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2011年8月16日 (火)

三遊亭圓生代々

shadow(お盆ネタが続きます。)
谷中「全生庵」の三遊亭圓朝の墓の隣に、「三遊亭圓生」代々の墓があります。
初代から四代目までが墓誌に刻まれています。
       三遊亭圓生代々墓
歴代の圓生をまとめてみました。
圓生約250年の歴史です。落語の歴史でもあります。
【初代】(1768―1838)本名橘屋松五郎。 三遊派の祖。
初め東亭八ッ子(とうていやっこ)門で多子(たこ)。
初代三笑亭可楽に従って東生亭世楽。独立して山遊亭猿松。
烏亭焉馬門となり立川焉笑。再度独立して三遊亭圓生。
「身振り声色芝居掛り鳴物入り」の元祖。
【二代】(1806―62)本名尾形清次郎。    圓朝の師匠
初め三升家しげ次。初代圓生門に入って竹林亭虎生。
三遊亭花生、橘屋圓蔵を経て2代目襲名。
芝居噺を創作。門下から圓朝が出た。
【三代】(1839―81)本名野本新兵衛。    圓朝門下
歌舞伎役者から4代桂文治門となり桂万治。圓朝門に移って圓楽。
1872年(明治5)3代目襲名。
圓朝から道具を譲られて「道具入り芝居噺」を演じた。
【四代】(1846―1904)本名立岩勝次郎。   圓朝門下
鯉朝、小圓太、3代圓喬を経て1886年(明治19)4代目襲名。Photo_9
人情噺、廓噺に優れ、三遊派を統率。
【五代】(1884―1940)本名村田源治。       六代目の義父  4代橘家円蔵門下。
二三蔵、小圓蔵、圓窓、5代圓蔵を経て1925年(大正14)5代目襲名。
「でぶの圓生」といわれる。
豪放のなかにも細緻な芸を示し、『三十石』『首提灯』『文七元結』『双蝶々』などを得意とした。Photo_8
【六代】(1900―79)本名山崎松尾。          昭和の名人 5代目の養子。
6歳で子供義太夫・豊竹豆仮名太夫。
10歳で落語に転じ4代圓蔵門下。
圓童、小圓蔵、圓好、圓窓、6代圓蔵を経て1941年(昭和16)6代目襲名。
圓朝ものの『真景累ヶ淵』『怪談牡丹灯籠』『怪談乳房榎』をはじめ廓噺、音曲噺、芝居噺など広い芸域を誇り、『圓生全集』『圓生百席』(レコード)など多くの著作・資料を残す。
78年6月に真打の"粗製乱造"に反対して、落語協会を脱退して「落語三遊協会」を結成したが、活躍中に急逝。
・・・そして七代目は・・、今まさに生みの苦しみというところ・・。

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