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2011年7月14日 (木)

五代目桂文枝

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shadow「桂文枝」は、上方落語の名跡。五代目の死後、空き名跡となっている。
「桂文治」の名跡が東京に移ってからは、事実上上方桂一門の"止め名"となっている。
今度「桂三枝」師匠が襲名する「桂文枝」という名跡の大きさ。
五代目は印象深い師匠でした。
高い、張りのある声で、上方落語らしくない?上品な芸風の師匠でした。
「立ち切れ線香」なんてもう・・・。
「小糸ぉぉ、なんで死んだんや・・・」って。
5代目桂 文枝(1930年4月12日 - 2005年3月12日)は、大阪市北区生まれ。
終戦後大阪市交通局に就職するが、同僚でセミプロ落語家であった3代目桂米之助の口ききで、趣味の踊りを習うため、1947年に日本舞踊坂東流の名取でもあった4代目桂文枝に入門。
その後しばらくは市職員としての籍を置きながら、師匠が出演する寄席に通って弟子修行を積み、桂あやめを名乗り大阪文化会館で初舞台を踏む。
ネタは「小倉船」。
入門当時は上方落語が衰退していたこともあり、一時期は歌舞伎の囃子方(鳴物師)に転向、結核を病んで療養生活を送った後、落語家としての復帰を機に3代目桂小文枝を襲名、1992年には5代目桂文枝を襲名する。
6代目笑福亭松鶴、3代目桂米朝、3代目桂春団治と並び、昭和の「上方落語の
四天王」と言われ、衰退していた上方落語界の復興を支えた。
亡くなって6年経つんですね・・。

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