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2011年7月31日 (日)

落語でデート

music今朝は先代円歌師匠。
  ◇ 香典返し    二代目三遊亭円歌
明け方の地震で起きてしまい、ほとんど意識不明の状態でした。
新潟県生まれ。新潟県立新潟中学校卒業。
当時の落語家には珍しく旧制中学卒業の高学歴で、横浜で貿易商館員として働くも、女性問題を起こしたことがきっかけで、札幌に移って、京染屋を始める。
花柳界相手の商売を通じて、元噺家の松廼家右喬と出会ったことで、落語に興味を抱き、素人演芸の集団に加わる。
はじめは旅回りの一座に入り勝手に「東京落語の重鎮・三遊亭柳喬」と名乗っていたが、小樽で巡業中の2代目小圓朝に見つかり、それがきっかけとなって、東京の初代三遊亭圓歌門に入り歌寿美と名乗る。
のち三遊亭歌奴。大正10(1920年)真打。
昭和9(1934年)2代目歌(「圓」の字は画数が多く自分の芸風にあわないとして「円」の文字を使っていた)を襲名。
新潟訛りと吃音を非常な努力の末で克服した。
持ちネタも多く、新作では「呼び出し電話」・「社長の電話」・「空き巣の電話」・「ボロタク」・「木炭車」・「馬大家」。
芝居噺では「七段目」「将門」。
古典はあまりやり手のない「紺田屋」・「紋三郎稲荷」・「山岡角兵衛」・「首ったけ」・「姫かたり」などがある。
モダンで明るく、艶っぽい芸風で女性描写は絶品であった。
艶笑小噺もよく演じたが、残された音源を聞くと、放送禁止用語が連発されるのに一つも嫌らしく聞こえない。かなりの力量を持った噺家であった。
亡くなったのが、昭和39(1964)年だそうですから、兄弟弟子でもある「三代目三遊亭金馬」師匠と同じ年のことです。
私はリアルタイムではないこともあり、どういう訳か、時々「春風亭柳好」師匠と混同することがあります。
そう、あの「野ざらし」の柳好師匠とです。

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