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2011年12月22日 (木)

歌川国芳

21日付日経新聞文化欄に「歌川国芳展」の記事がありました。
歌川国芳http://kuniyoshi.exhn.jp/
今までの私なら、「ふう~ん」程度で済ませてしまうのですが、今回はちょっと気になりました。
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Photo_4・・・というのは、先日圓窓師匠からお許しいただいた「揺れるとき」でも、台詞の中にあるのですが、三遊亭圓朝も一時、この歌川国芳に師事していたことがあるそうなんです。
歌川国芳という人を調べてみました。
【歌川国芳】
歌川国芳(1798年1月1日(寛政9年11月15日) - 1861年4月14日(文久元年3月5日〉)は、江戸時代末期の浮世絵師。画号は一勇斎。
江戸時代末期を代表する浮世絵師の一人。
画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、浮世絵の枠にとどまらない広範な魅力を持つ作品を多数生み出した絵師である。

それではと、圓朝の若い頃の経歴を調べてみると、確かに内弟子になっているのです。
【三遊亭圓朝】
天保10年(1839年)4月1日
 :初代 橘屋圓太郎の息子として江戸湯島切通町で生まれる。
弘化2年(1845年)3月3日
 :橘家小圓太の名で江戸橋の寄席・「土手倉」で初高座。
弘化4年(1847年)
 :父・圓太郎と同じく二代目 三遊亭圓生の元で修行する。
嘉永2年(1849年)
 :二つ目昇進。

嘉永4年(1851年)
 :玄冶店の歌川国芳の内弟子となり、画工奉公や商画奉公する。

安政2年(1855年)3月21日
 :三遊亭圓朝を名乗り真打昇進。
・・・作品を見ると、奇抜なというか、気味が悪そうなものもありますが、ちょっと鑑賞してみたい気もして来ました。

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