困ってしまった。
そこで最後に女房から教わった通り「お七という名は縁起が悪いんだぞ」と言い始めた。
すると、忌太郎は再び先回りして、「放火をして火焙りになるというんだろう。娘が火を付けたら、どうしようてんだ!」と脅かした。
と、善兵衛が気後れして「だから、火の用心に気を付けねぇ」

圓窓師匠は、圓生師匠から教わったそうですが、稽古で聞いてもらうとき演っただけで、結局、高座には掛けなかったそうです。
あまり、ストーリーもオチも良い噺ではないと思います。

2012年1月18日 (水)

どうらく息子

shadowある人から、「どうらく息子」を強く薦められて、Amazonへ。
なんでも、「お急ぎ便」というサービスがあって、明日には配達してもらえるとのこと・・。
第1巻から第3巻までの3冊全て。〆て1650円也ぃ・・。
確かに、注文したら、一刻も早く手にしたいというのは人情ですから。
明日の帰宅の楽しみが増えました。

1

2

3


朝日名人会

despairとても残念なこと。
応募していた来年度の「年間通し券」の抽選はハズレでした。
有楽町朝日ホールからの、落選を知らせる1枚のハガキ・・。
2年連続の当選は叶いませんでした。
なかなか、プラチナチケットです。weep
・・・・となると、今月と3月の公演で、事前の座席確保は出来なくなりますから、都度購入しなければなりません。
これがまた大変なんです・・。

上方演芸の殿堂入り

ribbon新聞記事で見つけました。
Photo_5大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)は、上方演芸の発展と振興に大きく寄与した芸人を表彰する第15回「上方演芸の殿堂入り」に、上方落語の二代目露の五郎兵衛、漫才コンビの若井はんじ・けんじが選ばれた、と発表した。
いずれも故人。
上方演芸には詳しくないのですが、「若井はんじ・けんじ」ご両人は、幼い頃大好きでした。
考えてみると、幼い頃は、落語よりも漫才の方が面白くて好きだった気がします。
青空千夜一夜・獅子てんや瀬戸わんや・Wけんじ・星セントルイス・夢路いとし喜味こいし・・・・・。
実の兄弟コンビ。1948年、荒川福児・笑児でデビュー。
1957年の新花月のデビューから人気急上昇。デイト・ヤングを経て、若井はんじ・けんじと改名。
テンポの早いやりとりで売り出し、「頭の先までピーコピコ」の流行語を生んだ。
1976年、はんじが病死。
けんじはファンに励まされて、1983年、東大阪市議初当選。
1987年、落選し、芸能界に復帰した直後事故死。

今のお笑いとは違って、喋くり(言葉)で笑わせてくれました。

文化財の絵葉書

foot先月、谷中の「全生庵」の圓朝墓をお参りした時に、置いてあった絵葉書2枚。
      文化財の絵はがき
三遊亭圓朝と山岡鉄舟の墓の写真と解説が書いてあります。
東京都教育庁地域教育支援部とあり、「東京文化財ウィーク」の時に製作されたもののようです。

「特撰落語会」の案内

pc「特撰落語会」の案内メールがありました。
「第35回特撰落語会
       ~柳家さん喬の前座噺と蔵出しの会」
Photo_4 【日時】  4月27日(金)18時50分開演
【会場】  深川江戸資料館小劇場
【出演】  柳家さん喬 ほか
【木戸】  全席指定3000円
当日はさん喬師が前座噺を思いつくままに語るのと、最近は滅多にやらない落語を演じるというご趣向だそうです。
要するに、珍しい噺を聴くことが出来るという訳ですね。
GWの初日になるようですが、どうせオジサンは暇でしょうから・・。

2012年1月17日 (火)

本家の菜刀息子

cd昨夜に続いて、今夜の帰宅の楽しみは、下宿家さん丈さんが贈ってくださったDVDの視聴です。
         本家の菜刀息子
DVD3枚の中で、最初に選んだのは、「日本の話芸~珠玉の名演セレクション」の第3日目です。
  ◇ 菜刀息子    桂小南
その後は、内海桂子好江師匠の漫才です。
連日聴く長講「菜刀息子」ですが、舞台や言葉は上方でも、小南師匠の穏やかな語り口には、品があって、乞食が出て来る場面でも、嫌味なく仕上がっています。
また、テレビ放送用に、かなりカットしてありますので、比較的コンパクトでした。
これを江戸弁にしてやれば、時間的にも何とかなるかもしれません。
少し長い目で、昨日の春風亭華柳師匠の江戸バージョンとミックスさせる作業をしてみようと思います。
「菜刀息子」のお父っつあんの台詞は、本当に泣いてしまいます。
ところで、桂子好江師匠ご両人も面白かった・・。
好江師匠が好きだった・・・。

さん丈さん、ありがとう。

寿獅子

bud先日の「東京落語会」の冒頭で披露されたのが「寿獅子」。
これは、御祝儀舞いとして行われている獅子舞。2_2
正月・結婚式・開店祝い・周年記念など、さまざまな場で、福を授ける大黒舞や、賑やかな両面踊り(おかめ・ひょっとこ)などを併せて賑やかに演じられます。
楽器は、笛1丁、桶胴1丁、 締太鼓1丁、鉦。1_2
獅子舞の歴史は古く、推古天皇の時代に百済から伝えられた伎楽(ぎがく)の中にあった‘獅子舞’が、日本の各地にそれぞれの形として発展していったといわれています。
江戸の獅子舞は、伊勢の太神楽系であるとも、また、熱田の太神楽系ともいわれていますが、江戸の獅子舞は、江戸前のキビキビしたもので、姿も粋な股引き、腹掛け)に半纏という出立ちで一人立ち、一頭で行います。
今年も「松本源之助社中」の舞いでしたが、調べてみると、松本源之助師匠は、この道では超有名人のようです。
かなりご高齢ですが、なるほど。

両泥

eye「東京落語会」で、三笑亭可龍さんが演った「両泥」。
恥ずかしながら、初めて聴きました。
何でも、古い速記本から見つけて演ったということです。
ちょっと調べると、確かに落語芸術協会の若手の噺家さんが時々演っているようでした。
泥棒の噺は、「碁泥」「穴泥」「夏泥」「もぐら泥」だけでなく、「花色木綿」「鈴が森」「だくだく」「締め込み」等々・・・。
でも、「両泥」は知りませんでした。
やり方の問題かもしれませんが、途中でオチが想像出来てまうこともあって、大ておもろい噺でもないな、という感想を持ちました。

嬉しいプレゼント

cd落研の後輩で、愛知県に住んでいる「下宿家さん丈」さんから、郵便が届きました。  
お正月に放映されたNHKの「日本の話芸」のスペシャル番組の録画DVDが3枚も。
「(私が)お見逃しだったようで・・・」と、それはもう大変有り難い、涙が出るほど嬉しいプレゼントでした。
さん丈さんの気持ちが何よりも嬉しく思いました。
昨夜遅く受け取ったので、今日帰宅してからの楽しみです。
小南師匠の「菜刀息子」や、内海桂子好江師匠の漫才も・・・。
全国の至るところに、落語大好き人間がいてくれて、それぞれ色々な思いで落語に触れている・・。
嬉しいですね。wink
さん丈さん、本当にありがとうございます。m(_ _)m
・・とりあえずメールでお礼申し上げました。happy01

学士会落語会

school「学士会落語会」は、約6年前にスタートした、「学士会」公認の同好会です。
現在150名を超える会員を擁しているそうです。250pxgakushikaikan_1
うち、我が母校出身の会員は20名だそうで、東大に次ぐ人数になっているそうです。
同会の役員を務めていらっしゃる愉し家弁痴師匠からの情報です。
大雑把に言えば、同会員になるには、まず「旧七帝大」の卒業生で、その同窓会組織である「学士会」の会員でなければいけません。
我が母校の会員20名のうち、落研OBは8名、それに、いつも我々をご贔屓にしてくださっている先輩方8名と、一大勢力?です。
勿論、私もその末席に座らせていただいていますが、今年度は、例会と「朝日名人会」とが重なるために、失礼ばかりしています。
東大OBの三山亭多楽師匠(代表役員)からも、「たまには顔を出さんかい」と言われています。
すみません。

2012年1月16日 (月)

菜刀息子

cd楽しみにしていた春風亭華柳師匠の「菜刀息子」を聴きました。
Photo気の弱さから、注文したものとは違う包丁を受け取った息子を、父親が叱責する。
それが原因で息子は家出。
一年が過ぎて、もう生きてはいないと諦めた頃、浅草寺で乞食となっているのを両親が見つける。
息子がいなくなってからの一日を、夜の鍋焼きうどん、朝やって来る豆腐屋などの売り声で時間の経過を表現。
時間の経過が、待つ身のつらさを感じさせる。
さらに一年の移り変わりも、季節を代表する売り声で表現して行く。
期待が徐々に薄れて、諦めに変わったことが分かる。
そして春の彼岸に、浅草寺で乞食になった息子と偶然に再会する。
変わり果てた姿であっても母親は歓喜し、父親は深い愛情を押し隠しながら、息子の行く末に心悩ませる。
その対比が女親と男親の本質的なありようの違いを表します。
上方落語を桂小南師匠が東京の人にも分かりやすく演じた作品ですが、江戸が舞台でも違和感のないものかどうかというのが、私の最大の関心でした。
・・・華柳師匠渾身の45分を超える長講でした。
ただ、撮影が稚拙で、いかにも素人が撮ったような酷いものでした。
初めて聴く師匠ですが、あまりプロらしい雰囲気はしません。
何かこう、落ち着きというか、品というか・・、物足りない。
それにしても、この噺は難しい。
売り声の種類や数も多く、浅草寺の前の露店なども、これはさすがと思わせるものでした。
途中で、三味線や木魚や鈴などの音も入れていましたが、会場の雰囲気もざわついているためか、かえって聴き辛い気がしました。
・・素人が演るには・・、やはり売り声の場面や前半の部分を大幅にカットする必要があるでしょう。
でも、この息子は・・、こんなに頼りない演出で良いのでしょうか・・?
次は、小南治さんを聴いてみたいと思います。

浅草お茶の間寄席

cherryローカルテレビで観る「浅草お茶の間寄席」。
 ◇ 虱茶屋     春雨や雷蔵
八代目雷門助六師匠の十八番の噺で、一門の雷蔵師匠も。
私も、あまり虱というのは知りませんが、いずれにしても、あまり気味の良い噺ではありません。

藪入り

fuji年末年始は色々な行事や神事があって、ついうっかりしてしまいそうですが、今日は1年に2日しかない藪入りの1日です。
噺の「藪入り」ではない、本チャンの藪入り。
江戸時代、商家に住み込みの奉公人(丁稚奉公ともいいます)たちは、毎年1月16日と7月16日の2日だけ休みをもらえるのが一般的でした。その休みを藪入りといいました。
現在のように毎月の定休日がなかった時代に、正月と盆の2回の薮入りは、奉公人たちにとって首を長くして待っている日でした。
薮入りの日は、奉公人は主人からお仕着せの着物や小遣いをもらい、親元に帰ったり、芝居見物をして過ごすなど、年2回だけの休みを楽しみました。
薮入りは、奉公人を家に帰すということで、宿入りがなまったということですが、定かではありません。
明治になって「週」の制度が入ってからも、外国系の企業以外は昭和初期までこの風習が残っていました。
昭和初期の頃ですと、一般には商家の主人が奉公人に小遣いを持たせて家に帰し、戻ってくる時は母が送ってくるといったものもあったようです。
また地方によっては、この日は嫁が実家に里帰りする日にもなっていました。
この時通常婿が送っていく訳ですが、婿も一緒に泊まる風習の所、婿は家に入れない風習の所などが地方によってありました。
今はいつでも里帰りできますので、こういう風習も消えています。
またこの里帰りの時にお餅を持っていく習慣のところもありました。
この日は閻魔様の縁日でもあります。
そのため「地獄の釜のふたが開く」と言われ、海に出ることを禁じてきました。
この日に地獄の十王詣でをする人もあり、藪入りで帰った人が故郷の閻魔堂にお参りに行く風習もあったそうです。

とても比べものにはなりませんが、18歳の時に初めて親元を離れ、全く知らない、知人も親戚もいない街に行き、下宿暮らしを始めました私でしたが、ホームシックになっていました。
今と違い、東北地方・仙台という街は、とても遠いところでした・・。
まだ新幹線も開通していなかった頃のことです。
故郷の山が、人々が、とにかく恋しくて仕方がありませんでした。
でも、不思議なもので、仙台を離れると、この青春時代の数年間住んだ街が恋しくて恋しくて仕方がなくなりました。

