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2011年9月14日 (水)

柳枝と小柳枝

earちょっと複雑な名跡の話。
「春風亭小柳枝」という名跡は、「春風亭柳枝」になる一つ前の名(出世名)でした。
ところが四代目小柳枝は柳枝を継げなかったそうです(かわりに「柳橋」を継いだ)。Photo_9
小柳枝という名跡は春風亭柳枝が所有するのか、小柳枝(の前代)が所有するのか。その対立が、複雑な状態を生んでしまいました。
1932年5月に、小柳枝の五代目を、2人の落語家が同時に襲名しようとしました。
かたや、日本芸術協会の三代目桂三木助(芝浜の三木助)。
かたや睦会の八代目春風亭柳枝(お結構の勝っちゃん)。
八代目柳枝側は、襲名に関し「春風亭柳枝」側の承諾を得ました。
つまり六代目柳枝 (=三代目小柳枝)未亡人・富士松加賀吉の承諾を得ていたのです。
六代目柳橋(=四代目小柳枝。日本芸術協会会長)の了承を求めにいったものの、柳橋が大阪の吉本興業に出演中だったため連絡が取れませんでした。Photo_10
八代目柳枝は5月中席に襲名披露をする予定でしたが、日本芸術協会(柳橋)は先んじて上席にて三代目桂三木助の小柳枝襲名興行を行ってしまいました。
この小柳枝を継いだ三木助は柳橋の一番弟子です。
三木助は小柳枝襲名の内諾を柳橋から得てはいたが、帰京した柳橋は八代目柳枝の動きを知り、急遽襲名させることになったということです。
結局八代目柳枝は小柳枝襲名を断念し、八代目柳亭芝楽を継ぎ、小柳枝を経ずに柳枝の名を直接継いだのです(この流れは7代目柳枝と同じ)。
これは三木助が落語家を完全廃業したりして柳枝を継がなかったからで(後に三木助を継いだ)、八代目柳枝の死後、柳枝という名自体が封印されたままになっています。
名跡というのは、それぞれの思惑も飛び交い、難しいものですね。

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