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2011年10月 8日 (土)

目白不動尊

cancer「目白不動尊」こと「神霊山金乗院」にも何度か来ています。
目白不動
豊島区の案内を見ると、こんな由来が書かれています。
 金乗院は真言宗の寺院で開山の永順が本尊の聖観音を勧請して観音堂を築いたのが草創とされ、永順の死は文禄3年(一五九四)六月であるからそれ以前の創建である。
当初は蓮花山金乗院といい中野宝仙寺の末寺であったが後に、神霊山金乗院と改め護国寺の末寺となった。Photo
 江戸時代には近辺の木之花開耶姫社
(このはなさくやひめしゃ)などの別当であったが、昭和二十年四月の戦災で本堂等の建物、、水戸光圀の手になるという「木花開耶姫命」の額などの宝物も焼失した。現在の本堂は昭和四十六年に再建されたものである。
 目白不動堂は以前、文京区関口にあったのであるが昭和二十年五月の戦災により焼失したため、本尊の不動明王像を金乗院に移して合併したのである。
 不動堂は元和四年(一六一八)に小池坊秀算によって建立され、東豊山浄滝院新長谷寺と号した。
 本尊の不動明王像は、目黒、目赤などの五色不動の一つであり、目白の号は寛永年中(一六二四~一六四四)に三代将軍徳川家光の命によるといわれる。
 墓地には丸橋忠弥・「青柳文庫」の青柳文蔵などの墓があり、他にも庚申塔などが多くみられる。
 
             目白不動
落語散歩も半ばになり、そろそろ空腹をおぼえる頃。
少しスローペースなので、少しペースアップをしようと、てれ生師匠と二人で、少し歩を早めます。

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