「番外あおば亭」案内の反応

drama先日の私の「番外あおば亭」の案内メールに、若手OBの二人
Ca6i917m「三すじ家小いと」さんと「井の線亭ぽんぽこ」さんから、早速返信がありました。
残念ながら、二人とも当日のご来場は叶わないようですが、こういう若手の反応は、オジサンにはとても嬉しいものです。
それぞれの分野で、それぞれに一生懸命頑張っています。
考えてみれば、私だって、かつては仕事・仕事・・・で、とても落語どころではなかった時がありました・・・。
二人の若さが羨ましいのも本音です。

帰宅の楽しみ

houseこの歳になると、家に帰る楽しみなどというものは、あまりなくなるものですが、今日は早く帰りたい。
Photoというのは、先週の金曜日に、Amazonの巧みな宣伝に、まんまと嵌ってしまい、春風亭華柳師匠のDVDをオーダーしたのですが、昨日の夕方には配達されていたようなのです。
今朝出かける時に、届いているのが確認出来ましたから、今夜は早く帰って、「菜刀息子」が聴きたいのです。
初めて聴く師匠でもあり、楽しみです。
尤も、「スカ」の可能性もありうるのですが・・・。

めくりのお願い

pen「番外あおば亭」の準備で重要なのが「めくり」です。
今まで我々のめくりは、大先輩の「但馬家四分椿」師匠のご友人の「H先生」のご好意に甘えて、全てお願いしていて、今回も厚かましくお願いしました。
以下の写真は、前回の「お江戸あおば亭」のものです。
「H先生」懇親の作品です。
改めて鑑賞すると、見ていても何かこう・・・落ち着くんです。
木と紙と墨の美しい調べ・・。
     
     
     
     
     
今回は、表題と仲入りと、サプライズゲストを含めた出演者6名ですから、8枚お願いしました。
早速ご快諾してくださいました。
こうして、様々な人たちにご支援やご贔屓をいただきながら、我々の道楽が成り立って行くのです。
感謝、感謝・・・。

2012年1月15日 (日)

ラジオ寄席

eyeglass「私は春風亭柳昇と言いまして、大きなことを言うようですが、今や春風亭柳昇と言えば、我が国では・・・、私一人であります」・・・。
春風亭柳昇師匠の特集です。Photo
◇ カラオケ病院    春風亭柳昇
◇ 里帰り        春風亭柳昇
「カラオケ病院」は、落研の先輩の桂友楽師匠が、昨年南三陸町に復興支援寄席で行った時と、お江戸あおば亭でお演りになりました。
経営状態の悪くなったダメ病院が起死回生の策として、患者向けに「カラオケ」サービスを始める。「星影のワルツ」「お久しぶりね」などのヒット曲の替え歌が後半で披露される。
「里帰り」は、これは名作だと思います。
嫁いだ娘が義母にいじめられていると聞き、「1年間は考えろ」と忠告しながら、毒薬を渡す父親。1年後、ふっくらした体型で実家に現れた娘。義母との関係も良好。使わずじまいだった「毒」の中身は…。
ちょっと人情噺のような部分があり、親子の情感もたっぷりと。
柳昇師匠も亡くなってかなり経ちますが、人気があるんですね。
この師匠は五代目なんだそうです。
柳昇代々を見ると・・。
 初代   麗々亭 柳昇 - 二代目柳亭左龍
 二代目 柳昇(亭号麗々亭のち春風亭) - 六代目司馬龍生
 三代目 柳家(または春風亭) 柳昇  - 八代目朝寝坊むらく
 四代目 春風亭柳昇  - 三代目桂三木助

止め名でないことは分かります。
三木助師匠も名乗っていたというのは驚きです。

ブログアクセス件数

pc手元の写真を整理していたら、プログへのアクセスカウンターで、きりのいい数字の時のものがありました。
そして、そろそろ210,000件に"リーチ"がかかりました。
            【77,777件】
ブログ件数
           【100,000件】

           【111,111件】
ブログ件数
           【130,000件】

ブログ件数
          【150,000件】
ブログ件数
          【200,000件】
ブログ件数
・・・何と独り善がりな・・・。
  ブログ件数 ブログ件数

落語DEデート・はやおき亭

scissors日曜日の日課?・定番の文化放送の落語番組。
「落語DEデート」では、六代目圓生師匠です。
  ◇ お七          三遊亭圓生
とても珍しい噺です。
せいぜい噺は15分のこの番組では珍しく、約20分の音源でした。
次は、まだらな記憶の中で「落語はやおき亭」。
  ◇ 妾馬          春風亭小柳枝
朝から、本筋の噺を聴くことが出来ました。
・・・今朝も寒い。
今日は、予定していたことが突然キャンセルになりましたので、ゆっくり休んで過ごそうと思います。
勿論、落語に浸りながらです。

どうらく息子

book落語を取り扱ったコミック誌。「どうらく息子」。
歳のせいか、ある年齢以降、漫画やアニメやコミックという類のものが、読みたく(見たく)なくなりました。
何かこう、ゴチャゴチャしているのが嫌で・・・。
ですから、いい歳をして電車の中で漫画本を読んでいるオジサンを「尊敬」しているのです。
三三さんが監修しているというのは以前から知っていましたから、一度読んでみようかとは思っています。

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いま落語がアツい! 落語家物語の幕が上がる
「夏子の酒」「蔵人-クロード-」など、日本酒を扱った漫画作品を描き続けた尾瀬あきらが、新境地にチャレンジした意欲作です。
「寿限無」など子供でもおなじみの楽しい噺から、「子別れ」「文七元結(ぶんしちもっとい)」など人情噺も落語を知っていても、知らなくても楽しめる内容となっています。
この作品の生命線・落語の監修についているのは、落語愛好家にはもうおなじみ、柳家三三師匠です。
当代きっての名人・柳家小三治師匠の弟子として修業を積み真打となり、落語界トップクラスの評価をされている実力者です。
落語家の世界では30歳代はまだまだ若手なのですが、柳家三三師匠は人気・実力ともに「今おもしろい落語家」としてもっとも注目を集めている次代のホープです。
落語って何? 古臭い江戸時代の話でしょ?という方でも落語の世界に引き込むコミックです。もちろん落語好きの方も、数十人の現役噺家から取材した修業逸話が随所にちりばめられているから楽しめます。
「平成の落語ブーム」として注目度抜群の落語の世界を「どうらく息子」から覗いてみてください。

窓門会から

mailお正月の三が日だったと思いますが、圓窓一門の「窓門会」から、定期物が届きました。
      
今回は、師匠の著書「みんな違って」が同封されていたました。
私は、刊行された時に購入していますが、詩人「金子みすゞ」の最後の日のことを題材にした師匠の創作噺です。
それから、師匠がずっと「珈琲小噺」を投稿している「富士コーヒー」の会報。
           
そして、お弟子さんたちの落語会のチラシです。

・・・ややご無沙汰していて、申し訳なく思います。

2012年1月14日 (土)

ながら聴きの落語

rvcarちょっと用事があって、日帰りで帰省しました。
テレビのチャンネルを回すと、BSで落語をやっていました。
  ◇ 茶の湯      瀧川鯉昇
師匠は茶どころ静岡県のご出身なので、マクラでお茶(畑)の話題。
お茶畑で、お茶の実を投げて遊んだ・・なんて。
そうそう、私にも記憶がありますよ。
お茶畑というのは、隠れるのにも便利なんです。
こういう仲間を、「お茶の実友達」と言うんだそうで・・・。
・・それにしても、「チャンネルを回す」というのは、歳が分かってしまいますね・・。coldsweats01
それから、帰りの車の中で、意外に空いていた東名高速を走りながら、NHKラジオの「真打競演」を聴きながら。
  ◇ 親子酒      立川志らく
志らくさん、前が「フーテンの寅さん」のものまねの原一平さんだったので、登場すると、噺に全く関係なく、映画「男はつらいよ」の歴代48人のマドンナの名前を全て諳んじて言いました。
さすが、映画通・・と、会場を唸らせていました。

落語はようがすヨッ

pcまたまた落語のDVD衝動買いの一件。
Amazonからのメルマガに乗せられました。
Photo以前「落語研究会 古今亭志ん朝 全集 下」をチェックされた方に 「落語はようがすヨッ」の発売について、ご案内いたします。
・・
という甘い言葉。
実は、春風亭華柳師匠は存じ上げません。

師匠は、どこの団体にも属さないフリーの噺家さんで、一度も噺を聴いたことはありません。
ただ、このDVDの演目に「菜刀息子」とあつたので、飛びついてしまいました。
それから、滝口雅仁さんと、桂歌丸師匠のコメントでぐらりっ・・。
落語は「聴く」とは言うが、あまり「観る」とは言わない。
それは古くは「舌耕芸」と呼び、落語界の神様的存在である三遊亭圓朝が、落語家の極致を「無舌」にあると称したように、口承による芸であ るからだ。
だが、春風亭華柳の落語だけは是非とも観てもらいたい。
ここで収録 する高座を観れば分かるように、人間の情愛が表情いっぱい、高座いっ ぱいにあふれ出ているからだ。 瀧口雅仁(演芸評論家)
嬉しいねぇ、華柳さんのお陰で落語の宝がまた一つ生き残った!菜刀息子はいい噺です。
ひと口に人情噺といいますが、そんな人情を育てた下町の、特に全篇を通じて登場する物売りの声を聞いていると、改めて落語っていいもんだと私どもでも思います。
菜刀息子ヨウガスヨッ!春風亭華柳ヨウガスヨッ!
イヨッ!華柳さんに座蒲団十枚だ!  桂歌丸
・・・で、注文してしまいました。
とにかく、江戸を舞台にした「菜刀息子」が聴きたい。
そして、いつかチャレンジしてみたい。
その一念です。

落語中毒

scissors単なる「落語好き」というよりも、やはり「落語中毒」と言ったほうが、的確にイメージ出来ると思いますが、我々落研のOBたちは、勿論私も含めて、つくづく手のつけられない?人たちの集まりだと思います。
1年ちょっと前までは・・、大先輩の「南亭蕪生」師匠も「愛詩亭朝大」師匠も、「えっ?落語を演る?あたしが?冗談でしょ?」なんて言ってたんですよ。
ところが、今はどうでしょう。
蕪生師匠は、昨年の「お江戸あおば亭」で、昔から温めていた「笠碁」を皮切りに「厩火事」をお演りになり、さらに芸能花伝舎の落語教室で腕を磨いて「真田小僧」を完成され、今では地元でも落語一席とお声がかかるようになったとか・・。
とにかく、高座に上がる回数を増やしたいと仰る「始末」です。
まだ実現出来ていない「笑児乱志二人会」は、二人会を一度も開かないまま「蕪生笑児乱志三人会」になりそうです。
勿論、笑児さんも私も大歓迎です。
さて、もうお一人の朝大師匠の落語中毒はインターナショナルです。
やはり昨年、旧知の三遊亭圓窓師匠の落語体験教室「羽織っ子連・要亭」の門を叩き、「権兵衛狸」と「崇徳院」をマスターされました。
このお正月には、以前仕事で在住されていたタイのバンコックで、ロングステイの方々の新年会で、「崇徳院」を25分、ご機嫌をお伺いしたそうです。
さらに、その場で「次回のお座敷」のオファーも受けたようで、もう完全なファイティングモードです。
そして、「今年も一年落語漬けになりそうです。」というコメントをしていらっしゃいました。
そのうちに、我々もタイに行って「バンコックあおば亭」をやらせていただいたりして・・・。
・・・どうです、お二人のこの変貌振り・・・。
「明烏」の堅物だった若旦那みたいじゃないですか・・・。
でも、本当に嬉しい限りです。

2012年1月13日 (金)

東京落語会

eyeそうだ。私の今年の落語会聴き始めです。
1_2◇ 両泥       三笑亭可龍
◇ 紀州       桂竹丸
◇ 七段目      古今亭志ん輔
◇ 厩火事      桂歌丸
◇ 二番煎じ     柳亭市馬
◇ 長短       鈴々舎馬風
新春ですから、最初に獅子舞も披露されました。
出演者も、両協会の会長・副会長・元会長などの大物。
そろそろ、4月以降の会員更新手続きの時期になるのですが、新装なった「イイノホール」へ戻るなんていうことはないのでしょうか・・・?
     
