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2011年3月12日 (土)

江島屋

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先月の「紀伊國屋寄席」で、金原亭伯楽師匠がお演りになった、三遊亭圓朝原作「江島屋」。
道に迷った旅人が、老婆一人の小屋に泊めてもらうと、夜中にこの老婆が錦の布を火にくべて何やら祈っている。
見つかった旅人が訳を尋ねると、老婆は昔話を始める。
娘が庄屋に見初められ、支度金までもらって嫁入りすることになった。
そこで江戸の呉服屋に花嫁衣裳を頼んだが、12月3日の婚礼の日、大雨になった。
この花嫁衣装が、糊付けをしただけの代物だったので、濡れて糊がはがれ腰から下が落ちてしまう。
庄屋は支度金まで出したのに大変な恥をかかせたと怒って結婚は解消、娘とこの母親を村から追い出したため、娘は世を儚んで池に身を投げたのである。
老婆は娘の形見の花嫁衣装を少しずつ火にくべては、その呉服屋を呪っているのだ。
相手の呉服屋を聞くと「江島屋」だという。
この旅人、その江島屋の番頭だったのでびっくり。
相手の目をつぶそうと、灰の上にめの字を書き、これを火箸で付く老婆の形相にぞっとする。
夜が明けるのを待ち兼ねて江戸に戻ると、江島屋の女房が急病で死に、その片付けの最中に、今度は小僧が事故で死んだというので大騒ぎ。
番頭はあの恐ろしい老婆のことを胸に秘める決心をした。
その年の12月3日、主人に頼まれて蔵に入った番頭は、奥に腰までしかない錦の花嫁衣裳を着た娘がずぶ濡れになった姿を見て逃げ出す。
訳を聞く主人に、とうとうあの老婆の話をし、火箸で目を付く真似をした途端、主人の目に激しい痛みが走った。
それからは、花嫁衣裳の娘ばかりでなく、庭に老婆の姿が見えるようなこともあり、気味悪がった店の者も一人去り二人去り、とうとう江島屋は店をたたむことになる。

三遊亭圓朝が1869(明治2)年に作った「鏡ヶ池操松影(かがみがいけみさおのまつかげ)」の一部を独立させたもので、「江島屋騒動」とも言われます。
金原亭伯楽師匠が、落語だけではと、本にしています。
「いかもの(如何物)」と言われる、偽物(手抜きの)着物が発端となる怪談風の噺です。

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