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2011年9月 8日 (木)

国際識字デーと泣き塩

pencil9月8日は「国際識字デー」なのだとか。
国連が制定した国際デー。Photo_4
1965年にイランのパフラヴィー2世皇帝が軍事費の一部を識字教育にまわす提唱をしたことを記念してユネスコが制定し、1990年に国際デーになったそうです。
「識字」というのは、文字を読み書きし、理解できること。
英語のリテラシーの訳語と言われています。
日本は、識字率というのが極めて高いのだそうで、戦後の進駐軍が、靴磨きが客を待ちながら新聞を読んでいたのを見てびっくりしたなんていう逸話もあるそうです。
これは、明治維新からの教育によるものではなく、既に江戸時代から、識字率は高かったようです。Photo_5
1443年に朝鮮通信使一行に参加して、日本に来た「申叔舟」は、「日本人は男女身分に関わらず全員が字を読み書きする」と記録し、また幕末期に来日した「ヴァーシリー・ゴローニン」は、「日本には読み書き出来ない人間や、祖国の法律を知らない人間は一人もゐない」と述べているそうです。
これらの記述には誇張があると思われますが、近世の日本の識字率は実際にかなり高く、江戸時代に培われた高い識字率が、明治期の発展につながったとも言われています。
要するに無筆は少なかったということです。
ちなみに、現在は99.8%だそうで、勿論世界トップクラスです。
色々な事情を考えれば、概ね100%ということでしょう。
落語には、「手紙無筆」「三人無筆」などという、字が読めない書けないというのを題材にしたものがありますから、さすがに現代のような識字率ではなかったでしょう。
あぁそれから、「泣き塩」という噺もありました。Photo_6
字が読めない町人娘、お花が、往来の真ん中で、若い侍に田舎から届いた手紙を読んでくれと頼むと「残念だ、手遅れだ」といって泣き出した。
病の母が死んだと思いこんだお花も泣き出した。
「やぁーきしおー」とそこを通りかかった焼き塩屋の爺さんが、事情は分からないが、自宅の二階が空いているから、そこへ来いと一緒に泣き出した。
往来の真ん中で三人が泣いているところに、字が読める知人が来て手紙を読んでみると、お花の許嫁の茂助が暖簾分けで商売を出すから婚礼のためにすぐ戻れ言う内容だった。
若侍になぜ泣くのか聞くと、自分は武芸はすべて修行したが、学問は学ばなかったので、字が読めない、それで残念だ、手遅れだと泣いていたのだ。
それは分かったが、塩屋の爺さんはどうして泣いているんだい。
へい、商売柄、肩に天秤を当てると「なぁーきしおー」。

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