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2011年11月25日 (金)

立川流

chair立川談志師匠は、昭和58年に落語協会を脱退して「立川流」を立上げ、その家元として君臨?しました。
Photo_3家元亡き後、どうなって行くのでしょうか・・?
野次馬のような言い方は良くありませんが、とても気にはなります。
また、志の輔さんが、談志師匠の一番弟子のように思っている人も多い気がします。
これは誤りで、志の輔さんは、落語協会を離れて最初の弟子、つまり寄席育ちではない弟子の総領ということになります。
寄席に出た経験の有無というのも、あるいは今後の動きのポイントになるのかもしれません。
読売新聞の記事の一部にこんなものがありました。
談志門下の落語家たちは23日夜、都内で会合を開き、談志さんが「家元」として率いた立川流の今後について話し合った。
一門生え抜きの一番弟子、土橋亭里(り)う馬さんは、「家元制度も含め、今後のことは未定」としながらも、「立川流としてまとまっていく」と、落語協会や落語芸術協会との合併の可能性を否定。独自の真打ち昇進基準などは、今後も継続することを申し合わせた。
会合に途中から合流した立川志の輔さんは、「家元制度は師匠が落語界で初めて作った制度。創始者が天国に行ったわけですから、今後のことは落語界の新しい1ページになる。『さー、お前ら、どうする?』と師匠に言われているようだ」と話した。

スポニチでも、ほぼ同内容で、志の輔さんのコメントが載っていました。
今後の立川流については「今はビジョンはありませんが、師匠が残していったものを思い起こして、一門で考えていきたい」と遺志は引き継いでいく決意。
「天国から“オメエがしっかりしろ”と言われてる気が……師匠、お疲れさまでした」と目に涙をためた。
会見後は、談志さんが行きつけだった銀座のバーで一門と追悼会。深夜すぎまで思い出を語り合った。

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