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2011年1月

2011年1月31日 (月)

卯年睦月の落語徘徊

     
新年の落語会徘徊は、ぐっと控えめでした。
 ◆  14日   東京落語会
 ◆  15日   朝日名人会
 ◆  17日   雲助月極十番
 ◆  20日   人形町かもめ亭
 ◆  31日   紀伊國屋寄席
市内の町会(老人会)の新年会の高座は、とても楽しかったです。
 ◇   9日   親交会新年会
ただし、落語っ子連・扇子っ子連の稽古は、大幅に遅れて・・。
  ◇  25日   扇子っ子連稽古会(花色木綿)
 ◇  30日   落語っ子連稽古会(甲府ぃ)
他のメンバーの皆さんにご迷惑をかけているのが、やや心の傷・重荷に・・・。
追い込まれないとやらないという性格が災いして・・・。

そして、そして、プログアクセス10万件突破!

2月の紀伊國屋寄席チケット

2月の紀伊國屋チケット
来月の師匠ご出演の「紀伊國屋寄席」は、残念ながら行くことが出来ません。
が、落語っ子連の"まど音さん"と"まど深さん"が聴きに行くということでしたから、席が選べる(電話予約では選べない)ので、私が紀伊國屋(今日の寄席の会場)で買って、次回の稽古会に持参することにしました。
さすがに発売当日ですから、通路に面したまずまず良い席が確保出来ました。

紀伊國屋寄席


今月も最後は「紀伊國屋寄席」です。
        ◆ ざるや                      春風亭朝呂久
        ◆ 浮世床                     柳亭小痴楽
        ◆ だくだく                     柳亭燕路
        ◆ 御神酒徳利               柳亭市馬
        ◆ 笠碁                        柳家権太楼
        ◆ 味噌蔵                     三遊亭小遊三

「落語界の椿事」だと燕路さんが言うのは、落語会の仲入り前出演の真打が全員"柳亭"というマイナーな亭号だと・・。
確かに、珍しい。
二つ目の小痴楽さんは、先代の息子さんでしたっけ?
(後で調べたら、五代目柳亭痴楽師匠の息子さんでした。)
"ボク"と自称するのと、必要以上の巻き舌と奇声が物凄く気になりました。
燕路さんは泥棒の噺で、我が「花色木綿」の参考にさせていただきました。
市馬さんには「待ってました!」の声が複数かかりました。
落語協会の副会長にもなり、風格もたっぷり。
「御神酒徳利」はオチまで通してやってくれました。
日本一の富豪「鴻池善右衛門」の名前も出て来ます。
かつて昭和天皇の"御前口演"で、三遊亭圓生師匠が選んだ演題で、これも穏やかでハッピーな噺です。
これもいつかやってみたいなと・・。
仲入り後の権太楼師匠はかなり久しぶりでした。
特に今日は十八番のひとつの「笠碁」ですから、安心して聴くことが出来ました。
昨年、体調が悪い時があったと聞きましたが、とてもお元気そうで何よりでした。
でも、少し痩せたかなと思うのは気のせい?
本日のトリの小遊三師匠は、落語芸術協会の(トイレでお尻を)副会長です。
2つの協会の副会長が共演するというのも椿事でしょう。
というのも、落語協会は、従来からあまり副会長を置いていないので、両協会の副会長の揃い踏みは珍しいはずです。
副会長、いつものさすがの話芸ですが、ややあっさりしていた気がしました。

不思議なメルマガ

pc無題のメールが届きました。
phonetoまた迷惑メールかと思いましたが、どうも落語協会からのようです。
pen内容を見ると「初席のご案内」・・?
slateあぁ、きっと何か(誰か)間違えて送信ボタンを押してしまったんでしょう。
mailto後刻、落語協会から10日毎定例のメルマガが届きました。
「先ほどは誤ったメールが・・」とお詫びコメントが入っていました。
cd世は"情報時代"と言われ、夥しい量の情報が飛び交い、流れ、溢れています。
coldsweats01中には笑い話で済まされないものもあります。
気をつけないといけません。

「三遊亭窓輝の会」

落研の先輩の「愛詩亭朝大」師匠が、昨日の池袋演芸場の「三遊亭窓輝の会」を聴かれたそうです。
窓輝さんが、真打昇進前から続けている独演会ですが、昨日は稽古などがあり、行くことができませんでした。
前日(当日?)、アジア大会のサッカー決勝を朝の2時半まで見ていたので、途中で眠くなるのではと心配したが、窓輝さんが居眠りをさせませんでした。
今日の出し物は「味噌蔵」と「さじ加減」でした。
噺の口調、しぐさは、親父であり師匠である圓窓さんに良く似ています。やっぱり親子ですね。
時間を間違えて6時きっかりに演芸場に着いたらすでに満席でした。
・・・と、朝大師匠のコメントです。
朝大師匠は、昔(学生時代)からの圓窓師匠との交友と窓輝さんとの接点もおありですから、頼もしくお聴きになったことだと思います。
真打昇進して1年経ち、ますます頑張っているようです。

トイレの"仏様"

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面白い新聞記事がありました。
ヒット曲「トイレの神様」の影響か、奈良県 生駒市の宝山寺で、トイレの穢れを取り除くとされる烏蒭沙摩(うすさま)明王像に参る人が増えているそうだ。
烏枢沙摩明王は古代インド神話において元の名をウッチュシュマ、或いはアグニと呼ばれた炎の神であり、「この世の一切の汚れを焼き尽くす」功徳を持ち、仏教に包括された後も「烈火で不浄を清浄と化す」神力を持つことから、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があるとする、幅広い解釈によってあらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。
意訳から不浄潔金剛や火頭金剛とも呼ばれた。
特に有名な功徳としては便所の清めである。
便所は古くから「怨霊や悪魔の出入口」と考える思想があったことから、現実的に不潔な場所であり怨霊の侵入箇所でもあった便所を、烏枢沙摩明王の炎の功徳によって清浄な場所に変えるという信仰が広まり今に伝わっている。

神様と仏様との区別がつかずに、歌を聴いてお参りする人も多いようで、トイレの話題だけに、味噌も"○○"も一緒です。
ただ、信心に関係なく、トイレは綺麗にしておかないといけません。
落語には、「へっつい幽霊」などで長屋の共同便所(はばかり)の場面が出て来ます。

火事息子

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同じ親でも、父親と母親とでは、その子どもに対する情愛というものは形が違うものです。
相容れない部分もあるようですが、この二つがあってこそ、人としてのバランスが取れるものだと思います。
桂小南師匠の「菜刀息子」では、親父の情愛の告白がありますが、この「火事息子」では、いつもは亭主の言うことに反論もせず、暮らしてきたおかみさんですが、初めて逆襲を始めます。
子どもに感情で接している母親の深くて強い情愛が、ひしひしと伝わってきます。
神田の質屋伊勢屋の若旦那の藤三郎は、小さい時分から"火事"が大好きだ。
おもちゃも、纏(まとい)とか梯子などで他のものは買わない。
年頃になると、半鐘が鳴ると掛け出して行ってしまい、家に寄り付かなくなる。
親御さんも心配でたまらなかった。
町内の頭のとこに行って、火消しにしてくれと頼んだが、立派な若旦那だからと断られた。回状が回っているので他の頭のとこに行っても同じであった。
考えあぐねて、火消し屋敷に入ることにした。
藤三郎は金にあかせてすっかり全身に彫り物をした。
白い肌に朱の色が映えて見事であった。
それを見た親から勘当を言い渡された。

旧暦の11月寒風吹く北風の中、伊勢屋さんの近くで火事があった。
頭に藏の目塗りを頼んだが、風上だから我慢してくれと断られた。
商売上目塗りをしないと信用に関わるからと、番頭の佐兵衛に頼んだが、仕事違いで梯子から手が離せず、目塗りどころではない。
そこに、遠くで見ていた臥煙(がえん)が、屋根から屋根へパパパパッっと平地を走るように、猫が飛ぶようにやって来た。
これが、藏の折れ釘に佐兵衛の身体を支えさせ、両手が使えるようにしてやった。

火事も収まり、ホッとしていると、火事見舞いの客がごった返した。
親の代理で見舞いに訪れた、よその若旦那をみて、藤三郎と比較して愚痴と涙が出るのであった。
折れ釘から降りてきた番頭は「先ほどの火消しにはたいそう世話になったから、ご主人から会ってお言葉を掛けて欲しい。」という。
主人:「商売とは言え屋根から屋根へ見事な身の軽さだった。お手伝いしていただいた方だから、質物はそのまま出してお上げ。」
番頭:「いえ実は、あの方は勘当になさいました藤三郎さまです。」
主人:「なんて危ないことを・・・、怪我でもしたらどうするんだ。あッ・・・いや、他人様だから関係ない。だから会いたくない。」
番頭:「でも、赤の他人様ですから、この様な時にこそ会って、お礼をするのが人の道ではありませんか。」
主人:「年寄りをへこませて、面白いだろう・・・。分かりました、会いましょう」。
台所の隅で役半纏一枚で小さくなっている藤三郎であった。
通り一遍の挨拶と感謝の言葉を述べ、藤三郎もそれに応えた。
しかし、全身の彫り物を見て、親の顔に泥を塗ったと厳しい言葉。
お礼も言ったし、用もないから引き取れとつれない。
若旦那:「では・・・、帰ります。」
番頭:「チョットお待ちなさいよ。おかみさん、チョット ォ~」

そこに猫を抱えた母親が出てきた。
母親:「猫は火を見ると床下に逃げると言うから、焼き殺してはいけないと思ってず~っと抱いているんだよ。」
番頭:「ここにいらっしゃるのは若旦那様です。」
母親:「猫なんてどうでもいい。藤三郎かい。いつもお前のことを話して居るんですよ。寒そうにして。あの結城の着物をこの子に着せたらさぞ似合うことでしょう。この子にあげたい。」
主人:「やることはならない。やるくらいなら捨てろ。」
母親:「捨てるくらいなら、やっても良いじゃないですか。」
主人:「解らないやつだ。捨てればこいつが拾っていく。」
母親:「解りました。箪笥ごと捨てます。この子は粋ななりも似合いましたが、黒の紋付きがよく似合いました。いつか親の代理でお年始回りをした時、芝居に出てくるような綺麗な若旦那と評判になり、『この子の親はどんなんだろう』といわれ、『私です』と言って、笑われた事がありました。これに黒羽二重の紋付きを着せて、仙台平の袴をはかせ、小僧を連れてやりたいと思います。」
主人:「こんなヤクザなやつに、そんな格好をさせてどうするんだ。」
母親:「火事のお陰で会
えたのですから、火元に礼にやりましょう」

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いい噺です。
でも、この藤三郎という息子(若旦那)は、いずれこの家に戻るのでしょうか。
それとも、このまま臥煙(がえん)のままで、家には戻らないのでしょうか。
確かに、職業の選択は自由で、彼は自分の夢は実現できたかもしれませんが、果たしてこれていいのかなぁと思います。
両親が健在のうちに、いずれ近いうちに、是非家に戻って家業を継いでもらいたい。
私は、そう願っています。
私も、これでも人の親ですから。

2011年1月30日 (日)

ラジオ寄席

今夜の特集は「十代目桂文治」師匠です。
  ◇ あわて者(堀の内)     桂文治
  ◇ 源平盛衰記        桂文治Photo_2jpg_2
桂文治師匠も面白い噺家さんでした。
確か、落語芸術協会の会長をしていて、その任期が満了したその日に亡くなったと記憶しています。
「やかん」だとか「粗忽の釘」「禁酒番屋」「お血脈」など、本当にいい味をした噺家さんでした。
落語っ子連のまど音さんは、以前はこの文治師匠の大ファンだったそうです。
江戸言葉に厳しかったことで有名で、例えば商人は「ありがとうございました」では縁が切れるから「ありがとうございます」や「ありがとう存じます」というのが正しいんだ、という持論を仰っていました。

誕生日のお祝い


それぞれの都合がやっと合って、遅ればせながらではありますが、私と息子の誕生日のお祝いを、駅前の韓国料理店で。
初めて行きましたが、こじんまりしているアットホームな店でした。
前回は12月の娘の誕生日のお祝いで、この時は浅草の老舗で思い切って散財しましたが、今回はぐっと地味なお祝い会でした。

落語っ子連発表会の内容

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3月5日(土)午後5時・6日(土)午後1時から開催する予定の落語っ子連の発表会。
とりあえず、私は昨年と同様、1日目(5日)に出演させてもらうことにしました。
基本的に「ん組」のメンバー中心で、記憶ベースで以下のような内容になりそうです。
順番はくじ引きで決めました。
【初日の番組】
   ◇ 紀州         三流亭まど深
   ◇ 替わり目      三流亭窓口
   ◇ 悋気の火の玉   三流亭商人
   ◇ 一目上がり     三流亭まど音
   ◇ 甲府ぃ      三流亭流三
   ◇ 小噺         三流亭窓蕗
   ◆ お楽しみ     三遊亭圓窓

深川不動

深川不動
稽古が終わった後、深川不動へお参りしました。
境内は、2月3日の節分「豆撒き」の準備が始まっていました。
初詣の次の大イベントですから、準備も大変でしょう。
改めて、本年の幸せを祈りました。

落語っ子連稽古会


発表会まであと1ヶ月あまり。
メンバーの稽古も熱を帯びて来ています。
今日は最初に手を挙げて、「甲府ぃ」を初めて師匠の前でやりました。
 ◇  甲府ぃ         三流亭流三
 ◇  寝床          三流亭窓口
 ◇  悋気の火の玉    三流亭商人
 ◇  からくり料理     三流亭びす太
  ◇  紀州                    三流亭まど深
まぁ、ろくに予習もしないで、仕振りの悪い生徒ですが、開き直ってやってみました。
師匠からは、まず「志ん朝さんだね」と、元ネタを当てられました。
それから、豆腐屋の売り声のご指導。
「豆腐ぅ~ ゴマ入ぃ~り がんもどぉ~き」・・難しいです。
それから、「泣き節」のご指摘。
そうなんです。善吉の身の上話は泣きすぎてはいけない。
善吉の水ごりに涙する豆腐屋の主人も泣き言葉ではいけない。
豆腐屋の主人の台詞は全般的に優しくしないといけない。
「お祖師さま」「同宗」「発ち祝い」などの言葉のご指導。
それから、女性の台詞の時に膝の上で手を重ねる時に、身体が傾いてしまうというご指摘。
いずれも、「芸(人)は品が良くなくてはいけない」というのが基本。
一番参考になったのは、別のメンバーへのアドバイス。
「言葉(台詞)は活字(ネタ帳に書いたもの)を覚えてはいけない。感情を表わして言葉を作ること。」
ネタ帳の棒読みで覚えた台詞では、聴き手に伝わらないということ。
・・ということは、今ネタ帳を作らず(見ずに)チャレンジしているのは、一面では正解なのかもしれません。
今日も収穫の多い稽古になりました。

祝~優勝!

soccerさすがの私も、落語にしか興味がない訳ではなく、一応スポーツなどもチェックはしています。golf
ただし、最近は、どのスポーツでも、選手の名前や細かな状況までは知らず、話題について行く最低限の情報・知識しかありません。
baseball実に冷めたものです。

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そんな私が、落語を聴きながら、プログのチェックなどをしながらとはいえ、サッカーアジア杯決勝の前後半90分をチャンネルも変えずにいたというのは、大変珍しいことです。
今回は、もしかすると勝つかな?と思っていたのでしょう。
敗色濃厚なら、初めから見ないという、とても卑怯な?聴視者です。
それでも、延長戦に入ると、どうも攻められる一方になり、何よりも眠くなりましたので、前半が終わらないうちに寝てしまいました。

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今朝、目が覚めて、さすがに気になっていたのでしょう、まず最初にニュースで確認して、日本の優勝を知りました。
サッカーファンの皆さま、まことにおめでとうございます。
最近は、様々な分野で中国や韓国や・・にやられっ放しでしたから、いくらか溜飲を下げることができました。

扇子っ子連発表会チラシ

Img_0001 千早亭早千さんが、今度の発表会のチラシを作ってくれました。
師匠とメンバー11人の写真が入った、紙質もよく、とても立派なチラシです。

←写真をクリックしてください。

落語CDムック「立川談志2」

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先月発売の第1巻に続く第2巻。(全3巻)
  ◇ 黄金餅   立川談志
  ◇ 野晒し    立川談志
伝説の独演会「立川談志ひとり会」よからの名演音源の収録だとか。
説明本では、談志師匠ご本人が演目鑑賞ガイドをしていて、「黄金餅」・「野晒し」の聴きどころや時代背景を語っています。
そして「談志回顧録(2)」では、「衝撃の新証言!1978年落語協会分裂騒動、真相の全貌!」ということで、あの事件の当事者として、"真相"を語っているのも面白い。
また、「談志、昭和の名人を語る」では、師匠の五代目柳家小さん師匠や六代目三遊亭圓生師匠など大看板との入門当時の思い出も語られています。
落語協会分裂騒動に関する部分では、あの数日間が語られていますが、噺家同士は、本名(苗字)で呼んでいたみたいですね。
例えば、圓生師匠が「落語協会常務理事(当時)の中沢・松本・大野が・・・」なんて仰っているようで、三遊亭圓歌・三遊亭金馬・春風亭柳朝師匠のことですよね。

紗(しゃ)と絽(ろ)

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どちらかかは分かりませんが、夏の寄席の噺家さんは、透き通った生地の着物で高座に上がる人を見かけます。


「紗(しゃ)」は、縦糸と横糸をからめて織った、「からみ織り」の一種。
通気性があり透けて見えるのが特徴で、紋紗、裏縞紗などがある。
「絽(ろ)」は、3〜5本の横糸で間隔を作った織物。透け感のある真夏用の着物。
通風性があるので、真夏の礼服、訪問着などの着物として着られる。
紗も絽も、「もじり織り」という技法を使ったもの。
これは、一段目に織った縦糸を、二段目では隣り合った日本を左右交換して(もじって)横糸を通します。
次の段では縦糸をもとの位置に戻して横糸を通します。
こうすると縦糸の隙間が大きく開いて透けて見えるようになります。
「紗」は、このもじりを全体に施した物で、織糸のよりも強く、「織り」生地になります。
「絽」は、何段か平織り(普通の折りかた)をしてもじり織りを行なうので、見た目の特徴は、横に透き模様に見えます。
織糸はそれ程撚りをかけないので生地にした後、柄を染めることが出来ます。
「紗」と「絽」で格の高低はありませんが、日本では染めの着物は正装にふさわしいとされていますので、「絽」を用います。

2011年1月29日 (土)

稽古③

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「甲府ぃ」は、通しで3回、風呂に入って1回やってはみましたが・・・。
前半は、何となく記憶を辿ることができるのですが、後半はズタズタですね。
上手く言えませんが、落語は(多くの場合)ストーリー展開にパターンがある気がします。
「起承転結」みたいなものだと思いますが、それでもない。
そしてオチは作られたものが多いのか、オチに至る部分は、意外にあっさりしている。
「落語頭でっかち論」というのがあるとすれば、全くそう思いますね。
「道灌」や「子ほめ」もそうですし、「文七元結」・「子別れ」などもそうだと思います。
私の「ねずみ」でも、甚五郎がねずみを彫り上げるシーンは、時間でいえば、後半もかなり深くなってからです。
そこに至るまでの展開は馬鹿っ丁寧で、最後に向かってはかなりあっさりしている。
・・・そんな気がします。
だから、決して軽んじてはいけませんが、前半をきっちり仕上げれば、噺は8割方出来上がったと見ても良いと思うのです。
さあ「甲府ぃ」ですが、お花と夫婦になった善吉が、お父っつぁん(義父)の所を訪ねて来る場面まで辿りつけば・・・。
今は、善吉が豆腐屋に奉公を始めるあたりからかなり怪しくなりますが、ここの展開が重要になることでしょう。
そして、この噺は特にオチそのものが極めて重要ですね。
・・明日は「落語っ子連・ん組」の稽古会。
2ヶ月ぶりなので、メンバーと会えるのが楽しみでもあります。

師匠の部外?活動

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圓窓師匠の高座以外の活動の情報を、落語っ子連の三流亭まど深(まどみ)さんから聞きました。
まず、2月2日~14日の期間で日本橋三越本店で「金子みすゞ展」が開催されるそうですが、そこに師匠のメッセージが展示されるとのことです。
詳細は以下のURLでご確認ください。
http://www.mitsukoshi.co.jp/store/1010/kaneko/
さらに、その関連でNHKラジオ第1放送の「ラジオ深夜便」に、2月8日(火)・9日(水)朝4:00から、ご出演されるそうです。

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師匠は以前から、「金子みすゞ」に着目されていて、昨年は「みんな違って」という題名の切り絵とのコラボーレーション本(CD付)を刊行されています。
きっと、面白いメッセージが展示されているでしょうから、必見です。
それから、ラジオ深夜便は、いつも聴きながら寝ている番組で、当然4時頃は夢の中ですが、この2日間ははずせませんね。

落語会の予約

200909061044000

メールで案内があった落語会の予約をしました。
以前、「さん喬師匠の"雪の瀬川"を聴く会」に行きましたが、同じ落語会です。
今回は、深川のお寺で、さん喬師匠の落語を聴こうというものです。
        ★ 第4回日本文化研究会 公演★
 □日 時 : 平成23年2月11日(祝)14:00~ 
 □出 演 : 柳家さん喬    ゲスト:露の新治
 □演 目 : おたのしみ(たっぷり2席ずつ)
 □会 場 : 雲光院(http://www.unkouin.or.jp/access.html
          都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線
          「清澄白河駅」より 徒歩5分
 □木戸銭 : 3500円

200909061047000

何でも、さん喬師匠は演題は、じっくり考えてからと仰っているようです。
お寺の和室で聴く落語というのも風情があることでしょうから、予約しました。
主催者の「日本文化研究会」という団体はよく知りませんし、前回も観客の中に政治家の名前を言う人や、高ピーな雰囲気の方もいたのが気になりますが、私はさん喬師匠の噺が聴かれればいい訳ですから。

稽古②

「甲府ぃ」を初めて通しで・・・。
といっても、ネタ本がありませんから、手探りで進めます。
確かこうだったとか、こう言ってみようとか、順番はどうたったかなとか・・・。
この噺だからこそ、こういう稽古のやり方でも出来るのでしょう。
しどろもどろ、よちよち歩きですが、何とか出来るかな?
今日は、あと3回ぐらいやっておかないと。
不思議なのは、あれほど手をつけることから逃げていたのに、座って喋り始めると、何となく楽しい・・・。
それならば、何でもっと早くから稽古をしないのだろう。

甲府ぃ

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豆腐屋の店先で、売り物の卯の花をただ食いようとした若い男。
聞けば甲州から出てきたところで財布を掏られ、一文なしと言う。
気の毒に思った豆腐屋の主人は、その善吉を店に置くことにした。
日々豆腐を売り歩き陰日なたなく働く善吉は、店の主人からは信頼され、町内でもすっかり人気者に。
・・・・そして3年が過ぎました。

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この「甲府ぃ」という変な名前の演題の理由は、オチを聴いていただければ分かります。
志ん朝師匠は、この噺の冒頭に「ごく穏やかなところを一席お付き合いいだきます」と言って語り始めています。
何百と数ある噺の中で、最もほのぼのした穏やかな噺と言ってもいいでしょう。
疲れた心身の癒しになるような噺ですから、それらしく出来ないといけませんね。
ところで、我が故郷の県都甲府市のことは、あまり知りません。Top_torimotsu01bb
山梨県中部に位置する都市で同県の県庁所在地・特例市で人口は20万人である。
市域は山梨県の中央を南北に細長く、市街中心部は甲府盆地の中央北寄りに位置する。山梨県は首都圏に属する県であり、その位置関係から関東地方との関係が強くなっている。2000年11月1日に特例市に指定された。
近年では、宝石研磨産業が盛んである。
甲府という名称は、1519年(永正16年)に武田信虎が居館を川田(現在の甲府市川田町)から躑躅ヶ崎館(現在の武田神社・甲府市古府中町)へ移した際に、甲斐国の府中という意味から甲府と命名したことに始まる。
戦国時代には大名領国を形成した武田氏の本拠地となり、武田氏滅亡後は徳川氏や豊臣系大名浅野氏の甲斐国経営の中心となり、国中地域や甲斐国の政治的中心地と位置付けられる。
江戸時代には江戸の西方の守りの要として重要視され、また甲州街道の宿場町としても盛えた。
甲州(甲斐)といえば、やはり武田信玄ですね。

稽古①

今日は真面目に稽古をしようと思いつつ、寝坊をして、ボーっとして、気がつけばもう午後。
まず、先日の扇子っ子連の稽古で師匠からアドバイスをいただいた点のおさらいから。
気合いを入れるために、浴衣を着たりして。
「花色木綿」て、やればやるほど難しい・・・。
基本的な上下(かみしも)からして。
次は「甲府ぃ」。
明日の落語っ子連の稽古で初めてやりますが、全く手つかずで。

やばい・・・?

言葉というのは時の流れとともに、意味や使われ方も変化して行くものでしょうが、分かっていても嫌悪感が抜けないのは、(若い)女性が「やばい」というやつ。
「やばい」というのは、否定的で下品な言葉では・・・?
「危ない」「悪事がみつかりそう」「身の危険が迫っている」など不都合な状況を意味する形容詞や感嘆詞として、江戸時代から盗人や香具師の間で使われた言葉(隠語)である。
その後、やばいは戦後のヤミ市などで一般にも広がり、同様の意味で使われる。
囚人が看守のことを「やば」と呼んだとか、「夜這い」が語源になっているとかいう説もあるそうです。
1980年代に入ると若者の間で「怪しい」「格好悪い」といった意味でも使われるようになるが、この段階ではまだ否定的な意味でしか使用されていない。
これが1990年代に入ると「凄い」「のめり込みそうなくらい魅力的」といった肯定的な意味でも使われるようになる。

・・・無邪気に使っているのを見るにつけて、いたたまれない気持ちになるのは私だけでしょうか。
女性アナウンサーも堂々と使っていますが、語源や背景なんて知らないだろうし、言葉の品性なんていう感覚はないのでしょうかねえ・・。

やぶ入り

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もう過ぎてしまいましたが、16日は、「薮入り」でした。
奉公人が主人から休暇をもらい里帰りして休息する日のことで、江戸時代から近年まで行われていた習慣。
宿下がり(やどさがり)ともいわれた。
1月16日と7月16日の年2回あり、7月のやぶ入りは盆の供養もあり、「後のやぶ入り」(のちのやぶいり)とも呼ばれた。
落語の「薮入り」は、1月でしょうか、7月でしょうか・・・。
どちらでもいいのですが、何となく7月のような気がします。

寛ぎのひととき

寛ぎのひととき
上野駅前に、上野の雰囲気とは違う「T珈琲店」があります。
いつも口にしているカフェのチェーン店やインスタントとは違って、オリジナルブレンドで900円ぐらいですから、じっくり"味わって"飲んでいます。
寛ぎのひととき
時間帯にもよりますが、それほど混雑もしていませんから、店内のショーケースに飾ってあるカップなどを鑑賞しながら、世俗を忘れてみるのもなかなか乙なものですよ。
コーヒーの香りと落ち着いた雰囲気の中で、ウォークマンの落語を聴く。贅沢で至福な時間かもしれません。
"違いのわかる男"になれるでしようか・・・?