志ん輔師匠・歌丸師匠・市馬さんが、予想通り、それぞれさすがの芸を聴かせてくださいました。

「番外あおば亭」の案内

mailto主なOBの皆さんに、メールで「番外あおば亭」のご案内。
  笑児さんと
OB各位

今年も残すところ354日となりました。
皆さまにはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、昨年11月の「お江戸あおば亭」で、私がフライングをしてご案内した定例のOB落語会ではない、有志の自主公演を開催する運びとなりました。
頓平会長にもご相談の上、名称も「番外あおば亭」ということで、お借りしてやらせていただきたいと思います。
11月には会場の都合で、一般のお客さまには多く来ていただけなかったので、今回は、一般のお客さまを中心に声をおかけしたいと思います。
とはいえ、「あおば亭」の名前も拝借いたしますし、OBの皆さまにも是非共ご来場いただきたいと思います。
当日の番組は以下の内容ですが、今回は「サプライズゲスト」をお招きして、華やかにやりたいと考えています。
当日のお楽しみということで、よろしくお願い申し上げます。
                  ≪番外あおば亭≫ 
  【日時】  平成24年2月25日(土)
          開場13時30分 開演14時
  【場所】  浅草ことぶ季亭
  【木戸】  無料 (ただし、ご祝儀は大歓迎)
    【番組】  ◇ 金明竹       談亭志ん志
        ◇ 真田小僧      南亭蕪生
        ◇ 宮戸川       喰亭寝蔵
                仲入り
        ◇ 棒鱈          破れ家笑児
        ◇ お楽しみ      ゲスト
        ◇ 笠と赤い風車   金願亭乱志
          
 (平岩弓枝原作)

「昭和の名人完結編」(24)

eye三遊亭圓遊師匠と三遊亭小圓遊師匠。
   ◇ 噺家の夢    三遊亭圓遊
   ◇ 松竹梅      三遊亭圓遊
   ◇ 蛇含草      三遊亭小圓遊
Photo_2 圓遊師匠は、晩年ではありましたが、よくラジオで聴きました。
力みのない、穏やかな口調の師匠だったと記憶しています。
一方の小圓遊師匠ですが、「笑点」に出演して、気障な芸風で人気が出て、歌丸師匠との言い合いが売り物でした。
ところが、弱冠43歳で亡くなってしまいました。
考えてみると、小圓遊師匠の落語は聴いたことがありません。
圓遊師匠が82歳で亡くなったのは、弟子の小圓遊師匠が亡くなった4年後だったようですから、夭折だった訳ですね。
あまりにも気障なキャラクターで人気が出過ぎたために、そこから脱出できずに酒に逃げ、命を短くしてしまったようにも聞いています。
あぁぁ、こんな噺家さんがいたなあ、という感じです。
今の歌丸師匠のご活躍を拝見するに、勿論ご本人の精進の賜物ではありますが、人間(芸人さん)は生きていてなんぼなんだということも真実だと思います。

地震の確率・・?

eyeglassどうもよくわからない・・・。
政府の地震調査委員会は、国内の主な地震の発生確率を更新。
東海地震は30年以内の発生確率が88%、南海地震は10年以内の発生確率が20%程度に上昇したそうです。
東南海地震の30年以内の確率は70%程度。
南海地震も30年以内は60%程度。・・等々・・・。
これ、どういう意味なんでしょう。よく分からない。
さらに分からないのは、委員長の会見で確率が高くてもすぐ起こらない場合もあるし、低くてもすぐ起こることも多々ある一喜一憂せず、防災について考えることが大事だ」と・・・?
・・ということは、要するに起こるか起こらないかなんだから、起こる確率は須らく50%というのが正しいと思うのですが・・・。違いますか?
「起こるときは起こる。起こらないときは起こらない。」って、偉い学者さんでなくても、誰でも分かる当たり前のことだと思うのですが・・・?
東海地震の震源と予想される場所に実家のある者としては、こんな「蒟蒻問答」になってしまい、まぁ複雑な思いです。

2012年1月12日 (木)

夢を与える

soccerあの「なでしこジャパン」の沢選手が、国際サッカー連盟(FIFA)の2011年女子世界最優秀選手に選ばれました。
大変素晴らしい。また相応しい快挙だと喜びたいと思います。
・・が、どうも、沢選手と佐々木監督のコメントの一部が気になって仕方がありません。
あれだけの快挙を成し遂げた選手なのだから、天邪鬼があえて申し上げたいと思います。
受賞の後、沢選手が「日本人でも、世界の最優秀選手になれる夢を与えられたというのは、意味があると思う」とコメントしていました。
また、佐々木監督も「日本の皆さんに感動、元気、勇気を与えることができました」と・・・。
何度も言うように、文句のない快挙で賞賛に値する功績ではありますが、私は、当事者が感動や元気や勇気を「与えた」と言うのは、物凄くおかしいと思うのです。
「与える」というのは、自分の所有物を他の人に渡して、その人の物とする。現在ではやや改まった言い方で、恩恵的な意味で目下の者に授ける場合に多く用いられる言葉です。
「授ける」という言葉は、目上の者が目下の者に特別に与える、師が弟子に教えるという意味です。
大震災の時も、被災者に勇気を与えるだとか、感動を与えるだとか言う人が多くいましたが、不遜な言葉だと思います。
「夢が叶えられた」「感動していただけた」と言うべきです。
そして、それを受けた第三者が、「夢を与えてくれた」「感動を与えてくれた」と評するのです。
大きな仕事を成し遂げた人、地位の高い人こそ、謙虚になるべきだと思います。
あの二人が高い所から物申すつもりでいるとは決して思いませんから、それだけにあのコメントが残念なんです。

落語・着物割引

movieまたまた「幕末太陽傳」の話題ですが、現在上映している「テアトル新宿」では、「落語割引」と「着物割引」を実施しているそうです。Photo
着物での来館者は当日料金を500円引きにするほか、同じく新宿3丁目にある老舗の寄席「新宿末廣亭」との相互割引も行うという・・・。
同館の「幕末太陽傳」当日券の半券を提示すると新宿末廣亭の当日料金が500円引きに、新宿末廣亭の当日券の半券を同館で提示すると「幕末太陽傳」の当日料金が割引(一般=500円引き、学生=300円引き)になるそうです。Photo_2
私は、有楽町の「ヒューマントラストシネマ有楽町」で観ましたが、何と50歳以上の割引があり、よく分かりませんが、確か当日料金1800円のところを1000円で鑑賞出来ました。
これでいいのだ。・・よね。

じょしらく

cherryblossom「女子」「女子会」「女子・・・」。
「日の元は岩戸神楽の昔より、女ならでは夜も明けぬ国」とは言いながら、最近の女性の勢いは凄まじいものがあります。
落語にも押し寄せているのかなという話題。
マンガ「さよなら絶望先生」の久米田康治さん原作のマンガ「じょしらく」がテレビアニメ化されることが7日発売の別冊少年マガジン2月号で明らかになった。
という記事を見つけましたが、何のことやらちんぷんかんぷん・・。

Photo_4

2

3

「じょしらく」は、落語家の少女たちの日常を描いたマンガで、09年9月から別冊少年マガジンで連載していて、コミックスは現在第3巻まで発売されているんだそうです。
ガールズ落語家漫画。
一話完結の形をとっており、日常のどうでもいいことからネタを広げながら話を展開させていく。
表向きでは落語漫画ということになっているが、実際に落語をする姿は1ページ目の1コマ目で「おあとがよろしいようで」と言う場面でしか見られない。
また、
寄席楽屋が舞台となっており、外に出ることはない。
落語の世界に力が入っているというよりも、舞台として選ばれたという感じなのでしょう。

2012年1月11日 (水)

笑児さんと

shadow破れ家笑児さんと新年会を兼ねて、色々相談を。

  笑児さんと
場所は、笑児さんお馴染みの神保町の「やまじょう」という乙な店。
まず、落研の50周年記念誌「仙都に笑いを」をプレゼントしました。
http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=58416183&blog_id=253792
200906081947000_2それから、美味しい料理と酒に舌鼓を打つ合間に、落語談義が延々4時間・・・。
二人の共通認識は、とにかく高座に上がる機会を増やしたいということで完全に一致していますので、来月の「番外あおば亭」の相談だけでなく、目標にしている「笑児乱志二人会」のこと等々、留まるところを知りません。
どうやら、今の二人の勢いからすると、今夏にも実現できるのでは・・、と思います。
それにしても、またまた時間を忘れて語りこんでしまいました。

やまじょう

bottle破れ家笑児さんのお馴染み。ご推奨の店。
やまじょう
http://chez-kayo.com/blog/post-78/Photo
カウンター10席ほどでいっぱいになる店で、カウンター上に大皿に料理が盛られていて、それから好きな物を選んで・・。
料理は、毎日日替わりで変わるので楽しみ。
また、ひとつひとつの料理に手が込んでいて、とても美味しい。
今夜も、笑児さんと遅くまで落語談義に花を咲かせました。

鏡開き

bomb今日は「鏡開き」。Photo_3
正月の間に供えていた鏡餅を下げて、割り砕いて無病息災と長寿を祈願して食べる習慣を「鏡開き」といいます。
鏡餅をこま切れにする場合は「お供え物に刃を掛けてはならない」という習わしから、包丁などで切らずに、手で割ったり木槌などで割る習慣があります。
その起源は鏡開きの風習の発祥である武家社会で、「餅を刃物で切るのは切腹を連想させる」ということから手で割ったり木槌で砕いたりする(鏡餅を開き割る)ことにより、「鏡開き」という言葉に代えて使ったことから来ているそうです。
商人が「すり鉢」を「あたり鉢」と言うのと同じです。
会社でも、毎年社内各所に供えていた鏡餅で、若手の社員がお汁粉を作ってくれて、ご馳走してくれます。
これがまた美味い。

「幕末太陽傳」のラストシーン

movie先日鑑賞した映画「幕末太陽傳」のデジタル修復版・・。
我が落語徘徊にも、大変に参考になるものだったので、色々調べてみました。
ラストシーンは、佐平次が海沿いの街道を走り去るというものですが、実は別のプランがあったそうです。Photo
映画の最後は、こはるに熱を上げるしつこい旦那を煙に巻こうとした佐平次が、千葉からやって来た旦那の杢兵衛を海蔵寺の墓場に連れて行き、出鱈目な墓を指してそれをこはるの墓であると騙すというものである。
結核を暗示する咳をし、顔色の悪い佐平次に杢兵衛は「(墓石を偽ると)地獄に落ちねばなんねえぞ」と言い、佐平次の体調不良を天罰だと罵る。
すると佐平次は「地獄も極楽もあるもんけえ。俺はまだまだ生きるんでえ。」と捨て台詞を吐き、海沿いの道をどこまでも走って逃げていくというものである。
このラストシーンは、脚本段階では、佐平次は海沿いの道ではなく、杢兵衛に背中を向けて走り始めると墓場のセットが組まれているスタジオを突き抜け、更にスタジオの扉を開けて現代(昭和32年)の街並みをどこまでも走り去っていくものであった。Photo_2
佐平次が走り去っていく街並みはいつかタイトルバックに登場した北品川の風景になり、その至るところに映画の登場人物たちが現代の格好をして佇み、ただ佐平次だけがちょんまげ姿で走り去っていくというものだったという。
これは川島(監督の川島雄三)がかねてから抱いていた逃避願望や、それとは相反する形での佐平次に託した力強さが、時代を突き抜けていくというダイナミックなシーンになるはずだったが、現場のスタッフ、キャストからもあまりに斬新すぎると反対の声が飛び出した。
川島が自らの理想像とまで見なしていた佐平次役のフランキー堺まで反対に回り、結局川島は現場の声に従わざるを得なかった(但し、フランキー堺は後に「あのとき監督に賛成しておくべきだった」と語っている)。
・・・色々な葛藤があるものです。
個人的にはあれで良かった気がしますが、芸術家の思いはねぇ。

誕生日には・・

presentこの歳になると、誕生日と言っても寂しいものです。
そもそも誕生日を知っているのは、家族とほんの一部の人だけです。
ところが、「お誕生日おめでとうございます」なんていうメールが数多く届きます。
要するに機械的に個人情報を登録している、例えばインターネットのプロバイダーだとかいうところからのメールがほとんどです。pc
こういうのは、「放っといてくれぇ」と言いたいです。
先日の誕生日、ありがたかったのは、「まだまだ若い。元気で頑張りましょう」という妹からのメールと、「今のうちに落語三昧をやっておけ」という鬼より恐い?母からのメールでした。
母は、姑(私の祖母)の介護のために、永年勤めていた教職をすっぱりと辞めました。
その時の母の年齢を、私は既に超えています。
その私が、(いまだに)能天気に落語三昧に耽ることが出来るのは、両親が健在であることと、子どもたちがどうにか社会人になれたことに尽きる訳です。
言わば、今が私の人生のひとときの「凪」なのかもしれません。
だから、今のうちに落語三昧をやっておけということで・・・。
その言葉に甘えて、せいぜい三昧生活を続けさせていただきます。

