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2011年8月18日 (木)

落語ブーム

typhoon「落語ブーム」もかなり落ち着いて来たようです。
京須さんの著書によれば、戦後「落語ブーム」というのは、3回あったということです・・。
book最初のブームは戦後間もない1950年代からの約10年間。Photo
Photo_2この頃は、落語協会には五代目古今亭志ん生、八代目桂文楽、六代目三遊亭圓生、八代目林家正蔵(彦六)、二代目三遊亭円歌、八代目春風亭柳枝、五代目柳家小さん、九代目桂文治、日本芸術協会(後の落語芸術協会)には、六代目春風亭柳橋、初代桂小文治、三代目春風亭柳好、五代目古今亭今輔、八代目三笑亭可楽、四代目三遊亭圓馬、四代目三遊亭圓遊、三代目桂三木助、それにフリーで三代目三遊亭金馬といった大看板たちがいて、更に林家三平などのPhoto_3人気者を輩出するなど、落語家の人材は多彩で豊富でした。Photo_4
また、民間放送開始などで、落語が頻繁にラジオから流れるようになり、テレビにも落語家がタレントとして進出したこと、「ホール落語」という本格的に落語を鑑賞する場が生まれたことで文化指数が向上したこと、そして落語家のPhoto_7自伝や落語全集などが次々に刊行され、活字の世界でも落語が大きなウエイトを占めたことが大きかったと、京須さんは分析しています。
このあたりは、私はまだ「意識のない」頃で、「歴史」で習うというところです。
しかし、それにしても多士済々で、当時の賑やかさが想像できます。
scissors次のブームは1970年代に訪れます。Photo_5
古今亭志ん生、桂文楽など「第1次ブーム」の頃の大看板が相次いで亡くなる中で、六代目三遊亭圓生がカリスマ的存在となり、古今亭志ん朝、三遊亭圓楽、立川談志という新しい世代が台頭。Photo_6
これに五代目春風亭柳朝、月の家圓鏡(現橘家圓蔵)を加えた「四天王」説も、落語ファンの間を賑わせました。
落語そのものに関しては、ラジオの落語が陰を潜めた代わりにレコードが進出し、落語全集を読む代わりにレコードで落語を聴く楽しみが生まれて来ました。
またちょうど同じ頃に、上方四天王の努力によって、上方落語も復興を遂げて来て、東西の落語家同士の交流もこの頃から盛んに行なわれ始めました。Photo_8 20100402225455839jpg_2
この「第2次ブーム」が終わりを迎えた頃に突如勃発したのが、昭和53年の「落語協会分裂騒動」です。
「真打昇進制度」を巡って、落語協会前会長である三遊亭圓生が、当時の会長・柳家小さんらと対立した末に落語協会を脱退、「落語三遊協会」を旗揚げするという、落語界始まって以来とも言うべき大騒動となりました。
このあたりはリアルタイムで、ブームだったのかなぁ、と思う部分もありますが、圓生師匠や正蔵(彦六)師匠や小さん師匠に馬生師匠と、素晴らしかったと思います。
happy01そして21世紀に入ってからが「第3次ブーム」です。Photo_9
特定の中心人物はおらず、若手落語家に同年代の客層が定着し、しかも女性客が増加したことと、落語をテーマにしたドラマのヒットも大きかったと、京須さんは分析しています。Photo_10
そして、現在続く「第3次ブーム」の最大の特徴として「『名人』や『名人芸』が主導しないブーム」であることを挙げた上で、「『偶像崇拝』から解放された、このブームは、300年のキャリアで老化した落語の世界に新しい活力を注ぐことになるだろう」と結んでいます。
このコメントは、ブームが始まった頃のものですが、私はそろそろこのブームも一休みという気がします。
Photo_11もともと、ドラマが起爆剤になっている程度、しかも今時の若者が主人公ですから、伝統や芸そのものが受け入れられたというより、多様化したエンターテインメント、毎日のように出ては消えるコンテンツのひとつとして捉えられ、若者たちには目新しく映ったのでしょう。
女性が強くなって、「歴女」と同様に「落女?」も随分増えましたが、これも時が経てば落ち着いて来るものだと思います。2
女性は、どうも芸人(噺家)さん個人を追いかけるパターンが多いようで、韓流と同じような感じもします。
どんな動機、どんな形でも、トータルで落語全体を愛してくれれば、まことにありがたいものです。
私は、今ぐらいの状態がいいですね。
訳の分からない人たちが、我が物顔に入って来なくなりました。Photo
ただ、高齢者の芸能であることは間違いなく、携帯を鳴らしたり、補聴器がハウリングを起こしたり、口演中にお喋りをしたり・・・、まあ、我慢するしかありませんね。
圓窓師匠は、「落語は座ったきりの芸です。そのうちに寝たきりになるかもしれない。」なんて、よくマクラで仰って、高齢者の喝采を浴びています。Ensou
高齢者なんて言わずに、”じいさん(じじい)”・”ばあさん(ばばあ)”でいいじゃないですか。
江戸っ子は、親愛を込めて言っているのです。
ところで、いつの世にも「きわもの」といわれる芸人さんが出て来ます。
こういう存在も絶対に必要だと思いますが、彼らが斯界のメジャーにはなりえませんし、決してなって(させて)はいけません。
我々落語ファンは、個人では自分の好きな噺家さんや噺を楽しみつつ、全体では本寸法な噺家さんや落語の幹を太く逞しく育てて行かなければと思うのです。

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