絣(かすり)

「花色木綿」にも出て来るんです。Photo
「絣・飛白(かすり)」は、模様がところどころにおいて「かすった」ように織られた染め文様、もしくはそのような文様を持つ織物のこと。
織りによってそれを表現したのを織絣、染めることによって表現したものを染絣という。綿織物が多く、絹や麻等でも織られる。

これは素材ではなく、織り方や染め方から来る物なんですね。
大家:「帷子は上布だろうな。絣か縞か?」
八五郎:「島です。」
大:「縞は何だ?」
八:「向島です。」
大:「お花見に行くんじゃぁねぇ。・・大名としておこう。」
八:「裏が花色木綿・・」
大:「バカ野郎、帷子に裏が付くか!」
八:「丈夫で温かだ。」

残念!

東京かわら版をめくっていたら、来月の「紀伊國屋寄席」が目に止まりました。
そろそろかなと思っていたのですが、師匠がご出演されます。
 【第554回 紀伊國屋寄席】
  日時  平成23年2月28日(月)18時30分
  場所  紀伊國屋ホール
  木戸  3,000円
  出演  棒鱈         古今亭菊六
       四段目       桃月庵白酒
       江島屋       金原亭伯楽
       二階そめき     柳家花緑
       柳田格之進    三遊亭圓窓
ただ、ただ・・・、先日も申し上げたとおり、私は当日大阪出張・・・。
メンバーも演題もいいですから・・・。とても残念です。weep
今月の落語会は31日ですから、せいぜい楽しみたいと思います。

2011年1月28日 (金)

週末の駅

週末の駅
言葉にうるさい人に言わせると、金曜日は週末ではないんだそうですが、サラリーマンなどにとっては、7日のうちで一番開放感に浸ることができる週末です。
毎日通う上野駅の宵は、若い女性たちも多く、正面改札口の前の翼の像の周りも、待ち合わせをする人たちで賑やかです。
その混雑を横目に、一人家路につくオジサンの裏悲しさも、あはれなりではありませんか?
パソコンの調子が今ひとつ良くなくて、ややイライラしていたのですが、会社でコンピューターに詳しい同僚に見てもらい、勇んで持ち帰るところです。
このブログも調子良くなればいいですが・・。

あぁ危ない・・話

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「自分だけは、いつも気をつけているから大丈夫」なんていうことは絶対にないという話。
今朝の通勤電車内でのこと。
パソコンの調子がよくないので、コンピューターに詳しい会社の同僚に見てもらおうと、個人のノートパソコンを鞄に入れて持ち出しました。
いつものように電車に乗って、鞄を網棚に置き、最初は立っていたのですが、北千住の駅で前の席が空いたので座りました。
日暮里の駅に着くと、これもいつものとおり前方の車両へ移ります。
終点の上野駅では、地下鉄への乗り換えがホーム前方になるからです。
そして、いつものとおり上野駅に着いたので、電車から降りてホームを歩き始めます。
この電車は、折り返し水戸方面行きになりますが、国電タイプ(近距離電車)と異なりますので、乗客が降りるとドアが閉まり、車内清掃が行われます。
ホームを歩いていて・・・、あれっ?手ぶらだ・・。
Imgp3133_thumbjpg「そうだ!今朝パソコンを持ち出したんだ!」と思い出しましたが、忘れた車両は数両後方です。
「まごまごしているとドアが閉まってしまう!」と、また電車内に戻って、最初にいた車両に向かって車内を走りました。
・・・網棚に鎮座している黒い鞄を見つけ、持ってホームに出ました。
・・・そう、何事もなかったように振舞いながら・・。
普段持ち慣れない物を持つ時は、やはり肌身離さずにしていないといけない。
注意しているから自分は絶対大丈夫なんというのはあり得ない。
そんな情けない話でした。
朝からどっと疲れました。

望・朔

暦を見ていると「望」と表示されているものがあります。
fullmoonこれは、「満月」のことを指しているのです。
月が太陽と反対方向にある時なので、地球からは円形に見える。
旧暦では15日頃にあたる。
十五夜(月)、望(もち)、望月(もちづき)ともいう。
「望」の反対は、「朔(さく)」で新月のことを言う。


満月が15日頃で「望」ですから、月末・月初が朔・新月ということになる訳です。
newmoonあぁ、だから「朔」を「ついたち」とも読むんですな。

月と太陽が同じ方向にある時なので、地球からは月の光が見えなくなる。
旧暦では朔日(ついたち)として、各月の第1日目とした。
英語ではNew Moonということから新月というようになった。
日本語というのは実に美しいですね。
今年の2月の「望」は、18日のようです。

黄八丈(きはちじょう)

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「黄八丈(きはちじょう)」は、八丈島に伝わる草木染め絹織物だそうです
島に自生する植物の煮汁で黄色、鳶色、黒に染められた糸を平織りまたはあや織りに織り、縞模様や格子模様を作ったもの。
まれに無地の物も染められることがあるが、地の黄色がムラになりやすく市場にはほとんど出回らない。
むろん八丈島が本場だが、秋田県でもハマナスなどを原料とした染料を用いた「黄八丈」が織られているため、そちらの八丈を「秋田黄八丈」、八丈島で生産される八丈を「本場黄八丈」と呼んで区別している。
これは、文字通り染物の名前ですね。
糸の種類や太さ、織り方、染め方、産地、歴史等々で、本当に多くの生地があるものです。

納めの○○・・

先日、「初○○」を調べましたが、"光あるところに影"といいますから、さらに調べてみると、ありました、ありました。
「初○○」に対してあるのが「納めの○○」というんです。
「初○○」が1月ですから、「納めの○○」は12月です。
◆  5日  納めの水天宮
S0vaoca9e7gfwcadxz1ovcameusp6cakvg0水天宮の由来は、1185年(寿永4年)の壇ノ浦の戦いで敗れた平家の官女按察使局(あぜちのつぼね)が筑後に逃れて、安徳天皇ら平家一門を祀るために創建されたといわれる。福岡県久留米市の水天宮が総本宮である。
東京の水天宮は、久留米藩主の有馬氏が江戸藩邸に分霊したことを起源とする。
水天宮は安産、水難除、火災除にご利益があるとされ、毎月5日が縁日となる。12月5日を「納めの水天宮」といって、多くの参拝客でにぎわう。
◆  8日  納めの薬師
Image薬師信仰は薬師仏に対する信仰で、薬師仏は薬師瑠璃光如来・大医王仏・医王善逝といい、衆生の病根を救う現世利益招来の仏として古くから信仰された。
薬師の縁日は毎月8日とされ、12月8日はその年最後の縁日として、「納めの薬師」とよばれる。

◆ 10日  納めの金毘羅
Lz53vcaiptoy8cad1kioocakxyurvcack6a「こんぴらさん」で親しまれている金刀比羅宮(ことひらぐう) の本宮は、四国・琴平町にある琴平山(象頭山)の中腹にある。
祭神の大物主神(おおものぬしのかみ)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟で、金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)と呼ばれる。農業、漁業、医薬、技芸などの神様として、全国の人々に信仰を集めている。
毎月10日に月例祭が行われており、12月10日をその年最後のものとして、「納めの金毘羅」とよばれる。

◆ 18日  納めの観音
C2xfvcav13rticaf2x2ircaqzm35pcarwdu観世音菩薩は身を三十三に変化し、衆生を利益し、済度すると日本に伝わった。
観音三十三身に因んで、西国・坂東・秩父などの代表的観音霊場三十三所を巡礼する観音信仰が中世以降に盛んになった。
観音の縁日は毎日18日とされ、その日に参拝すると特にご利益があるとされた。
12月18日をその年最後の縁日として、「納めの観音」とよばれる。
東京・浅草寺、京都・清水寺などが有名である。

◆ 21日  納めの大師
F2fetca414588cagjs0jjcast7eqqca8tuh弘法大師(空海)を信仰する大師信仰は、高野山信仰・四国八十八か所札所巡り・厄除け大師信仰などに代表されるように広く民間に広まっている。
真言宗寺院では毎月21日に弘法大師を供養する法会が行われ、縁日が開かれる。
12月21日をその年最後の縁日として「納めの大師」「終い大師」などとよばれ、参拝客で賑わう。
京都の東寺、関東の川崎大師、西新井大師が有名である。

◆ 24日  納めの地蔵
Voi1qca3ypbbqcaefhkbucaa66n83cat8e7地蔵信仰は、苦を代わって受ける身代わり地蔵信仰、子供を守り救う子安地蔵信仰など中世から民間に広まった。
地蔵菩薩の縁日は毎月24日であり、12月24日をその年最後の縁日として「納めの地蔵」と呼ばれる。

◆ 28日  納めの不動
Pepi5cajcgoynca4vb6elcanl3ilmcamnun不動明王は真言宗の大日如来の使者として、悪魔を降伏するために目を怒らせ、右手に宝剣を持ち左手に縄を持つ大変恐ろしい姿をして、仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っている。
不動尊の縁日は毎月28日で、12月28日をその年最後の縁日として「納めの不動」とよばれる。

香港の「Disneyland」

「Disneyland」なんて言わずに「ディズニーランド」と言えばいいのに。300pximg_0683
香港のディズニーランドは、赤字経営なんだそうです。
昨年、香港ディズニーランドの入場客数は延べ520万人を突破。
売り上げは30億元を突破した。
純営業利益は前年比3億元(約37億6000万円)増の2億2000万元(約27億6000万円)と黒字に転換した。
しかし税金や利子などを加えた純損益は7億1800万元(約90億円)の赤字となった。
小さすぎる、ムードがないと酷評され、開園5年経っても赤字が続く香港ディズニーランド。
改善をはかるべく、現在は3つのテーマランドを新設中だ。

全く落語とは関係ないし、興味もないのですが、日本が異常なんでしょうか?
近々、上海にも世界第6番目の「Disneyland」が出来る予定だそうですが、そうなるとますます厳しくなるのでは・・・?
香港の人たちは、あまりディズニーが好きではないのでしょうか・・?
「花やしき」ぐらいがいいのかなぁ。

2011年1月27日 (木)

東京かわら版

Entry_cover1102thumb188x360846 2月号は、古今亭菊之丞さんが登場。
昨年上梓された著書「こういう了見」を読んでいますので、その続編的なものを期待しました。
アラフォーの人気若手真打を挙げるとすれば、まず出て来るのが、古今亭菊之丞・桃月庵白酒・柳家三三・隅田川馬石さんあたりでしょう。
見れば、三三さん以外は、古今亭(金原亭)一門ですね。

ところで、圓窓師匠が、恒例の「紀伊國屋寄席」にご出演です。
「柳田格之進」だそうです。
2月28日(月)です。
・・・予定は・・、ガアァァ~ンsign01大坂出張でした・・。crying

泣き節


千早亭の稽古会で師匠が仰ったことで印象に残ったのは「泣き節はいけない」ということです。
これは、泣く場面でも泣かないということではなく、暗い表情や雰囲気や言葉遣いをするのは、観客に観ていただくという(お客さんを掴むという)観点から、控えなさいということです。
要は、落語はベースが暗かったり、湿っぽかったりしてはいけないということです。
根が明るい芸でなくては、受容・肯定を旨とする落語国に相応しくありません。

妾馬(めかうま)

「妾馬(めかうま)」、別名「八五郎出世」と言います。
落語の名作のひとつだと思います。

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裏長屋に住んでいるが評判の器量良しの”お鶴”ちゃん、歳は十八孝行娘。
たまたま御駕籠で通りかかった丸の内、赤井御門守が見初めて、城に上がるように依頼。200両の持参金を貰って奉公に上げたが、持ち付けない金を持った兄の大工”八五郎”は遊びほおけて家にも寄りつかない。
お鶴は殿様のお手がついて懐妊。
生まれたのがお世継ぎの男の子であったので、お鶴の方からお側室(へや)様と出世した。
この慶事に八五郎は殿様に招かれお屋敷に伺う事になったが、何一つ無い。
髪結い、銭湯の銭も大家さんに出して貰い、その上着物一式、羽織袴から褌 (したおび)まで借りて、着せて貰った。
がさつ者だから言葉使いには気を付けろ、特に言葉の頭には「御」最後には「奉る」を付け、丁寧に話をしろと注意をされる。Art_18_l
赤井御門守の屋敷に着いて、重役の田中三太夫に付いて部屋に通された。
言葉の行き違いで、どたまを下げろや、即答をぶてと言われ側頭をぶったり、殿様の言葉が分からずにいたり、丁寧すぎて自分の言っている事が分からず、無礼講で良いと言われた。
屋敷中、符丁で話しているから分からないと、職人言葉で話し始めた。
はらはらするのは三太夫さんだけ。
ササは食べるかと言われ、酒の事とわかって所望すると、酒肴がどっさり出てきた。
すっかりいい気持ちになって、改めて見ると殿様の隣にお鶴さんが着飾って座っていた。
母親が喜んで踊っているし、初孫なのでおしめを洗ってやりたいが身分も違うのでそれもかなわない。
と近況を話し、殿様にはお鶴をよろしくとお願い。
お鶴には子供が出来たからと自惚れてはおけないと、心から話聞かせた。
湿っぽくなったので、都々逸を一声聞かして、座を盛り上げた。
「おもしろい奴で有る。彼を抱えて使わせ。」鶴の一声で、八五郎出世というおめでたい話。

えっsign02 この噺が「八五郎出世」だというのは分かりますが、それじゃなぜ「妾馬」というのでしょうか・・・?
この噺、母親の話になってくるとしんみりと、親兄妹の情愛が醸し出されて来ます。
「妾馬」としていますが、圓生師匠は「八五郎出世」としています。
ここまでは、「妾馬・上」とでも言ったらいいのでしょう。
ここまででは、どうして妾馬なのか分かりませんが、この噺には続きがあるのです。

士分に取り立てられた八五郎は、名を改めて”石垣杢蔵左衛門蟹成”(いしがき もくぞうざえもん かになり)となった。
ある時、使者の役を仰せつかり馬に乗って出かけた。
もとより馬術など知らないのでこわごわ乗っていたが、そのうち馬が駆けだしてしまった。
止める事も知らず、ただ鞍にしがみついていたが運良く家中の者が通りかかり、止めてくれた。
「これはこれは、石垣氏、早馬でいずこへ参られる」、「馬が知っておりましょう」。

オチの「馬が知っておりましょう」は「素人鰻」と同じようなパターンで、「前に回って鰻に聞いてくれ」を思い出させますな。
実は、さらにこの噺には続きがあるそうです。

八五郎、この士分の堅っくるしさに閉口して、武士をやめて職人に戻ってしまった。
殿様から拝領したお金を元に、職人衆も増やし女房も迎えた。
がさつさは別にして、元来正直者でいい男だったので、棟梁と呼ばれるようになっていた。おふくろさんも、ほっと一息ついた。

・・・これが「妾馬」です。
人間、身分の上下や貧富を恨まずに、自分が生まれた・自分が伸び伸びとしていられる世界で生きることが、最大の幸せなのでしょう。

GNH・・?

昔から、国の経済の規模を表わす指標として、GNP(国民総生産:ある一定 期間にある国民によって新しく生産された財(商品)やサービスの付加価値の総計)や、最近では、GDP(国内総生産:一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額。ストックに対するフローをあらわす指標であり、経済を総合的に把握する統計である国民経済計算の中の一指標で、GDPの伸び率が経済成長率に値する)がありますが、先日、GNHというのを知りました。
GNHというのは、国民総幸福量(Gross National Happiness,)または国民総幸福感というもので、1972年に、ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」を示す”尺度”だそうです。
GNPなどで示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものだそうです。
2007年に初めて行われたブータン政府による国政調査では、「あなたは今幸せか」という問いに対し9割以上(97%?)が「幸福だ」と回答したそうです。
日本人は、どの程度なんでしょうか・・・。
落語国では、このGNHはかなり高い気がしますが、皆さんはどう
思われますか?

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ブータン王国、通称ブータンは南アジアにある国家インド中国にはさまれている、世界唯一チベット仏教ドゥク・カギュ派)を国教とする国家である。民族はチベット系8割、ネパール系2割。
公用語ゾンカ語英語。首都はティンプー
「ブータン」なんて、日本語から来る印象は、動物の愛称のようで、子どもの頃、最初に名前を聞いたときはおかしかったですが、国名の起源について様々な説がある中で、サンスクリット語で「高地」を意味する「ブーウッタン」説があるそうですから、笑っちゃあいけませんね。

ドタキャン

Photo

先日の土曜日、実は、母校F高校の同窓会でした。
5年ぶりの同窓会で「出席」と返信していたのですが、どうしても出席できなくなり、ドタキャンしてしまいました。
夜家にいると、電話がかかって来ました。
卒業以来ほとんど会っていない同級生S君からでした。
どうやら二次会に流れ込んでいるようで、電話の向こうは随分賑やかな雰囲気です。
「お前、何やってるんだよbombお前が出席するっていうから、楽しみにしていたのにannoy
何言ってんだい、お前だってずっと同窓会に出て来なかったじゃないか、と思いながらも、「ごめん、ごめんsweat01」と、ひたすらお詫び。
完全にあの高校時代にタイムスリップしています。
彼とは、大学受験の「戦友」で、某国立大学を卒業後は、地元に帰って高校の英語の先生になっています。
聞けば、今は母校の教壇に立っているそうです。

Kousya


「先生も来て下さったのに・・。みんなでお前の悪口を言っているところだぞ。」
・・・と、これからは、二次会に参加していた10人ぐらいが電話口に出てくれて、代わる代わる話をしてくれました。
「仕事は忙しいか?」「元気でいるか?」「バカ野郎!」・・・・。
行か(け)なかったことを、かなり後悔しました。
でも、図らずも同級生たちと電話でしたが久しぶりに話が出来て、とても楽しかった・・・。
みんなが、私のことを忘れずにいてくれたことがとても嬉しく、次の同窓会(5年後)には、万難を排して出席しようと誓いました。

羽二重(はぶたえ)

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これまた、よく耳にする言葉。黒羽二重とか。
日暮里には「羽二重団子」なんていう団子もあります。
とりあえず関係ありませんが。
「羽二重(はぶたえ)」は、平織りと呼ばれる経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に交差させる織り方で織られた織物の一種。絹を用いた場合は光絹(こうきぬ)とも呼ばれる。
通常の平織りが緯糸と同じ太さの経糸1本で織るのに対して、「羽二重」では経糸を細い2本にして織るために、やわらかく軽く光沢のある布になる。
白く風合いがとてもよいことから、和服の裏地として最高級であり、礼装にも用いられる。
日本を代表する絹織物であり『絹のよさは羽二重に始まり羽二重に終わる』といわれる。
「花色木綿」にも出て来るんです。
「黒羽二重か。いいものがあったな。勿論紋付だろう。紋は何だ?」
「雷門です。」・・・・。

2011年1月26日 (水)

ひぐらし寄席

 
馬石さん、ごめんなさい。
今回も行くことが出来ませんでした。
次回こそは、必ず聴かせていただきます。

そもそも花色木綿って・・

よく考えてみたら、そもそも「花色木綿」て何?どんなもの?
全く知りません。
知らずに「大家さん、裏が花色木綿・・」なんてやっていたんです。
辞書で調べると、「縹(はなだ)色に染めた木綿。多く裏地に使う。」とあります。
「はなだ色」って何? 貴乃花が好きな色? そんな訳ない。
こんな記述を見つけました。
0811625b「花色」という伝統的な色名があります。
この「花色」とは、どのような色を指すのでしょうか?
ツバキや紅梅のような「赤」でしょうか? 
菜の花やヤマブキの花のような「黄」でしょうか? 
それともショウブやアヤメのような「紫」でしょうか? 
実は「花色」は「青」を指す色です。
では、なぜ「花色」が「青」なのでしょうか? 
その由来には2説があります。
一つは「露草」の花の色のような「青」だという説です。
しかし、露草の青は水に流れやすいので、実際の花色の染色は露草で行われていたわけではありません。
青の代表的な染料である藍染めによるものが多いのではないかと思われます。Dscf4550
さて、もう一つの説では「花色」は「はなだ色」のことであるとされています。
この「はなだ色」は、漢字では「花田色」あるいは「縹色」と表記されますが、こちらの色名ならばご存じの方もいらっしゃることと思います。
こちらの説では、「花色」はこの「花田色」が省略されて「花」と呼ばれたことに起因するとされています。
いずれにしても「はなだ色」あるいは「花色」と呼ばれる色は、もともと藍染めによる青で、よく知られている「紺」よりもやや明るい青を指します。
藍染めの色ですから、庶民の間でもよく使われていたような色ですが、このうちの「花色」という色名は「出来心(できごころ)」あるいは「花色木綿(はないろもめん)」と呼ばれる落語にも登場していて、話の筋の中心的な役割を果たしています。
写真は、花田色と薄山鳩色のコントラストです。
きれいですね。

ブログのネタ

ブログのネタ
落語徘徊を続けていると、何気ないつながりで、落語とは直接関係ないことにも興味が出てくるものです。アクセス10万件までと、着物に関することをネタにしようと思っていましたが、予想より早く大台を突破しましたので、まだいくつかネタがありますので、暫く続けたいと思います。
いずれも、落語の台詞の中に出てくるものですから、落語徘徊だとお許しいただきたいという・・。

有明の空に

有明の空に
毎日寒い日が続いています。
冬至から1ヶ月あまりが過ぎて、日の出も少し早くなって来た気がします。
冬の晴れた西空に、下弦の月が残っています。
夜っぴて下界を照らしてくれていた訳ですね。

鸛(こうのとり)3態

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「コウノトリ(鸛、鵠の鳥)」は、鶴によく似た美しい鳥です。
海外で赤ん坊を運んで来ると言われるのは近似種なんだそうです。

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国際宇宙ステーション(ISS)に物資を輸送する「無人補給機HTV(愛称・こうのとり)2号」を搭載した国産大型ロケット「H2B」2号機が打ち上げられ、「こうのとり2号」を予定の軌道に乗せることに成功しました。

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JR西日本の、2011年春のダイヤ改正に合わせて特急「北近畿」から名称変更する「こうのとり」(新大阪-城崎温泉)の新型車両です。

初○○・・

「初天神」と同じようなものを調べてみると、やはりありますね。
新年になって初めての行事は、いつもより派手に・賑やかに・大規模にという訳で、各地で色々な行事やお祭りが行われます。
落語にも役に立つだろうと、「初」づくしをご覧ください。
■  5日   初水天宮
水天宮の由来は、1185年(寿永4年)の壇ノ浦の戦いで敗れた平家の官女按察使局(あぜちのつぼね)が筑後に逃れて、安徳天皇ら平家一門を祀るために創建されたといわれている。
福岡県久留米市の水天宮が総本宮である。
東京の水天宮は、久留米藩主の有馬氏が江戸藩邸に分霊したことを起源とする。
水天宮は安産、水難除、火災除にご利益があるとされる。
毎月5日が縁日となり、1月5日の最初の縁日を「初水天宮」といって、多くの参拝客でにぎわう。
 
   ※安徳天皇がルーツか・・。子どもは国の宝です。
■  8日   初薬師
薬師信仰は薬師仏に対する信仰で、薬師仏は薬師瑠璃光如来・大医王仏・医王善逝といい、衆生の病根を救う現世利益招来の仏として古くから信仰された。
薬師の縁日は毎月8日とされ、1月8日はその年最初の縁日として、「初薬師」とよばれる。
 
  ※8日は私の誕生日です。健康は宝物ですから。
■ 10日   初金毘羅
「こんぴらさん」で親しまれている金刀比羅宮(ことひらぐう)の本宮は、四国・琴平町にある琴平山(象頭山)の中腹にある。
祭神の大物主神(おおものぬしのかみ)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟で、金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)と呼ばれている。
農業、漁業、医薬、技芸などの神様として、全国の人々に信仰を集めている。
毎月10日に月例祭が行われており、1月10日はその年最初のものとして「初金毘羅」とよばれる。

   ※今年の初詣は虎ノ門の金毘羅さまでした。
■ 16日   初閻魔
1月16日と7月16日は閻魔王の斎日(えんまおうのさいにち)といわれ、地獄の釜の蓋が開き鬼も罪人の呵責を休むとされる日である。
1月16日を「初閻魔」、7月16日を「閻魔の大斎日」という。
各地の閻魔堂では、十王図(冥土で死者を裁く10人の判官の画)や地獄変相図を掛けて参詣する。
この日は奉公人も骨休めのための休暇がでる「やぶ入り」でもある。
   
※地獄の鬼ですらも休むんだから奉公人だって・・。
■ 18日   初観音
観世音菩薩は身を三十三に変化し、衆生を利益し、済度すると日本に伝わった。
観音三十三身に因んで、西国・坂東・秩父などの代表的観音霊場三十三所を巡礼する観音信仰が中世以降に盛んになった。
観音の縁日は毎日18日とされ、その日に参拝すると特にご利益があるとされた。1月18日はその年最初の縁日として、「初観音」とよばれている。
東京・浅草寺、京都・清水寺などが有名である。
浅草寺では、この日法華三昧会を催し、夜には亡者送りが行われている。

   ※浅草の観音様には16日にお参りしました。
■ 21日   初大師
弘法大師(空海)を信仰する大師信仰は、高野山信仰・四国八十八か所札所巡り・厄除け大師信仰などに代表されるように広く民間に広まっている。
真言宗寺院では毎月21日に弘法大師を供養する法会が行われ、縁日が開かれている。
1月21日はその年最初の縁日として「初大師」とよばれる。
特に厄年に当たる男女が厄除けに参拝する。
京都の東寺、関東の川崎大師、西新井大師が有名である。
 
   ※厄というのは厄介ですからね。
■ 24日   初地蔵
地蔵信仰は、苦を代わって受ける身代わり地蔵信仰、子供を守り救う子安地蔵信仰など中世から民間に広まった。
地蔵菩薩の縁日は毎月24日であり、1月24日はその年最初の縁日として「初地蔵」と呼ばれている。
東京では巣鴨のとげ抜き地蔵が有名である。