2012年1月10日 (火)

とんだ厄難

door関東では有名な厄除けのお寺で、観音像が盗まれたそうです。
ご本尊ではありませんが、1メートルもあると言いますから、よくもまあ・・という感じです。
この◎◎厄除大師さんは、とんだ厄難でしたが、「これで衆生の厄難を祓えるのか?」なんていうのは、「○○天神の宮司の倅が大学受験浪人した」という噂と同じ、野暮なブラックユーモアでしょうか?
それにしても罰当たりな輩がいたものです。
こうなると、大師様と泥棒との知恵比べですね。
知恵と悪知恵の弘法(攻防)という訳で・・。

昭和元禄落語心中

book昨秋、「昭和元禄落語心中」というコミックを買いました。1
満期で出所の模範囚。だれが呼んだか名は与太郎。 娑婆に放たれ向かった先は、人生うずまく町の寄席。 昭和最後の大名人・八雲がムショで演った「死神」が忘れられず、生きる道は噺家と心に決めておりました。 弟子など取らぬ八雲師匠。惚れて泣きつく与太郎やいかに……!?昭和元禄落語心中・与太郎放浪篇、いざ幕開け!!
・・・とその時に、第2巻が年明けに出るということでした。
そして、遂に第2巻が刊行されるそうです。
2 惚れ抜く八雲師匠の芸だが,オイラにゃできねぇ、気づき始めたこの与太郎。小夏の父ちゃん・亡き助六のすげぇ落語に取りつかれ、迎えた師匠の独演会、やっちゃいけねぇヘマをした。破門と言われた与太郎と、与太をかばう小夏の二人に、師匠が語る約束の噺たぁ……!? 与太郎放浪篇から八雲と助六篇へ。「長ぇ夜になりそうだ――」
・・・また買っちゃうんだろうなぁぁ。

特捜最前線

sandclockかつて「特捜最前線」という刑事ドラマがありました。
「私だけの十字架」というエンディングソングも好きでした。
notes愛の形見消せない。あぁあの人は私だけの十字架。note
http://www.youtube.com/watch?v=FnEYTf3zyMk&feature=related
この「特捜最前線」などで知られる俳優の二谷英明さんが亡くなりました。
先日観た「幕末太陽傳」では、志道聞多(後の井上馨)の役を好演していました。
・・・また、「昭和」が遠くなって行きます。

案ずるより・・?

foot色々ことわざはありますが、何か違和感のあるフレーズを見つけました。
          案ずるより
JR東日本の"新・ことわざ"で「案ずるより東北は易し」というの・・。
何に案ずるの?という部分もありますが、感覚的に「易し」はないだろうって思いました。
そもそもセンスの悪いフレーズですが、どうしてもと言うならば、「安し」か「寧し」の方が良いと思います・・。
「安し」は安易で同じイメージになるかもしれないし、「寧し」は読みづらいかもしれませんが。
そもそも、何も心配や不安を感じる必要はありませんよと言いたいなら、「案ずる」なんていうネガティブな単語を冒頭に使うのが間違い。
JRのセンスを案じてしまいました。

山手線「芝浜」?

subway「山手線の品川―田町間に新駅構想」という記事。Photo
JR東日本が東京・山手線の品川―田町間に新駅を作ることを検討している。
オープンは早くても2020年頃になるが、 山手線としては西日暮里駅以来40 年ぶり、30番目の駅になる。
品川―田町の駅間は2.2キロあって、山手線では一番長い。
予定地は品川から北へ1キロの港区高輪付近だ。
いまは車両基地として使われているが、2013年に東海道線と東北3線が直通になるのに伴い、スペースに空きができる。
JR東と東京都にはショッピング、ビジネスなどのエリアとして再開発計画があり、国も外国企業の誘致を目指す地域に指定している。
JR東は山手線を海側にずらして新駅を建設するという。
車両基地があるため、品川―田町間に線路を横切る通路は地下道がひとつあるだけ。
生活圏としてはまことに不便な街だ。
駅ができればがらりと変わるのは間違いない。
その実例が40年前の西日暮里で、これは地下鉄との乗り入れで実現したのだが、それ以前から住んでいる人は「ホントに寂しいところだった」という。
今のにぎわいはご存知の通りだ。

・・・確かに、東京から品川に向かう途中で田町駅を過ぎると、広大な土地(車両基地?)があります。
ある落語好きがこんなつぶやきをしていました。Photo_2
多分、地理からいって「芝浦」駅になるんだろうけど、どうせなら「芝浜」駅にして、名物に「皮財布」出してほしい。
確かに「芝浜」の舞台に近いと思いますが、今では海から随分中に入った場所になっていますから・・・。
でもまあ、マイノリティのささやかな洒落、マジな夢かもしれません。

2012年1月 9日 (月)

初望月?

fullmoon初望月・・・?
初望月?
こんな言葉があるとは思いませんが、今夜は今年最初の満月です。
先月というか、暮れの満月の日は、皆既月食でした。
冬晴れの夜空にくっきりと映える満月の美しさに、暫し寒さを忘れて見入りました。

パーコーカレーライス

restaurant秋葉原駅を出て、神田川を万世橋で渡ると「肉の万世」のビルがあります。Photo
上から下までレストラン等の飲食店だらけのビルです。
ここの1階に「TRIM」という、昼は喫茶・夜はバーになっている店があります。
http://www.niku-mansei.com/contents/02honten/01trim.html
街歩きをする時に時々立ち寄りますが、ここのカツサンドやハンバーグサンドは絶品です。
昨日、この店に行って、ちょいとドジをやってしまいました。1
店内に入ると、ちょうど昼食時で、禁煙席は満席でしたが、ちょうど席を立つ人がいたので、その席に座ることにしました。
コートを脱いだ時に、袖が、まだ片付けていなかった飲み物のカップに触れて、床に落ちた瞬間に、ガラスが割れ、中に残っていた氷が散乱。
周囲のお客さんから注目される始末。
店の人にお詫びをして、箒でガラスの破片を掃いてもらって・・・。
やれやれ・・・。
それでという訳ではありませんが、昨日はパーコーカレーライスを注文しました。
同じ1階にラーメン屋さんがあり、パーコーラーメンをやっていますので、トッピングは同じです。
カツカレーとも違い、なかなかです。

言葉の響き

book談志師匠の名著「現代落語論」を通勤の行き帰りに、ほんの少しずつ読んでいますが、途中、いくつか興味深い部分があります。
例えば、言葉の響きということ。
訛りのない美しい発音。
私は、田舎育ちですが、訛りなどないと思っていました。
ところが、師匠に稽古をしていただくと、イントネーションの違いを指摘されることが度々あります。
勿論、日本語として正しいか否かではなく、江戸落語を演る上で、当時の言葉になるべく忠実に語るには、かなり神経を使わないといけません。
全く話は変わりますが、昭和40年代に「戦争を知らない子どもたち」という大ヒット曲があります。
名曲だと思いますが、気になる点があるんです。
「戦争が終わって僕等は生まれた 戦争を知らずに僕等は育った」
「僕等の名前を覚えて欲しい 戦争を知らない子どもたちさ」・・・。

問題は「戦争」です。
字で表わすのは難しいのですが、この「戦争」という歌詞のイントネーションなんです。
「戦争」を、平坦ではなく、「千艘」と同じ、「せ」のトーンを高く発音します。
音階とのバランスで難しいですが、とても惜しいと思います。
談志師匠も、これを話題にしています。
「赤とんぼ」という、これまた国民的な歌で、作曲者の山田耕筰は、三木露風の詩の美しい響きに忠実に名曲を作りました。
一方で、談志師匠は、「有楽町で逢いましょう」を例に出します。
「貴方を待てば雨が降る 濡れて来ぬかと気にかかる」という歌詞。
穴田を待てばが降る 濡れて小糠掛かると発音・・。
・・・面白い。

案内葉書

eye「番外あおば亭」のチラシを葉書サイズに縮小印刷してみました。
案内葉書
チラシはA4サイズで、やや大きめですから、ちょっと使ってみようかと。

2012年1月 8日 (日)

初詣

paperやはり浅草の観音様にお参りをと、誕生日に合わせて・・。
       初詣
まだまだお参りする人の多いこと。
人込みに流され、身体を預けながら、時には"おしくら饅頭"をしながら、手を合わせて、様々なことを祈願しました。
仲見世から1・2本脇の通りにも、「和」の品物を売る店が軒を連ねていて、見るだけでも楽しくなります。
日本には、日本にしかない素晴らしいものがたくさんあります。
平和な誕生日の1日が過ぎて行きます。

落語はやおき亭

chick今日も寒いです。
  ◇ つる      桃月庵白酒
鶴という鳥の名前の言われをこじつけるという前座噺ですが、適当に蘊蓄も入っていて、とても楽しい噺です。
「両国橋」と「一石橋」の言われなんてね。
前座噺というのは、噺としては他愛もないストーリーですが、様々な蘊蓄を教えてくれます。
「道灌」は、七重八重・・の和歌。
「牛ほめ」は、家と牛を褒める口上。家は総体檜造り・・。
「子ほめ」は、栴檀は双葉より芳しく・・。
「一目上がり」は、賛、詩・・・。
「金明竹」は、道具七品・・。
一般教養として、大変参考になります。
前座さんに、さりげなく世の中の常識や知識を仕込んでいるんでしょうか。
それとも、こういう常識を逆手にとってお笑いにするという、落語国の住人の反骨精神からなのでしょうか・・・?

番外あおば亭

present自分の誕生日を機に、「番外あおば亭」のご案内。
  番外あおば亭
会場の「浅草ことぶ季亭」のキャパシティは大きくありませんが、落研有志の初めての自主公演ですから、多くの方々にご来場いただきたいと思います。
いつもご贔屓してくださる方、ちょいと覗いてみようと興味をお持ちの方・・・。

落語DEデート

drama誕生日の8日は、「初薬師」ですね。
   ◇ 初天神    六代目三升家小勝
この「初天神」は、一年中演じられている、ポピュラーな落語の最右翼でしょう。
三升家小勝師匠は、飴と凧の場面を、12~3分で演じています。
そして、私にとって六代目小勝師匠と言えば、勿論リアルタイムでは存じ上げませんが、何と言っても「水道のゴム屋」という新作です。
初めてラジオで聴いて、何故か気に入って、とうとう落研の発表会で演ってしまいました。
「水道のゴム屋」というのは、小勝師匠の自作自演の噺です。
23歳の時に八代目桂文楽に入門する前には、東京市水道局に勤めていて、金町浄水場で技師をやっていたそうです。
その経験を生かして作った落語が「水道のゴム屋」で、小勝師匠の代表作です。
三遊亭圓歌師匠の歌奴時代の「授業中」や「浪曲社長」は、浪花節をやって人気を得ましたが、小勝師匠は既に「水道のゴム屋」で浪花節をやって受けていたそうです。
この噺は、小僧さんが水道のゴムなどを売り歩くストーリーですが、例えば「豆屋」などとパターンが似ています。
ところで、小勝師匠は、現在の東京電機大学の前身である神田錦町の電機学校の出身ですから、落研出身の噺家の「はしり」・・・?
いやいや、元々大学落研は、昭和20年代後半に小沢昭一さんたちが早稲田大学に作った落研が最初だと言われますから、戦前が学生時代だった小勝師匠の頃はなかったはず。 
「こんちわ~ぁ、水道のゴムはいかがですかぁぁ」

妙法蓮華経如来寿量品

note「般若心経」にしようか、お題目にしようか・・・。
「揺れるとき」に入れるお経です。
     妙法蓮華経如来寿量品
「開経偈」は・・・、
無上甚深微妙の法は百千万劫にも遭いたてまつること難し。
我今見聞し受持する事を得たり。
願わくは如来の第一義を解せん。
至極の大乗思議すべからず。見聞觸知。皆菩提に近づく。
能詮は報身。所詮は法身。色相の文字は。即ち是れ応身なり。
無量の功徳。皆是の経に集れり。是の故に自在に。
冥に薫じ密に益す。有智無智。罪を滅し善を生ず(ぜん)。
若は信若は謗。共に仏道を成ず。三世の諸仏。
甚深の妙典なり。生生世世。値遇し頂戴せん。

