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2011年11月18日 (金)

玉蟲左太夫と四ッ谷用水

sign05「玉蟲左太夫」「四ッ谷用水」とは直接は関係ありません。
仙台在住の「桂友楽」師匠の創作した落語の題材という共通点があります。Photo_7
「玉蟲左太夫」は、約140年前、激動の幕末を走り抜けた仙台藩士で、仙台の坂本龍馬と言われたそうです。
「日米修好通商条約批准書」交換のため遣米使節団の一員として仙台藩から唯一人随行。
先進的な国際感覚を身につけて、帰国後は藩校の養賢堂で共和政治や民主主義的思想等を教え、数多くの英才を育てた人だそうです。Photo_8
また、戊辰戦争では仙台藩を代表して奥羽越列藩同盟結成の調整役として活躍しましたが、最後まで会津救援、反薩長の立場を貫いたため、仙台藩が降伏したあと、その責任をとわれ、悲壮な最期を迎えることになりました。Photo_6
「四ッ谷用水」というのも、東京でなく仙台にあります。
仙台市内には四ッ谷用水の水路跡が随所にありますが、北七番丁の東北大学病院歯学部の支流跡は、そのまま堀が残っているそうです。
「桂友楽」師匠のライフワークは、さらに広がって行きます。
本当に羨ましく思います。

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