   ※お地蔵さん、非常に親しみのある菩薩さまです。
■ 25日   初天神
菅原道真を信仰する天神信仰は、もとは天津神を祀る信仰であったものと合体して、御霊信仰・雷神信仰として広まったといわれる。
菅原道真は学問・文人としても知られたため、学問の神様として信仰を集めるようになった。
道真の命日である25日に因み、毎月25日には縁日が開かれる。
1月25日はその年最初の縁日として「初天神」とよばれる。
この時期は受験の時期と相まって受験生やその両親の合格祈願で賑わう。

   ※随分手を合わせ、お世話になりました。
■ 28日   初不動
不動明王は真言宗の大日如来の使者として、悪魔を降伏するために目を怒らせ、右手に宝剣を持ち左手に縄を持つ大変恐ろしい姿をして、仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っている。
不動尊の縁日は毎月28日で、1月28日はその年最初の縁日として「初不動」と呼ばれ、人出が多い。
不動信仰は江戸時代から盛んで、江戸の五不動として、目黒、目白、目黄、目赤、目青の不動が家内安全、商売繁盛を願って信仰された。
成田不動が江戸で人気を呼んだのは、歌舞伎の初代市川団十郎の影響によるといわれる。
父の出身地であり、成田山新勝寺に祈願して子供を授かったことから、屋号を成田屋としたことによる。
   
※あのバカ役者の勘違いの元でしょうか。
その年初めての縁日。
これ、全部信心で通ったら・・・、大変でしょうねぇぇ・・。

袷(あわせ)と単衣(ひとえ)

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「袷(あわせ)」は、裏地のある和服のことで、その反対語が単衣(ひとえ)です。
更衣(ころもがえ)の慣例としては10月から5月までの間に着るものですが、ウールなど暖かい素材の普及と暖房器具の発達により、真冬にのみ着る人もいます。
表布と裏布とをあわせ、1枚の布のように仕立てるので、裏側の縫い目や縫い代(しろ)が隠れ、表布、裏布の空間の空気層は保温効果をあげて防寒用となり、また二重になるため、とても丈夫です。
更衣は、季節に応じて、綿入れ→袷→単衣→帷子(かたびら)に着替えて行く訳です。

袷長着の表地は、男物は「羽二重(はぶたえ)」、「大島紬」、「結城紬」などが用いられ、礼装には「黒羽二重五つ紋付」を用いる。
女物は「縮緬」、「綸子(りんず)」、「綸子縮緬」、「お召(めし)」、「羽二重」、「黄八丈」、「大島紬」、「結城紬」などの絹織物、「絣(かすり)」、「縞(しま)」などの綿織物、「モスリン」などの毛織物および化学繊維の織物など数多くあり、礼装、晴れ着、平常用など使い分けをしているのです。

裏は一般に、男物は「通し裏」にし、女物は通し裏ではなく「胴裏」と「裾回し」にする。
男物袷長着の裏には「金巾(かなきん)」、「秩父(ちちぶ)絹」、「羽二重」などを用いる。
女物袷長着の裏は「胴裏」、「裾回し」の上下に、色、布地の異なったものを用いる。

裏は「花色木綿」ではないんですなぁ。
一方、「単衣(ひとえ)」は、一重に仕立てられた衣服の総称
。おもに夏の衣服に用いられます。
布地は「綿織物」に「浴衣(ゆかた)地」、「絣(かすり)木綿」、「縞(しま)木綿」、「三浦絞り(有松絞り)」や「博多絞り」などの絞り類、経(たて)または緯(よこ)糸に太い糸を織り込んだ「紅梅織」もある。
絹織物には盛夏用として「平絽(ひらろ)」、「絽縮緬(ろちりめん)」、「紗(しゃ)」、「夏大島」、「小千谷縮(おぢやちぢみ)」、「上布(じょうふ)」、「薄御召(おめし)」、「翠紗(すいしゃ)」などがあり、初夏、初秋には縮緬、綸子(りんず)、御召、紬なども使用される。
夏の礼装、正装には男女とも「絽」を用いる。

落語をやるにも、季節感が必要でしょうが、最近は冷暖房設備が充実していますし、素人は汗だくになりますから、袷は着づらいと思います。
圓窓師匠も仰っていましたが、今では、プロの噺家さんでも、袷は着ずに年中
単衣だけの噺家さんも多いそうです。
尤も、夏は、「紗」や「絽」を着て高座に上がる人を見かけますが。
我々素人は、単衣で十分でしょう。
「衣装」ではなく「衣裳」なんですからね。

嘲笑・・・?

某国のテレビのお笑いクイズ番組で、広島と長崎で被爆した「二重被爆者」を「世界一運が悪い男」などと笑いの種にしたそうです。
この番組は昨年12月に放映され、出張先の広島で被爆し、長崎に戻るとまた原爆が投下されたと司会者が述べると、スタジオの芸能人や観客が爆笑したそうです。
番組を見た在住邦人が日本大使館に連絡し、大使館が抗議したと。
番組プロデューサーから、故人を笑いものにする意図はなかったなどと釈明、おわびする手紙が届いたということです。
侮辱の意図を持っていたとしたら言語道断ですが、多くが無知と大衆心理の問題でもあると思います。
落語も昔の世界を題材にしていて、身分制度や男尊女卑、貧富の格差などによる差別があった時代が舞台になっていますから、それを前提にしていたり、言葉づかいにも名残りがない訳ではありません。
しかし、落語国には、差別という言葉にある陰湿さはありません。
なぜならば、落語国の住人が、今・現実を受容して、前向きに生きているからだと思います。
「妾馬」なんて最たるもので、身分制度の中で、形式的には身分の上下を前提にしていますが、八五郎にしても、田中三太夫にしても、赤井御門守にしても、それぞれを否定することなく、否、お互いを尊重しながら。
それでいて確固たる自分の世界を生きています。
八五郎は、赤い御門守に対して、羨ましい部分はあっても、自分の境遇を決して否定していない。
むしろ、「殿様なんてぇのは不自由だ」ぐらいにしか感じていない。 
「三方一両損」でも、大岡越前は、吉五郎と金太郎に好ましさを感じているし、この職人二人も、偉いお奉行に対しても、自分の主張はしっかりしている。それを、奉行も職人も受け入れている・・。
「孝行糖」の与太郎さん。周囲の人たちが、彼のことをしっかり見ていてくれる。
「与太郎はバカだ」なんて言いながらも、みんなが彼を愛している。
受容と楽観が息づいているのが落語国です。
やはり落語を聴かなきゃ駄目ですね。

2011年1月25日 (火)

疲れたから・・

疲れたから・・
今日は仕事も忙しかったし、稽古会にも行ったし、
疲れたし・・。
10万件も無事突破したし・・。
スタミナつけないと・・。

扇子っ子連(千早亭)稽古会

         
3ヶ月ぶりに稽古会に参加できました。
6時頃に会社を飛び出して、千川駅から歩いて、稽古場の千早文化創造館に着いたのが7時ちょっと前。
稽古は6時から始まっていますから、会場に入った時は、ワッフルさんが「初天神」をやっているところでした。
あ、今日は1月25日だから、まさに初天神ではありませんか。
それにしても、上手になっていて驚きました。
腰が座っているので、安心して聴かせていただきました。
さあ、割り込ませていただいて、「花色木綿」。
・・やっぱり、付け焼き刃は駄目ですね。
師匠から、何ヵ所も駄目出しされましたが、何も言い訳できません。
台詞の最後までその人になりきる。
仕草の最後までその仕草を演じきる。
オチは最後までその人になりきり、その仕草を演じきる。
私の悪い癖、落研時代の我流が出てしまっています。
さらに細かい所まで気持ちを入れないと、お客さんの心が掴めないということです。
ところで、オチを言ってお辞儀をすると師匠が、「柳枝だね」と、少し嬉しそうに仰いました。
「はい、(師匠の最初の師匠の)柳枝師匠です。」と答えました。
やはり参加してなんぼのもので、仕事を置いても、いや、仕事を早く片付けて・・。
気持ちの良い疲れです。

三遊亭鳳楽独演会

                        
暫くご無沙汰していた「三遊亭鳳楽独演会」。
今月はと思っていたところ、「そうだ、今日は扇子っ子連の特別稽古日だった」ということで、今月もお預けです。
噺家さんの落語をお聴きする以前に、自分のことをしっかりやっておかないといけませんから。
「こっちぃ来い、こっちぃ。お前、俺んところに何しに来てるんだ」ってね・・・。

☆★大台達成★☆

sun1月25日・アクセス累計【100,000件】到達sign03


プログをスタートさせて約25ヶ月で大台に到達しました。
2009年1月1日。落語徘徊の初日。Imgp0779
「落語徘徊のはじまり」と題して、以下のようなコメントで、プログがスタートしています。
今年から、自分の落語徘徊の足跡を残してみようと思います。
「落語ブーム」と言われて何年か経ちますが、もはや一過性のものではなく、日本独自の伝統芸能として、さらにユニークなエンターテインメントとして、愛好者人口は少ないものの、磐石な位置を固めつつあります。

Imgp0756今年も、公私ともに様々な出来事があると思いますが、ここまで来て、後戻りできない「落語道」に、一層の「精進」を重ねたいと思います。
東北大学落語研究部創部50周年に関わるイベントでの落語、同記念誌、落語っ子連、圓窓師匠との接点、そして寄席・落語会めぐり・・・。
もうひとつの目標は、OB落語会や落語っ子連以外の場所で、「落語を披露する機会を作る」ということです。

201010060006000あまりにも「落語」ばかをやっているので、周囲から「一度聴かせろ」という声も複数ありますので、チャレンジしてみたいと思います。
そのためには、もう少し
持ちネタの仕込みにも頑張ってみたいと思います。

Imgp0796・・そして、実現できたもの(こと)、途上のもの(こと)、出来ていないもの(こと)・・・・、いろいろです。
それでも、落語に対する情熱は全く変わるものではありませんので、乱志・流三・永久の「三人旅」を続けて行きたいと思います。
引続き、ご贔屓のほどをお願い申し上げ奉りまする。

  *・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!
 

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  m(_ _)m

歩き稽古コース

歩き稽古コース
春や秋あるいは夏ならば、通勤の駅間の道路を歩いて稽古ができますが、さすがに冬はその気になれず、なかなか稽古が進みません。
しかし、寒さを言い訳にすることも許されない状況に追い込まれましたので、やっと重い腰が上がりつつあります。
歩き稽古コース
上野駅から中央通りの地下を御徒町(上野広小路駅)まで、歩き稽古のコースにしました。
と言っても、歩いても数分からせいぜい10分程度ですから、噺の半分程度しか進みません。
でも、やらないよりはずっとマシですし、何より精神衛生上、随分気の持ちようが違って来ます。
「稽古やってんだぞぉ」っていう・・・。
「大家さん、泥棒だぁ」って言ったら、前を歩いていた人が、少し反応したようです・・。
泥棒の噺だから気をつけてやらないと・・。

帷子(かたびら)

「帷子」は「かたびら」と読みます。
もともとは、袷(あわせ)の片枚(かたひら)の意だそうです。
辞書で調べると、以下のように出ていました。
裏をつけない衣服の総称。ひとえもの。
生絹や麻布で仕立てた、夏に着るひとえの着物。
経帷子(きょうかたびら)。仏式の葬儀で、名号・経文・題目などを書いて死者に着せる衣。
几帳(きちょう)や帳(とばり)などに用いて垂らす絹。

色々なパターンや呼び方があるものです。
もう少し詳しい説明を探してみました。
Nsi44帷子(かたびら)は、「単(ひとえ)」の衣(裏地なし)のことで、「袷(あわせ)」に対して、その「片(ひら)」の意味でつけられた呼び名ですが、時代とともにその意味合いも変わりました。
平安時代には、「単」のものをすべて「帷子」と呼び、主に肌に直接つける下着を指していました。
湯に入るときもこれを着ることもあったことから、これを「湯帷子」と呼び、これから「浴衣」の名が生まれました。
江戸中期には、夏用の衣料として着るようになり表着となりました。
江戸末期には、裏なしの絹や木綿の衣を「単」と呼び、「帷子」は、麻や生絹の「単」ものを指すようになりました。
そして男性用には白地に経縞や絣、女性用には友禅染めや小紋染めのものが用いられました。
様々な種類の織や染、形や組み合わせなどは、やはり四季のある日本ならではだと思います。
もうこのあたりになると、ほとんど分からず、コメントのしようがありません。
そう言えば、横浜に「帷子川」という名前の川がありました。

初天神

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「初天神」というのは、その年の最初の天神(菅原道真)を祀る神社(天満宮・天神社)の縁日のことです。毎年1月25日に行われます。
落語の「初天神」は、寄席・落語会で頻繁に聴くことが出来る、大変ポピュラーな噺です。元々は上方落語の演目の一つで、父親と息子の絆を描いています。
松富久亭松竹の作と伝わっていて、三代目三遊亭圓馬が大正期に東京落語に移植したそうです。
もとは季節性のある噺ですが、面白い噺なので、今では一年中演じられています。
息子に振り回されて困惑気味の父を、やや冷めた目線でシニカルかつ風刺的に描いています。
また、それぞれの場面にオチがあり、どの箇所でもサゲられるようになっていますので、時間調整が効く噺という利点もあります。
このため、最後の場面まで演じられることは多くありません。
一方、圓窓師匠は天神様へお参りする場面も創作しています。
この噺に登場する主人公の「金坊(きんぼう)」は、落語国のヒーローのひとりです。
ところでこの「金坊」、子どもの頃には多くの大人たちを翻弄して、将来が楽しみ(末恐ろしい)と思うのですが、成人した「金坊」の活躍は聞きませんね。
「三方一両損」で、財布を拾って届けて殴られるのが「左官の金太郎」でしたが、「金坊」は、"長じて"左官になったのでしょうか?
まぁ、そんな野暮なことは言わず、あのこまっしゃくれた姿を楽しみたいと思います。

初天神にお詣りに行くからと、羽織を出させて出かけようとするところに、金坊が帰ってくます。
金坊はどこかに連れ出すと、必ず「あれ買え、これ買え」と、うるさいので連れていきたくないと言いますが、金坊は男の約束だからと言い、女房は連れていけというので、やむをえず連れ出します。
道々、金坊は親をやりこめるような生意気をさんざん言いながら歩いていくと、境内も近づき屋台も増えてくる。
「お父さん、買ってくれと今まで言わなかったから・・・、ご褒美だから・・・、何か買ってくれ」と、せがみ出します。
「蜜柑は酸っぱいから毒だ、林檎も酸っぱいから毒だ、柿は冷えるから毒だ、バナナは高いから毒だ。」と、やり過ごします。
今度は「飴を買ってくれ」とせがみ出します。
飴屋は無いというと、後ろにあると言い、根負けして買わされるはめになります。
舐めながら歩いていくと、水溜まりがあるからと背中をたたくと、泣き出して、飴は落としたという。腹の中に。だから、団子を買ってくれと言い出します。泣きながら大声で迫るので、いやいや密付きの団子を買うことに。
蜜の付いたのは着物を汚すので、密をみんな舐めると金坊はそんなの嫌だと言いだし、密壺に舐めた団子をジャボン。
金坊もまた舐めて、その団子をまたドボン。
食べ終わった金坊、今度は凧を買えと凄みはじめます。
「だから連れて来たくなかったんだ」。
金坊は看板ものの大凧を買えと言うので根負けして、帰りの一杯の楽しみの銭で、糸まで付けて買い込みます。
親子で凧揚げを始めますが、あまりにも面白いので、親が夢中になってしまい、金坊に糸を渡しません。
「こういうものは子供のする事ではない」と、取り合いません。
金坊「こんな事なら、親父を連れて来るんじゃなかった」。

スカイライン

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Photo今のモデルにはもう、昔のような憧れや興奮はなくなりましたが、「スカイライン」という国産車があります。
高度成長世代の者には憧れの車でした。
その名車の「生みの親」と言われた開発者が亡くなったそうです。
3rd_2ういう車は、もう出て来ないでしょうね。
「ケン&メリー」に憧れたものです。
note虹の向こうへ出かけようぉ~今が通り過ぎて行く前notes
またひとつの時代、昭和が終わりました。

歩き稽古

bus通勤の行き帰りに、「花色木綿」を歩いてさらってみました。signaler
parkingネタ帳を作っていないので、やる度に変わりますが、ご愛敬ということにします。train
karaoke何とか台詞は追えそうですが、やはり仕草と間が難しい・・。music

東京落語会の更新

Main

半年に一度の「東京落語会」の更新の時期になりました。
今までと同じ席で、更新手続きをしたいと思います。

2011年1月24日 (月)

カウントダウン

clock 本プログへのpcアクセス数累計100,000件の大台突破まで、あと100件あまりになりました・・・。heart02

真打競演

今夜の「真打競演」は、新潟県柏崎市からの録音。
柏崎といえば、寝蔵師匠がお住まいだったはず。
  ◇ 金明竹    立川志らく

厄払い

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昔の暮れの風物詩。
厄払いを言い立てて回って、豆とお銭をもらうという風習。
「あーらめでたいなめでたいな、
今晩今宵のご祝儀に、めでたきことにて払おうなら、
まず一夜明ければ元朝の、門(かど)に松竹、注連(しめ)飾り、
床に橙(だいだい)鏡餅、蓬莱山に舞い遊ぶ、
鶴は千年、亀は万年、
東方朔(とうぼうさく)は八千歳、浦島太郎は三千年、
三浦の大助百六ツ、この三長年が集まりて、
酒盛りをいたす折からに、悪魔外道が飛んで出で、
妨げなさんとするところ、この厄払いがかいつかみ、
西の海へと思えども、蓬莱山のことなれば、
須弥山(すみせん)の方へ、さらありさらり」
・・・とりあえず、「厄払い」の口上だけ。
最近では、小満ん師匠と市馬さんを聴きました。
楽しそうな二人の師匠が印象的。
「つるは千年か、めは万年・・・」・・面白い。

ちょっと耳にした噂

「噂」という字は、口偏に尊ぶと書きますが、あまり尊ぶようなものはないようで。
先日行った落語会の客席で、ちかくにいた人たちのお喋りで聞いた話ですから、信憑性が保証できませんが・・。
人気の噺家さんの某師匠が体調がすぐれず、暫く休養するという話。
昨年後半にも体調を崩し、いくつかの落語会を休演されましたが、間もなく復帰されたと聞いています。
shadow大人気ゆえのストレスもあるのでしょうか・・?
噂していた二人は「飲み過ぎなんじゃないか」と言っていました。
私は、この師匠の個人的な部分は存じ上げませんから、酒量なども知りません。
真偽はともかく、昨年のこともあり、万全な体調ではないのかもしれませんが、落語界を背負っていただくべき師匠ですから、早く元気な姿で、客席を爆笑の坩堝にして欲しいものです。

唐桟(とうざん)

着物に関する物。
「唐桟の着物」なんていうのが、どの噺の中だったか、出て来た気がするんです。Tan111
唐桟とは、木綿のしま柄の織物。
細い木綿糸で、独特の細かい縦縞を織り出した布です。唐桟縞(とうざんじま)、桟留縞(さんとめじま)などとも呼ぶそうです。
その昔、舶来のものと区別して呼んだ語。
原産地がインドのサントメ地方だったので、江戸時代には「残留島(サントメ)縞」と呼ばれてい ましたが、それに「舶来物」を意味する「唐」が付いて「唐サントメ」と呼ばれるように なり、濁音便化して「とうざん」になったと・・。
「唐桟は、江戸初期寛永のころからすでにみられ、江戸半ばころから末期にかけて大流行した。とくに唐桟織がもたらされた文化・文政・天保のころが全盛時代といえる。細い糸で打ちこみがかたく織られているため、麻状の外観と絹のつやと風合いを有し、また、細かい縞柄が江戸好みの渋く、いきな美しさをあらわしており、今日でも趣味的な装いに珍重されている」〔新・田中千代服飾事典(同文書院)〕
またまたなるほど・・。
「紬」から始めたこのシリーズ、ますます混乱して来ましたよ。

一本独鈷(いっぽんどっこ)

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帯のことを調べていて知ったこと。
「いっぽんどっこ」って、そういうことだったのかぁ。
「独鈷」とは正式には「独鈷杵(とっこしょ)」と呼ばれる真言密教の法具の一つで、もともとはインドで武器として使われていたものが、様式化されて煩悩を打ち砕く法具とされたもの。
これが文様となったのが「独鈷紋」で、博多織の帯地文様として用いられています。
一本の連続文様を一本独鈷(いっぽんどっこ)、三本のものを三本独鈷というように呼んでいます。
今では一般的に、真ん中に一本ラインの入った男物の帯を「一本独鈷」と言うようです。
昨年末近くに、星野哲郎さんという著名な作詞家が亡くなりました。
「いっぽんどっこの唄」というのは、確か星野さんの作詞でしたよ。
水前寺清子さんのヒット曲ですが、子どもの頃、意味も分からずに歌ったものです。
   noteぼろは着てても こころの錦
     どんな花より きれいだぜ
     若いときゃ 二度ない
     どんとやれ 男なら 
     人のやれない ことをやれnote
        notes涙かくして 男が笑う
         それがあの娘にゃ わからない
         恋だなんて そんなもの
         いいじゃないか 男なら
         なげた笑顔を みせてくれnotes
            
何がなくても 根性だけは
               俺の自慢の ひとつだぜ
                               花が咲く 男なら
                               行くぜこの道 どこまでも

歌詞のどこにも「いっぽんどっこ」って出て来ないのですが・・。
星野哲郎さんは、"人生の応援歌"と名づけて、数多いヒット演歌を生み出しました。
水前寺清子さんで言えば、このほかにも「365歩のマーチ」とか。
「365歩のマーチ」は、その親しみやすいメロディーと水前寺清子さんの景気の良い歌声が評判を呼び、累計では100万枚を越えるミリオンセラーとなったそうです。
まだまだ国全体が貧しかったけれども、一生懸命になっていた頃。

2011年1月23日 (日)

ラジオ寄席

日曜日の夜の楽しみ。
東京かわら板によれば、〈内容未定〉になっています。
今夜は、三代目三遊亭金馬師匠の特集です。
  ◆  居酒屋     三遊亭金馬
  ◆  寝床      三遊亭金馬
金馬師匠が名人と言われるのは、明るさと分りやすい芸風によるところ大でしょう。
今夜の「居酒屋」は、50年前の録音ですが、活き活きとしています。
「寝床」も明快な運びが若々しい。
これも50年ほど前、亡くなる3年前ぐらいの録音です。
「居酒屋」のことに少し触れておきます。
昭和初期、「居酒屋の金馬か金馬の居酒屋か」というぐらいに、三代目三遊亭金馬師匠はこの噺で売れに売れました。
もちろん、戦後も人気は衰えず、金馬師匠生涯最大のヒットといっていいでしょう。
特に、独特の抑揚で、「できますものはけんちんおしたし」と早口で言い、かん高く「へーい」と最後に付ける小僧の口調がウケにウケたわけです。
噺そのものはさして面白いわけでもなく、ただ、いい年をしたオッサンが子供をいたぶるというだけのもので、これといってギャグもないのに、こんなにも人気が出たのは、ひとえにこの「金馬節」とでも呼べる口調の賜物だったのでしょう。
この「居酒屋」の原話は、文化3年刊の笑話本「噺の見世開」中の「酒呑の横着」のようです。

本来は、続編の「ずっこけ」とともに、「両国八景」という長い噺の一部だったようですが、金馬師匠が一席噺として独立させたとのこと。
金馬師匠の速記にも、「ずっこけ」をつなげて演じているものがあるそうです。

喜味こいしさんの訃報

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私の田舎では、土曜日の午後、小学校から帰って来る頃に、テレビから「がっちり買いまショウ」とかいう番組が流れていた気がします。
ゲームで、1万円・3万円・5万円の3コースに決められた出場者が、それぞれのコースの金額の一定の範囲内に収まるように買い物をするというバラエティ番組でした。
「5万円・3万円・1万円、運命の別れ道・・・」と、早口ことばで言うのが楽しかった・・・。
これが、司会の名コンビの私の原点です。
その番組の司会者で、「いとこいさん」の愛称で親しまれ、兄の「夢路いとし」さんとのしゃべくり漫才で人気を集めた「喜味こいし(きみ・こいし)」さんが、肺がんのため83歳で亡くなったそうです。
大好きな漫才コンビでしたねぇ。
1969年に上方漫才大賞、76年に上方お笑い大賞を、93年には芸術選奨・文部大臣賞、紫綬褒章、2003年には菊池寛賞も受賞した、上方のお笑いの大御所です。
・・また、昭和の笑いの星が消えてしまいました。

そうだ!あの全集が・・

そうだ!あれが・・ 
柳枝師匠の音源と、拙い記憶だけで「花色木綿」にチャレンジしようとしたものの、やはり何となく不安が残ります。
それならネタ帳をつくればいいじゃないのと言われそうですが、どうもその気にはなれない・・・。
そうだ!あれが・・
ふと、何気なく部屋の書架に目をやると、「八代目春風亭柳枝全集・全1巻」というのに目が止まりました。
「そうだっ!以前神保町の古本屋で買ったんだ!」
そうでした。「いつかまたやることもあるかもしれないから」と。
この全集に載っている噺のトップバッターが「花色木綿」なんです。
これで細かな部分はこれでチェックすればよし。
頭と口と仕草のぶっつけ本番の合体作業が続けられます。

花色木綿の稽古

「花色木綿」は、八代目春風亭柳枝師匠の音源と35年前の記憶だけを頼りに、作ろうとしています。
遅ればせながら、休日の午後、稽古に着手しました。
昔取った杵柄、若い頃に覚えたことがある噺ですから、何となく流れは掴めますが、会話のやり取りが頻繁で、リズムが肝になる噺ですから、かなりの語り込みが必要です。
また、ストーリー性には乏しく、その場の会話の中のくすぐりがポイントになるのもこの噺の特徴だと思いますから、どうも私には苦手というか、あまりやらないパターンなんです。
だから、間の取り方がとても難しい・・・。
この噺は大きく分けて3幕(場面)あります。
まず、泥棒の親分とのやりとり。
「それが親分大笑い」を3ヶ所ぐらい入れてみましょう。
次は、空き巣を見つけて歩くところ。
ここも、3軒ぐらいにしておきましょう。
そして、大家さんとのやり取り。
盗られた物は、布団・柔らか物・夏物・お金ぐらいにしておきましょう。
ここで、黒羽二重、帷子、上布、縞、絣なんていうのが出て来ます。
どういうものかを知った上でやらないといけませんね。
今までは、言葉だけでしたから。
くすぐりの連発ですから、いやらしく、しつこくならないように、さりげなくやるように心がけたいと思います。