そして、「妙法蓮華経如来寿量品第十六」が良いのでしょう。
http://nicosound.anyap.info/sound/sm13775970
いずれにしても、我流でも何度か唱えてみて、どちらが場面の雰囲気に合うかを確認してみようと思います。
 自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇
 常説法教化 無数億衆生 令入於仏道 爾来無量劫
 為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法
 我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見
 衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心
 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命
 時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅
 以方便力故 現有滅不滅 余国有衆生 恭敬信楽者
 我復於彼中 為説無上法 汝等不聞此 但謂我滅度
 我見諸衆生 没在於苦海 故不為現身 令其生渇仰
 因其心恋慕 乃出為説法 神通力如是 於阿僧祇劫
 常在霊鷲山 及余諸住処 衆生見劫尽 大火所焼時
 我此土安穏 天人常充満 園林諸堂閣 種種宝荘厳
 宝樹多花果 衆生所遊楽 諸天撃天鼓 常作衆伎楽
 雨曼陀羅華 散仏及大衆 我浄土不毀 而衆見焼尽
 憂怖諸苦悩 如是悉充満 是諸罪衆生 以悪業因縁
 過阿僧祇劫 不聞三宝名 諸有修功徳 柔和質直者
 則皆見我身 在此而説法 或時為此衆 説仏寿無量
 久乃見仏者 為説仏難値 我智力如是 慧光照無量
 寿命無数劫 久修業所得 汝等有智者 勿於此生疑
 当断令永尽 仏語実不虚 如医善方便 為治狂子故
 実在而言死 無能説虚妄 我亦為世父 救諸苦患者
 為凡夫顛倒 実在而言滅 以常見我故 而生・恣心
 放逸著五欲 墮於悪道中 我常知衆生 行道不行道
 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生
 得入無上道 速成就仏身

 ・・・・・・
南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・。


新年早々、やや抹香臭い話題になってしまいましたか・・・?
こんなことも、落語を作り上げる楽しみのひとつです。

誕生日

birthday1月8日は私の「誕生日」です。
最近はもう、とうとうここまで来ちゃったかという感じです。

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1月8日ってどんな日なのでしょう・・・。
■平成スタートの日
 1989(昭和64)年1月7日朝の昭和天皇の崩御を受け、臨時閣議で元号を「平成」と決定し、翌8日から新しい元号がスタートした。「平成」は最初の年号「大化」以来247番目の元号で、初めて政令により新元号が定められた。

・・・覚えています。東京も吹雪の日でした。
■勝負事の日
 「一か八かの勝負」から。

・・・一と八だから、「幇間の日」なんていうのはないのでしょうか?
■ロックの日
 1935(昭和10)年にエルヴィス・プレスリー、1947(昭和22)年にデビッド・ボウイが生まれた。
■初薬師
 毎月8日は薬師如来の縁日で、1年最初の縁日は「初薬師」と呼ばれている。
■今日が誕生日の有名人
 小泉純一郎、金正恩
■今日が命日の有名人
 ガリレオ・ガリレイ、周恩来、三橋美智也
落語に出会い、時を経てまた落語に戻って来て・・、気がつけばもう、こんなに黄昏てしまいました。
仕事はもうここまでです。
落語はまだこれからです。

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2012年1月 7日 (土)

上田宗箇 武将茶人の世界展

japanesetea「幕末太陽傳」の後、銀座松屋で開催されている展覧会「上田宗箇 武将茶人の世界展」に行きました。Photo_4
桃山時代、武将で茶人、かつ作陶も行った一人の人物がいました。
その名は上田宗箇(1563-1650)。
秀吉の側近大名として仕え、武士として一番槍にこだわって勇名を馳せ、関ヶ原合戦後、広島に移封した縁戚の浅野家で一万七千石の客分として過ごしました。
一方、時の天下一宗匠 古田織部の直弟子として茶の湯に深く傾倒し、共に武家の茶に相応しい価値観の創造に努め、今日まで続く上田宗箇流茶道の礎を築きました。
宗箇は、利休の一切をそぎ落とした「わび」と、織部の多様な「へうげ」の世界を融合させ、自らの茶道具の美意識を「ウツクシキ」という言葉で語っています。
本展は生誕450年を記念し、武将茶人・上田宗箇の美意識の真髄に迫ります。
自作の赤楽茶碗 銘「さても」や大坂夏の陣の行軍中に削った竹茶杓 銘「敵がくれ」のほか、秀吉・織部・家康などとの親交を示す上田家伝来の歴史資料や茶道具の名品約150点を展観。
また、かつて広島城内にあった上田家上屋敷の茶室「遠鐘」や鎖の間を再現し、日本文化史上、最も華やかであった桃山の「ウツクシキ」武家茶の世界を紹介します。

今から450年以上前の、戦国時代から江戸時代にかけての、武将でもあり茶人でもあったという「上田宗箇」という人の展覧会です。
私は、茶道の素養などは、落語の「茶の湯」の程度ですが、日本人として、相通ずるものがあると思います。
昔の人の文化いうか、教養レベルは、本当に高いと思います。

出る杭は・・

house「出る杭は打たれる」という言葉がありますが・・。
出る釘は
電車内の吊り広告で、面白いのを見つけました。
「出る釘は打ちたいという・・。
私はパチンコというのはやりませんが、「パチンコ必勝ガイド」っていう雑誌?の広告でした。
正しくは、「(玉が)出る台で打ちたい」ということでしょうが、「釘」が良いですね。
何かこう・・・愛好者の気持ちが分かる気がしました。
「瞳を閉じて」というそれなりにヒットした歌があります。
どう考えでも「瞼を閉じて」が正しいと思いますが、何となく納得してしまう不思議さがあるのですが、それにちょっと似ていますかなあ。

幕末太陽傳

movie待望の「幕末太陽傳」を観ることが出来ました。
     
この映画は物凄い!
以前、テレビで放映している一部分を横目で観たことがありましたが、実はフランキー堺さんが、あんまり好きではなかったこともあり、「随分忙しくてうるさい映画だな」ぐらいにしか思いませんでした。
ところが、こりゃあもう落語好きにはたまりません。
「居残り佐平次」「品川心中」「三枚起請」「付き馬」「文七元結」「大工調べ」「お見立て」「親子の遊び」「おせつ徳三郎」・・・・、こんな落語の名作の数々が、練り込まれているんです。
それから、落語を演る立場からも、煙草盆や火鉢や帳場、廓や品川の海、花魁の生態や様々な商売など、実際に動いているのを見られるのも貴重です。
     
頃は幕末--ここ品川宿の遊女屋相模屋に登楼したのは佐平次の一行。
さんざ遊んだ挙句に懐は無一文。
怒った楼主伝兵衛は佐平次を行燈部屋に追払った。
ところがこの男黙って居残りをする代物ではない。
いつの間にやら玄関へ飛び出して番頭みたいな仕事を始めたが、その要領のよいこと。売れっ妓こはるの部屋に入浸って勘定がたまる一方の攘夷の志士高杉晋作たちから、そのカタをとって来たり、親子して同じこはるに通い続けたのがばれての親子喧嘩もうまく納めるといった具合。Photo_3
しかもその度に御祝儀を頂戴して懐を温める抜け目のない佐平次であった。
この図々しい居残りが数日続くうちに、仕立物まで上手にする彼の器用さは、女郎こはるとおそめをいかれさせてしまった。
かくて佐平次は二人の女からロ説かれる仕儀となった。
ところが佐平次はこんな二人に目もくれずに大奮闘。
女中おひさにほれた相模屋の太陽息子徳三郎は、おひさとの仲の橋渡しを佐平次に頼んだ。
佐平次はこれを手数料十両で引受けた。
あくまでちゃっかりしている佐平次は、こはるの部屋の高杉らに着目。
彼らが御殿山英国公使館の焼打ちを謀っていることを知ると、御殿山工事場に出入りしている大工に異人館の地図を作らせ、これを高杉らに渡してまたまた儲けた。
その上焼打ちの舟に、徳三郎とおひさを便乗させることも忘れなかった。その夜、御殿山に火が上った。
この事件のすきに、ここらが引上げ時としこたま儲けた佐平次は旅支度。そこへこはるの客杢兵衛大尽が、こはるがいないと大騒ぎ。
佐平次は、こはるは急死したと誤魔化してその場を繕い、翌朝早く旅支度して表に出ると、こはいかに杢兵衛が待ち構えていてこはるの墓に案内しろという。
これも居残り稼業最後の稼ぎと、彼は杢兵衛から祝儀をもらうと、近くの墓地でいいかげんの石塔をこはるの墓と教えた。
杢兵衛一心に拝んでいたが、ふと顔をあげるとこれが子供の戒名。
欺されたと真赤になって怒る大尽を尻目に、佐平次は振分けかついで東海道の松並木を韋駄天走りに駈け去って行った。
     

ただし、今から見ると、きら星のごとくの名優たちが出演しているのですが、正直なところ、石原裕次郎と小林旭は、ミスキャストだと思いました。そもそも、あんな八重歯というか牙の裕次郎みたいな侍がいる訳がない・・。
「太陽傳」という名前にも疑問を持っていたのですが、この映画が製作された時期こそ、「太陽族」が大人気だった頃のようなのです。
作品の冒頭に「日活製作再開三周年記念」と表示される。
戦時中の企業整備令によって大都映画、新興キネマと日活の製作部門が合併して大映が誕生。これは国策会社なので終戦で解散するはずがなぜか存続したので、戦後は配給興行に甘んじて来た日活が、昭和28年(1953年)に映画製作再開を宣言して、翌昭和29年(1954年)に調布の日活撮影所が竣工して製作再開してから3年目という意味である。新生した日活は、技術部門を東宝から、監督部門を松竹大船撮影所から主に引き抜き、この三周年記念映画を任された川島雄三もまた松竹大船からの移籍組(他に西河克己、鈴木清順、今村昌平などがいる)である。
日活は文芸映画や新国劇との合作を主としていたが、昭和31年(1956年)に「太陽の季節」を大ヒットさせると、石原裕次郎という新時代のスターが主演する若者向け映画会社へと変貌を遂げていた。
しかし、この映画によって登場した太陽族に対する世間の風当たりは強く、日活内部でも「太陽族映画」を拒否する傾向が強かった。
そんな中で川島の提出した脚本はまさしく幕末の太陽族を意識させずにはおかないものであり、以後映画が完成するまでの間、川島と日活上層部との軋轢は絶えなかったという。
また、3周年を記念する大作が古典落語をつなぎあわせた喜劇映画であったこと、石原裕次郎などスター俳優を脇に回して軽喜劇で人気を博していたフランキー堺を主役に据えたこと、品川宿のセット予算など制作費の問題で会社と現場との間で軋轢があったこと、そして川島がかねてから抱いていた待遇の不満などが積み重なり、結局この映画を最後に日活から東京映画へと移籍することになった。
      

・・・なるほど、世相を反映していますし、「太陽傳」となった背景も分かります。
それにしても良かった。
日本の映画も、一部のミスキャストを除けば、まんざら捨てたものではありません。
良い勉強になりました。

七草

bud「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」。
200pxnanakusa_gayu_on_nanakusa_no_s(せり)~川辺・湿地に生える      
(なずな)~ペンペン草               
御形(ごぎょう)~母子草                   
繁縷(はこべら)~小さい白いはこべ 
仏の座~田平子(たびらこ)
(すずな)~蕪(かぶ)               
蘿蔔(すずしろ)~大根
七草は、人日の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った粥を食べる風習のこと。
本来は「七草」と書いた場合は秋の七草を指し、小正月1月15日のものも「七種」と書いて「ななくさ」と読むが、一般には7日正月のものが七草と書かれる。
現代では本来的意味がわからなくなり、風習だけが形式として残ったことから、人日の風習と小正月の風習が混ざり、1月7日に「七草粥」が食べられるようになったと考えられる。

七草粥は、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。
呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。
Photo_2
七種は、前日の夜にまな板に乗せて囃し歌を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。
囃し歌は鳥追い歌に由来するものであり、これは七種がゆの行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられているようです。
「七草粥」の囃子というのは、「七草なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に、トントンぱたりトンぱたり、イテテッテッテッテ‥‥」と歌われているそうです。
「大陸から渡ってくる鳥の翼にはいろいろな害虫や病気があるので、日本に渡って来る前に七草粥を食べて厄を落とし、元気で1年間を過ごそう」 というのが、この囃子の由来だという説もあるとのこと。
三遊亭金馬師匠は、ほとんど聴くことのない「七草」という噺で、「七草囃子」を面白おかしく演じています。
・・・どんなストーリーだったかと言いますと・・。
七越という花魁は美人で芸達者だが、料理をつまみ食いをするというのが悪い癖。
ご内所からお座敷では絶対につまみ食いをしないように言い含められて、最初は言いつけを守っていたものの、ついに我慢できなくなって、骨の硬いホウボウという魚をつまみ食いして、その骨が喉に突き刺さってしまいます。
客が、痛がっている七越の背中を箸で叩きながら、「トントンパタリ、トンパタリ」とやると、七越が、「イテテッテッテッテ」・・。

