« 落語の舞台を歩く会 | トップページ | 会報「あおば亭」の原稿から »

2011年9月24日 (土)

「本牧亭」本日で閉場

唯一の講談の定席「本牧亭」が、本日限りで閉場しました。
NHKのニュースでも、以下のように放送されていました。1
江戸時代に開場して国内で唯一の講談専門の寄席として親しまれた東京・上野の「本牧亭」が24日で閉場することになり、名残を惜しむ多くのファンが訪れました。
東京・上野の「本牧亭」は江戸末期の1857年に建てられ、いったん閉場したあと、戦後に講談専門の寄席として復活し、邑井貞吉や5代目宝井馬琴など多くの名人が活躍しました。
しかし、娯楽の多様化にともない観客の減少が続いたため、24日で江戸時代からの歴史に幕を閉じることになり、名残を惜しむ多くの講談ファンが訪れました。3
講談は歴史上の出来事などを題材にした日本の伝統話芸で、24日は人間国宝の講談師、一龍斎貞水さんが、本牧亭に100年以上伝わる釈台を「張り扇」でたたいて調子をつけながら、おなじみの「赤穂義士伝」を語りました。
本牧亭は座席が30席足らずの小規模の寄席で、半世紀も通い続けているという66歳の男性は、「講談師の息遣いが感じられるほどの距離で聞けるのが本牧亭の魅力でした。講談師を育てる場でもあったので、ファンとしてはとても残念です」と話していました。2
最後の高座を務めた一龍斎貞水さんは、「16歳のときに本牧亭で初めての高座を踏んで以来、本牧亭が自分を育ててくれました。
本牧亭の客は厳しくて温かく、若手の修行の場が無くなることは非常に残念です」と話していました。

上野鈴本演芸場とルーツを同じくする老舗がなくなることは、とても寂しいことですが、時代の流れということでしょう。
産経新聞でも、詳しく報道されていました。
一部は重複しますが、記念に拝借することにします。
張り扇(おうぎ)でパパンと釈台(しゃくだい)をたたきながら、軍記などを調子よく語り聞かせる講談。
その唯一の専門寄席「本牧亭」(東京都台東区)が24日、154年の歴史に幕を下ろした。
講談離れによる経営難が原因だが、この日は閉場を惜しむファンが集まった。
午後2時過ぎ、人間国宝の講談師、一龍斎貞水さん(72)が、6月から毎月続ける連続講談「赤穂義士本伝」を語り始めた。
藩主、浅野内匠頭の刃傷沙汰を受け、大石内蔵助以下、家臣が「城を枕に討ち死にか…」と苦悩する場面。
30人で満席の観客が、緊迫した城の様子に聞き入った。
貞水さんの初高座は、高校時代の本牧亭の前座。Photo
終演後、「本牧亭は僕を育てた所。
閉場は残念だが、建物がなくなっても、心の中にはいつまでもある」と話し、本牧亭で100年以上使われた釈台を引き継ぐ。
本牧亭は安政4(1857)年、上野広小路に「軍談席本牧亭」として開場。
作家、安藤鶴夫(1908~69年)の直木賞受賞作「巷談本牧亭」の舞台にもなったが、講談人口の減少で閉場、移転を重ね、平成14年に現在地に。
日本料理店を兼ねる形で存続を図ってきたが、経営難から閉場を決めた。
経営者の清水孝子さん(72)は「若手育成は場所を変えて続ける」と話し、観客の東京都文京区の会社員、前口明夫さん(58)も「独特の狭い空間が好きだった。
寂しいが、また再開するはず」と期待を寄せた。

これまた、本当に残念です。

« 落語の舞台を歩く会 | トップページ | 会報「あおば亭」の原稿から »

寄席・落語会」カテゴリの記事