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2011年9月12日 (月)

広瀬さんの春風亭一朝評

pencil広瀬和生さんの「春風亭一朝」論です。
Photo_2江戸前の芸、という言い方がある。
「江戸前」とは江戸近海(芝、品川あたりの海)もしくはそこで取れた新鮮な魚のことで、転じて「江戸独特の流儀」を指す言葉となったわけだが、落語で「江戸前の芸」というと、そこに「江戸っ子の気っ風の良さ」のイメージが加わる。
イキが良くてキレがある「これぞ江戸前の芸!」という落語が聴きたければ、真っ先にお勧めしたいのが春風亭一朝。
今をときめく若手のホープ春風亭一之輔の師匠としても知られる、1950年生まれの噺家だ。
一朝は、亡き五代目春風亭柳朝の一番弟子。
もともと八代目林家正蔵(後の彦六)への入門を希望していたが、1968年当時、正蔵が新たな弟子を取る余裕が無かったため、一門の総領弟子である柳朝に入門することになったのだという。
1973年、二ツ目昇進時に「春風亭一朝」を襲名、1982年に真打。
「一朝」という名は、八代目正蔵が若き日に芝居噺や怪談噺を教わり、晩年の面倒を見た三遊一朝(1930年没)から譲り受けたものだ。
五代目柳朝は60年代に古今亭志ん朝、立川談志、五代目三遊亭圓楽らと共に「若手四天王」と称され、その威勢のいい芸風から「江戸前の噺家」の典型とされた。
柳朝の落語家人生を描いた吉川潮氏の小説のタイトルは、そのものズバリ『江戸前の男 春風亭柳朝一代記』である。
一朝は、その柳朝の「江戸前」の芸風を見事に受け継いでいる。
啖呵を切る威勢の良さは天下一品、「江戸っ子」を演じたらこれほど似合う噺家も珍しい。
まさに「粋でいなせな江戸落語」の典型だ。
※週刊ポスト2011年9月9日号
「名前が一朝というぐらいですから、いっちょうけんめいやります」という一朝師匠。
いぶし銀という言葉は、もしかするとこういう噺家さん指すのかもしれません。

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