プレオーダーの抽選結果

イープラスからのメール。
ブレオーダーで申し込んだ落語会の抽選結果「落選」の連絡でした。
【読売GINZA落語会】 
日時:3月28日(月) 18時30分~
場所:ル テアトル銀座 by PARCO
出演:古今亭菊志ん・柳家三三・柳亭市馬・柳家喬太郎
    ・春風亭昇太
「三越落語会」とせめてどちらかとエントリーしたのですが、結局両方とも外れてしまいました。
残念でした・・・。

電子メールの日

今日1月23日は、「電子メールの日」という日なんだそうです。
ちっとも知らなかった・・・。
1994(平成6)年に日本電子メール協議会(現・Eジャパン協議会)が 「1(いい・E)23(ふみ)」の語呂から1月23日を「電子メールの日」と定めた。
・・・だそうです。

うどんや

うどん屋さんが、鍋焼きうどんを売り歩いています。
そこへ酔っ払いが通りかかり、「火に当たらせてくれ」と言います。
うどん屋さん、こりゃぁ商売になるぞと、酔っ払いの相手をしますが、同じ話の繰り返しで、挙句の果ては、水を飲んだだけで、うどんを食わずに帰ってしまいます。
うどん屋さん、気を取り直して商いを続けますが、声がなかなかかかりません。
やっとある大きなお店からかすれた声で呼ばれました。
小さな声で呼ばれたときは、お店の奉公人が、主人にないしょで食べようとしているのだろうから、商いも大きいだろうと、かすれたような小さな声で返事をしながら、呼ばれたお店の前に荷を下ろします。
何人前かと尋ねると、注文はたった1人前・・・?
「そうか、まず試しに食ってみようという訳か」と思い直して、鍋焼きうどんを1人前作って渡します。
相手はふうふういいながらうどんを食べ終わりますが、お代わりもなく、1人前の代金の支払いを済ませます。
そして、うどん屋さんに、かすれた小さな声で声をかけました。
男:「うどん屋さん」
う:(小さなかすれ声で)「ヘぇいー」
男:「お前さんも風邪を引いたのかい?」
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今は、「鍋焼きうどん」といえば、天ぷらに卵野菜などがたくさん入ったものがイメージされますが、この噺に出てくる鍋焼きうどんは、かけうどんを鍋で煮こんだ程度のものだったのでしょう。
また、江戸っ子はうどんなど食べない、風邪でも引いたときに体を温めるために食べるくらいなものだそうで、オチを生かすためのに、マクラで仕込んでおくことも多いようです。
この噺、前半と後半では全くストーリーが違っています。
それぞれ別々に演っても、それなりに組み立てられると思います。
最初の頃は、このストーリーの分断に違和感がありましたが、前半は酔っ払いの涙と笑い、後半は「時そば」と同様な芸の見せ所がある、1粒で2度おいしい噺だと思うようになりました。

林家三平さん

林家三平さんが結婚するそうです。
お相手は、女優の国分佐智子さんていう人だそうです。
国分・・・?知らねぇや。

縮(ちぢみ)

「紬(つむぎ)」と間違えた「縮(ちぢみ)」というのは、「紬」や「縮緬」のような絹織物ではなく、麻織物だそうです。
中で最も有名なのが「小千谷縮(おぢやちぢみ)」でしょう。
私でも名前を知っているぐらいですから。Ojiya
小千谷における麻織物の歴史は古く、縄文時代後期と思われる土器に布目のあとが残されています。小千谷の気候にあった麻織物は評価が高く、将軍へ献上されていました。
江戸時代前期には、夏の衣料向けの改良が考えられ、緯糸に強い撚(よ)りをかけることで、織り上げたものに仕上げの工程で涼感を出す独特のシボと呼ばれるしわを出すことに成功しました。
昔ながらの技術・技法で作られる小千谷縮は昭和30年に国の重要無形文化財に指定されています。
・・・だそうで。

プレオーダーの結果

pcイープラスのプレオーダーに応募していた三越落語会の抽選結果のメールが来ました。
残念ながら「落選」でした。
【三越落語会】
   日 時 : 3月24日(木) 18時〜
   場 所 : 三越劇場
   出 演 : 立川志の輔・柳亭市馬・柳家花緑
          ・林家彦いち・柳家三之助
一般販売はあっという間に完売になるでしょうから、諦めましょう。

電車内で

train電車に乗ると、座っている人の殆んどが携帯端末に見入っている景色は、とても異様です。
尤も、私もその異様な一人でもあります。
mobilephone中には、携帯を右手左手に2台持ってやっている人もいます。
phoneto右手の携帯から左手の携帯にメールでもしているのでしょうか?
大概が、メールmailかゲームgameのようです。
優先席で、我が物顔にメールなどをしている人もいますが、これはマナー違反ということでしょう。
今は、地下鉄では駅やホームでは使用できますが、駅間のトンネルでは使えません。
clockが、今後、トンネル内でも使えるようになりそうです。
bus一定の節度とマナーのもとで、便利に使おうと思います。

あんぱん

あんぱん
銀座4丁目にある行列のできる老舗のパン屋さん。
実は、この3階にある直営のレストランでは、メニューによってはおいしいパンがたくさん食べられるんです。
個人的には、コーンの入った、もちもちしているのが好きですね。
若い人や女性の多い店だと思います。
「花色木綿」の中で。
親分:こっちぃ来い、こっちぃ。
    お前、俺んところに何しに来たんだ。
子分:へぃ、泥棒んなろうとお世話になってるん・・。
        世界に名だたる泥棒、アルセーヌルパン・・・。
親分:何を言ってやがる。アンパンみてぇな面ぁしやがって・・。
・・ただそれだけのことですが。

2011年1月22日 (土)

落語会の案内葉書

手元に、来週の落語会の案内葉書が2通あります。
両方とも、「時間があれば」と思いながらも、最近ちょっとご無沙汰している落語会です。
来週こそ、せめてどちらか一方に行きたいと思います。
ゆったりとした噺を聴きたいものですね。
 ■三遊亭鳳楽独演会
    日時  1月25日(火) 午後6時30分~ 
    場所  日暮里サニーホール 
 ■ひぐらし寄席(隅田川馬石独演会)
    日時  1月26日(水) 午後7時~
    場所  日暮里サニーホールコンサートサロン
馬石さんは「鰍沢」のネタ出しをしていますから、何とかと・・。
今日は、久しぶりに家にいて、ボーッとしています。
この休みは、ゆっくり落語の稽古をしようと思います。
来週の日曜日は、落語っ子連の稽古会です。

角帯

考えてみたら「献上の帯」以前に、帯そのもののことも知りません。W_kai0c
普段高座で締める「角帯(かくおび)」のこと。
男帯の一種。兵児帯(へこおび)、三尺に対していう。男子の正式な帯。
とくに男帯地として、堅く厚手に織られている。
帯幅はできあがり8~11センチメートル、丈は3.8~4.2メートル。
織り上がりの幅を二つに折り、芯(しん)を入れて仕立てたものと、芯を入れず袋織の両端を絎(く)けるものとがあり、近年は後者が多く用いられている。

Mr22材質は絹、綿、化繊、交織などがあるが、絹織物が正式で、またしっかりと締まる。綿、化繊、交織などは普段用である。
帯地はほとんど博多織(はかたおり)である。
博多織は独鈷華皿(どっこはなざら)のつなぎ文様を縞(しま)風に織り出した献上博多が主で、無地、縞柄などが多い。
ほかに綴織(つづれおり)、緞子(どんす)などの無地、紋織がある。
色は紺、茶系統が多い。

W_1m_11礼装の袴(はかま)下にはかならず博多織の角帯を用い、文庫に結ぶ。
着流しの場合は貝の口に結ぶ。
私は、自己流で覚えた「貝ノ口」の締め方しか知りませんが、「片ばさみ」や袴の下の「一文字結び」なども覚えたいですね。
帯も上手く締められるようになるととても楽で、ズボンのベルトよりも心地よいものです。

まだまだ・・

まだまだ・・
東京スカイツリーが目立つとはいえ、東京タワーの偉容もまだまだ健在です。
三田から北を見た景色ですが、どっしりしています。

このあたりはオフィス街で、町並みにフィットしています。
東京スカイツリーは下町ですから、こういう雰囲気はありません。
江戸っ子というのは、「芝で生まれて神田で育った」というのが自慢だったですよね。

着物の紋

先日の「人形町らくだ亭」で、さん喬師匠の「うどんや」を聴きました。
K74さん喬師匠は、上品な薄いクリーム色の羽織と着物で登場しました。
「あれっ?」・・・色だけみると、私が先日誂えた着物とよく似ている感じがします。
紋付ではないのかなと、目を凝らして見ると、白い「丸に三ツ柏」の柳家の紋がさりげなく染められていて・・・。
私の着物は、店のご主人が「淡い色の着物だからと、紋は黒くしたらどうでしょう」と言ったので、「じゃあそれで」とお願いしましたが・・・。
実は、さん喬師匠の着物を見る前から、頭の片隅に「あれで良かったかなぁ・・?」という思いがあったことも事実なんです。
17391354そして、高座のさん喬師匠の着物を拝見して、「黒い紋だと、ちょっと強すぎるかなぁ・・。」と・・・。
そこで、すぐに店のご主人に電話をかけて、「さん喬師匠を聴いたんですが、同じような色の着物を着てたけど、紋が白かったので、私のも白くしてもらおうかなぁと思って・・・」と相談してみると、「生地が淡色なので黒い方がよく見えるだろうとお勧めしましたが、紋はちょっと目立たなくなりますが、白でも素敵ですよ。あとはお好みです。」という答えが返って来ました。
「白でも素敵ですよ」の一言で陥落。
「それじゃあ、白にしてください。」という訳で、白い紋に変更することにしました。
私の家紋は「丸に九曜星」です。
着物も間もなく出来上がるようです。

不思議な建物

不思議な建物 不思議な建物
丸くて大きな建物が、街の真ん中に建っています。
場所は、国道246号の池尻大橋付近。car
建物の上の部分が首都高速の高架に向かって延びています。
rvcar首都高速の「大橋ジャンクション」なんです。
この建物の中を、螺旋状に道路が走り、山手通りの地下を通るトンネルに入るんです。
完成までに随分時間がかかりました。bus
お金も膨大だったことでしょう。dollar
これが開通して、かえって首都高速4号線の渋滞が増えた気がするのですが・・。

2011年1月21日 (金)

味噌ラーメン

味噌ラーメン
週末は、珍しくちょっと頑張って仕事をしました。
時計を見ると、もう8時近く・・・。
もともとの予定がなくなってしまったので、真面目に仕事の整理をしていたという訳です。
一人の帰り道はまたラーメンを食べることに。
前日のチェーン店の「野菜たっぷりタンメン」でなく、今夜はお気に入りのラーメン屋さんです。
いつもは、このお店では、もやしたっぷりの「こってり塩ラーメン」ですが、今日は、「特製味噌ラーメン」を注文しました。
時々食べているから、店員さんに何となく顔を覚えてもらったかなぁという感じの店です。開店当初からいるお兄さんですから、きっと私の顔は覚えているはず。
吉原ならば、裏を返して、馴染みになりかけたところでしょうか。
この店では、ボリュームは塩ラーメンに軍配が上がりますが、味噌もなかなかだと思います。
塩ラーメンと味噌ラーメンは、10円違うんですが、この差は一体何でしょうか・・・。

10万件カウントダウン


このブログへのアクセス累計が、99,000件を超えました。
きりのいい10万件まで、あと約1,000件です。

前座さん

1

冷静になって考えてみると、この間の雲助師匠の独演会な時の開口一番だった落語芸術協会のS師匠のお弟子さん、ちょっと可哀想になりました。
今風の「お笑い」の乗りでやっているようですが、落語という芸能が創り出す笑いとの違いが理解出来ていないようです。
お笑いは一人称の芸で、自分を面白可笑しく表現すれば、どんな方法であっても、笑わせればいい。
でも、落語は、新作でも、多人称の芸で、様々な人物を演じて、観客にイメージしてもらうもので、演じる際には若干のルール・形があるんです。
だから、前座の時は、やはりその基本を叩き込まないと、この先持たなくなるとおもうのです。
あの天衣無縫・荒唐無稽と言われた志ん生師匠も、若い頃はきっちりした噺をしていたそうですし、新作落語の大御所の圓丈師匠も、新作をやるためには落語の基本の体得が不可欠と、圓生師匠の弟子になったそうですから。
勿体ないなあ、今しか出来ないことをやっておかなければ・・。

献上の帯

これも落語によく出て来るんです「(茶)献上の帯」。

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博多織の帯で、江戸時代に黒田藩が献上したことから「献上の帯」と呼ばれているそうです。
色によって「紺献上」「茶献上」などと呼ばれているのです。
男物の角帯といえばこれをさしているようです。なるほど。
裏は横に白い線が一本入っています。
これを「一本独鈷(とくこ・どっこ)」と言うんだそうで。
notesボロは着てても心は錦 どんな花より綺麗だぜ・・・note
もとは仏具(執金剛神の持つ金剛杵の一種)だそうですが、これを図案化した連続模様をも言い、博多織の織模様とされて、1本(一本独鈷)をはじめ,2本,3本などと配することがあるようです。
分かって来ると面白くなりますね。
さらにいくつか恥を晒しながら調べてみたいと思います。

新旧交代

新旧交代 
建設工事中の東京スカイツリーの完成が間近になりつつありますが、かつて東京の最も有名なランドマークだった「東京タワー」は、さすがに目立たなくなりました。
会社のある虎ノ門から、路地越しに望む東京タワーの姿は、何となく寂しそうでもあります。
いずれは、あの「霞が関ビル」のように、名前も知られない存在になってしまうのでしょうか。
芝にある紅白の鉄塔・・なんて言われたりして。
初めて展望台まで登ったのは、小学校の修学旅行の時でした。
とにかく大きかった。そして勿論高かった・・。
四方にどっしり踏ん張った土台の部分など、田舎の小学生の度胆を抜いたものでした。
時は流れて、修学旅行のもうひとつの楽しみだった「交通博物館」は既になく・・。

2011年1月20日 (木)

落語会の後

落語会の後
「人形町らくだ亭」がはねて帰り道、腹ごしらえは、チェーン店のHで、「野菜たっぷりタンメン」。
この490円は、コストパフォーマンス良好だと思います。
やれやれ、また太ってしまいます・・。

人形町らくだ亭

Logo 今回の「人形町らくだ亭」の楽しみは2つ。
まず、「駒長」という噺が聴けること。
そして、柳家小はん師匠が聴けること。
◆ 饅頭こわい   春風亭朝呂久
◆ 駒長        古今亭志ん輔
◆ へっつい幽霊  柳家小はん
◆ 厄払い      柳家小満ん
◆ うどんや     柳家さん喬
                
とにかく、今夜は渋い。
小はん師匠は本当に久しぶりでした。
学士会寄席の頃もそうでしたが、真面目な顔をして、さりげなく時事ネタを入れたくすぐりを言ったり。
丁寧な噺延びて運びは相変わらずでした。
かつて落研がお世話になった師匠です。
最近、小満ん師匠の味、魅力が分かりかけて来た気がします。
何なんだろう・・。醸し出される、あの雰囲気。
本当に落語を楽しんでいる感じがします。
さん喬師匠は、いつものように、いつもの素晴らしさで、客席を包んで行きます。
噺家さんの味がよく出て、良いハーモニーでした。
大寒の夜・・。

十干十二支(干支・えと)

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「十干十二支(じっかんじゅうにし)」というのは、「十干(じっかん)」と「十二支(じゅうにし)」を組み合わせた60を周期とする数詞です
十干」は「甲(きのえ・こう)」・「乙(きのと・おつ)」・「丙(ひのえ・へい)」・「丁(ひのと・てい)」・「戊(つちのえ・ぼ)」・「己(つちのと。き)」・「庚(かのえ・こう)」・「辛(かのと・しん)」・「壬(みずのえ・じん)」・「癸(みずのと・き)」の10種類。
「十二支」は「
子(ね)」・「丑(うし)」・「寅(とら)」・「卯(う)」・「辰(たつ)」・「巳(み)」・「午(うま)」・「未(ひつじ)」・「申(さる)」・「酉(とり)」・「戌(いぬ)」・「亥(い)」の12種類。Middle_1223515716_2 この組み合わせで、10と12の最小公倍数の60種類になりますが、合わせて「干支(えと)」と呼ぶ訳です。
我が家族の生まれ年は、祖父が「庚子(かのえね・こうし)」、私が「丁酉(ひのととり・ていゆう)」となり、父と息子は、同じ「
己巳(つちのとみ・きし)」です。

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ところで、「丙午(ひのえうま)」というのは、火性が重なることから、この年は火災などの厄災が多いなどの迷信が生まれ、その年に生まれた人の性質は激しいものとなるという迷信に転化しているようです。
また、江戸時代前期に、井原西鶴の「好色五人女」で有名となった「八百屋お七」が丙午の生まれだといわれていたことから、江戸時代中期以降には、この年生まれの女性は気性が激しく、夫を尻に敷き、夫の命を縮める(男を食い殺す)、死後「飛縁魔」という妖怪になるという類の迷信が信じられるようになったそうです。
1846年(弘化3年)の丙午には女の嬰児が殺害(間引き)されたという話が残っているそうです。
明治時代以降もこの迷信は続き、1906年(明治39年)の丙午では、前年より出生数が4%減少したそうです。
生まれた女児の出生届を前後の年にずらして届け出ることもあったということです。
生まれた年で性格が決まるなんていうのもナンセンスですが、やはり縁起みたいなものはかついでしまうんでしょうねぇぇ。

仲間外れ?

birthday今日は、父と息子の誕生日です。
我が家の誕生日一覧です。
     ○   祖父(故人)        1月20日
     ○  父                    1月20日
     ●  私                    1月 8日
     ○  息子                 1月20日  ・・・という。
祖父は、息子(曾孫)の誕生を見届けて、あの世へ旅立ちました。
父の還暦の誕生日に息子が生まれました。
ですから、父と息子は干支(十二支・十干)も一緒です。
・・という訳で、我が家では、私だけが仲間外れなんです。present

三方一両損

オチを変えたと言えば、私の「三方一両損」もそうです。
大岡越前:「この度の調べ"三方一両損"と申す。分からんければ、越前教えてつかわす。これ、吉五郎・・・・。(中略)相分かったか?相分からばこれにて一件落着!皆の者立ちませい!あ、これこれ、調べに時間を費やした。両名とも空腹であろう。膳部を取らせる。・・・・」

お白州で、食事をするなんてありえないんです。
現在でも、裁判所の法廷内で飲食など出来ないでしょう。
それを、お白州にお膳が出て来るなんて、これが本当の"食権(職権・食券)濫用"です。
越:「これこれ、両名ともいくら空腹じゃとて、あまりたんと食すなよ。」
吉:「"多かぁ(大岡)"食わねぇ・・」
金:「たった"一膳(越前)"」・・・。
・・これがこの噺のやや強引な舞台設定のオチ。

私の「三方一両損」は、お白州でのご膳の場面を削ります。
越:「・・・。あ、これこれ、この度の両名の正直ぶり、まことに天晴れであった。これからも、一日一度は喧嘩などとばかり言わず、正直を続け、善を積み上げろよ。」
吉:「お奉行さま、ありがとうございます。でもねぇ、あっしらは江戸の職人で・・、そんな立派なことは"多かぁ(大岡)"出来ねえよなぁ。」
金:「お~ぅ、一日"一善"(越前)」・・・。
このオチは、圓窓師匠の著書「日本人が忘れちゃいけないこの落語」の108ページに載っています。
「一膳」と「一善」の違いです。
先日の某町会(老人会)の新年会では、とても受けました。

大寒

二十四節気のトリが「大寒」です。snow
今年は本当に寒いですから、大寒という言葉にも実感があります。
オホーツク海では、いよいよ流氷が近づき、昨日が「流氷初日」になったそうです。
さらに近づいて「接岸初日」は、来月1日ぐらいになりそうだとのこと。
北国でもない山の中で生まれた身には、流氷など全く現実のものではありませんが、厳しい寒さなんでしょうね。
流氷が接岸する頃、暦が新しくなり、「節分」から「立春」を迎える訳ですが、寒さは続きそうです。
ただ、春も遠からずとなるんですね。

仙台平の袴

まだまだ続きますぞ。他人に訊けない貧しい知識。
仙台にいる頃、「本場仙台平」なんていうのは聞きましたが、「仙台平」って一体何?
郷里の近くに「日本平(にほんだいら)」がありましたが?
・・・もう、こんなもんです。 (;;;´Д`)
「仙台平(せんだいひら)」は、宮城県仙台市特産の絹の高級袴地「精好仙台平(せいごうせんだいひら)」の通称なんだそうです。
「平」は「たいら」と読まず「ひら」と読む。
「たいらばやし」か「ひらりん」か「いちはちじゅうのもぉくもく」。
ひら(知ら)なかったとは言わせません。
Montuki4地(はかまじ)の一種であるが、著名なことから男物袴地の総称として使われる。組織は平織あるいは平織と斜文の混合組織とするもので、構成糸は経緯(たてよこ)とも生糸のまま染色して使い、縞(しま)糸部分だけ練(ねり)染糸とする。あるいは経緯とも練糸を使うこともある。製織に際しては緯糸を槌(つち)打ちするか、水に浸して打ち込み、生地(きじ)の締まりをよくする。
仙台平の起源は、仙台伊達(だて)藩主伊達綱村(つなむら)が西陣工小松弥右衛門(やえもん)を招聘(しょうへい)し、幕府・諸侯への贈答品および臣下への下賜品生産として製織を始め御国織(おくにおり)と称したが、このうち地はとくに精巧で諸侯の間で好評を博し、「仙台平」の名称で全国に知られた。
精好仙台平というのは精好織の系統を引くもので、合糸にした緯糸を漏緯(ぬれぬき)として打ち込んだものをさす。
そうか、絹の袴地のことを言うんですね。なるほど・・。
着物を誂えましたが、いずれは袴も穿いてみたいものだと思います。

2011年1月19日 (水)

粗忽長屋

「兄ぃ、俺ぁ分からなくなっちまった。抱かれているのは確かに俺だが・・、抱いている俺は一体誰だろう・・?」
シュールな落語の代表格でもある「粗忽長屋」のオチ(サゲとも言う)。

以下は著名な演芸評論家の関山和夫さんのコメントです。
文化(ぶんか)年間(1804~18)から口演されてきた古い落語で、原話は寛政(かんせい)(1789~1801)ごろの『絵本噺山科(えほんばなしやましな)』のなかの「水の月」。
同じ長屋に住む八つぁんと熊さんは、ともにたいへんそそっかしい。
ある日、八が浅草の観音さまにお参りしたとき、行き倒れに出会い、てっきり熊だと思い込む。
この人は昨夜から倒れているのだといわれても「とにかく、ここへ当人を連れてきて死骸(しがい)を引き取らせます」と長屋へ帰り、熊を連行する。
なんだか変だと思った熊も、生来の粗忽者なのでその気になって八について行く。
死骸に接した熊は、抱き上げて眺めていたが「抱かれているのは確かに俺(おれ)なんだが、抱いてる俺は一体誰(いってえだれ)だろう」。
このサゲは間(ま)ぬけ落ちとよばれるもののなかでも卓越したもので、多数の粗忽もののなかの代表作であるが、演出は非常にむずかしい。
先日の東京落語会で、林家たい平さんは、「・・・抱いてる俺は誰だろうなんて、落語のオチみてぇなことを言ってないで、連れて帰るんだよ」と言って長屋に戻ります。
そこへ来たのが同じような粗忽な大工の棟梁で、白い布を取って「あぁぁ、こりゃあ留の野郎だ!」
「違うよ、これは熊だよ」と言うと、「それなら、今ここへ当人を連れて来る」と落としました。
噺全体の流れとリズムを知っているので、新しいオチまでが長いと、冗長に感じてしまう場合もありますから、特に有名なオチを変えるのは、勇気と技量が要りますね。
たい平さんの演出は、なかなか面白かったと思います。
それに、シュールな噺というのは、バカバカしい思わせる間もなく進めて行かなくてはいけませんし、やっている本人がバカバカしいと思ったら駄目です。

縮緬(ちりめん)

着物のことが少しでも詳しい方が読んだら、恐らく呆れてしまうことでしょう。
それぐらい、着物に対する知識がないんです。
とにかく「縮緬」と言えば、テレビの「水戸黄門」が、諸国漫遊の旅で、「越後の縮緬問屋のご隠居」という、世を忍ぶ仮の姿をしているぐらいのことしか知りません。
「ちりめんじゃこ」という食べ物がありましたが、こちらの方はよく食べて知っている。
そもそも、この二つが関係があるのかないのかすらも知らないという・・。 
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「縮緬」は、絹を平織りにして作った織物。
縦糸にはほとんど撚りのない糸を使い、横糸に強い撚りをかけた右より(右回りにねじる)と左より(左回りにねじる)の糸を交互に織ったもの。
平織りに製織したのち、ソーダをまぜた石鹸(せっけん)液で煮沸して縮ませ、精練する。
精練すると布が縮み生地の表面にしぼ(凹凸)が現れる。
主に高級な呉服や風呂敷に使われる。
主なものに、京都府丹後地方の「丹後ちりめん」、滋賀県長浜市の「浜ちりめん」がある。
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ところで、「ちりめんじゃこ(縮緬雑魚)」は、イワシ類(カタクチイワシ・マイワシ・ウルメイワシ・シロウオ・イカナゴなど)の仔稚魚を食塩水で煮た後、天日などで干した食品です。
ごく小さな魚を平らに広げて干した様子が、細かなしわをもつ絹織物の縮緬を広げたように見えることからこの名前がついたそうです。
やっぱり関係あったんだ。

落語百選刊行完了

「落語百選」の刊行が終わりました。
アンケートにも書いたのですが、概ね満足しているが、敢えて欲を言えば、説明冊子のボリュームが少なかったり、挿絵に安直な物があったなあと思ったりで・・・。
収録会場も、深川江戸資料館小ホールから、改修工事で使えないために、仏教伝道センターなどを使ったり、ここの「三田落語会」の映像を使っていましたが、これもこんなものでしょう。
第60巻目に、120題の落語の五十音順リストが付いていました。
眺めてみると壮観で、果たして、この中から、私がものにできる噺はいくつあって、いつ頃出会うのでしょうか?
この一期一会が楽しみですね。

