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2011年3月23日 (水)

崇徳院

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唐突ですが、「崇徳院」という噺があります。
今は"死語"になりつつある「恋患い」をテーマにしたもの。
人を好きになる、人を恋する苦しさというのは、お医者様でも草津の湯でも治らないという・・・。
この古風な”病気”から、噺が始まります。
熊さんの出入りの大店の若旦那が病気になり、小さい時からの仲良しだから、熊さんだけに話をするというので、部屋に呼ばれて聞き出すと、上野の清水堂でお詣りを済ませ茶屋で休んでいると、お供を連れたお嬢さんに会った。
水も垂れるようなお嬢さんは茶袱紗を落としたので渡してあげると、木の枝に結んであった短冊がひらひらと舞い落ちてきた。
その短冊を渡してくれた。
「瀬を早み岩にせかるる滝川の」と崇徳院作の上の句で、下の句は「われても末にあはむとぞ思ふ」という恋歌。
末には夫婦になりましょうと言う謎掛けの短冊をもらい、以来何を見てもそのお嬢さんに見える。Photo_2
医者の見立てでは若旦那はあと5日の寿命だから、5日間の内に探し出してくれと頼まれる。めでたく探し出したら、三軒長屋をあげるから頼むと言われ、腰にワラジを沢山くくりつけられ帰ってくる。

翌日から捜し始めるが、水が垂れるようなお嬢さんはいませんかと捜したのに、いっこうに見つからない。
奥さんに、「瀬を早み岩にせかるる滝川の」と崇徳院作の上の句を口に出しながら人のあつまる所を回りなさいと、知恵を付けられ、床屋に36軒、お湯屋に18軒回り、疲れた身体を床屋で「瀬を早み・・・」と言いながら休んでいると、近くの頭が四国に若旦那を探しに行くという。
大店のお嬢さんが恋患いで、その若旦那に上野で袱紗を拾ってもらい、別れ際に崇徳院様の歌の短冊を渡したが、どこのだれだか判らないと言う。
熊さんはそれを聞いて、「三軒長屋、三軒長屋・・、三軒長屋がここにいたか」、頭は「危なく四国に行くところだった」。胸ぐらを掴みながら、家に来い、いや俺の所に先に来いと、争っていると、床屋の商売道具の鏡を割ってしまう。
床屋の親方が「どうしてくれる、この鏡」、「親方、心配はいらない。割れても末に買わんとぞ思う」。

Photo_3落語らしい、ほのぼのとしたいい噺です。
人を好きになるというのは、理屈ではありませんから、人の心には様々な思いが来去来して苦しむのでしょう。
でも、純粋に人を好きになれるというのは、素晴らしいことでもありますから、大変幸せで贅沢な苦しみだと思いますね。
この若旦那の恋も、おそらく成就するのでしょう。
それにしても、崇徳上皇の歌もいいですね。
二人は、今は別れ別れの身(一緒にいられない身)だけれども、いずれは必ず結ばれようという・・、色気のある歌です。

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