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2011年1月20日 (木)

十干十二支(干支・えと)

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「十干十二支(じっかんじゅうにし)」というのは、「十干(じっかん)」と「十二支(じゅうにし)」を組み合わせた60を周期とする数詞です
十干」は「甲(きのえ・こう)」・「乙(きのと・おつ)」・「丙(ひのえ・へい)」・「丁(ひのと・てい)」・「戊(つちのえ・ぼ)」・「己(つちのと。き)」・「庚(かのえ・こう)」・「辛(かのと・しん)」・「壬(みずのえ・じん)」・「癸(みずのと・き)」の10種類。
「十二支」は「
子(ね)」・「丑(うし)」・「寅(とら)」・「卯(う)」・「辰(たつ)」・「巳(み)」・「午(うま)」・「未(ひつじ)」・「申(さる)」・「酉(とり)」・「戌(いぬ)」・「亥(い)」の12種類。Middle_1223515716_2 この組み合わせで、10と12の最小公倍数の60種類になりますが、合わせて「干支(えと)」と呼ぶ訳です。
我が家族の生まれ年は、祖父が「庚子(かのえね・こうし)」、私が「丁酉(ひのととり・ていゆう)」となり、父と息子は、同じ「
己巳(つちのとみ・きし)」です。

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ところで、「丙午(ひのえうま)」というのは、火性が重なることから、この年は火災などの厄災が多いなどの迷信が生まれ、その年に生まれた人の性質は激しいものとなるという迷信に転化しているようです。
また、江戸時代前期に、井原西鶴の「好色五人女」で有名となった「八百屋お七」が丙午の生まれだといわれていたことから、江戸時代中期以降には、この年生まれの女性は気性が激しく、夫を尻に敷き、夫の命を縮める(男を食い殺す)、死後「飛縁魔」という妖怪になるという類の迷信が信じられるようになったそうです。
1846年(弘化3年)の丙午には女の嬰児が殺害(間引き)されたという話が残っているそうです。
明治時代以降もこの迷信は続き、1906年(明治39年)の丙午では、前年より出生数が4%減少したそうです。
生まれた女児の出生届を前後の年にずらして届け出ることもあったということです。
生まれた年で性格が決まるなんていうのもナンセンスですが、やはり縁起みたいなものはかついでしまうんでしょうねぇぇ。

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