三遊亭金馬師匠

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四代目(当代)三遊亭金馬師匠。
先代があまりにも有名なので、やや目立たないイメージもありますが、個人的には好きな噺家さんです。
私の祖父は、三遊亭圓生師匠と同い年でした。
そして、金馬師匠は父と同い年なんです。
それより、物心ついた頃にNHKテレビで放映されていた「お笑い三人組」の印象が強烈です。
その金馬師匠。東西落語界あわせて落語界最古参の噺家さんなんだそうです。
入門が昭和16年ということで、現在では唯一の戦中派。(ただし年齢では桂米丸師匠が最長老だそうですが。)
国立演芸場の開設に尽力した功労者でもあり、芸術祭優秀賞を受賞したり、警視総監表彰を受けたりもし、何と言っても、古今亭志ん朝亡き後、夏の「住吉踊り」を承継して、毎年8月の浅草演芸ホールの中席で披露しています。
そんな金馬師匠が、芸歴70周年・金馬襲名45周年を記念して、鈴本演芸場二之席は、特別興行「三遊亭金馬が選ぶ 残したい落語十選」の芝居が上がっています。
「寝床」「茶金」「品川心中」「阿武松」「夢金」「薮入り」「御神酒徳利」「火事息子」「茶の湯」「お若伊之助」の10席です。

2011年1月18日 (火)

老舗落語会のプレオーダー

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チケットの「イープラス」で、久しぶりに地下鉄銀座線沿線の老舗落語会2公演のプレオーダー(抽選)にエントリーしてみました。
いずれも、格式の高い会場で行われる落語会で、出演者は人気者ばかりですから、当たると良いのですが・・。
それにしても、インターネットで気軽に購入できるのは、本当に便利です。
チケットをなくしてしまう心配もありませんし。       
【三越落語会】
日時:3月24日(木) 18時~
場所:三越劇場
出演:立川志の輔・柳亭市馬・柳家花緑・林家彦いち・柳家三之助
【読売GINZA落語会】 
日時:3月28日(月) 18時30分~
場所:ル テアトル銀座 by PARCO
出演:古今亭菊志ん・柳家三三・柳亭市馬・柳家喬太郎
    ・春風亭昇太
三越落語会は、東京落語会と同様に開演時刻が早いので、最初の一人は聴くことができないと思います。

紬(つむぎ)

落語で、それなりの頻度で着物を着るというのに、着物のことや織物のことはほとんど知りません。
よく「あれは結城だから」とか「大島は高いよ」なんて聞きますよ。
どうやら反物(布地)のことだろうぐらいの知識しかありません。
この間など、「紬」と「縮み」を間違えたり、「チヂミって韓国風ピザ」だと思っていたりして・・。
もう大変です。600x5002011011300033 お恥ずかしい限りで。
「紬」は、本繭よりも劣るとされる太くて節の多い玉繭から紡いだ手撚りの玉糸(節糸とも言う)やくず繭と呼ばれる変型した繭から紡いだ紬糸を機織りの緯線・経線の片方若しくは両方に用いて織った布をいい、手撚りした糸(紬糸)の太さに均一を求めない。
このため本繭から作る絹糸を用いた布の表面が絹独特の光沢を帯びるのに対し、紬は鈍い光沢を放ち表面に小さなこぶが生じ、独特の風合いをだす。耐久性に非常に優れ、数代にわたって着繋がれることから、相応の価格で取り引きされる。

紬は丈夫なことから古くから日常の衣料や野良着として用いられた。このことから材質が絹であっても正装に用いてはならないとされ、外出着若しくはお洒落着として用いられることが多いが、近年では略正装程度であれば用いる場合がある。
紬の着物は大きく3種類に分類できるそうです。
【結城紬・大島紬】…最高級品とされる紬の着物で、制作に1年かかるといわれます。あまりに高価なため、若い人が着用することはあまりありません。日本の古典的な幾何学模様などを始め、伝統的な模様が多く制作されています。
【米沢紬・上田紬・郡上紬・塩沢紬など】…カジュアルな格子柄や縞模様の着物で、普段着として楽しめるラフな着物です。
【色無地の紬】…1色で染めた布地に一ツ紋を入れた紬です。元々は着物を極めた年配の方が着用する場面が多かったようですが、最近では初心者でも着こなしやすいという理由で若い世代にも人気があります。
江戸時代は、"身分"の差によって、衣服に対する厳しい規制があったそうです。
ところが、「紬」は、養蚕農家では商品化できない(粗悪品とされる)繭糸を使って織りあげていて、一見絹には見えないほど質素なものと思われていたために、百姓や町人などの身分の低い人々にも着用が許されていたんですね。
だから、今(明治以降)と昔(江戸時代)ではイメージが違うんです。
これは、理解して落語をやらないといけませんね。

香盤

香盤
「香盤(こうばん)」というのは、もともとは「香道」で用いられる盤のことで、碁盤の升目のように縦横の直線で構成されているのだそうですが、劇場やその制作の裏方と落語の世界で、見た目が似ているので、香盤と呼ばれるようになったもののようです。
いずれも"興行"に関する用語ではありますが、かなり意味が違っているようです。
まず、劇場においての「香盤」は、座席表を指し、観客がどこに座るかを示したもの。
次に、制作裏方においては、出演者と出演時期(出演順番、登場時刻、場面)を対比させた表。
なるほど、随分違っているものです。
そして、落語の世界では、表として実在するのでなく、あくまでも抽象的なもので、「落語家相互の順番」を言うようです。
噺家さんの順番・序列ということですね。
相撲の番付みたいなものでしょう。
香盤の上下というのは、具体的には以下のことを言うようです。
◆協会内部の序列
◆落語家相互間の私的交友における上下関係(座る位置、どちらが敬語を使うか、命令できるのはどちらかなど)
◆寄席の割り(番組)
我々が意識するのは、やはり協会内部の序列・・ということでしょう。
あくまでも噺家さんの協会内部で作成されるもので、その順序は、他の協会では通用しないそうですが。
具体的には、以下の順番になるそうです。
 1.会長・副会長経験者 - 会長になった順
 2.副会長経験者 - 副会長になった順
 3.現役の会長
 4.(落語協会のみ)役員 - 役員になった順
 5.真打 - 真打昇進順
 6.二つ目 - 二つ目昇進順
 7.前座 - 前座身分になった順
・・・・頓平師匠から、落語協会のカレンダーの芸人名鑑のコピーを頂戴しました。
これがまさに「香盤」というやつで、上記のルールに当てはめると、ベリートップは以下のようになる訳ですね。(敬称略)
三遊亭圓歌・鈴々舎馬風・三遊亭金馬・柳家さん助・橘家圓蔵・古今亭圓菊・柳家小三治・三遊亭圓窓・入船亭扇橋・林家こん平・・
これは、小三治師匠が会長になる前のものですね。

落語百選≪60≫

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約2年半に渡って続いて来たデアゴスティーニの「落語百選」も、今回の配本で全60巻が完結。
DVDは120題という、物凄い数になりました。
途中で専用ラックが届きましたので、60巻(120題)のDVDが鎮座ましています。
ということで、トリを勤めるDVDは・・・、
    ◇ ちりとてちん    柳家権太楼 
    ◇ かんしゃく      橘家圓太郎
「噺家列伝」は、「古今亭志ん朝」師匠。
やはり最後を締めていただくのは志ん朝師匠だということです。
実のところ、DVDは視聴していないものの方が多いかもしません。
演題と演者のイメージが全てフィットしている訳でもありませんが、私のような落語を演る者としては、かなりの噺がビジュアルに触れることができますから、大変参考になります。

2011年1月17日 (月)

雲助月極十番

雲助月極十番
日本橋劇場で、今回から来年の2月まで10回公演を行うという「雲助月極十番」。
五街道雲助師匠の独演会です。
    ◆ ずっこけ               五街道雲助
    ◆ 文七元結             五街道雲助
雲助月極十番
実は、開口一番で、違う協会の人気絶頂の噺家さんの弟子の前座が「雑俳」を演ったのですが、それはそれは酷い代物で、腹が立ちました。
このS師匠がそもそも"キワモノ"的な噺家さんですから、基本も何もあったものではありません。
下手くそな落研の学生みたいでした。
あんなのが、間もなく二つ目に昇進するんだそうですから・・。
尤も、本人はそれなりに頑張っているのでしょうが・・。
S師匠も、もういい年になりつつあるのですから、自分のことばかりでなく、そろそろ自分の弟子ぐらいはしっかり育てて行く義務があるのではないかと思うのでありますが・・?
私は、特に若手には、あまりネガティブなコメントをしないように心がけてはいるのですが、今日という今日は、堪忍袋の緒が切れてしまいました。
あっ、ここは雲助師匠の落語会のことを書かなければいけないのに・・、大変失礼いたしました。
さて、お目当ての雲助師匠は、いつものとおり、丁寧に噺を展開して行きます。
私には、いつかはやりたいという夢のある「文七元結」ですから、身を乗り出して聴きました。
"ザ・落語”の「文七元結」だからと、これでもかこれでもかというような演出をするのを控えて、肩肘を張らず淡々と語っているところが良いですね。
この噺は、3ヶ所の場面で、泣かせるのですが、それぞれがしっかりと迫って来ます。
席の隣の女性3人のグループが、おそらく落語を聞き慣れていないのでしょう、バ○笑いやタイミングの外れた笑いで、やや興趣を削がれました。
落研の先輩の蕪生もご来場でした。
噺には満足したものの、前座さんとバ○笑いには参りました。

即時(瞬間)完売!

pc今日は、「朝日名人会」の3月公演の一般発売日初日でした。
clockいつも即日完売の落語会ですから、今回も"駄目モト"で、パソコンからチケットぴあでチケットゲットにチャレンジしてみました。
slate午前10時の時報と同時にクリック!
この公演のチケット購入サイトにアクセスしましたが、アクセスは出来たものの、「予定枚数終了」・・。
この間は僅か数秒・・。
まあ、仕方ないでしょう。
出演が、柳家小三治・立川志の輔・柳亭市馬・桃月庵白酒ですから・・。

大師匠

大師匠(おおししょう)というのは、師匠の師匠ということで、孫とお祖父ちゃんの関係と同じです。
例えば、古今亭志ん輔師匠と五街道雲助師匠の師匠は、古今亭志ん朝師匠と金原亭馬生師匠ですから、二人の大師匠は、五代目古今亭志ん生師匠ということになります。
先日の朝日名人会の時、柳家さん喬師匠がマクラで、「わたくしの大師匠の(八代目)桂文楽師匠が・・・」と仰いました。
えっsign02五代目柳家小さん師匠のお弟子さんですから、大師匠というのは四代目柳家小さん師匠となるはずですが・・・。

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甲府ぃ

甲府ぃ
「花色木綿」ほどではないにしろ、同様に自分のネタ帳は作らず、圓窓師匠の高座本と他の音源をミックスして作り上げようという・・、これまたチャレンジです。
師匠のCDは、非常に丁寧なストーリー展開になっていて、かなりの長講になっていますので、志ん朝師匠の音源とミックスさせようと思っています。
それにしても、師匠のCDの写真、今から30年近く前の写真ではないかと思いますが、若いですねぇぇ。
ちょうど「笑点」を卒業し、「五百噺」に取り組み始めた頃でしょう。
「花色木綿」の音源は、師匠が最初に入門された「八代目春風亭柳枝」師匠、そして「甲府ぃ」は、その柳枝師匠から圓窓師匠に伝わったものを参考にさせていただくということになりました。
「ご機嫌よろしゅうございます。お笑いを一席お邪魔を頂戴をいたします」なんていう、丁寧過ぎる言葉遣いの師匠だったようです。

學士會会報


学士会の会報を読んでいたら、同好会の活動報告があり、「落語会」もTさん(三山亭多楽師匠)が、懇切丁寧に年間活動をレポートしてくださっていました。
9月の記念公演では、私の名前(本名・芸名)、演題の「ねずみ」など、しっかり出ておりました。

「うえの」


いわゆるタウン誌は数多ありますが、この「うえの」という小冊子はなかなかいいなぁと思います。
ちょっと食事した店のレジの所に置いてあったり、時には鈴本演芸場にもありますから、度々持ち帰っています。

個人的に馴染みのある街でもありますから、グルメや博物館や寄席情報だけでなく、様々な記事も面白いです。
1月号は、上野動物園の園長さんの卯年にちなんだウサギの話なんていうのもありました。
そうです。上野には動物園もあるんです。
国立博物館でも興味をそそる展示が行われているようだし、そうそう「三遊亭金馬」師匠も投稿されていて、芸歴70周年記念で、鈴本演芸場の二之席夜のトリを勤めているようですから、出来たら覗きに行ってみようかとも・・・・。

2011年1月16日 (日)

ラジオ寄席

五代目柳家小さん師匠の特集でした。
 ◇ 碁泥      柳家小さん
 ◇ 棒鱈      柳家小さん
時の流れ、年齢を重ねるというのはあるもので、以前はあまり聴こうとまでは思わなかった五代目小さん師匠ですが、最近は何となく分かるようになって来た気がします。
小さん師匠を初めて知ったのは、NHKのドラマでした。
確か、石坂浩二さんが主役だった「太郎」という、商社マンをモデルにしたドラマで、黒柳徹子さんが、"千代乃家"とかいう名前の小料理屋のおかみの役だったと思います。
小さん師匠は、江戸っ子の下駄屋の職人さん(親方)の役だったと思います。
後の人間国宝が。・・・懐かしい・・・。

着物を誂えに

着物を誂えに
今年の数多い?(となるといいな)高座に備えて、着物を誂えることにしました。
1年ちょっと前に、紋付きの羽織と着物を誂えた、浅草の衣裳屋さんへ行きました。
                         
前回が黄緑系で、大変好評だったので、今回は、茶系かグレー系をと相談すると、「それならば、なかなか出せない色で、お薦めのがありますよ」と出して来てくれたのが、明るいアイボリー系の反物。
「やや膨張色ですが、喬太郎さんでも着られますから・・。」と、褒め言葉とも思えない・・。
「じゃぁ、これでお願いします。」で決定。
今回も、紋を入れてもらうことにしました。
もっと上手くなれたら、黒紋付きや袴なんかもと、夢は広がります。
着物を誂えた後は、観音様にお参りをしました。
東京スカイツリーも大きくなっていました。

出光美術館

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雪の降った気配もない都心に無用の長物になった傘を持って、出光美術館で開かれている「酒井抱一生誕250年 琳派芸術 ―光悦・宗達から江戸琳派―」に行きました。Index_ph001_3

尾形光琳や俵屋宗達のイメージは、屏風や襖に描かれた金色と緑色のコントラストが鮮やかなイメージがしていたのですが・・・。
日曜日の午前中の美術館というのは、人の数も多くなく、ゆったりと鑑賞することができました。
この美術館の近くには、出光美術館のほか、ブリジストン美術館・三井記念美術館・三菱一号館美術館などがあり、たまに覗くのが楽しみではあります。
次の予定は、「三井家のおひなさま」あたりが狙い目ですか。
そうそう、来月は、山種美術館の「ボストン美術館浮世絵展」に行こうと思っています。
落語に絶対に役に立つんです。

初雪や

初雪や
雪が積もってしまうと嫌だなと思いながら、傘をさして外出。
出掛けは激しく雪が降っていて、コートも真っ白。
                         初雪や
snowそこそこ積もってきた感じでしたが、駅へ着くと、雪降りどころか快晴に・・。
傘が邪魔じゃん・・sprinkle
写真の足跡は、私のものです。

氷点下・・・

snow明け方は氷点下で、雪も降ったようで、起きると近くの屋根にはうっすらと白い物が。
・・午前8時の今、また外では雪がちらついています。sign04
こんなに寒いと、卵なども凍ってしまうかもしれません。
そうなると・・、卵かけごはんを食べるときは、卵を茹でないと生卵にならないんじゃないかと、心配してしまいます。
(気候も洒落も)お〜さむぅ〜 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
sprinkleこりゃぁ、出かける時には傘が要りますね。rain

2011年1月15日 (土)

花色木綿

花色木綿
学生時代に戻ったつもりで、ネタ(帳)を思い出しています。
私の「花色木綿」のペースは、前半は「八代目春風亭柳枝」、中盤が「五代目柳家小さん」の「出来心」、後半は再び「八代目春風亭柳枝」師匠です。
ネタ帳を作らずに、思い出した当時の台詞にちょいと手を加えてみようという試みです。
それでも音源ぐらいはと、柳枝師匠のCDを買って聴き始めました。
う~ん・・・・、やっぱりかなり忘れていて、「虫食い状態」になっていることが分かりました。
35年前のもので、ずっと箪笥の奥に、防虫剤も入れずにしまってあったのですから、穴だらけになったのも仕方のないことでしょう。
昔の台詞を思い出しながらさらう作業と、この音源を聴き込む作業と、この二つの作業を合体して再構成する作業を、頭の中でやろうということですから、かなり無理もあるでしょうが、チャレンジしてみようと思います。
噺を覚える王道ではないかもしれませんが、それなりの質の噺を"量産"して行くのには、あるいは効率的なやり方かもしれません。
それにしても、随分古めかしい噺ですから、受けるかどうかが心配。
当時は、そこそこ受けてはいたのですが・・・。
さて、どう相成りますことやら・・・。

浅草お茶の間寄席

朝日名人会から帰って夕食をしている時、チバテレビで「浅草お茶の間寄席」の再放送をしていました。
落語芸術協会80周年の記念興行を、いつもの浅草演芸ホールから。
  ◇ 子ほめ     桂歌春
  ◇ 紙入れ     桂歌丸
賑やかの寄席の様子が伝わって来ます。
寄席はいいですね。

指定席

指定席
「朝日名人会」の仲入りの時に、4月から10公演の通し券の指定席を確認しておきました。
C列の中ほどで、なかなか良い場所です。
何か、借りた部屋の下見に行くみたいな心持ちでした。

朝日名人会

朝日名人会
やっとゲットできたチケットで、久しぶりに有楽町朝日ホールへ。
  ◆  平林                      柳家おじさん
  ◆  看板のピン             鈴々舎風車
  ◆  安兵衛狐               隅田川馬石
  ◆  火事息子              五街道雲助
  ◆  粗忽長屋               林家たい平
  ◆  妾馬                      柳家さん喬
長講の人情噺2題目を惜しげもなく聴かせてくれるのが、この「朝日名人会」です。
雲助師匠が「火事息子」の父親と母親の愛情のアウトプットの違いで泣かせてくれば、さん喬師匠の「妾馬」では兄妹と母娘の家族の愛が涙を誘います。
この2題を聴く度に、私は男ですから、父親と兄として、ストレートに体現できない息子や母妹に対する愛情に、いつも涙が出て来ます。
この2つの噺も、いつかチャレンジしてみたいと思うのです。
「粗忽長屋」では、たい平さんの(オリジナルな)オチが新鮮でした。
有名なオチのある噺のそのオチを変えるというのは難しいものです。
そもそも十分に練られた噺を変えていますから、一層の練り上げが必要だと思います。
重厚な落語会でした。
来月の雲助師匠の独演会でも、「火事息子」がネタ出しされていますが、もう一度聴きたい気分になりました。

2011年1月14日 (金)

東京落語会

東京落語会
       ◆  宗論                   三笑亭可龍
       ◆  厄払い                柳亭市馬
       ◆  高田馬場           古今亭志ん輔
       ◆  鰍沢                   桂歌丸
       ◆  権助魚                春風亭昇太
       ◆  禁酒番屋             鈴々舎馬風
                                 東京落語会
考えてみたら、今年初めての落語会でした。
今年は随分奥手のスタートになりました。
市馬・志ん輔・歌丸の3連発が楽しみでした。
歌丸師匠の「鰍沢」は、来るべき日の参考にと、じっくり観察させていただきました。
全体的にやや淡白な演出だった気がしました。
昇太さんは、後ろのお婆さん二人は大爆笑でした。
いつもの、彼の魅力?の雑な噺は、色物としてもなかなかのものではあります。
今年は何回寄席や落語会に通えるでしょうか・・。

どんと祭

Img_01

1月14日。
確か仙台では、大崎八幡神社の「どんと祭」ではなかったでしょうか?
当時、落研の1年後輩の「下町亭楽生」さんが、稲荷小路の飲み屋のマスターと仲良くなり、そのつながりで「裸まいり」に参加しましたっけ。
Img_06 彼は江戸っ子だったから、ああいう賑やかなお祭りが大好きでしたねえ。
仙台では、夏の「七夕祭」が"静"なら、この冬の「どんと祭」は"動"で、いずれも仙台っ子が燃えるお祭りでした。
今年もさぞや賑やかでしょう・・・。

あ、あさ…朝日名人会

bearing苦節数年艱難辛苦、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、宝くじも買わなきゃ当たらない・・sign02
scissors「有楽町朝日ホール」から、「朝日名人会」の4月から1年間10公演の通し券の抽選に【当選】の連絡がありました。Top_img01a
やりましたsign01当たりましたsign03
席は「C列」ということですから、かなり前の席のようです。
抽選の競争率が高い垂涎のもので、何年も"ダメもと"で応募しましたので、大変嬉しい出来事でした。spa
atmさて、1人分・10公演で4万円也。
早速振り込まなくてはいけません。bank

タイガーマスク運動?

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最近の一連の「タイガーマスク運動」に、寄付がイベント性を帯びて、共感の輪が広がって行くように見える一方で、拡大する“騒動”に、受け取る側からは逆に戸惑いの声が漏れ聞こえてもいるようです。
今の世の中の閉塞感から、「このままでいいはずがない」という思いが、広く共有されていて、昨年の暮れぐらいから広がっているのでしょう。が、天邪鬼の私は、やや冷ややかに見ています。
というのは、贈る側の真意と受け取る側の心理のそれぞれを考えてしまうからです。
受け取る側には、「気持ちは素直に受け止めたかったが、意図がはっきりしないので」と拾得物扱いとしたところもあるようです。
子どもたちには「多くの方々に支えられている」と教え、寄付者には直接感謝の気持ちを伝えるよう指導しているようなところでは、顔の見える関係こそが教育の根幹だという訳で、いくら人気者とはいえ、アニメの主人公の名前では「お礼の言いようがない」ということです。
それに、これだけ世の中が物騒になる中で、全く得体の知れない人から、唐突に何か物が贈られて来て、無邪気に喜べますか?恐くありませんか?気味悪くありませんか?物理的にも心理的にも、何か危険を感じませんか?
Story_img_1_2安易なヒロイズムと言ったら、大変失礼かもしれませんが、フェアプレイというのは、まず自分自身を明らかにすることだと思います。
名乗らないのが謙虚だとか善意だとは絶対に思いません。
名乗り方が大切ではありますが。
かえって受け取る側に迷惑をかけてしまうと思いますがねぇ。
武士道では、「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは・・・。」というのでありますが・・?(違うか・・。)

扇子っ子連発表会

「扇子っ子連」の落語発表会の日程のご紹介。

  日時   平成23年3月13日(日)午後2時~6時
  場所   豊島区千早地域文化創造館
  木戸   入場無料
  出演   抜け雀       千早亭当富
        天災         千早亭屏風
        枯木屋       千早亭早千    
        初天神       千早亭ワッフル
        青菜         千早亭三十一
        親子酒       千早亭一首 
                  雷月日       千早亭百人 
                  猫の皿       千早亭和歌女
        十徳         千早亭軽太
        干物箱       千早亭小倉
        花色木綿      千早亭永久    (順不同)
        お楽しみ      三遊亭圓窓師匠

一目上がり

先輩の「杜の家頓平」師匠が、密かに暖めている噺ということで、OB会のメンバーの間では有名な話なのが、この「一目上がり」。
それじゃあ、"密かに"ではないじゃんというご批判もものかは、面白いし、なかなか薀蓄のある噺です。
八公は隠居の家にある狩野探幽の雪折れ笹の絵に芭蕉の賛の掛け物を見て感心し、思わず「音羽屋!中村屋!高麗屋!・・・」と褒めると、隠居にそんな褒め方をしてはいけない。「結構な賛ですね!」と言いなさい。
そうすれば、お前に対する世間の見る目が変わり、八五郎先生と呼ばれるようになるからと告げられる。
八公は大家さんのところへ行き、掛け物を「結構な賛(3)ですね!」と褒めると、大家は「これは根岸蓬斎先生の詩(4)だ」という。
八公はこれは隠居がもうろくして3を4と間違えたと思い、次にお医者さんのところで「結構な4ですね!」と言うと、今度は「これは一休禅師の悟(5)だ」という。
八公は「何だ一目つつ上がってる。今度5と言ったら6と言われるから、はじめから6と言おう」と、芳公のところで「結構な6だね」と言うと、「これは七福神(7)だ」と言われる。
悔しい八公は続いて芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」に「結構な8だね!」というと「これは芭蕉の句(9)だ」・・・。
今度の「江戸OB落語会」で、是非頓平師匠に演っていただきたいと思っているのですが・・・。

2011年1月13日 (木)

乱志&流三&永久

このブログを始めて2年経過しました。
この度、「乱志&流三&永久の落語徘徊」と変更しました。
今までの「乱志&流三」に「永久」を加えました。
この「三人」を改めてご紹介しましょう。
◆金願亭乱志(きんがんてい・らんし)
198大学の落研での芸名。初代の先輩がいて、私は二代目を名乗らせていただきました。
私の落語徘徊の原点の名前です。
名前は、「近眼で・乱視で」というのが元の意味ですが、「金願亭≒金原亭」・「乱(らん)志≒談(だん)志」というように、実在の亭号や名前を意識して似せてもいます。
それから、読んでいただくとおり、金欲しさに心が乱れるなどという意味も含んでいるんです。
噺は、人情噺などにチャレンジしていて、高座には羽織を着て上がっています。
◆三流亭流三(さんりゅうてい・りゅうざ)
三遊亭圓窓師匠がご指導くださっている素人落語グループ「落語っ子連」での名前。201005302212000
「三流亭」の亭号に、師匠から頂戴した「流三(りゅうざ)」ということで、上(左)から読んでも下(右)から読んでも同じという、"回文"調の名前になっています。
「りゅうざ」とは読みづらいのですが、気に入っている名前です。
万が一「流」が「遊」になることなどないかなぁと、はかない夢を勝手に見て、頑張っています。
噺は、落とし噺全般にチャレンジしようと思っています。
師匠に稽古をつけていただく身でもあり、当然羽織などは着ずに高座に上がります。
◆千早亭永久(ちはやてい・とわ)201010060020000
三遊亭圓窓師匠の落語教室をルーツとする新しい素人落語グループ「扇子っ子連」での名前です。
豊島区の千早町にある「千早文化創造館」が活動の拠点で、師匠から、落語「千早振る」にちなんだ名前を全員が頂戴しました。
名歌「千早ぶる神代もきかず竜田川からくれないにみずくくるとは」の最初と最後をいただいた名前で、大変気に入っています。
噺は、ほとんど落語の初心者の方々とご一緒させていただいていますので、原点・初心に戻って、前座噺や滑稽噺にチャレンジしようと思います。
当然前座さんには、羽織などありません。
この「三人」が、落語に関すること話題にして、珍道中を繰り広げて行こうという・・。
落語を"見る・聴く"、"演る・喋る"、"読み・書く"を、何とか究めたいと思っています。

現代の「六部」?

