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2011年12月 9日 (金)

勝手な談志論

shadow先日、テレビでボクシング中継をしているのに気がつきました。
某テレビ局お抱えの、あのお騒がせ兄弟のダブルタイトルマッチのようでした。
当然、すぐにチャンネルを切り替えて中継を視聴してはいませんが、通常スポーツ観戦をしていて、外国の選手やチームと対戦していると、どうしても身びいきで日本人選手やチームを応援します。
ところが、この一家に関しては、全く逆の感情で、自然に外国人選手を応援していました。
好みや贔屓というのはそれぞれ違いますから、様々な思いがあって良いと思いますが、なぜ応援したくないかというと・・・、多くの皆さんと同じ思いです。
彼らと談志師匠を比較するのは、ご本人やファンの方々に対して、大変失礼にあたると思いますが、談志師匠の毀誉褒貶の評価とも、一脈通ずるところはある気がします。
勿論、噺家として、またその演じた噺が絶賛されているというのも、紛れもない事実で、これは十分認めています。
ただ、私は素朴に、寄席演芸の原点はまず「娯楽」であると思っていますから、観客が芸人に対して緊張したり、気を遣って聴くなんて、そんな芸や芸人は認めたくありません。
師匠の先代柳家小さん師匠も、ライバルとでも言うべき古今亭志ん朝師匠も、弟弟子の柳家小三治師匠も、名人だと評価される噺家さんは、噺の前に御託を並べたり、理屈や憎まれ口を言ったりはしていません。
何も言わずに、高座の上で、自らの(話)芸を披露して、それを識見のある人たちが鑑賞して、人と芸が高く評価されているのです。
私には、御託や屁理屈が犬の遠吼えのように聞こえるし、それをずっと観て聴いて、好感を持つことが出来ませんでした。
自分が天才だというのなら、黙って芸を見せて、芸で観客を魅了してみればよいと思うのです。
談志師匠は、間違いなく「上手(じょうず)」だったかもしれませんが・・・。
「"名人"は"上手"の坂をひと登り」という言葉があります。

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