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2011年9月11日 (日)

落語はやおき亭

flair今朝は、「一朝というぐらいですから、今日は一朝(一生)懸命やります」の春風亭一朝師匠でした。
   ◇ 岸柳島      春風亭一朝
師匠でもある「五代目春風亭柳朝」師匠とはタイプは違うものの、江戸前の落語という点ではしっかり同じものが流れています。
最近はすっかり人気が定着して来ました。
■春風亭一朝(1950年12月10日 ‐ )
東京都足立区出身。落語協会理事。
本名は浮ヶ谷 克美(うきがや かつみ)。 出囃子は『菖蒲浴衣』。
「五代目春風亭柳朝」の総領弟子。
師匠柳朝と同じく江戸前噺家で有名。
またNHK大河ドラマ『龍馬伝』の江戸ことば指導も行なった。
柳朝の師匠「八代目林家正蔵(後の林家彦六)」にとって最初の孫弟子である。
実際に、最初に入門を願い出た先は彦六の門であり、当時は林家あとむ(現3代目八光亭春輔)、林家九蔵(現三遊亭好楽)の2人が前座の身でこれ以上は面倒が見切れないということから、総領弟子柳朝に頼み、柳朝も快く引き受けたというエピソードがある。
趣味とする笛は、歌舞伎や落語での囃子を担当する程の名手。
妻は歌舞伎役者、五代目片岡市蔵の娘である。
1968年3月     「五代目春風亭柳朝」に入門。
1970年4月     前座になる。名は「朝太郎」。
1973年9月     二つ目昇進し、「一朝」に改名。
 ※大師匠「彦六」が、若い頃に稽古をつけて貰っていた「三遊(亭)一朝」の「一朝」の名を貰っている。
1980年3月     弟弟子「春風亭小朝」が先に真打昇進する。
1982年12月    真打昇進するが、師匠柳朝が脳梗塞に倒れる。
1984年       第4回国立演芸場花形新人大賞受賞。
1986年       文化庁芸術祭優秀賞受賞(「若手花形落語会」)
1991年2月7日   師匠柳朝死去。
2007年3月     総領弟子「朝之助」が「六代目春風亭柳朝」襲名
           真打昇進する。

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