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2011年5月17日 (火)

三遊亭圓朝無舌居士

三遊亭圓朝無舌居士
谷中の「全生庵」の三遊亭圓朝のお墓です。
戒名が「三遊亭圓朝無舌居士」。
何度もお参りをしています。
先日の土曜日にも行きました。
後ろに立ててある卒塔婆が傾いていたので、立てかけ直したりして。
三遊亭圓朝無舌居士墓石の側面に・・
何ぞ書いてあります。
私は噺家さんではありませんが、このお墓の前で手を合わせていると、何となく落ち着く感じがするのは何故でしょう。 
初代三遊亭圓朝は、通称出淵次郎吉といい、天保10年(1839)4月1日音曲師橘屋圓太郎(出淵長蔵)の次男として江戸湯島切通町に生まれた。
2代目三遊亭圓生の門人となり、安政2年(1855)16歳で真打ちとなる。
芝居噺で人気を博し『真景累ヶ淵』や『怪談牡丹燈籠』『塩原多助一代記』などを創作した。
本業の話芸以外にも點茶(てんちゃ)、華道、聞香、和歌、俳句、書画など和敬清寂の道に精通していた。
建築、作庭にも秀で、自らの設計監督によって内藤新宿では、数寄屋造の家屋や茶室、更に新宿御苑を借景とした百坪余の枯山水の平庭を完成させた実績もある。
また、臨済禅の修行においても、山岡鉄舟や由利滴水の指導の下に参禅し、難しい公案を喝破して居士号を授けられた。
更に書画古美術に対する鑑識眼は極めて高く、毎年圓朝忌を中心に圓朝の収集した幽霊画が公開されている。
明治33年(1900)8月11日62歳で死去した。

墓石には、山岡鉄舟の筆により「三遊亭圓朝無舌居士」とある。
・・・そして、その約3週間後の9月3日、後の六代目三遊亭圓生師匠が生まれたという訳です。     

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