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2011年4月11日 (月)

柳家さん喬師匠

ちょっと見つけたある記事から。
大震災から1週間たった先月18日、私は東京・新宿末廣亭で落語を聴いていた。
その日、都内で開いている寄席は、この1軒のみ。節電で空調が止まり、ジャンパーやコートを着たままのまばらな客が約50人。
押し黙ったまま舞台を見つめる。
トリに登場した柳家さん喬が、ほんの少し表情を崩す。
「幼い子のリュックには夢と希望が入ってるのでしょうね。こういうときは、ふだん通りに過ごすのがよろしいかと…。」
繰り返し放送されていた被災地の惨状よりも、そこに一筋の希望を見せた幼子にスポットをあてたところに、さん喬の優しさが滲んだ。
演目は「幾代餅」。吉原の廓を舞台にした艶っぽい噺だが、純情一途な奉公人が、金ではなく逢いたい一心で花魁の気持ちを射止める物語。
昨年の10月8日にも「日本橋夜のひとり噺」(東京・日本橋社会教育会館)で、さん喬の「幾代餅」を聴いた。はんなりした花魁の艶っぽさが漂う名人芸だった。
ところが、震災直後に聴いた「幾代餅」はひと味もふた味も違った。
逢いたい人に逢えることの素晴らしさ。そこがじっくり奉公人の目線で描かれていた。
1カ月、1年…。演じる人、歌う人がどう変わっていくか。
見届けていきたい。
「大手町落語会」で、権太楼師匠の代演で高座に上がった時も、「こういう時は、普段通りに過ごすのが大切ではないか」と、さりげなく震災に触れていました。
そうなんでしょう。
がんばれニッポン!もいいけれど、日本人があの災禍の中で冷静さを保っていられた源泉は、この自然体にあるのではないでしょうか?

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