般若心経

paper千早亭で演る予定の「揺れるとき」に入れる「般若心経」のこと。 Photo
「般若心経(はんにゃしんぎょう)」は仏教経典。
原名をプラジュニャーパーラミター・フリダヤ・スートラといい、『般若波羅蜜多(はらみった)心経』の略。『心経』とも略す。
フリダヤ(心)は心臓を表し、心髄・中心などを意味する。
種々つくられ、しだいに増広されて膨大なものとなった般若経典群のうち、その中心思想をきわめて簡潔に述べた経で、仏教の全経典のうち、もっとも短いものに属する。
そのなかに、「色即是空(しきそくぜくう)、空即是色」(いろ・かたちをもって現れているものは、実体としてあるのではなく、実体としてあるのではないからこそ、いろ・かたちをもって現れる)の有名な語句があり、末尾に真言(しんごん)があって、古来日本人には親しい。
原典はしばしば漢訳され、現存するものも7種あるが、寺院や民間でよく読まれ写経されるのは、玄奘(げんじょう)訳『般若波羅蜜多心経』である。

http://www.youtube.com/watch?v=Vohsba-978o&feature=related
觀自在菩薩 行深般若波羅密多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
舍利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識
亦復如是 舍利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不淨 不增不減
是故空中無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色聲香味觸法
無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明盡 乃至無老死
亦無老死盡 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵
依般若波羅密多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離顛倒夢想
究竟涅槃 三世諸佛 依般若波羅密多故 得阿耨多羅三藐三菩提
故知般若波羅密多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒
能除一切苦 真實不虛 故說般若波羅密多咒 即說咒曰 揭諦揭諦
波羅揭諦 波羅僧揭諦 菩提薩婆訶

師匠は、最後の「・・・
揭諦揭諦 波羅揭諦 波羅僧揭諦 菩提薩婆訶」あたりを入れてお演りになっています。
ちょっと真似事をしてみようと思います。

2012年1月 6日 (金)

・・南蛮(そば)

noodle蕎麦屋さんに行くと、「鶏南蛮」だとか「肉南蛮」だとか「カレー南蛮」に「鴨南蛮」なんていう名前のメニューがあります。
「・・南蛮」の「南蛮」って何?ということで、調べてみました。
Photo_3 例えば、「鴨南蛮そば」は、合鴨(マガモとアヒルの雑種)の肉とネギを種にしているかけそばのことです。
江戸時代にネギのことを「南蛮」と呼んでいたことが、そのままそば店のメニュー名で受け継がれているのです。
では、なぜネギを南蛮と呼ぶのでしょうか。
もともと南蛮とは、中国からみて野蛮な地域とされたインドシナなど南海諸国のことをさす言葉で、その影響からか、江戸時代の日本でも南洋の国々を南蛮と呼び、また、その地を経由して来る外国人を南蛮人と呼んでいました。
また、南蛮人がネギをよく食べたことから、ネギを南蛮と呼ぶようになったともいわれています。

・・・なるほど、納得しました。
そんなことも知らないの?なんて言われるかもしれません。
ところで、「時そば」で食べる「卓袱(しっぽく)」っていうのは、どんな蕎麦なのでしょうか。
蕎麦屋さんに行ってもありません。
数種類の煮込んだ野菜が入っている。現在では京都・香川県などで、「しっぽくうどん」の麺を蕎麦に代えたものを指す。
元々は寛延年間の江戸で、しっぽくうどんの影響を受けて成立した種もの蕎麦で、おかめ蕎麦の原型とも言われる。
古典落語『時そば』の中にも「しっぽく」が出てくるが、現在の関東地方の蕎麦屋には無いことが多い。

・・・なるほどね。それで分からないんですね。
京都あたりには、「卓袱うどん」というのがあるそうです。
京都の卓袱うどんは、しいたけの煮付け、かまぼこ、ゆば、板麩、三葉などを載せたもので、つゆは他のうどんと変わりがない。
讃岐・京都などに伝えられており、地域によって具・出汁など内容が異なる。
山形にも「しっぽく」が訛ったと推定される「すっぽこうどん」がある。
元々は江戸時代に卓袱料理の影響を受けて京阪地区で考案されたうどん。

一目上がり

cherry別名「七福神」というおめでたい噺です。
新年の挨拶に来た八つぁんは隠居の家にある掛け軸に目が向く。
「雪折れ笹」の絵に賛が付いていて”しなわるるだけは答えよ雪の竹”の意味を聞くと「雪が積もって折れ曲がっていても春になれば元の笹になる。苦難があってもいつかはそれが取れるもので、我慢が肝心だ」という。
掛け軸を見て感心し、思わず「音羽屋!」と褒めると、隠居にそんな褒め方をしてはいけない。「結構な賛(三)ですね!」と言いなさい。そうすればお前に対する世間の見る目が変わり、八公と言われているのが八つぁんになり、八つぁんが八五郎殿になり、それが八五郎様と呼ばれるようになるからと諭される。

「がらッ八」と呼ばれている大家さんのところへ行き、掛け軸を見せてもらい褒めようとした。字だけで読めないので読んでもらうと”近江(きんこう)の鷺は見がたく、遠樹(えんじゅ)の烏見易し”大家は「近くの雪の中のサギは目立たないが、遠くのカラスは目立つと言い、良いことは目立たないが、悪いことは直ぐ露見する」という。この書から「結構な三ですね!」と褒めると「いいや、これは根岸の亀田望斎先生の詩(四)だ」。
八つぁんは、これは隠居の裏に住んでいる大家だから、サイコロの目と同じに三の裏が四なんだと思った。
次にお医者さんのところで褒めようと伺うと、「八五郎君ですか」と今までにない呼ばれ方をされてしまった。
掛け軸を見せてもらうと「仏は法を売り、祖師は仏を売り、末世の僧は祖師を売り、汝五尺(ごしゃく)の身体を売って、一切衆生の煩悩をやすむ。柳は緑、花は紅(くれない)の色いろ香。池の面(おもて)に月は夜な夜な通えども水も濁さず影も止めず」だな。
「結構な四ですね!」と言うと今度は「これは一休禅師の悟(五)だ」という。

八つぁんは「何だ一目ずつ上がってる。今度五と言ったら六と言われるから、はじめから六と言おう」。と先回りして言うことにした。
芳公のところで一本しかない掛け軸を出してきた。「賑やかな絵だな。男の中に女が一人混じっているが、間違いはないだろうな。」「バカ言うなよ」。「なんて書いてあるんだ」、「上から読んでも、下から読んでも同じめでたい文なのだ。”ながき夜の とをの眠りの みなめざめ 波のり舟の 音のよきかな”」。
「結構な六だな」と言うと「いいや、これは七福神(の宝船)だ」。

落語らしい噺です。
「十徳」という噺は、「ご(五)とく・ご(五)とくで十徳゛から、数字が若くなるバターンですが、言葉遊びとしても面白いと思います。
ところで、この「一目上がり」という噺は、先輩の杜の家頓平師匠が、現役時代に十八番にされていたようです。

ミュンヘンへの道

scissors「アタックNo,1」だとか「サインはV」だとか、女子バレーボールのアニメの人気が最高潮になったのは、やはり東京オリンピックの"東洋の魔女"の影響だったのでしょうか。
当時、女子に比べて影が薄かった男子を、一躍人気者にしたのが、「松平康隆」監督でした。Photo_4
ミュンヘンオリンピックで、日本男子が悲願の金メダルを獲得した時、私は中学生のリアルタイムの出来事でした。
興奮しましたよ。
毎週日曜日の夜に、「ミュンヘンへの道」というアニメのノンフィクション番組があり、一生懸命視聴していました。
森田・横田・大古・猫田・島岡・中村・佐藤・・・。
懐かしい名前が蘇ります。
その監督だった松平さんがお亡くなりになったそうです。
産経新聞の記事で見つけました。
日本バレーボール協会名誉顧問の松平康隆氏が昨年12月31日、肺気腫のため東京都内の病院で死去していたことが5日、分かった。81歳だった。葬儀・告別式は近親者のみで行った。
後日、お別れの会を開催する。東京都出身。
慶大法学部を経て、日本鋼管へ入社。全日本男子チームのコーチとして、昭和39年の東京五輪で銅メダルを獲得した。
その後、全日本監督に就任。長期的な計画を立ててチームを強化し、43年のメキシコ五輪で銀メダル、47年のミュンヘン五輪では男子バレーで初の金メダルに導いた。
外国人選手との体格差を埋めるため、速攻や時間差など、今では主流となっている攻撃スタイルを考案した。
バレーボールの世界への普及・発展にも尽力し、平成10年には日本人で初めてバレーボール殿堂入り。
平成12年には国際バレーボール連盟から、20世紀世界最優秀監督賞に選ばれた。16年、旭日中綬章受章。

聞くところによれば、故人の最期の言葉は、「バレーボール一筋に人生を終えられて非常に幸せでした。自分の人生でやりたいことは全部できましたし、思い残すことは何もない人生でした。」と・・・・。 
物凄い言葉だと思います。
・・・また、昭和の達人が一人天国に旅立たれました。
落語とは関係ありませんが・・。

小寒

snow今日は二十四節気の「小寒」。Photo_5
寒さが最も厳しくなる前とか、寒さが加わる頃という意味で、いわゆる「寒の入り」のこと。
寒中見舞いを出し始めるときでもあります。
小寒後15日で大寒に入り、大寒後15日で、寒が明けます。
小寒から節分までが寒の内と呼ばれています。
寒の内とは一年の内最も気候の寒い季節のことで、暦の上の寒の内が実際には気温の最も低い季節です。
最近、テレビやラジオで天気予報を聴いていると、よく「今日の関東地方は冷え込みます。真冬並みの寒さになります」なんていうコメントが流れます。
天邪鬼な私は、とてもおかしな表現だと思います。
だって、今が真冬なんだから、真冬並みの寒さというのはおかしい。
せめて、真冬の寒さと言うべきだと思います。
そもそも、真冬に真冬並みと言ってはいけないのです。
春先にとても寒い日があったり、秋の冷え込む日に、真冬並みの寒さというのが正しいと思うのです。
12月や1月・2月に、真冬のような(真冬並みの)寒さなんて言うのはないんです。

2012年1月 5日 (木)

時事小噺

signaler小噺をひとつ・・・。
特別手配されていた元オウム真理教幹部が、警察に出頭した時に、応対した女性警察官が即座に「うっそぉっ」と言って取り合わなかったんだそうですな。
これが本当の「オウム帰し(鸚鵡返し)」ですよ。catface
随分「警察(軽率)」な警官がいたもので。
「本当に警察官なんですか?」
「そうさ(捜査)、けえしちゃう(警視庁)んだよ。」・・・。
pig
本当に日本は大丈夫なんでしょうか?
この女性警察官は、出頭して来た男に向かって「うっそぉっ」って言った訳でありますから、何が何でもすぐに捕まえなくてはいけなかったはずですよ。
だって、嘘つきは泥棒の始まり。泥棒を捕まえるのは警察官の大事な仕事のひとつ。
それが物事の順さ(巡査)。horse
本当に私は大丈夫なんでしょうか?

pen昨年の漢字は「絆」でした。
Photo_2親しい人との結びつきを求める「絆志向」が強まっていると言われる中で、この正月休みを利用して各地で「同窓会」を開催する動きが目立っているそうです。
世の中には、同窓会などの幹事を代行する会社があるそうで、ここには去年を大きく上回る依頼が寄せられているということで、やはりみんな心細かったり、寂しかったりしているんですね。
私は昨年、高校の同窓会を「出席」としていたのにサボってしまい、二次会の会場から自宅に、同級生10人ぐらいが電話をかけて来てくれました。
やはり、友だちは大切にしないといけません。
帰省して、自分の両親と子どもたちとを見渡すと、「絆」というよりも「繋がり」というのを感じます。
父が自分の還暦の誕生日に生まれた長男(父には孫)を愛おしそうに見る眼に、連綿と続く(続けていかなければならない)家族の繋がりの尊さを感じます。
まだ長男には分からないと思いますが、そのうちに彼も感じ、理解してくれることでしょう。
駅伝で、母校の「襷」を繋げるために青春を懸ける若者たちの姿に感動するのも、人の生き物としての荘厳な営みに重なるからでしょう。

