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2011年6月13日 (月)

古今亭右朝師匠

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「古今亭右朝」師匠という方がいらっしゃいました。
ちょうど10年前に亡くなりました。享年53歳。
師匠「古今亭志ん朝」師匠の後継者と周囲から認められていた実力者は、これからという時期にこの世を去ってしまったということです。
奇しくも、志ん朝師匠が亡くなる直前のことで、志ん朝師匠の落胆ぶりは尋常ではなかったそうです。
大学を卒業してすぐに落語家になったわけではなく、最初は寄席文字の橘右近師匠に師事し寄席文字の修行をした後、噺家さんになったそうです。

噺家さんとしての経歴は以下のとおりです。
 昭和50年11月  古今亭志ん朝に入門し「志ん八」
 昭和55年 6月  二つ目昇進
 昭和63年 6月  真打昇進と同時に「古今亭右朝」を襲名
      *寄席文字の橘右近と師匠志ん朝から一字ずつ取った
      *落語協会の真打として100人目で昭和最後の真打
 平成13年4月  肺がんにより死去
その実力の一端は、以下の華々しい受賞歴が物語っています。
 昭和59年 第18回 国立演芸場 花形若手演芸会新人賞銀賞
       *演目は『三方一両損』
 昭和60年 第14回 NHK新人落語コンクール 最優秀賞
       * 『片棒』
 昭和60年 昭和60年度 にっかん飛切落語会努力賞
 昭和61年 昭和61年度 にっかん飛切落語会若手落語家奨励賞
 昭和62年 第32回 国立演芸場 花形若手演芸会新人賞金賞
       *『片棒』
 昭和62年 昭和62年度 にっかん飛切落語会若手落語家奨励賞
 平成 2年 第45回 国立演芸場 花形演芸会金賞
              *『二番煎じ』
  平成 4年 第12回 国立演芸場 花形演芸大賞大賞

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・・・実は、私はこの「右朝」師匠を、全く知らないのです。
志ん朝一門でも、志ん五(当時志ん三)師匠や志ん輔(当時朝太)師匠のことは知っていたのに・・・。
どうして、これだけの実力者のことを知らないか。
2つの点が考えられます。
まず、経歴を見て分かることですが、私が社会に出て、落語と疎遠になっていた時期と完全に重なっていること。
それから、テレビなどのマスコミにはあまり出ていないこと。
やはり、落語から離れていた25年以上の時間は、ちょうど一世代が抜けているという訳です。
しかも、私よりちょっと年齢が上の世代が・・・。
考えてみると、実は「さん喬」師匠も、「扇遊」師匠も、「雲助」師匠も、「一朝」師匠も、若手で台頭する頃のことは知りません。
落語に戻って来て、それぞれ盤石な位置を占めてから、当然のことながらファンになった師匠たちです。
10年前には、みんな知りませんでした。
生前のCDもあるようですから、一度聴かせていただこう思います。
古今亭を支えるべきだった人の芸を。

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