現代の六部?
最初は何を担いでいるのか分かりませんでしたが・・。
本当に「六部」みたいです。
それとも、行商の「担ぎ屋」さん?

就職戦線

時の流れというのは過酷なもので、まだ今春の就職内定率が低い等と言っているそばから、もう来春の就職戦線の話題が飛び交うようになりました。
新聞では、大学生の就職希望先の人気ランキングが出ていました。
見ると、かつて在籍していた会社が文科系男子の第2位、文科系女子のトップになっているではありませんか・・。
へぇぇぇ・・。そんなに人気があるんだ。あそこが・・。
最近の学生気質を垣間見ることも出来ますね。
ところで、民営化された郵便事業会社は、12年度の新卒採用を全職種で中止するそうです。
経営環境が悪化していることから、民営化後初めて新卒採用を見送ることにしたということです。
民間企業としては当然の選択だと思いますが、色々批判をする方もいるようです。
そういうこともあるのを承知で民営化したはずですし、それが民営化というもので、採算を度外視した動きをするのは、ひいては民業の圧迫にも繋がることになるかもしれませんから。
・・とはいえ、就職を希望する学生さんにとっては、大口?の就職先がなくなる訳ですから、大変に厳しいニュースだと思います。

雪猫

寒中の寒、今年の冬は寒いですね。
朝方は氷点下にまで下がるところが多いようです。
昔はまだまだこんなものではなかった気がしますが、暖冬に慣れた身体には、かなり厳しい寒さです。Nqx7lca4jr5n3cargx31scasek1gucallj1
正朝師匠の本を見ていて偶然知った小さな噺に「雪猫」というのがあります。
冬の一コマを描いた微笑ましい噺です。
子どもが積もった雪で猫を作りましたが、その子は猫は寒がりだからと炬燵に入れてやります。暫くして様子を見に行くと、子どもが炬燵に入れてあげた猫はいなくなって、その場所が濡れていました。
「あぁ、猫がおしっこして逃げちゃったぁ。」

猫が登場する落語には、「猫忠」「猫定」「猫の皿」「猫の災難」・・・。
他の動物たちは、ほとんどが擬人化されて、人の言葉を使うのですが、猫だけは台詞もなければ、場面に登場すらしない場合もあります。「猫の災難」がそうです。
さて、この「雪猫」という噺は、上方落語の「おさな遊び」というのが元のようです。
速記が残っているようです。
「文芸倶楽部」明治29年3月10日発行
「おさな遊び」 笑福亭福松 口演 丸山平次郎 速記  
何国(いづく)へ参りましてもお子達と云ふ者は、罪のない可愛(かあい)いものでござります。
寒い寒い時分でも少しも厭(いと)わず、手足頬辺(ほほべた)などを真っ赤にして余念なく遊んでおりまするは、お子達に限りますナ。
ここに寒ウい時分に雪がドンドン降っている。
戸外(おもて)から子供が走って帰りました。
幼児:「おっ母(か)ァ」
母親:「マアこの子、寒いのに宅(うち)に居なされ、冷たいものが降っているがナ」
幼児:「ナア、お母ァあの源兵衛さんの伯父(おっ)ちやんやらナ、又さんの伯父ちやん皆寄って、大きい達磨さんを拵(こさ)えている、雪で。 デ私(わい)な、お母(か)ん、こんなものを拵へてもろうた、見て見いこれ猫や。」
母親:「マアそんな冷たいもの弄(いら)いなさるナ…オヤけど巧手(あんじょう)してあるナ、ホンに猫になっているワ」
幼児:「ムーお母ん、可愛(かあい)らしいなア」
母親:「ホンに可愛いらしいこと、しかしそんな冷たいもの弄いなさるナ、盆に載せて奥に置いときなされ。」
幼児:「ハイ」
と、子供は奥に持って入り、しばらくして出て参りました。
幼児:「お母ァもう一遍、戸外(おもて)へ遊びに行て来るワ」
母親:「コレ冷たいのに宅(うち)に居なされ」
また子供は走って行きました。
しばらくたつと今度は可愛らしい雪で拵へた鼠を持って帰りました。
幼児:「お母ん、ちょっと見い、また伯父ちゃんに雪でこんな鼠拵へてもろうたえ」
母親:「オヤマア上手にしてあるなア」
幼児:「お母ん、この鼠の目エ見て見い、小豆でしてあるのやで」
母親:「マア器用な事してあるなア」
幼児:「わい、この鼠、猫にやって来よう」
と、子供は悦んで奥へ持って入りました、入るなり ウワァーと泣いて来ましたので、母親はびっくりいたし、
母親:「マアこの子どうした、何泣いているのや」
幼児:「お母ん、わい最前の猫にナ、この鼠やらうと思って、奥へ持って行たらナ…」
母親:「フムそしてどうしたんや」
幼児:「猫が寒からうと思って、わい炬燵に入れて置いたんや」
母親「オヤマアこの子、何するのや」
幼児「そしたらその猫、小便(しょうべん)して逃げおった」

2011年1月12日 (水)

扇子っ子連・千早亭のブログ

「落語っ子連(三流亭)」と同様に、三遊亭圓窓師匠にご指導いただいている「扇子っ子連(千早亭)」。
メンバーの「千早亭早千」さんが、「扇子っ子連のブログ~千早亭・落語奮闘記」というブログを立ち上げてくれています。
  http://blogs.yahoo.co.jp/sensukkoren/
とても、気持ちのこもった内容です。3月13日(日)の発表会に向けて、メンバーの皆さんが盛り上がっているようです。
私も、師匠から「千早亭永久(とわ)」という名前をいただいているメンバーの一員ですが、稽古日が平日なこともあり、出席率の悪い劣等生です。
実は昨日も稽古会だったのです。
「今日こそは!」と、扇子と手拭を持って会社に来たのですが、結局バタバタして行くことが出来ませんでした・・・。トホホ・・。
「花色木綿」にチャレンジしようと思っています。
早く追いつかなくては・・・ね。・・落ちこぼれてしまう・・・。(;;;´Д`)

人気の老舗の・・

老舗の・・
老舗の人気洋食屋さんの系列店が、昨年12月上野の"駅なか"にオープンしています。
老舗の味のファンでもあり、先日試しに入ってみました。
定番のオムライスに、コールスローとボルシチを付けて。
・・やはり、あの老舗に行きたくなりました。

タイガーマスク

「虎だ、虎だ、お前は虎になるのだ!」のナレーションで始まる、人気アニメ「タイガーマスク」。Story_img_1
小学生の私も大好きな番組でしたね。
確か、フェアプレイに徹することに目覚めた主人公「タイガーマスク(伊達直人)」が、「虎の穴」という悪役レスラーの組織から逃走。
「虎の穴」は、この"裏切り者"のタイガーマスクに対して、ルール無用の悪党レスラーたちを次々に送り込んで来るという筋立てでした。
そして、自ら孤児院で育った伊達直人は、自分がタイガーマスクであることは隠しながら、同じような境遇の子どもたちに援助を続ける。
落語「蜆売り」の鼠小僧のようでもありますね。
細かいストーリーはほとんど記憶にありませんが、オープニングとエンディングの歌が好きでしたね。
これもはっきりとした記憶がないのですが、最後に伊達直人は死んでしまうんじゃなかったかと思います。
・・・ハッピーエンドじゃなかったと思います。
note草も木もないジャングルに 死を呼ぶ罠が待っている
       フェアプレイで切り抜けて 男の根性見せてやれ
notes
あの頃、というか梶原一騎さんという強面の売れっ子作家のキーワードは、「根性」でしたね。
「巨人の星」も「あしたのジョー」も・・・・。
日本が、今の中国のように高度成長を続けていた頃・・。
伊達直人を名乗る"善意の"プレゼントが、各地で届けられているようですが、天邪鬼な私は、やや冷めた目で見ています。

安楽庵策伝

「子ほめ」という噺も、落語の祖とも言われる「安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)」の作だと言われています。

安楽庵策伝は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての浄土宗西山深草派の僧で、父は金森定近、兄に飛騨高山城主金森長近がいるそうです。
策伝は道号。諱(いみな)は日快、号は醒翁、俗名は平林平太夫だということです。Sakuden
美濃国淨音寺(岐阜市三輪)にて出家し、全国を修業。
特に西国で精力的な布教活動行い、多くの寺院を建立・復興した。
その後、再び岐阜に戻り、岐阜の浄音寺の二十五世住職として過ごした後、誓願寺の第五十五世を継いだ。
晩年は、誓願寺の塔頭竹林院の茶室「安楽庵」にて余生をおくり、慶長18年(1613)に89歳の命を終えた。
同じ岐阜出身の古田織部と同世代を生きた人で、織部とも交流があり、安楽庵流茶道を生み出した人としても知られている。
安楽庵策伝和尚は、庶民の暮らしに見いだした滑稽話を多く説教に取り入れたストーリーを考案して、庶民から大名まで誰にでもわかるように仏の教えをやさしく、おもしろく、巧みな話術で、いわゆる【落し噺】を、高座で演じて布教した。
続く戦乱の世に、荒廃した民衆の心に、勇気と生きる活力を与えた。
その評判が京都所司代板倉重宗に伝わり、「ぜひ記録を」との願いを受けて、策伝自ら、元和元年(1615)つまり豊臣家が、大阪夏の陣で滅んだ頃から、「醒睡笑」の執筆をはじめ8年後の、徳川の世、家光が三代将軍になった年に、8巻の本にまとめ、京都所司代板倉重宗に献上した。 
この「醒睡笑」には、全1039話の滑稽話が収められており、その中には、今日でも演じられる「子ほめ」「無筆の犬」「かぼちゃ屋」「平林」「星とり竿」など、現在に語り伝えられている落語の元ネタが納められいる。
戦国笑話の集大成の咄本としても高く評価されている。

表題の「醒睡笑」は、「睡りを醒まして笑う」の意味です。
この本の序文に「小僧の時より耳にふれておもしろをかしかりつる事を反古の端にとめ置いたり」(修行僧のときから、聞いていて面白かった可笑しかったりする事を書き損じの紙の端にメモしておいた)とあるように、策伝の布教活動の中から得たものをまとめたものです。
そうか、それで「策伝大賞」という学生落語選手権が、岐阜で開催されているんですね。
しかし、安楽庵策伝というのは、まるで甘いものの名前を連ねたような名前ですね。
「餡(あん)落雁(らくがん)薩摩田楽(さつでん)」・・・・。

昭和の名人・完結編

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2月から小学館より「落語CD昭和の名人・完結編」が隔週で刊行されます。
先日、全26巻の定期購読の予約をしましたので、あとは順に配本を待つのみです。Img_01
今回のこのシリーズのスタートは、「桂枝雀」師匠の初登場です。
前編とも言える「昭和の名人・決定版」は、志ん朝師匠からのスタートでした。
奇しくも、まさに東西の落語界背負おうかという時に亡くなってしまったお二人ですね。

2011年1月11日 (火)

鏡開き

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今日は「鏡開き(鏡割り)」。
正月に年神様に供えた鏡餅を雑煮や汁粉にして食べ、一家の円満を願う行事です。
もともとは、武家社会の風習だったものが一般化したものだそうで、刃物で切るのは切腹を連想させるので、手や木鎚で割ったり、砕いたりするんだそうで。
また、「切る」という言葉をさけて、「開く」という縁起の良い言葉を使っているのも同じ趣旨からでしょう。
一方、商家では「蔵開き」といい、新年初めて蔵を開き、商売繁盛を祈る日なのだとか。
ところで、今日は「塩の日」とも言われているそうです。
1569(永禄11)年、武田信玄と交戦中の上杉謙信が、武田方の領民が今川氏によって塩を絶たれていることを知り、この日が、越後の塩を送った日とされているそうです。
この逸話が、「敵に塩を送る」という言葉のもととなった訳ですね。
富士川を登っていた塩の道が断たれ、上杉方が武士の情けを送ったということですね。

この演壇

この演壇
先日の学士会新春講演会で、大越キャスターの講演を聴いた場所は、3ヶ月あまり前に、「学士会落語会5周年記念会員落語会」の高座が設けられた場所(ステージ)です。
懐かしいなあ・・・。
と余韻に浸るナルシストひとり・・・。

子ほめ

「子ほめ」という噺は、落研4年生の時、「創部20年記念・三遊亭圓生独演会」の開口一番を勤めさせてもらうために覚えた、とても思い出深い噺です。
1年後輩の「杜の家小雪」さんが演るのを指導していて、自然に覚えてしまったものを、思い出しながらネタ帳にしたものでした。201009261558000
その後も、師匠に初めて聴いていただいたのも、師匠の会の開口一番を勤めさせていただいたのも、この「子ほめ」でした。
それなら大得意の噺、十八番だろうと思われるかもしれませんが、実はむしろ苦手な噺で、今まで上手く出来たと思ったことが一度もない噺です。
"ただの酒"と"灘の酒"の順番を間違えてしまったり・・。
所謂「前座噺」というのは、とても難しいものだと思います。
「人に酒の一杯もおごらせようと思ったら世辞愛嬌が必要だ」と隠居に言われた八五郎は、世辞など言ったことのないがさつ者。
隠居から付け焼き刃的に人のほめ方を教わり、往来で遇ったった伊勢屋の番頭をほめようとした八五郎ですが失敗してしまいます。
それならばと、お七夜を祝っている竹の家へ赤ん坊をほめに行きますが、腹にないことはうまくいきません。
この噺の原話は寛永5年、安楽庵策伝著の『醒睡笑』・巻一中の『鈍副子第十一話』なんだそうです。
よくあるパターンで、元々は上方落語の演目だったものを、三代目三遊亭圓馬によって東京落語に持ち込まれたと言われています。
以前にも触れましたが、師匠から、「生まれて7日目の赤ん坊は、昔の数え年なら1歳だけれども、今は満年齢で数えるのが普通だから、1歳ではなく0歳で、若い人にはわからないよ。だから、オチをかえてやりなさいよ。」と言われました。
そこで、私は以下のようにオリジナルのオチを考えて演ることにしています。
まず、元のオチは・・・、
竹:「生まれて7日目だよ。1歳(ひとつ)だよ。ひとつ。」
八:「ひとつにしちゃあ、お若く見える。」
竹:「おいおい、それじゃあ一体いくつに見えるんだよ?」
八:「どう見ても、ただみたいだ。(半分だ。)」

一方の流三(乱志)オリジナルは・・・、
竹:「まだ生まれて7日目だよ。」
八:「生まれて7日目にしちゃあ、随分お若く見える。」
竹:「おいおい、それじゃあ一体いくつに見えるんだよ?」
八:「う~ん、どう見ても"3日坊主"だ。」

・・・おあとがよろしいようで・・・。

2011年1月10日 (月)

伊達直人

note温かい人の情けも 胸を打つ涙も・・notes
昔、リアルタイムで視聴した「タイガーマスク」のエンディングに流れていた「みなしごのバラード」・・・。
note白いマットのジャングルに 今日も嵐が吹き荒れる・・notes
伊達直人という孤児院育ちの若者が、タイガーマスクというプロレスラーになって活躍する話です。
この伊達直人を名乗って、全国の施設にランドセルなどが贈られているそうです。
ピュアな気持ちであれば素晴らしいことだと思います。
ただ、伊達直人でなくても良い気がするのです。
この辺りは、「粋」か「野暮」か、どちらとも言える気がしますよ。
あるいは、人と違った派手な様子を「伊達者」と言いますから、実は目立ちたがりな人の仕業だったりして。
いずれにしても、やり方ではなく、心だと思います。
note・・・それだから みんなの幸せ 祈るのさnotes

高座翌日の恥かしい話

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いやいや、偉そうなことを言っても、お客さんの前、しかも全く未知の場所で演らせてもらう機会なんて、そうそうありませんから、噺そのものの出来云々よりも、かなりの緊張状態だったようで、かなり疲れました。
OB落語会にしても、落語っ子連の発表会にしても、仲間と一緒ですし、客席にも知った顔が来てくださっている。
学士会落語会の記念公演も、先輩方の激励を受けて、まるで大学代表のような雰囲気もありましたが、他大学出身の出演者の方々もいて、楽屋で同じ緊張感を共有できました。
師匠の前座を勤めさせていただいた時は、お客さまは木戸銭を払って来てくださっていましたが、当然のことながら師匠が主役の会ですから、ある意味で、立場としては気楽でした。
ところが、昨日は、完全な「遠征」「他流試合」「真剣勝負」だったということに、終わって帰宅してから初めて気がつきました。
・・という訳で、いつものことでもありますが、疲れたので、ちょいと一休みと横になっても、疲労感があっても、緊張感からの興奮状態は続いていて、なかなか眠れない状態でした。
いいように解釈すれば、町会長の言葉にあった「気持ちが入っていた」ことの裏返しなのかもしれません。
若い頃、今までなら、色々なイベントの前日(前夜)には、緊張で眠れないということが、ままありました。
が、最近は、若い頃ほど、人生を左右するような、未知のものに触れるようなイベントも少なくなったこともあるでしょうが、例えば、今回のように明らかな稽古不足や準備不足でも、しっかり眠ることが出来るんです。
その代わり、終わってからの方が眠れなくなる・・・。
クールダウンが必要になる。・・不思議なものです。
・・それから、もうひとつ恥かしい話は、翌日になって、太ももあたりが筋肉痛になっていることです。
昨日は、約40分強、座布団に座りっぱなしで高座を勤めました。
不思議と足は痺れないんです。
学生時代からそうですが、足が痺れて高座を下りるのに苦労した記憶はありません。
「浜野矩随」のような長講の時も、「ねずみ」や「笠と赤い風車」などもそうです。
それから、師匠に稽古していただく時も、最長で1時間近いこともありましたが、いくらか痺れを感じても、立てない・歩けないということもありません。
昨日も、マクラ(自己紹介)・「子ほめ」・「三方一両損」を演った後は、お辞儀をしてから袖に戻りましたが、痺れてはいませんでした。
これも、気持ちの持ちようだと思っています。
プロの噺家さんを見ていて、時々「あぁ、足が痺れているな」と分かる場合が度々あります。
見ていて、やや「あぁぁ、情けないなあ」と思いますね。
ただ、足が痺れないのはいいのですが、翌朝になり、太ももとお尻あたりに、かすかに痛みを感じるのです。
高座というのは、普段使わない筋肉に負担がかかるようです。
あるいは、正座した時に、踵がお尻に食い込んでいる。
だから、翌日になると筋肉痛のようになる・・・。
・・・ということは、まだまだ高座の回数が少ないということ。
痛くなくなるほど、普段使わない筋肉でなくなるほど、高座の機会が増えたら嬉しいと思います。

落語百選≪59≫


通巻59巻目。
60巻で完結の予定ですから、今回を入れてあと2巻。
   ◇ 千両みかん    古今亭志ん輔
   ◇ 花見の仇討    入船亭扇遊
「千両みかん」では、噺家さんによって違いはあるものの、「万惣」という果物問屋が出て来ます。
この「万惣」が、神田須田町に現存する老舗であることは、以前ご紹介したとおりです。
パーラーやレストランもあり、なかなか雰囲気も良く、お勧めです。
「宿屋の仇討」の「六部」についても、つい最近コメントしました。
噺家列伝は、七代目「林家正蔵」。
今の九代正蔵さん・三平さんのお祖父さん。先代林家三平師匠のお父さんです。
三平師匠や海老名家のことはともかく、この師匠のことはほとんど知りませんでした。
柳家小三治を名乗っていたことがある。
この名跡もめぐってはトラブルもあった。
この経緯を見ると、「林家正蔵」という名跡も、このトラブルの玉虫色的な解決策として使われているようですから、海老名家は宗家でも何でもないんですよね。
そういうことを考えると、「林家正蔵」という「止め名」は、七代目・八代目と続けて、芸とは関係のない継承が行なわれたということですね。

2011年1月 9日 (日)

高座の感想


高座の後で、色々感想を言ってくださった中で、印象に残ったコメントのうち"我田引水"の分だけご紹介させていただきます。
「東京出身(江戸っ子)じゃないそうですが、すっかり江戸弁が板に付いているね。」
「下手なプロより上手いよ。とにかく気持ちが入っていたからね。中途半端な芸人はとてもかなわないよ。」
・・・過分なお言葉ありがとうございます。
「気持ちが入っている」という言葉は、思いがけずも、本当に嬉しかったですね。
やはり、一生懸命に取り組めば、聴いてくださるお客さまにも伝わり、理解してくださるんですね。
天狗にならないようにはしないといけません。

ラジオ寄席

TBSラジオの「ラジオ寄席」。
今夜は、非常にフレッシュな出演者でした。
   ◇ 加賀の千代     春風亭一之輔
   ◇ ・・・          桃月庵白酒
「・・・」って、実は、今日の高座の疲れで、途中から爆睡してしまい、白酒さんの噺は夢の中。
何を演ったっけ?
それにしても、一之輔さん、すっかり真打の扱いのようですね。
また「加賀の千代」かい、と思うほど、最近立て続けです。
でも、それぐらい露出が多くなっていると言うことですね。

高座の副産物?


高座を下りて、弁当をいただいていると、何人かの方が席まで来て、「面白かったよ」というコメントをくださいました。
その中で、「実はね・・、我孫子で生涯学習大学をやっているんですが、それに来てもらう訳に行きませんか?」という、望外の有り難いオファーがありました。
「はい。時間さえ合えば喜んで参ります。」と返事をしました。
先方も大変喜んでくださり、名前と電話番号と芸名等々を書いたメモをお渡ししました。
高座の回数が増えるということは、大好きな落語が出来るし、実のある稽古にもなりますし、ご縁は大切に、前向きにお受けして行きたいと思います。

イケメン・イクメン・・・

「イケメン」という言葉は、もうすっかり定着しましたね。主に若者言葉でかっこいい男性を意味します。イケ面 。いけ面。
最近、「イクメン」なんていう人種も出て来ているようです。育児を楽しむ男性。育児を積極的に行う男性のことだそうです。
さらに「カジメン」というのは、家事に積極的に参加し、家事を楽しむ男性を言うのだそうで・・・。
さしずめ私などは、落語を愛する「オチメン」ですか・・・。

高座の舞台裏


新年会での一席での失敗談。
朝起きて、羽織と着物を出して、雪駄を出して、帯を出して、足袋を出して、手拭と扇子も出して・・、いつものバッグに入れて、「さあ、いざ本番」と勇んで出かけました。
car会場は駐車場が広くないということだったので、ちょうどすぐ近くが、愛車のディーラーだったので、置かしてもらうことにしました。
舞台の袖で着物に着替えていた時に、忘れ物に気がつきました。
「あれれれ・・、羽織の紐がないsign01
・・という訳で、泣く泣く羽織なしで高座に上がることに・・・weep
落ち着いているようで、やはり緊張しているんでしょう。
準備は、前日までにすましておかないといけませんね。
教訓・教訓・・。

かつぎ屋

「七草」と同様、寄席の初席限定といわれる噺に「かつぎ屋」というのもあります。
かつぎ屋さんと言っても、昔、よく中距離の電車の中で見かけた、「担ぎ屋さん」という、大きな荷物を背負って行商をするお婆さんとは違います。
別名「七福神」とも言われています。
Yume_s呉服屋の五兵衛さんは、大変な縁起かつぎ。
お正月は元旦から、縁起かつぎもすさまじい。
2日の晩に、「お宝船売り」がやって来ます。
お店に呼び込むと、一枚四(し)文、十枚で四十(しじゅう)文と言うので、「縁起でもない!」と追い帰してしまいます。
次にやってきたお宝船売りには番頭が、「うちの旦那は大変な縁起かつぎだから…。」と言って入れ知恵をします。
このお宝船売り、お店に入るやいなや「お宝の入り船です」と言う。
五兵衛さんは喜んで、お宝船を全部買うと言います。
「何枚あるんだ」と聞くと、「へい、旦那の年ほどもございます。」
「何枚だ。」
「千万枚でございます。」
五兵衛さんは、縁起がいいと大喜び、しかも酒をを勧めると「亀の子のように・・・」。
酒を注ぐと「黄金色のよう・・・」。
「こんなイイ酒で酔うと宝船に乗っているようだ」。
喜んだ五兵衛さん、「いつでも遊びにおいで、それで、お宝船屋さんは何処に住んでいますか。」
「本郷の蓬莱町にいましたが浅草寿町に、そこから下谷の長者町に移りましたが、それ以上引越させないでください」・・。
その都度ご祝儀をはずんでもらい、反物までもらってしまいます。
お宝船売りはご機嫌になり、「旦那の姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。七福神がお揃いで、おめでとうございます」と帰りかけます。
五兵衛さんが「それじゃぁ、二福じゃないか。」と言うと、
「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、呉服(五福)でございます。」・・・。
同じようなパターンで「ざるや」という噺もありました。
商売をしている人は、縁起かつぎ・げんかつぎをするようです。
「しの字嫌い」という噺も、縁起かつぎがベースになっていて、楽しい噺です。

今年の初高座


今年初めての高座。
今までの高座の時なら、1週間ぐらい前から、「稽古不足」だとか「歩き稽古」だとか、大騒ぎするのですが、今回は、そんなことも言えないほど、本当に稽古をしませんでした。
思えば、昨年の秋口、家内から「知人から落語をやってくれと頼まれたので・・」。
えっ?なんで私が落語を演っているのを知っているの?
まあ、日頃から、高座の機会があれば是非やりたいと思っていましたから、二つ返事。
市内の某地区の町会(老人会)の新年会で一席をということでした。
事前に一度だけ会長さんと電話でお話しただけで、分かっているのは、老人会の新年会ということと、時間と場所だけという・・・・。
本当に、全てぶっつけ本番でした。
会場は、市民センターのホール。
新年会ですから、向かい合わせのテーブル席が3列。お弁当や飲み物が置かれていて、50席ぐらいでしょうか。
ありがたいのは、舞台が付いているということでした。
これなら座布団1枚あれば十分です。
老人会の会長さんには、「とにかく座布団を1枚だけ準備してください」とだけお願いをしていたものの、会場のことは心配でしたから。
新年会は1時30分にスタート。
会長の挨拶の後で乾杯、そして食事・歓談。
2時ちょうど。
会長が「今日は初めての企画で、皆さんに新年早々落語で笑っていただこうということで、金願亭乱志師匠に来ていただきました。。・・・」と、華々しく紹介してくださり、高座へ。
  ◇ 子ほめ     金願亭乱志
  ◇ 三方一両損  金願亭乱志
自己紹介や巷談も含めて約40分ぐらいになったと思いますが、飲食をしながらでしたが、そこそこ反応も良く、笑ってもらうこともできたようです。
高座を降りて着替えた後、弁当をいただきながら、皆さんと歓談。
大変喜んでいただいたようで、「とても良かったよ」なんて、お世辞を言われたりして。
暫く歓談した後、まだ歌や踊りなどの余興が続いていましたが、こっそり失礼しようとすると、「皆さ~ん、乱志師匠がお帰りになりま~す」と。
おいおい、密かに消えようと思ったのに・・・。
「皆さん、ありがとうございました。よいお年になりますように。」と、挨拶をして退場しました。
町会長さんも見送りに出て来てくださり、恐縮しながら市民センターを後にしました。
・・・という訳で、出来の良し悪しはともかく、大変楽しい高座になりました。

