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2011年6月 7日 (火)

明治時代の音源

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先日の読売新聞に、興味深い記事が載っていました。
明治末期から戦後にかけて出回ったSPレコードの音源がデジタル化され、5月31日から国立国会図書館で公開が始まった。
レコード会社などが保存していたSP盤とその金属原盤は劣化や散逸が進んでおり、日本レコード協会など6団体でつくる「歴史的音盤アーカイブ推進協議会」が記録を残そうとデジタル化を進めていた。
この日公開されたのは、かつて庶民を沸かせた三代目三遊亭圓馬の落語「三人旅」(1928年発売)など2485点。
このうち「三人旅」など99点は外部からアクセスしてインターネットで無料で視聴できるそうです。
落語には「江戸落語」と「上方落語」があります。
東京の落語は、いわゆる江戸弁、下町の江戸っ子言葉で語られるのに対し、上方落語は大阪弁により演じられるのが常です。(当たり前
ですから、基本的には、東京を中心にした関東出身者が江戸落語、そして大阪を中心とする関西出身者が、上方落語を長年演じてきたのは当然のことです。
東京
の落語家が大阪で落語を演じたり、またその逆はあっても、江戸の落語家が上方弁で上方落語を一席、などという事はありえないことでした。
落語が話芸によって成り立つものである以上、中途半端な言葉使いでは聞き手を納得させる事が出来ませんから、もし関西の落語家が、標準語を多少使えるからといって東京落語を演じたとしても、噺の出来栄えは彼本来の、大阪弁による上方落語を超える事はまず不可能でしょう。
ところが、明治後期から大正、そして昭和に入っても戦前まで活躍した、この「三代目三遊亭圓馬」という師匠は、その不可能を可能にした、言わば「奇跡の落語家」と言えるでしょう。
圓馬は、生粋の大阪人でありながら、若くして上京し東京で修行。
上方落語と同様に、東京落語も巧みに演じる事が出来たと言う不世出の人だったようです。
八代目桂文楽師匠が心酔していた噺家さんだそうです。

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