日本は本当に大丈夫?

cancer日本という国は、本当に能天気だなという話題。
先日逮捕された、特別指名手配されていたオウム真理教元幹部が、何度も警察に出頭を試みていたそうです。
面会した弁護士によると、捜査本部のある警視庁大崎署へ出頭したが、入り方が分からず断念。
情報提供を求める警察のフリーダイヤルに約10回電話したにもかかわらず、話し中でつながらず。
丸の内署に出頭した際は、名乗ったものの「ウソ」と疑われる始末。
特別手配犯がまさかの“たらい回し”に遭っていたという・・・。
とても俄かには信じられない話です。
新聞によれば・・・、滝本弁護士によると、平田容疑者は12月31日午後9時前、JR大崎駅から歩いて大崎署へ行ったが、署への入り方が分からず諦めた。
駅へ戻る途中の公衆電話で、オウムの特別手配容疑者に関する情報提供を呼びかけるフリーダイヤルに約10回電話。
ところがずっと話し中で、仕方なく110番。「平田信の担当はどこか」と尋ねると「警視庁だ」と告げられたという。
その後、時間をつぶしながらJRと地下鉄日比谷線を乗り継いで警視庁本部へ。
警視庁の捜査でも恵比寿、霞ケ関両駅の防犯カメラに平田容疑者が写っているのが確認された。
年明け間近となった午後11時35分頃、警視庁本部の正面玄関で名乗り出て出頭しようとしたが、警備の機動隊員が悪質ないたずらと判断。
丸の内署に行くよう指示したため、平田容疑者は同50分頃、同署に出頭した。
ところがここでも、最後の“トラップ”が。
女性警察官に名乗ったものの「ウソ」と疑われたため「ほら僕、背が高いでしょう」と主張。「本当にそうなの?」と署内に引き入れられ、最終的には指紋照合で本人と確認され、逮捕された。
警察は、手配者本人という最高の情報提供者からの直接連絡を受け損ねた上、繰り返し本人を“スルー”。
平田容疑者が、粘り強く出頭を試み続けたため、4度目でようやく逮捕されたことになる。
この緊張感のなさ・・・。
トホホな状態で、これでは、犯人検挙率が下がったのは、個人情報の問題やら、国民の無関心が原因ではなく、「おまえらだろう」と言われても仕方ありません。
緊張感・危機感・感性の全くない、実に能天気な警察です。shock
あまりの酷いブラックユーモアに、思わず笑ってしまいます。
・・・落語みたい。

お題目

flair「揺れるとき」のこと。
お題目
師匠にお許しをいただいた時に、噺の中に「般若心経」を唱える場面がありますが、私はどうも「般若心経」を知りませんから、法華経(お題目)では出来ないかと、お正月に帰省した時に、お経本を持ち帰りました。Photo
う~ん・・・。
三遊亭圓朝が眠っている全生庵は禅寺だから、お題目というのはおかしいかなぁ・・。
でも、劇中の三遊亭西生は、身延参りをしたと言っているから、西生の宗旨だということにすれば・・・。
「開経偈」「妙法蓮華経如来寿量品」・・なんていうあたりをちょっと唱えてから、「南無妙法蓮華経・・・・」とお題目を唱えるという・・。
”無上甚深微妙の法は、百千万劫にも遭遇たてまつること難し 我今見聞し受持することを得たり・・・"なんて。
・・・難しい。

2012年1月 4日 (水)

祈る!

cute「二礼・二拍手・一礼」・・・、心から祈る。
     二礼・二拍手・一礼
かけがえのない人たちの幸せを。自分のも・・・。
二礼・二拍手・一礼 二礼・二拍手・一礼
心から、みんなの幸せを祈る。
願わくは、地震や台風などの災禍が再び襲って来ないことを。
大切な人の健康や病気の平癒を。
・・それから、落語が上手くなることをも、ちょっと。

初詣で

club社長以下、例年どおり会社近くの「金刀比羅宮」へ初詣。

社業隆盛・商売繁盛・安全・健康・・・・、色々お願いをしました。
やはり、オフィス街にある社ですから、サラリーマン風の参拝者で混雑しています。
     
今年も色々なことがありそうで、色々課題も山積しています。

平治さんのツイッター

eye桂平治さんのツイッターでのつぶやき・・。
やっぱり、うちの師匠や小せん師匠は素敵です。
今、浮世床をやってます。
・・・これ、昨夜の「日本の話芸20周年スペシャル」を、ご自身と師匠の十代目桂文治師匠の「浮世床」をご覧になってのものだと思いますが・・・。
もしかすると、「小せん師匠」ではなくて、「小さん師匠」だと思うのでありますが・・・?

番外あおば亭

clover「番外あおば亭」のプログラムを試作してみました。
番外あおば亭
プロの噺家さんでも、そこそこの知名度がないと、たとえ30席の会場でも、お客さまに来ていただくのは大変なことです。
「浅草ことぶ季亭」では、約50席強程度ですから、様々な方々に声をかけて、無理のない方々にご来場いただきたいと思います。
私などは、ぞろっぺぃですから、何人来てくれるかをきっちり数えたりはしません。
だいたい、各出演者の予想より多い人と少ない人がいて、入り繰り合明算だと思います。
いままでの経験から、キャパシティが50席だからと言って、ぴったり50人で打ち止めると、かなり空席が目立つことが多いです。Butai_index2
日頃からお世話になっている、応援してくださっている方々に声をかけることにします。
ご来場をコントロールするなんて、100年早いですから。
落語会なんていうのは、突然当日になって「ちょっと行ってみるか」なんて思い立って来ていただくのがベストです。

ひとつ

karaokeかつては国民的な行事のようだった「紅白歌合戦」。
視聴率が下がったとか、被災地での視聴率は高かったとか、色々言われています。
これだけ価値観が多様になると、同一の番組でカバーするのは、到底困難だと思います。
だから、どんな嗜好の人も、どの年代も、誰も満足しないという不思議な番組に仕立て上げられます。
一つの皿に、日本料理・中華料理・フランス料理が乗っていて、刺身にジャムを付けて食べるようなものですから。
さらに酷いのは、踊りが入る人のは、全て"口パク"が見え見え。
司会者も、舞台のセットの関係でしょう、舞台の袖で立って紹介するだけ。時間稼ぎに、中継を入れたり、外国人のVTRを流したり・・・・。
まぁ、苦労は分かりますが、酷いものです。
それに、何かこう・・・、東日本大震災を強調して、頑張ろうという雰囲気を無理矢理作っているのが、ややしらじらしさを感じます。
その中で、曲は嫌いではないのですが、キャラクターが好きになれない長渕剛の「ひとつ」という歌は、コテコテの被災者に向けた歌でしたが、悪くはありませんでした。
http://www.youtube.com/watch?v=ZrNffyuCFik
・・・ところで、噺家さんは誰も出ていませんでしたね。

千早亭発表会の演目

flair3月25日の「扇子っ子連・千早亭一門会」の演目です。
    ◇ 厩火事      千早亭ワッフル
    ◇ 井戸の茶碗   千早亭三十一
    ◇ 死神~その2  千早亭百人
    ◇ 雛鍔        千早亭軽太
         ◇  半分垢      千早亭貴女
    ◇ 平林        千早亭和歌女
    ◇ 町内の若い衆  千早亭屏風
    ◇ 長屋の花見    千早亭早千
    ◇ 揺れるとき    千早亭永久
・・・早千さんの演目が自信がありませんが・・・。
いよいよ、本番に向けて本格的な稽古です。

2012年1月 3日 (火)

日本の話芸20周年スペシャル

tv時間というのは、待つとなかなか過ぎないものです。
「日本の話芸20周年スペシャル~至芸名演の軌跡~」です。
  ◇ 長屋の花見           五代目柳家小さん
  ◇ 浜野矩隨              五代目三遊亭圓楽
     ◇ 宿屋仇                 五代目桂文枝
     ◇ 義士銘々伝 三村の薪割り   六代目小金井芦州
     ◇ 浮世床             十代目桂文治
いずれの師匠も懐かしい映像です。
 
先代の「柳家小さん」師匠は、正直なところ、あまり好んで聴く師匠ではありませんでした。
何故「人間国宝」にまで上り詰めたか・・・。
弟子の「柳家さん喬」師匠がコメントされていたのは、端正な言葉遣いということ。
・・そうか、私は想像力や感性が足りないのかなぁと思います。
「リアルにやると品がなくなる」ということも仰っていました。
そして、「ウソはホントに、ホントはウソに演じる」という・・・。
さん喬師匠は、「幾代餅」を演った時に「お前の考えなんか誰も聴きに来ちゃあいねぇ」と言われたのが忘れられないそうです。
素直に演じることが大切だと言うことだそうです。
                        
さて、楽しみは、先代「三遊亭圓楽」師匠の「浜野矩随」です。
ある意味で、私の落語の原点になった噺ですから。
当たり前のことですが、やはり収録の時期が異なると、同じ噺家さんの語りでも、台詞や言い回しが微妙に違います。
圓楽師匠は、淡々と噺を進めて行きますが、これを素人が演ると・・・、お通夜のお悔やみみたいになってしまうでしょう。
何度か、何種類か、圓楽師匠の音源を聴きました。
何人かの噺家さんの音源や映像も視聴しました。
でも、この「浜野矩随」に関しては、私が寄席で初めて聴いた頃、昭和50年代半ばの頃に録音(レコード化)されたものが最高だと思います。
そして、私はそれをネタ本にさせていただきました。
またどこかで、「浜野矩随」を演りたいと思います。
    
「桂文枝」の名跡は、「桂三枝」師匠が襲名することになっています。
上方弁で「宿屋仇」を聴いたのは、確か「桂小南」師匠でした。
江戸では「宿屋の敵」と言いますが、これも面白い、難しい噺です。
「小金井芦州」先生は講釈の師匠で、私は全く知りません。
「義士銘々伝 三村の薪割り」は、「一柳斉貞水」先生を聴きました。
「桂文治」の名跡は、「桂平治」さんが襲名することになっています。
「桂伸治」と名乗っていた頃にテレビにもよく出ていたので、伸治さんというイメージがします。
桂派で最も大きな名前を襲名した顛末は、以前圓窓師匠からお聞きとたことがありますが・・・。
「やかん」「源平盛衰記」「禁酒番屋」など、印象に残ります。

藪入り

sports寝正月の最終日。
昨日帰省から戻り、今日は自宅で箱根駅伝の復路のテレビ観戦。
        藪入り
「薮入り」から戻ってボーっとしていると母からメールが届きました。
お正月に持ち帰った「お江戸あおば亭」と「金願亭乱志独演会」のDVDを、我々が帰った後で、父と二人で視聴してくれたようです。
やはり、世代的にも「薮入り」が良かったようで、父が「(噺に)磨きがかかって来た・・」と言いながら、聴き入っていたとのこと。
また、ご近所にも聴いてもらうと言っていました。
喰亭寝蔵師匠が編集してくださったおかげで、こういう親孝行もあるのかと思います。
まぁ、今年も二人で元気でいてもらいたいものです。
”薮入りを 身内にきかす 初落語”

初笑い東西寄席

event「初笑い東西寄席」は、東西の2大都市・東京と大阪の劇場を4元中継で結び、寄席の「初席」の雰囲気をたっぷりとお茶の間に届けます。正月の華やいだ雰囲気の中、お笑いで楽しく一年をスタートするためのおめでたい番組。
落語・漫才・漫談・コントなどなど、さまざまな演芸のジャンルから、正月にふさわしい豪華な顔ぶれをラインナップ、寄席演芸の楽しさと新年の寿ぎ(ことほぎ)を存分に味わってもらいます。
出演者は・・・、爆笑問題,笑福亭仁鶴,友近,アメリカザリガニ,藤岡みなみ,林家正蔵,杉崎美香,三増紋之助,昭和のいる・こいる,桃月庵白酒,三遊亭歌之介,柳亭市馬,ケーシー高峰,ニッチェ,東京太・ゆめ子ほか・・・
・・・まぁ、おせち料理みたいなものです。
じっくり聴くという訳には行きませんから・・。
それよりも、箱根駅伝の方が気になります。
いよいよ第10区に入りました。
・・・そして、トリだけ聴きました。
   ◇ 夕立屋     春風亭小柳枝
「冬には、倅の"炬燵(子竜)"が参ります。」

