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2011年4月29日 (金)

住吉大社

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神功皇后三韓征伐の際、住吉三柱の御守護により無事達成され、その帰途、摂津国西成郡田蓑島(現 大阪市西淀川区佃)で、住吉三柱を遥拝されました。
これが「大阪佃の住吉の社(現 田蓑神社)」の起こりだそうです。
その後、天正年間から、大阪田蓑島の人々と徳川家康が深い関わりを持つようになり、家康の漁業の傍ら田も作れとの命により、村名を田蓑から「佃」へと改め、また田蓑の名を残すため神社名を住吉神社から田蓑神社へと改めることになりました。
その後、家康が関東下降の際、佃の漁夫33人と住吉の社の神職平岡権大夫好次が分神霊を奉載して江戸へ下り、寛永年間に幕府より鐵砲洲向かいの干潟を賜り築島。
故郷の名をとり「佃島」とし、この地に社地を定め、正保3(1646)年6月29日 住吉三神、神功皇后、徳川家康の御神霊を奉遷祭祀しました。これが「佃住吉神社」の起源です。Photo_4
「住吉神社の例祭」は毎年8月6日、7日に行なわれます。
3年に一度の本祭りでは、期間も4日間として、獅子頭の宮出しや神輿の宮出し、神輿を船に載せて氏子地域を廻る「船渡御」が行なわれます。
神輿は「八角神輿」と呼ばれるとおり、八角形の神輿です。
八角の神輿は関東では珍しく、天皇陛下の御座を擬したと言われています。
昭和37年までは海中渡御が行なわれていたそうです。

・・・・神田お玉ヶ池の小間物屋次郎兵衛さんが楽しんだという佃の祭り、住吉様の大祭のイメージも、いくらか湧いて来ました。

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