落語でデート

久しぶりに聴いた文化放送の「(立川志の輔)落語でデート」。
今朝は、八代目春風亭柳枝師匠の音源でした。

 ◇ 高砂や    春風亭柳枝

週末に、柳枝師匠の「花色木綿」のCDを買いました。

2011年1月 8日 (土)

学士会新春講演会


とても良い誕生日のイベントになりました。

学士会の新春講演会で、NHKのニュースキャスターである「大越健介」さんの講演を聴くことが出来ました。
大越さんは、東大野球部のエースで、東京六大学で8勝したという、元大投手だそうです。
非常に人懐っこいキャラクターも相まって、非常に楽しい講演を聴かせていただきました。
さすがに、著名で人気のある人ですから、会場は満員。
事前予約も早々に満員札止めになってしまったそうです。
良い意味で、来週からのニュースの見方が変わりそうです。

帝国大学系大学である北海道・東北・東京・名古屋・京都・大阪・九州の各大学(前身を含む)、京城帝国大学及び台北帝国大学の卒業者(当時の学士)と、前記大学の大学院出身の修士、または博士、教授、准教授(助教授)ないし学長の職にあった者たちによる、大学の枠を超えた一種の同窓会組織(文部科学省所管の特例社団法人)。

一八

1月8日は、一八の日。
落語で一八(いっぱち)と言えば、幇間(たいこもち)です。
長屋の住人は八っつぁん、愚かしいのが与太郎さん、そして幇間の一八さん。
彼らは落語国の大スターです。G07101301
「幇間」というのは、別名「太鼓持ち」・「男芸者」などと言われ、また敬意を持って「太夫衆」とも呼ばれています。
幇間の歴史は古く、豊臣秀吉のお伽衆を務めたと言われる曽呂利新左衛門を祖とすると伝えられています。
呼び名の語源は「太閤(秀吉)を持ち上げる」というところから転じて「太閤持ち→太鼓持ち」と呼ばれるようになったという説や、鳴り物である太鼓を叩いて踊ることからそう呼ばれるようになったとする説などがあるようです。
Houkanduka現在では絶滅寸前の職業とまで言われ、後継者の減少から伝承されてきた「お座敷芸」が失われつつあるのは残念な限りです。
たた゜し、落語では多くの噺に登場し、雰囲気を垣間見ることはできますが。
浅草寺の伝法院には「幇間塚」があるそうです。
昭和38年(1963)に建立されたもので、碑には浅草生まれの小説家・劇作家・俳人である、久保田万太郎の俳句が刻まれているそうです。
「またの名の たぬきづか 春ふかきかな」
落語には、「鰻の幇間」・「幇間腹」・「愛宕山」・「つるつる」・・・、大活躍です。

情報ソース

「現代家庭の情報生活」に関する某社の調査によると、家庭における1か月間の情報経費は前回調査から減少しているそうです。
book減った項目は新聞、書籍・雑誌、固定電話など。telephone
pc増えた項目は携帯電話、インターネット。mobilephone
memo「新聞」については、20代の減少が顕著で、「携帯」や「ネット」に一極集中し、他の情報ツールにはあまりお金をかけない傾向が見られたそうです。
また、20代では74%が新聞を購読せず、49%が固定電話を利用していない、という結果も出ているようで、若者の"新聞離れ"は相当なものですね。
night我々の世代は、例えば、「世間の喧騒を離れて、時間がゆっくりと流れる場所(人里離れた山の中など)に行きたい」なんて宣言しても、3日も経つと「情報」に飢えてしまって、新聞雑誌やテレビ・ラジオなどがないと生きて行かれませんが・・・。tv
今は、それがインターネットに変わって来ているんですね。

誕生日

birthday今年も残すところ357日となりました。
実は1月8日は、私の「誕生日」なんです。present
二十歳を過ぎてから、時間の経つのが早くなりましたね。
"今日は何の日"なんてんで調べてみると、こんな日でした。
○平成スタートの日
 1989(昭和64)年1月7日朝の昭和天皇の崩御を受け、同日午後の臨時閣議で次の元号を「平成」と決定し、翌8日から新しい元号がスタートしました。よく覚えていますよ。
Image_2 後に総理大臣になった小渕官房長官(当時)が、「新しい元号は『平成』であります」と、恭しく記者会見を開きましたよ。
 「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が達成される」という意味。
平成の初日、東京周辺は雪混じりの強い雨が降る嵐の日だった記憶があります。
するってぇと(急に江戸っ子になって)、昭和64年というのは、7日間しかなかった訳ですな。
○ロックの日
 1935(昭和10)年にエルヴィス・プレスリー、1947(昭和22)年にデビット・ボウイが生まれた日だということから・・・。
○勝負の日
 「一か八かの勝負」からだそうです。
 それなら「幇間(たいこもち)一八の日」というのもいいじゃない。91pxbhaisajyaguru_of_shinyakushiji
○初薬師

 薬師如来の縁日は毎月8日ですが、1年最初の縁日は「初薬師」と呼ばれているそうです。
○生まれた人
 1646年徳川綱吉・1867年ニ代目林家染丸・ 1926年森英恵・1942年小泉純一郎・1983年金正恩(キム・ジョンウン) shock
○亡くなった人
 1324年マルコポーロ ・1642年ガリレオガリレイ・ 1642年安樂庵策 伝・1976年周恩来・1996年三橋美智也
奇人・小泉元総理大臣と誕生日が一緒だというのは前から知っていましたが、まさかあの「金正恩」という方もそうだったとは・・やや複雑な気持ち。

中国の周恩来元首相が亡くなったのは、大学生の時でしたから、よく覚えています。

2011年1月 7日 (金)

富くじ・年末ジャンボ宝くじ

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「えぇと・・・、俺のが『鶴の一千五百番』、当たり札が『鶴の一千五百番』・・sign02 うわぁぁぁぁ、あた、当たった、当たったsign03
「御慶」・「富久」・「水屋の富」・「宿屋の富」・・・、落語に出て来る富くじは全て大当たりです。
ささやかな庶民の夢を、せめて噺の中で実現ということでしょう。
こんな噺のような話が、北海道の北見市で起こっているそうです。
昨年市内で販売された年末ジャンボ宝くじの高額当選が続出して、総額が6億円になっているんだそうです。
1等2億円が1本、前後賞5000万円が2本、さらに2等1億円が3本と、総額6億円の大当たりだとのこと。
羨ましい話です。
噺の中では、当時富の札の値段は、1枚1分だったようです。
仮に1両を約10万円と換算すれば、1分は2万5千円相当です。
現代に引き直してみると、年末ジャンボの連番を10セット買うというようなイメージでしょうか。
千両は1億円相当になりますから、概ね合いますね。

自粛・・

今日は、昭和天皇がご崩御(昭和64年)された日(昭和が終わった日)です。
当時、昭和天皇は闘病を続けておられ、世の中(マスコミ)は、そのご病状に配慮して、賑やかなことを"自粛"と称して控える傾向にありました。
中には、どう考えても過剰反応だと思われるものも随分ありました。
例えば、ある自動車のコマーシャル。
車に乗ったニューミュージック歌手が、窓から「お元気ですかぁ~」というコマーシャルの放映が自粛されましたよ。
P1000028それから、ある演歌の歌詞に、「啼いて血を吐く・・・」という部分があり、これも"自粛"なんてんで・・。
当時私の職場は、大手町にありました。
お亡くなりになったニュースが流れると、ビルのお堀に面した全ての窓のブラインドを下ろして、弔意を表わしました・・・。
そして、全員に黒いネクタイの着用が指示されました。
・・・あれから23年です。

落語「七草」

「この季節にしかやらない珍しい噺」ということで、三遊亭金馬師匠で聴いたことがあります。

200pxnanakusa_gayu_on_nanakusa_no_s正月7日に食べる「七草粥」の囃子に、「七草なずな、唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に、トントンぱたりトンぱたり、イテテッテッテッテ‥‥」と歌われているそうです。
「大陸から渡ってくる鳥の翼にはいろいろな害虫や病気があるので、日本に渡って来る前に七草粥を食べて厄を落とし、元気で1年間を過ごそう」 というのが、この囃子の由来だという説もあるとのこと。
そして、三遊亭金馬師匠は落語「七草」で、「七草囃子」を面白おかしく演じています。
・・・どんなストーリーだったかなぁ・・。
七越という花魁は美人で芸達者だが、料理をつまみ食いをするというのが悪い癖。
ご内所からお座敷では絶対につまみ食いをしないように言い含められて、最初は言いつけを守っていたものの、ついに我慢できなくなって、骨の硬いホウボウという魚をつまみ食いして、その骨が喉に突き刺さってしまいます。
客が、痛がっている七越の背中を箸で叩きながら、「トントンパタリ、トンパタリ」とやると、七越が、「イテテッテッテッテ」・・。

七草

Image「人日の節句」(1月7日)の朝、7種の野菜が入った羮を食べる風習を言うそうです。
本来は「七草」と書いた場合は「秋の七草」を指し、小正月1月15日のものも七種と書いて「ななくさ」と読みますが、一般には7日正月のものが七草と書かれるそうです。
現代では本来的意味がわからなくなり、風習だけが形式として残ったことから、人日の風習と小正月の風習が混ざり、1月7日に「七草粥」が食べられるようになったと考えられているようです。
セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ
「七草粥」は、邪気を払い万病を除く占いとして食べられます。
呪術的な意味ばかりでなく、おせち料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もあると言われていますね。
・・・が、セリ・すずな・すずしろ以外は・・・、あまり食べたいとは・・・。
”メタボ人間”は、普段からこういう品々を食べていれば良いのでしょうが、こればかりというのも悲しいし・・・。
              【春の七草】

名前現在の名前科名
芹(せり) セリ セリ科
薺(なずな) ナズナ(ぺんぺん草) アブラナ科
御形(ごぎょう) ハハコグサ(母子草) キク科
繁縷(はこべら) ハコベ(蘩蔞) ナデシコ科
仏の座(ほとけのざ) コオニタビラコ(小鬼田平子) キク科
菘(すずな) カブ(蕪) アブラナ科
蘿蔔(すずしろ) ダイコン(大根) アブラナ科

「したたか」と「お人好し」

≪福袋の中の商品を転売して儲ける中国人留学生≫

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多くの中国人留学生が、お正月の初売りで購入した福袋の中身を転売して、かなりの金額を儲けているそうです。
中には1日に20万円も稼ぐ"ツワモノ"も。
池袋のY電機で初売りセールが開催された日に並んだ先着10人のうち、何と9人までが中国人(留学生?)だったとか。
ということは、残りの1人は日本人だったんでしょうか。
だとすると、彼は実に天晴れですねぇぇ。
前日の晩から並んだという彼らの狙いは「福袋」で、1人1個までの限定品で5千円から15万円までの5種類。
何と言っても、例えば8万円の福袋なら、中身はN社ノートパソコン・O社1200万画素デジタルカメラ・Ni社のゲーム機・E社無線LAN/4色カラープリンター等といった充実ぶりですから。
こうして格安で手に入れた商品を、1点ずつ中国人観光客などに転売するという訳。
これで1点あたり平均1万円は儲かるのだそうです。
220pxiguanamarina「簡単に金儲けしているわけではない。前の晩から苦労して並んで手に入れたものだ」と彼らは話しているそうですが・・・・。
なんだかねぇぇぇ。
お正月はBカメラやY電機などの家電量販店を回り、多い時には1日で20万円ほどの儲けになることもあるということですから驚きです。
わずか数日で1年分の学費が賄える人もいるという・・・。
・・・これって、悪いことじゃないけれども、日本人の感覚から言うと、何というのか・・こう・・・、どうも釈然としない部分を感じますねぇ。
でも、買ってしまえばその人の物なのですから、不法投棄や密輸でもしない限りは、所有者の自由だとも言えますしね。220pxfregata_magnificens1
価値観や生活水準などの違いの波間というか澱のような出来事なんだと思いますが、日本人のお人好し(ローカル)と、中国人のしたたかさ(グローバル)を垣間見せられた気がしました。
やはり日本は"ガラパゴス"なんでしょうか・・・。
負け惜しみも含めて言えば、やはり品格は大切にしたいと思うのですが・・。
日本人皆飽食の時代ですか・・。(古い・・・)

2011年1月 6日 (木)

出初式

2011010600000017maip000viewお正月は、様々な行事が目白押しです。
今日は、消防の「出初式」の日でもあります。
出初式の起源は江戸時代の火消による出初(でぞめ)・初出(はつで)であり、現代では消防本部・消防団などの消防関係者によって行われています。
日本の消防組織は、江戸幕府が大名火消、旗本火消(定火消(じょうびけし))を設置したのが始まりだとされており、その組織が整ったのは1658年(万治1)であった。
1718年(享保3)町奉行(ぶぎょう)令によって町火消を設けたが成果があがらず、20年改組し、「いろは四十七組」(のち四十八組)が発足した。
250pxhiroshige_hikeshi出初式は町火消の初出(はつで)行事で、「いろは四十八組」の江戸町火消は、それぞれの
(まとい)を奉持して町を練り歩き、梯子(はしご)乗りの妙技を披露した。
1948年(昭和23)の「消防法」によって自治体消防が発足してからは、消防団のパレードや一斉放水、優良団員の表彰などの行事が多い。
「芝で生まれて神田で育ち、今じゃ火消の纏持ち」なんて、火消は江戸の英雄だったようです。
「火事と喧嘩は江戸の華」ですからね。
おいらも「ん組(落語っ子連)」の三流亭流三でぃsign01

諸手続き?

新年になって、落語に関わる"諸手続き"を、ということで、郵便局に行ったり、電話をしたり・・。
まずは、「窓門会」の年会費の振込。
postoffice今までは、吉窓さん名義の郵貯口座でしたが、今年から萬窓さん名義の郵貯高座じゃなくて口座に振込先が変わっていました。(勿論口座の名義は本名です。)
それにしても、郵貯銀行の振込(振替)は便利ですね。
atmATMが振替票を読み込んでくれますから、手数も時間もかかりません。
確か、東京かわら版の購読料や古今亭志ん輔師匠のチケットも、郵便振替で支払うパターンですが、簡単でいいですね。(郵貯に口座を持っていませんから。)
bank銀行振込の場合は、私は専ら携帯を使い「モバイルバンキング」というのでやります。
これはこれで便利です。mobilephoneImg_header
さてお次は、「昭和の名人・完結編」の定期購読の申し込み。
これにも郵便振替票が付いていましたが、これはクレジットカードで決済しようという訳で、小学館に電話で申し込みました。
2月から隔週刊で26巻ですから、ちょうど1年間ぐらいの楽しみが増えます。
ticket落語のチケットは、ぴあやイープラス、国立演芸場など、ウェブで購入してクレジットカードで決済し、コンビニや発券機で入手しています。これまた便利です。

小寒

今日は二十四節気の「小寒(しょうかん)」。
いよいよ寒の入り、本格的な冬です。
今日は暦どおりの寒さになりました。
この冬一番の寒さだそうです。
二十四節気の第23番目、ブービーですね。
期間としての意味もあり、次の節気の「大寒」前日までを言うこともあるそうです。
・・・ということは、「大寒」が二十四節気最後ということですね。

「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」
この日から節分(立春の前日)までを「寒(かん。寒中・寒の内とも)」と言い、この日を「寒の入り」とも言う。
冬の寒さが一番厳しい時期となる。
この日から寒中見舞いを出し始める。
             
 【二十四節気】

立春(りっしゅん) 2月4日頃 雨水(うすい) 2月19日頃
啓蟄(けいちつ) 3月6日頃 春分(しゅんぶん) 3月21日頃
清明(せいめい) 4月5日頃 穀雨(こくう) 4月20日頃
立夏(りっか) 5月5日頃 小満(しょうまん) 5月21日頃
芒種(ぼうしゅ) 6月6日頃 夏至(げし) 6月21日頃
小暑(しょうしょ) 7月7日頃 大暑(たいしよ) 7月23日頃
立秋(りっしゅう) 8月7日頃 処暑(しょしょ) 8月23日頃
白露(はくろ) 9月8日頃 秋分(しゅうぶん) 9月23日頃
寒露(かんろ) 10月8日頃 霜降(そうこう) 10月23日頃
立冬(りっとう) 11月7日頃 小雪(しょうせつ) 11月22日頃
大雪(たいせつ) 12月7日頃 冬至(とうじ) 12月22日頃
小寒(しょうかん) 1月5日頃 大寒(だいかん) 1月20日頃

鴻池善右衛門

「鴻池善右衛門(こうのいけ ぜんえもん)」。
Dscn35372江戸時代の代表的豪商の一つである大坂の両替商・鴻池家(今橋鴻池)で代々受け継がれる名前。祖は山中幸盛(鹿之介)。
摂津伊丹の酒造業者鴻池新六の子、善右衛門正成が大坂で一家を立てたのを初代とする。
はじめ酒造業であったが、1656年に両替商に転じて事業を拡大、同族とともに鴻池財閥を形成した。歴代当主からは、茶道の愛好者・庇護者、茶器の収集家を輩出した。
上方落語の「鴻池の犬」や「はてなの茶碗」にもその名が登場するなど、上方における富豪の代表格として知られる。
昨年は、私は目もくれませんでしたが、「竜馬伝」とかいうドラマで、三菱財閥の創始者「岩崎弥太郎」にスポットライトが当たりました。
その三菱に先立つこと200年以上前に、大阪(坂)で酒造業から両替商になった鴻池家。
江戸時代、「大坂の鴻池」・「江戸の三井」と言われて、その大きな権勢を競い合った両家。
江戸落語に「三井の大黒」があるのも、上方落語の鴻池と同様の理由でしょう。
そういえば、江戸落語の「御神酒徳利」では、大坂の大富豪の鴻池に頼まれて、宿屋の番頭さんが上方に向かう途中で起こった出来事が題材になっています。
鴻池家は、明治以降は政商や財閥にならず、後に三和銀行となり、今はその岩崎家をルーツにしている三菱グループと経営統合して、三菱東京UFJ銀行になっています。
日本最古の銀行です。

平将門首塚

     
大手町に、俗称「平将門首塚」という東京都の史跡があります。
平将門の祟りとして畏れられていて、私も大手町にも勤務していましたので、何度もお参りに行きました。
特に、年末年始の参拝者の数は多く、さほど広くない場所に行列が出来ています。
伝承では、「平将門」の首級は平安京まで送られ、東の市、都大路で晒されましたが、3日目に夜空に舞い上がり、故郷(坂東)に向かって飛んで行き、数カ所に落ちたとされています。伝承地は数ヶ所あり、いずれも「平将門の首塚」と呼ばれているようです。
その中でも最も著名なのが、東京の大手町ある「首塚」です。05_2
昔は古墳であったと考えられているのですが、その後周辺跡地に大蔵省が建てられることとなり、石室など首塚の大規模な発掘調査が行われ、庁舎が建てられるのですが、工事関係者や大蔵省職員の相次ぐ不審死が起こり、将門の祟りが省内で噂されるようになりました。
省内の動揺を抑えるため昭和2年(1926年)に将門鎮魂碑が建立され、神田明神の宮司が祭主となって盛大な将門鎮魂祭が執り行われています。
この将門鎮魂碑には日輪寺にある他阿真教上人の直筆の石版から「南無阿弥陀仏」が拓本されたそうです。300pxtaira_no_masakado_kubiduka01
ここは東京駅に近く皇居の間近に位置するため、周辺にはオフィスビルが林立していますが、この一角だけはそれほど広い敷地ではないにもかかわらず鬱蒼とした木が茂り、現在でも一種異様な雰囲気を醸し出しています。。敷地内には、蛙(ガマガエル)の置物が数多く石碑の周囲に置かれていて、線香の匂いが絶えることがなく物静かで、そこに表通りの車の音がする場所になっています。
数十年にわたり地元のボランティア団体が浄財を元に周辺の清掃、整備を行っているそうですが、その資金の預金先として、隣接する某メガ銀行に「平将門」名義で口座が開かれていたそうです。
今は・・・、駄目でしょうねぇ。本人確認が出来ませんから。

・・とある決心

bearing・・・う~ん・・・。どうしよう・・・。
追い込まれています。苦しんでいます。shock
扇子っ子連(千早亭)のネタ選び・・・。
当初は「道灌」をやってみようと思っていたものの、なかなか参考にできる音源もなく・・・、というよりも、全くの手付かずで・・・。
このままでは、メンバーの皆さんにもご迷惑をかけてしまう・・。
・・・どうしよう・・・。weep
そんな悩みにヒントをくださったのが、寝蔵師匠の次回のネタの話でした。
かつてやったことのある噺に再度チャレンジしてみるという・・・。
flairそうだsign01 あれだsign01shine
ネタ帳はないけれども、音源はないけれども、"あの"噺なら、何とか思い出しながらでも出来るんじゃないか・・・・、出来るかもしれない。
sunそうだsign03 あの噺を、ネタ帳なしでやってみようsign03
・・・という訳で、チャレンジしてみることにしました・・。
大学2年生の時に演った噺・・・、「花色木綿」を。

2011年1月 5日 (水)

お正月を写そう・・?

♪お正月を写そう・・・Fカラーで写そ・・♪というCMがあります。
cameraもともと写真フィルムのCMですが、世も移り変わり、アナログの写真フィルムなんて珍しくなってしまいました。
今年のCMで驚くのは、この一連のCMに乗って、ダイエットサポート"M"なんていうサプリメントが宣伝されているという、写真(フィルム)とは全く関係ない商品のコマーシャルです。
F社も、バイオ関連などの新規分野を拡大しないと、いつまでもフィルムでは生き残れませんからね・・・。sandclock
でもこの会社は、とても前向きです。pig
ちょっとやそっとじゃ怯ま(フィルム)ない、根が(ネガ)明るい企業でいらっしゃった(シャッター)ですから、現状(現像)維持じゃ物足りない、不死身だから(富士カラー)・・・sign02

鴻池の犬

昨年末の「紀伊國屋寄席」で柳家さん喬師匠お演りになった「鴻池の犬」の本家版。
dog商家の軒先に捨て犬があった。
丁稚が世話をするなか、黒、白、ぶちの3匹のうち、黒犬を欲しいという男からの申し出がある。
日を改めて吉日に来たその男が持参したのは、鰹節、酒、反物の数々。これを犬には不相応として断る主人。
しかし男曰く、自分は「鴻池善右衛門」の使いであり、そこで飼っていた黒犬が死んで以来、かわいがっていた子供が気落ちしており、そのため見つけたこの黒犬がぜひとも欲しいと言う。
いわば養子にもらうための贈り物、という経緯に主人も納得し、輿に乗せられもらわれて行く黒犬。
鴻池宅では医者が付き、広い敷地に豪勢な餌で大きく育った黒犬は、やがて「鴻池の大将」として近所のボス犬となる。
ボスとして犬同士のケンカの仲裁などをする日々のなか、近辺で見慣れない痩せ細った犬が、地回りの犬にいじめられ、追われて鴻池宅前まで逃げて来る。
追っ手の犬達を諭しながら、事情を聞く黒犬。
痩せ犬の生い立ちを聞けば、3匹の兄弟で捨てられていたが、船場、南本町の池田屋で拾われて育ち、兄弟のうち黒犬はもらわれ、白犬は死に別れたとのこと。
そこで黒犬と痩せ犬は生き別れた兄弟であることが判明、黒犬が面倒を見ることになる。
「来い来い来い……」の声がする方へ、黒犬が行って戻ると、鯛の焼き物、う巻きなどをもらってくる。
再び「来い来い来い……」の声があるが、今度はしょんぼりして戻って来る。
弟が尋ねると、黒犬が「ぼんに『しー来い来い来い』言うて、おしっこさしてたんや」。
cat落語には、動物を擬人化したものが多くあります。
「狸」「権兵衛狸」などの狸。「王子の狐」などの狐。「元犬
」などの犬。そうそう「ねずみ」の鼠・・・。
この「鴻池の犬」も犬が出て来ますが、やや人のような場面が多(長)すぎる気がします。
擬人化にも限界がある気がするのは私だけでしょうか・・・。
実は、別の意味で長く残って欲しい噺ですが・・・。

寝蔵師匠のネタ出し

karaoke寝蔵師匠から、次回の「お江戸OB落語会」での演題が発表されました。
「つる」か「替わり目」だということです。slate
「かたきの首」・「長短」・「宮戸川」に続くネタ出しは、現役時代の得意ネタと見ました。
「つる」は、偶然にも、ネタの話題を出したばかりですが、寝蔵師匠の「つる」は思い出がありますよ。
clip昭和50年の落研主催の「金原亭馬生独演会」の開口一番で、寝蔵師匠はこの「つる」をお演りになったはずです。
勿論先代の馬生師匠の独演会。
scissors舞台の袖で聴いていた、馬生師匠のお付きで来た金原亭小駒さん(現馬生師匠)をして、「上手ですねぇぇぇ」と唸らせた「つる」です。
この場面は、高座返しを仰せつかった私が見ていたのですから、確かです。
「替わり目」は、お聴きしていませんが、酒飲みの噺ですから、"あの"寝蔵師匠がお得意でないはずがありません。bottle
これで、「落研OB御三家」のお二人、志ん志師匠が「百川」、寝蔵師匠が「つる」or「替わり目」と決まりましたので、次回の「お江戸OB落語会」は、オセロゲームで2つのコーナーをゲットしたようなものです。wine
志ん志師匠、寝蔵師匠、よろしくお願いします。

2011年1月 4日 (火)

窓門会から

200901050000000

圓窓一門の後援会「窓門会」から恒例のDMが届きました。
落語会のチラシが2枚同封されて。
師匠の小噺の載った富士コーヒーの会報も。
それから年会費の振込用紙も。
≪シーハイル寄席≫
 日時 1月9日(日)16時開演
   場所   「北とぴあ」 つつじホール
  JR王子駅北口・都電王子駅前
  地下鉄南北線王子駅5番出口
 木戸 1,700円(全席自由)
 
出演 三遊亭圓窓・三遊亭吉窓・三遊亭窓輝
 ※圓窓師匠の視覚障害者ボランティア活動の一環で、
  何と24年間も続いている落語会で、今年は窓輝
  さんの真打昇進披露があります。
≪三遊亭窓輝の会≫
 