松戸宿

sun江戸川の上空のきれいな雲。空は風が強そうです。
松戸宿
箱根駅伝をテレビ観戦した後、身体がなまっているので、ちょぃと散歩してみました。
松戸という街は、かつての水戸街道の宿場です。
        松戸宿
金町松戸の渡しで江戸川を越えて下総国に入り、川岸から水戸街道第三宿となる松戸宿の町並みの中を行く。
一昔の旅人はそんなルートを辿って金町から松戸に至っていた。
江戸時代、松戸宿までの水戸街道は道中奉行の支配下に置かれており、松戸宿から先は勘定奉行の支配下に置かれていた。
つまり、道中奉行の支配下ということは幕府の意向が強い五街道と同等の直轄地であり、勘定奉行の支配下ということは幕府の意向が強く及ばない委任地だったと考えてよいだろう。
何ゆえ松戸宿を境にこのような棲み分けがされていたのかよくわからないが、松戸宿から先の水戸街道は徳川御三家の一つ水戸徳川家の支配力が強かったと見ることができよう。
江戸時代初期、後に水戸徳川家の礎を築く徳川頼房が水戸に君臨してから、江戸と水戸城下を結ぶ街道として整備されたのが水戸街道。それに併せて小さな集落だった松戸村を整備して置かれた宿場が松戸宿である。
天保14年(1843年)当時の記録によると、人口1886人、家数436軒、本陣1、脇本陣1、旅籠28軒とあり、渡し場から先が下横町で水戸街道の曲り角から南側が角町、北側に宮前町・三丁目・二丁目・一丁目と続き、江戸時代後期にはかなりの発展を遂げていたことがわかる。
利根川の布佐河岸(現 千葉県我孫子市布佐)から江戸川の納屋河岸に魚を運ぶ鮮魚(なま)街道が松戸宿を通り、更に松戸から江戸川を下って江戸深川方面へ人荷を運ぶ水運も大きく発達したことにより、宿場付近の平潟には遊郭(飯盛旅籠の集まった場所)ができて、松戸宿は大いに賑わったようだ。

・・とまあ、江戸川河岸には、歴史の名残が多くあるようです。
ところで、落語でも「紋三郎稲荷」は、松戸宿の旅籠が舞台になっています。

日本の話芸

tv「日本の話芸」のスペシャル版をやっていたんですね。
昨日は、桂小南師匠の「菜刀息子」だったようで、残念・・。
  ◇  風呂敷      柳家小せん
寄席で聴いた小せん師匠は、どちらかというと、力を抜いた雰囲気でしたが、この映像では、しっかりと?落語を演っていました。

高座姿

pc最近ツイッターを覗くようになりました。
        
自分のホームにこの写真を使っています。
これは、「学士会落語会」で「ねずみ」を演った時のものです。
    
ちょっとした瞬間の表情で、同じ高座の時でも、気に入るものとそうでないものがあります。
ちなみに、この間の「お江戸あおば亭」で「薮入り」を演った時のも並べてはみたのですが・・。まぁ、いろいろと。

2012年1月 2日 (月)

日本の話芸20周年スペシャル

tv「日本の話芸20周年スペシャル~至芸名演の軌跡~」が。
NHKの Eテレ(教育テレビ)で、1月3日(火)午後9時から、「日本の話芸20周年スペシャル~至芸名演の軌跡~」を放送するそうです。
「日本の話芸」は、20年にわたり、日本が誇る噺家による落語や講談の高座を毎週放送している話芸番組。
今回のスペシャルは、五代目・三遊亭圓楽らの歴代の名人の至芸を貴重な映像で振り返り、演者や演目の見どころを竹下景子が解説。
また、それぞれに縁の深いゲストが登場し、演者の落語についてじっくりトークする。
落語界で初の人間国宝に認定された、五代目・柳家小さんの落語「長屋の花見」は、'91年4月5日に番組第1回放送時の映像から。
弟子の柳家さん喬は、“小さん落語の魅力”や“師匠・小さんの教え”などのエピソードを竹下景子と語った。
また、'12年7月に六代目・桂文枝を襲名予定の桂三枝は、五代目・桂文枝の落語「宿屋仇」にちなんで、師匠との海外旅行での“パスポート紛失エピソード”の思い出話をコメント。
ほか、五代目・三遊亭圓楽 落語「浜野矩随」、六代目・小金井芦州 講談「義士銘々伝から 三村の薪割り」、十代目・桂文治 落語「浮世床」など、貴重な名演のラインナップなっている。

   ◇ 長屋の花見           五代目柳家小さん
   ◇ 浜野矩隨              五代目三遊亭圓楽
       ◇ 宿屋仇                 五代目桂文枝
       ◇ 義士銘々伝 三村の薪割り   六代目小金井芦州
       ◇ 浮世床             十代目桂文治
お正月休みの最後に必見です。
「浜野矩随」は聞かなくては・・・。

帰省・帰郷

fuji平和なお正月を過ごして帰る道。

予想外に高速道路が渋滞していました。
みんな考えることは同じのようで、早めに出たつもりですが、・・事故渋滞というのもありまして。
故郷の山は、温かく迎えて、また見送ってくれました。
ちょうど、箱根駅伝も佳境で、ライブを視聴しながらですから、渋滞も苦にならず。
なかなか夢に出て来ないから、せめて景色ぐらいはと。
今年も良い年になりますように。

御慶

fujiおめでたいときにはおめでたい噺があるものです。
「御慶」という噺は、冒頭は「冨久」と良く似ています。
富に凝っている八五郎が年の瀬に梯子の上に鶴が止まっている夢を見たので、鶴一八四五番の札を買おうとしたが売り切れだった。
帰り道で易者に見て貰うと梯子は下から上に昇るものだから、八四五ではなく逆に鶴一四五八番を買いなさいと教えられる。
買って見ると千両の大当たり。
現金だと二百両割引かれるが二月までは待てないので、その場で八百両を身に着けて家に戻った。
Photo_11 
たまっていた店賃を払って、正月には裃を着て年始回りに出掛けることにした。長い口上は覚えられないので、短い年始の言葉を大家に教えてもらった。「おめでとうございます」には「御慶」と答え「どうぞお上がりなさい」と誘われたら「永日」と断る。
正月になって、得意になって行く先々で御慶と永日の挨拶を続けるが、辰っつあんが外出から帰って来たところで「御慶」と言ったら「なんと言ったか分からねぇ」と言われ
「ぎょけぇったんだ」「恵方参りの帰りだ」

あまり演りたいとは思えない噺です。
それにしても、落語の富くじ当選率は100%だと思います。
「御慶」「冨久」「宿屋の冨」「水屋の冨」・・、みんな千両当たっているんです。

初夢

fujiHatsuyume_2夢に見るものの中でめでたいものの順番を指すことばです。とくにお正月の初夢でこれらを見ると大変縁起が良いといわれてきました。
一番の富士山は日本最高峰の霊山、二番の鷹は、鷲とともに鳥の王者ということで、めでたいのは納得できますが、なぜ三番目が茄子なのかという疑問が出て来ます。
3つの説があるそうです。
駿河国(するがのくに・今の静岡県中央部)の名物を順にあげた。
徳川家康が、自分の住んだ駿河国の高いものを順にあげた。Photo_10
鷹は鳥ではなく、富士山の近くにある愛鷹山(あしたかやま)のこと、茄子は初物(はつもの・その年の最初の収穫品)
の値段の高さをいう。
富士山は高くて大きく、鷹はつかみ取る。茄子は「成す」に通じて縁起が良い。
今年は初夢を見ることができるでしょうか・・?

2012年1月 1日 (日)

寝正月

apple炬燵にあたって、ミカンを食べながら。
寝正月
朝から、お雑煮と母が打った蕎麦を食べて、家内が剥いてくれたリンゴをほおばって。
お酒飲みは、お屠蘇を浴びるように飲んでいるのでしょうが・・。
騒がしくて下らない番組は無視して、ニューイヤー駅伝を視て。
穏やかな元旦で、お墓参りをして。
喰っちゃあ寝の、平和なお正月です。

初落語

fujiテレビの「ゆく年くる年」の東大寺からの中継で、鐘をつくお坊さんが、つんのめったのを確認して、新年まずやったことは、「金願亭乱志独演会・第2集」の視聴です。
     初落語   初落語
今年の「初落語」は、自分の落語を聴いて脂汗を流すという「ガマの油」みたいな新年です。
「佃祭」と「藪入り」を聴きながら、今年のことを考えていると、時計は1時を回っていました。
今年も落語徘徊が始まりました。

七福神

sun落語では、暮れの噺は数多くありますが、お正月の噺はあまり多くありません。
「七福神(かつぎや)」というのがあります。Photo_8
呉服屋のかつぎ屋五兵衛は、たいへんな縁起かつぎ。
正月元旦ともなると、縁起かつぎもすさまじい。
下働きの清蔵を呼ぶと「まずは井戸神様にダイダイを入れて和歌を供えて若水を汲んでおくれ」と言いつけ和歌を教える。
「新玉の 年とちかえる あしたより 若柳水を 汲み初めにけり。これはわざっと お年玉。」こう教えられた清蔵は、「目の玉の でんぐり返る あしたより 末期の水を 汲み初めにけり。 これは、わざっとお人魂。」とやらかす。
怒った五兵衛は清蔵にクビを言い渡す。
清蔵は「ついでだから後9日置いてれ、丁度35日になるから・・・」。
庭に降りて頭を下げる清蔵に、五兵衛が「お前は何をしてるんだ。」と聞くと、「草葉の陰から手を合わせている。」

早桶屋の白兵衛がやってきた。「正月はそんなにめでたくはないよ、一休さんも『門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と言ってる」。
縁起の悪い事をさんざん言って、歌を唄った「五兵衛さんの家の周りを福の神が取り巻いた」。Photo_9
機嫌を直したが、これには下の句があるという「これじゃぁ~、貧乏神が出られない~」。
店の者とお雑煮を食べ始めると餅の中から釘が出た。
「旦那、縁起がいいです。餅の中からカネが出たので金持ちになります」。小遣いを増やしてもらう定どんに清蔵は「身代は持ちかねる」と悪態をついた。

さて、そうこうするうち、二日の晩、お宝船売りがやってくる。
番頭に声をかけさせ、お宝船売りを呼び込むと、一枚四(し)文、十枚で四十(しじゅう)文というので、縁起でもないといって追い返す。
次にやってきた宝船売りに番頭が、「うちの旦那は大変な縁起かつぎだから…。」と言って入れ知恵をする。
宝船売りは、店に入るやいなや、「お宝の入り船です」と言う。五兵衛は喜んで、全部買うという。「何枚あるんだ」と聞くと、「へい、旦那の年ほどもございます。」「何枚だ。」「千万枚でございます。」
五兵衛は、縁起がいいと大喜び、しかも酒をを勧めると「亀の子のように・・・」。
酒を注ぐと「黄金色のよう・・・」。
「こんなイイ酒で酔うと宝船に乗っているようだ」。
喜んだ五兵衛さん、いつでも遊びにおいで、で、何処に住んでいますか。
「本郷の蓬莱町にいましたが浅草寿町に、そこから下谷の長者町に移りましたが、それ以上引越させないでください」。
その都度ご祝儀をはずんでもらい、反物までもらった。
宝船売りは、ご機嫌になり「旦那の姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。七福神がお揃いで、おめでとうございます」と帰りかけた。
五兵衛が「それじゃぁ、二福じゃないか。」と言うと、「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、呉服(五福)でございます。」
四代目の圓遊師匠のをラジオで聴いた記憶があります。
明けましておめでとうございます。

謹賀新年

fuji新年のご挨拶。Photo_7

Photo_4

Photo_8 このプログも4年目になりました。
昨年中にアクセス累計20万件に到達しましたが、今年も相変わらずゆっくりと"独り言"を続けて行きたいと思います。
元日は、故郷で過ごしています。
良い年になるように祈るだけです。
落語に浸っていられるということは、自分だけでなく家族が健康で平和でいればこそのものですから、能天気な独り言を続けることが幸せの証ということです。「聴く」「演る」「書く」の落語徘徊をさらに深める一年にしたいと思います。
目標としては、「聴く」は60回、「演る」はネタ下ろし6演目、「書く」は・・プログ毎日アップの継続・・・・でしょうか。
まずは、2月25日に「番外あおば亭」でご機嫌をお伺いします。
本年もご贔屓よろしくお願い申し上げます。  m(_ _)m    o(_ _)o
  
       東北大学落語研究部OB    二代目 金願亭 乱志
       三遊亭圓窓師匠門「落語っ子連」     三流亭 流三
       三遊亭圓窓師匠門「扇子っ子連」     千早亭 永久
             (3人いる訳ではありません。一人で3人やっています。)

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