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2011年7月28日 (木)

寄席のこと

bookまたまた「東京かわら版」の権太楼・さん喬師匠の対談の中からの話題。
「寄席」の存在について。Photo_4
さん喬師匠:「寄席の場合は色んな人が出ていてお目当ての噺家さん以外で、いい人が見つかるかもしれない。ああ、また聴きに来ようと、それは寄席でしか出来ない」
権太楼師:「こないだ立川流の人と話していたら、それが無駄だと言われた」
さん喬師匠:「へえ~」Itiban
噺家さんにとっての寄席というのは、理屈を超えた部分で、不可欠なものと理解しています。
(江戸)落語という演芸(芸能)が、寄席という場を得て発展して来たという事実が全てで、時代が流れて、その重きや形に変化はあっても、絶対になくなる関係ではないと思います。
立川流の噺家さんのコメントは、同じようなことを聞いた(読んだ)ことがありますが、これは立川流に寄席がない現実と羨望の裏返しだという気がしました。
落語に戻った数年前、一生懸命に立川志の輔さんを聴きました。201008112121002
人気も話術も当代一の噺家さんだと思いました。
ところが今は、チケットを手に入れるのが大変だという局面もありますが、何か志の輔さんを卒業した気がしています。
立川談志師匠が、落語協会を出てから入門し、寄席に出た経験のない初めての噺家さんとして、英才教育をされた人でもあります。
寄席に出られないため苦労を重ね、それをばねにして来た人です。Photo_3
従って、志の輔さんの高座(落語)は、古典落語でも、物凄く時流に乗ったスマートな落語ですし、落語会もエンターテインメントに溢れています。
それはそれで、素晴らしい芸であり、ショーだと思います。
でも、言葉で上手く表現できませんが、私が漠然とイメージする落語ではない気がするのです。
寄席という、雑多な賑わいの中から出て来た、無駄な時間も過ごしたかもしれない噺家さんが語る噺こそ「落語だ」と思います。
私も、全席指定で、特定の噺家さんが出演し、ネタ出しされている、いわゆる「ホール落語会」に行く機会が多いです。
でも、時々無性に、気楽に寄席に行きたくなりますし、寄席があるからホール落語が楽しめると思っています。
寄席はいいですよ。

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