日時 1月30日(日)18時開演
 
場所 「池袋演芸場」
 
木戸 前売2,000円・当日2,200円
 
出演 三遊亭窓輝・(ゲスト)だるま食堂
 
演題 さじ加減・味噌蔵
 
※恒例となった窓輝さんの独演会。7回目です。

稽古・・・

久しぶりに部屋で浴衣を引っかけて稽古をしてみました。
今度の日曜日に、地元のある老人会の新年会に呼ばれていて、余興の一幕で一席伺うことになっていたにも拘らず、稽古をサボっていましたので。
地元デビューなのに、それじゃ駄目じゃんです。
浴衣に角帯を締めると、何となくその気になって来るもので、血が沸き立つ感じがして来ます。
「子ほめ」と「三方一両損」をやろうと思っていますので、今夜はとりあえず「子ほめ」をさらってみました。
まぁ、何とかしないと・・。

不謹慎な囁き

airplane空港を離陸した2人乗り小型機が直後に消息を絶ったという事故で、捜索していた自衛隊が、近くの山中で大破した同機らしい機体を発見したそうです。
恐らく、2人が生存している可能性は低いことでしょう。
実に悲惨なものです。
・・でも、ここからは"悪魔の囁き"です・・。shadow
事故に合ったのは、お医者さんご夫婦だそうで。
この年末年始を、親子4人で自家用機で奄美方面に行って過ごした後、帰りの途中の空港で子ども2人を降ろし、また離陸した直後に消息を絶ったとのこと。
このニュースを聞いて、つくづく「世の中(神様)ってのは平等だなぁぁ!」なんて思ったりしたのは、私1人じゃないでしょう・・・ね。
こんな「2ちゃんねる」みたいな発言はいけませんね。 (-ε-)

初詣

初詣
会社での初詣は、例年どおりの虎ノ門金刀比羅宮。
初詣
まず、個人でお参りをした後、参集殿で会社隆盛・社内安全等々の祈願。
お神酒をいただいて・・・・。
宮司がお座りになる台座が、畳半畳ぐらいの大きさの畳敷きで、「落語の稽古にちょうどいいなぁ」なんて思いながら、頭を垂れてお払いを受けました。
虎ノ門の金刀比羅宮は、10日が「初こんぴら祭」で、七福神行列や里雅楽の奉納などが行われるようです。

つる

sun「鶴(つる)」というのは、日本を代表する美しい鳥ですが、昔は「首長鳥(くびながどり)」と、見たそのままの名前だったそうです。
ところが、ある時、一人の老人が浜辺に立っていると、かなた沖の方から、オスの首長鳥が1羽"ツーっ"と飛んで来て、松の枝にポイと止まった。
後から今度はメスが"ルーっ"と飛んで来て松の枝に止まった。
これを見た老人が、「あぁぁぁ・・、あの鳥は"ツル"だ」ということで、「鶴」と呼ぶようになったそうです。
師匠から聞き、後で分厚い、古~い「全集」で調べました。
「落語全集」という名前の本でしたよ、確か。book
chickこの話は、他所へ行って絶対に言わないでくださいよ。
鶴と言うのは、いつも番い(つがい)になっていることから、夫婦和合を表わす、とてもおめでたい鳥だとも言われています。
そういえば、「鴛鴦(おし)」という鳥も、「オシドリ夫婦」と仲の良い夫婦のことを言います。
120pxente_englischer_gartenこのオシは「雌雄相愛し」に由来すると考えられているのですが、漢字の標記は「鴛」がオス、「鴦」がメスを指しているのですが、ご存知でしたか?
従って、どちらの字も、単独でも「オシ」と読むそうです。
こういうパターンは、中国神話の鳥、霊鳥である「鳳凰」もそうなんですって。
日本や朝鮮など東アジア全域にわたって、装飾やシンボルや物語・説話・説教などで登場するのがあの「鳳凰」。
鳳」がオス、「凰」はメスを指し、「本草綱目」によると、"羽ある生物の王"であるとされています。
聖天子の出現を待ってこの世に現れるといわれる瑞獣(瑞鳥) のひとつで、「礼記」という書物では、「麒麟」・「霊亀」・「応竜」とともに「四霊」と総称されているそうです。
あっ、そうそうこの「麒麟(キリン)」も、オスを「麒」、メスを「麟」と言うそうです。
後半の話は本当です。
信じてもらえないかもしれませんが。

仕事始め

fuji年末年始の休みも、あっという間に過ぎてしまいました。
今回は、4日間だけでしたから、特に短く感じられます。
さぁ、今日から「仕事始め」です。building
心機一転、今年も頑張らないといけません。impact
・・・が、正直なところ、年始から言う台詞ではありませんが、珍しく、やや悩んでいる部分もあるんです。これでも・・・。bearing
今年の年賀状には、「本年も"笑門来福"です」と宣言した手前、何事もなかったように、笑いながら過ごさなければいけません。wink
まぁ、どうにかなるでしょう。
今までもどうにかした(なった)んだ゜から・・・。
という訳で、とにかく今日が「仕事始め」です。clover

10年日記

"10年日記 子に贈らるる 母八十路”
pen母親の最近評判の良かったという1句だそうです。
昨年、母から「10年日記が欲しい」と言われたので、適当な物を選んで贈りました。
いよいよ新年となり、10年の徒然なる日記がスタートしたようです。
今年の7月に満80歳になりますから、この日記が書き終わる10年後は、89歳になっているという訳です。book
母なりに、来し方やこれからの生き方を、この日記に綴っていくことでしょう。pencil
倅としては、10年後に「次の1冊」を催促されるようであればいいものだと思います。

富士山2態

富士山2態  富士山2態
富士山ネタをもうひとつ。
この写真は、1月2日の富士山の写真。
いずれも東名高速道路から撮影したものですが、同じ富士山でも雰囲気が違います。
左は、東海道岩淵から富士川を渡るあたりのもの。
写真には映っていませんが、右側に宝永山の膨らみがあり、さらにその裾を遠くまで引いています。
嶽南といわれるように、富士山の真南からの景色です。
一方、右の写真は、裾野から御殿場にかけての景色です。
富士山の東側からのショットです。
手前の黒い部分は、宝永山の部分のへこみに雲の影が雪に映っているものです。
この写真で面白いのは、山の左側よりも右側の方が雪が多く積もっていること。
これは、左は駿河湾方面を向く南側、右は山梨県方面に向く北側だから。
ダイヤモンド富士が見られるのは、このちょうど反対側です。
静岡県がわから見る富士山は、山梨県側から見るよりも女性的な雰囲気だと、昔から言われます。
どこからも見ても、富士山は素晴らしいですが、自分の故郷から見える富士山が一番いいようです。
正月も三ヶ日を過ぎて4日。
今日から1年が始まる「大切な日」です。

2011年1月 3日 (月)

初笑い・東西寄席

演芸番組もワンパターンのきらいあり。そろそろ飽きた・・・。
というのは、落語好きからしてみると、どうも司会者からして寄席や出演者を知らないので、ハラハラしながら見ているのです。
客席も、おそらく「通」は少なく、人の集まる所(混雑)が好き・お祭り騒ぎが好きな方々ばかりでしょうから・・・。
一年中で唯一、落語好きが行かない時期です。
今日は、NHKテレビ「初笑い東西寄席」。
東京と大阪の寄席・ホールからの中継番組。
まずは「鈴本演芸場」から。小三治師匠が登場。
初席のトリが小三治師匠でしたから、それにぶつけたのでしょう。
もし私が客席にいたら、「勿体ない・・、せっかく小三治師匠が聴けたのに・・、テレビ中継なんていう邪魔者が入ってしまって・・」と思うのでしょうが・・・。
大坂千日前「なんばグランド花月」は、やはり漫才が中心。
大坂からは、紫綬褒章を受章したという文珍師匠。
同時進行の「箱根駅伝」とチャンネルを往復させ、チョコチョコ変えながら、忙しく視聴しています。
どうやら、今年は早稲田大学が逃げ切りそうですよ。
  ◇  小言念仏      柳家小三治
・・・やはり早稲田大学が久しぶりに優勝しました。
  ◇  初笑い(巷談)   桂文珍
次は大坂新世界の「通天閣劇場」というところから。
漫才ばかりで落語はありませんでした。
それにしても進行役(司会者)が、誰だかよく知りませんが、それはそれは酷かった・・・。
やっと中継が大阪から東京に戻り、「新宿末廣亭」。
総合司会の爆笑問題の漫才も、随分雑な感じがしました。
  ◇  宴会の花道    春風亭昇太
昇太さんもねぇぇ。何度か聴いたネタですがねぇ。
末廣亭の初席は、落語芸術協会の芝居なんですが・・・。
こんな(混雑する)日に、寄席に行きたいと思う人も・・・、ありがたいことに?随分おおぜいいるんですねぇ。
・・・ところで、NHKラジオでは、渋谷極楽亭で、志らくさんと喬太郎さんが、コラボレーション落語などという、まぁ、くだらないことをやっていました。

今年の三ヶ日は、天気も穏やかで、静かな良いお正月でした。
特に今日はずっと家にいて、ゆったりとした「寝正月」・・。

松竹梅

ラジオ寄席で南喬師匠の「松竹梅」を聞きました。

Image

「松」・「竹」・「梅」の三人が、祝言の余興をやってしくじってしまうという、"ザ・落語"です。
ところで、「松竹梅」って、おめでたいものの代名詞のようですが、どういう訳で・・・
代表的な
縁起物の一つで、鶴亀(つるかめ)などとともに吉祥のものとされます。
中国では、風雪や厳寒に耐えて緑を保つ松・竹と他の植物に先駆けて花を開く梅を、高潔・節操・清純などの象徴として歳寒三友(さいかんさんゆう)とよび、絵画や器物などに用いられました。
日本には奈良時代に伝わり、慶事や
新年の飾り物にされ、「万葉集」や「古今和歌集」などにもみえますが、室町時代には謡曲に取り入れられて慶事の席で謡われるようになりました。
江戸時代になると、長唄や河東節(かとうぶし)その他の祝儀曲として数多く作曲されました。
また、室町時代からは、強い生命力を表す松に成長の早い竹を添えて新年に門口に飾り延年を祝うようになったということです。

やはり常葉木というのは、生命力の強さを連想させ、おめでたいということでしょう。
季節が来て、花を咲かせ、葉を繁らせ、そして花が散り、葉も落ちる・・という桜などとは対極にあるのでしょう。

さて、落語の「松竹梅」。
原話は、初代三笑亭可楽が出版した「江戸自慢」の一遍である「春の花むこ」という小噺。
元々は上方落語の演目で、明治30年ごろに四代目柳亭左楽が東京に移植したとのこと。松五郎、梅吉、竹蔵の3人が、「名前がめでたい」と言う理由で出入り先のお店のお嬢さまの婚礼に招かれた。
ところが、このトリオは結婚式に招かれるのは初めてで、席上どうしたらいいのかまったく分からない。
仕方がないので、三人そろって岩田の隠居に相談に行くことに。
相談を受けた隠居は、「ただ飲み食いするだけじゃ失礼だ」といい、何か余興をやってあげたらどうかと勧める。
「例えば、こんなのはどうだ。挨拶をしたら、三人並んでぱっと扇子を広げ、まず松さんが『なったあ、なったあ、蛇(じゃ)になった、当家の婿殿蛇になった』。
次に竹さんが『なに蛇になあられた』。
最後に梅さんが『長者になぁられた』」
お婿さんが蛇になったとか何とかいい、変な気にさせたあとで「長者になった」と盛り上げるわけだ。
さて、練習。松公から練習することになったが、これがなかなか進まない・・・・・。

OBへ年賀メール

パソコンの調子が悪いのか、設定の仕方が間違っていたのか、元旦に送信するつもりでいた謹賀新年メールが未送信のままだったということが判明し、慌てて送信しました。
落研OB会の広報担当を拝命していますので、メール送信可能なOBに、新年のご挨拶をということで・・・。
ちゃっかり、このプログの宣伝までして・・・。
「オレのところにはメールが来ていないぞ」というOBの方がいらっしゃいましたら、恐らく、私がアドレス登録をサボっているか、入力を間違えたかどちらかです。
ご勘弁ください。落研OB会の精神で、緩く・大雑把にやっていますから・・・。

東北大学落語研究部OB各位

新年明けましておめでとうございます。
皆さまそれぞれ穏やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
旧年中は、OB会活動に格別のご理解とご支援を賜りまして、まことにありがとうございました。
既にご報告申し上げておりますとおり、創部51年目の昨年は、5月22日(土)に念願の東京での「お江戸OB落語会」、9月26日(日)に仙台で現役部員の主催で「第22回OB落語会」を開催し、いずれもおおぜいのお客さまにご来場いただくことができました。
また、現役の皆さんも、12月18日(土)に「落語観賞会」を開催し、若手期待の二つ目さん二人を招いて、大盛況だったようです。
また翌日には、OB会の支援活動として、ご出演の入船亭遊一さんから直接ご指導を受ける機会を作らせていただきました。
さて、本年も「OB落語会」として、東京で下記2回開催を目指しております。是非皆さまのご予定にお入れくださいますよう、お願い申し上げます。
また、ご出演は大歓迎ですから、「我こそは」と思われる方は、是非とも奮ってご連絡ください。
皆さまのますますのご健勝とご多幸、OB会活動の一層の発展をお祈り申し上げます。
       (本年開催予定のOB落語会の日程)    
 ≪第2回 お江戸OB落語会≫
  ◆ 日 時   平成23年5月28日(土)12時開演
  ◆ 場 所   「浅草ことぶ季亭」
  ◆ 木 戸   入場無料(ご祝儀は大歓迎)
  ◆ 出 演   OBの名人上手ほか(出演者募集中) 
 ≪OB総会落語会(仮称)≫
  ◆ 日 時   平成23年11月(以下詳細は未定)
  ◆ 場 所   都内某所(未定)
  ◆ 木 戸   入場無料
  ◆ 出 演   OBの名人上手ほか(出演者募集中)
 ※詳細は適宜メール等でお知らせ、ご案内申し上げます。
 ※お問い合わせは、本メールへご返信ください。
          →  ranshi-kingantei2@・・・・
              (広報担当:二代目金願亭乱志)
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群芳満堂

             高僧の言葉
帰省して、家内の実家で見つけた書額。
今までも見ていたはずなのに、改めて気になったのは、やはり歳のせいでしょうか・・?
「群芳満堂(ぐんぽうまんどう)」と読むようです。
義父によれば、身延山久遠寺法主「日歸」上人の揮毫だと・・。
群芳は、香草の群れから転じて、佳人・美人・偉人などを意味するようで、佳き人たちが集まる様を言うのでしょうか。
しっかり調べた訳ではありませんが。
いつも笑顔に満ちた家庭・職場・集まりにしたいものです。
≪群芳満堂≫・・。
寄席に来た人たちの笑顔が溢れた桟敷席みたいなものかなあ。
【群芳満堂】・・。ぐんぽうまんどう・・・。

待乳山聖天「大根まつり」

大根まつり
「待乳山聖天(まつちやましょうでん)」の「大根まつり」。
地下鉄の駅でポスターを発見しました。1月7日だそうです。
待乳山本龍院(ほんりゅういん)は、聖観音宗の寺院で、浅草寺の子院のひとつである十一面観音菩薩を本地仏としています。
聖天(大聖歓喜天)は、仏法を守護し、仏道を行ずる人々を守護する天部の神様で、衆生の迷いを救い、願いを叶えてくれるそうです。
境内には巾着や大根が目立ちます。祈願することによって得られるその御利益を端的に表したものなのだそうです。
巾着は財宝で商売繁盛を表し、大根は身体を丈夫にしていただき、良縁を成就し、夫婦仲良く末永い一家の和合を表しているそうです。
さて、その「大根まつり」の説明。 Daikonnmaturi
大根は清浄、淡白な味わいのある食物としてすべての人に好まれ、しかも体内の毒素を中和して消化を助ける働きがあるところから、聖天様ご供養に欠かせないお供物とされています。
そのお下がり(おさがり)を頂くことによって、聖天様のお徳をそっくり頂戴し、身体と、心の健康を得ることが出来ます。
当山では昭和49年(1974年)より、毎年正月七日に大根まつりを行い、元旦以来ご本尊様にお供えされた大根を、フロふきにし調理して、御神酒と共にご参詣の皆様に召し上がって頂きます。

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待乳山聖天などという、ちょっと変わった名前の寺院を知ったのも落語でした。
三遊亭圓生師匠の名演「文七元結」で、長兵衛が吉原の佐野槌を出て、本所の自宅に帰る道すがらを語る部分があります。
長兵衛が吉原を出た後、「五十両の金を懐に表へ出たが・・闇の夜に吉原ばかり月夜かな・・大門をそこそこに、見返り柳を後に見て、道哲を右に見て、待乳山聖天の森を左に見、山の宿から花川戸、左へ曲がる吾妻橋・・・」という名台詞・・・。

談志教・・

談志教・・
やはり昨年暮れの紀伊國屋書店で。
立川談志師匠の会、ポスターには当然のように「売切御礼」の札。
「談志が帰ってきた」って、どこから?
何処かへ行ってたんですか?

一富士 二鷹 三茄子

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夢に見るものの中でめでたいものの順番を指すことばです。とくにお正月の初夢でこれらを見ると大変縁起が良いといわれてきました。
一番の富士山は日本最高峰の霊山、二番の鷹は、鷲とともに鳥の王者ということで、めでたいのは納得できますが、なぜ三番目が茄子なのかという疑問が出て来ます。
3つの説があるそうです。
駿河国(するがのくに・今の静岡県中央部)の名物を順にあげた。
徳川家康が、自分の住んだ駿河国の高いものを順にあげた。
鷹は鳥ではなく、富士山の近くにある愛鷹山(あしたかやま)のこと、茄子は初物(はつもの・その年の最初の収穫品)
の値段の高さをいう。I0map
富士山は高くて大きく、鷹はつかみ取る。茄子は「成す」に通じて縁起が良い。
いずれにしても、徳川家康・駿河・富士山に関わる諺のようです。
この説などは面白いと思います。
・・さて、縁起の良い物は、この「三茄子」の後にもさらに続くようです。
「四扇(おうぎ)」・「五煙草(たばこ)」だそうで・・・。
果たして、この5つの物の初夢が見られたでしょうか・・?

2011年1月 2日 (日)

ラジオ寄席

年末年始で曜日の感覚がなくなっていましたが、今日は日曜日。
「笑点」をやっていなかったので、そうじゃないと思っていましたが、「サザエさん」をやっていましたので、「あぁぁねやっぱり日曜日だ」と気づき、夜の8時にラジオのスイッチを「on」にしたら、「ラジオ寄席」でしたよ。

 ◇ 松竹梅    桂南喬

今年は、昨日の「昭和なつかし亭」、渋滞の車内で、テレビ東京でも浅草演芸ホールかにの中継も交えた演芸番組をやっていましたので、随分落語や漫才を聴くことが出来ていますよ。
さて、南喬師匠の松竹梅。
あの雰囲気を想像しながら聴く、おめでたい噺。
今年も残すところあと364日となってしまいました・・・。

山の神

「山の神」というのは、奥さん(妻)のことを言う場合が多いです。
本来は、文字通り、「山を守る神」のことですが、山の神は女性神として崇められることが多いことから、(自分の)妻という意味で使われることが多いようです。
一見聞こえがよいですが、山神が恐れられるものであったように、家庭の山の神も長く連れ添い、口うるさくなった(恐ろしい)妻という意味合いで嘲ったり、からかって言うときに使います。
くわばら、くわばら・・。
その「山の神」は、「スタート前、みんなに『楽しく走れ』と言ってもらって、本当に楽しく走れた。このチームに入って良かった」と涙ながらに語っていました。
過去2大会の「箱根駅伝」での爆発的な走りで、「新・山の神」の称号を得た絶対的エースのT大学のK選手。
そんな「怪物」も、昨春のけがを機に、今季は大不振に陥っていたようです。
夏場は全体練習についていけず、前哨戦となる出雲全日本選抜駅伝はメンバーから外されたり、全日本大学駅伝は2区で4位に終わり、敗戦の責任を一心に背負い込んでいたようです・・・・・。
そして、いよいよ今日の本番。
彼は気迫の走りで応えました。
3位でたすきを受けると、持ち前の攻撃的な走りで前を追った。
幾重にも続く坂道を、一際高い足音を響かせて駆け上がり、高低差864メートルもある急斜面を、鬼のような形相で攻め続け、そして、自らの足で、3年連続の往路優勝を達成しました。
知らない(時の)強さ。
がむしゃらに頑張れば勝てた去年までと、様々なことを知り、多くのプレッシャーを負う今年とは、全く違う心理状態だったことでしょう。
母校や自分自身の栄光を失う怖さ、周囲の大きすぎる期待・・・。
それに打ち勝った強さを、心から称えたいと思います。
"逢ひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり"
(逢瀬を遂げた後の、この物思いに比べれば、まだ逢う事もなかった昔の物思いなど、ないようなものだったのだなぁ。)
・・・というのは恋歌ですが、「昔はものをおもはざりけり」というフレーズは、無知の大胆さを思い、知らずにいた方がよかったという後悔の気持ちの入り混じったという理解をすると、このK選手は、見事にこの葛藤と煩悶に打ち勝ったと言う訳ですね。

交通渋滞・・

交通渋滞・・
予想より早く帰省帰りラッシュの交通渋滞が始まったようです。
今日はまだ混雑しないだろう・・なんて、考えることは皆同じで、今日渋滞するという。
人の心のなんと安易なことか。
かくいう私も、立派な安易な1人で、交通渋滞にはまっています。
ところで、交通渋滞の最前列は何をしているんでしょうか・・?
箱根駅伝の往路も山登り区間と、佳境に入って来ました。
愛車でテレビ観戦しながらの渋滞通過中・・。

今朝の富嶽

      今朝の富嶽
一部では大荒れな天候の場所もあるようですが、静岡県東部地方、山梨県狭南地方は、大変穏やかな三ヶ日です。

狂歌

年末に、三山亭多楽師匠が、狂歌を2首送ってくださいました。
私は、狂歌(幸か)不幸か・・・、道灌(歌道に暗い)なので、こういう時には気の利いた「返歌」をするのが本式なのでしょうが、到底できるものではありません。
2首のテーマが、昨年世間を騒がせた、あの歌舞伎のおバカ役者の話題でしたから、私も15分ぐらいで必死で悶え苦しみ、"狂歌もどき"を作ってみたのですが・・・。
頂戴した狂歌は、ここでご紹介する訳には行きませんので、私の作った駄首のみ披露させていただきます。
"えひがさめ じだんのさきも みえもせで 
               いまだなりたや くにのおたから"

こういうものも、説明をしてはいけないのでしょうが、洒落と掛詞を申し上げます。
「えひ」は、酔いと海老。「じだん」は、示談・次段(次の幕・芝居)。「さき」は、酒と先(将来)。「みえ」は、見えと見栄。「なりたや」は、なりたやと成田家(おバカ役者の屋号)。
ということで、"酒酔いから覚め、自分の愚かさからも醒め、相手との示談も済ませたエビという役者。軽率な行動で、これからの自分(芝居)の先行きも見えない状態だというのに、まだ(人間)国宝になりたい(なれる)なんて思っているのでしょうか・・・。"という・・・。
どんなもんざんしょ・・・・。

あっ、ここで謎かけが整いました・・。
多楽師匠と乱志とかけて セカンドバージンと解きます
 その心は 京香と恭子(きょうか)の火花が見ものです

・・・・どうも、こちらの方が気が楽ですね。

浅草名所七福神

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 古い歴史を有する浅草には、観音様の境内を中心として広く各所に名跡があります。
人は、禍福を思って悩み、福運を求めて人生をさまよい、ゆえに神仏の信仰が生まれました。「開運」とひとことで片付けられないのが、人それぞれの願望が一様でないからです。家内安全、商売繁盛、縁結び、出産、成長、立身出世、学業成就、健康長寿など、人の願望にはいろいろあります。
 七福神の信仰も、こうした人の願望から発露したものです。
 仁王経という経典の中に、「七難即滅 七福即生」とあります。つまり、教え導くことを篤く信じ行えば、世の中の七つの大難(太陽、星の異変、火災、水害、風害、旱害、盗難)はたちどころに消滅し、七つの福が生ずるというのです。

・・・・なんだそうで、浅草名所七福神としては九社寺があります。
「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。九は鳩でありあつまる意味をもち、また、天地の至数、易では陽を表す」という古事に由来したことによります。
ですって。
仏教で信仰された毘沙門天・大黒天・弁財天、支那の儒教で尊ばれた福禄寿・寿老人・布袋尊、日本の神として尊ばれた恵比寿神が福徳円満の神として、年の初めに一年の家内安全、息災延命を希って巡拝されています。
私も、何年か前に、この「浅草名所七福神」の九社寺巡りをして、ご朱印を頂戴しました。

東海道・箱根駅伝

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「東京箱根間往復大学駅伝競走」というのが正式名称だそうです。
完全にお正月の代表的なイベントになった感があります。
私は、コースの地元でもないし、母校は出場できる可能性がありませんが、東海道を走るということに興味を感じています。
江戸から箱根までの約100キロメートル(≒25里)のルートを、落語のネタや当時の旅の様子をイメージしながら観るのが好きです。
昨年の「笠と赤い風車」は、浅草の馬道から、東海道を通って身延山へ参詣しようという設定で、戸塚・藤沢・小田原・(入生田)(山崎)(三枚橋)箱根で、ドラマが展開して行きます。
主人公の「常吉」が、「マムシの仙吉」に突き落とされたのは、箱根湯本の宿で、早川へ突き落とされ・・なんてね・・・。
今年も熱戦が繰り広げられることでしょう。

2011年1月 1日 (土)

昭和なつかし亭

昭和なつかし亭
NHKで「昭和なつかし亭」。枝雀師匠の「弥次郎」を、ウトウトしながら聴いたのが、午後2時半頃だったでしょうか・・。
春日三球・照代、五代目柳家小さん師匠。
後半は、志ん生・馬生・志ん朝の名人親子・・。
新年から、落語好きには格好の暇潰し番組でした。
下らないお屠蘇番組とは、一味違いますよ。

てんこもり

てんこもり
てんこもり(天こ盛り):食器にうずたかく盛ること。山盛り。
駅前の行きつけのラーメン屋さんの大好物の塩ラーメン。
とにかく、もやしがてんこもりで、麺が見えません。
手前が柔らかく少し味付けが濃い目の焼き豚とメンマ。
スープは魚系で、ほのかに甘みのある?塩味・・。
やっと見つけた麺も、なかなかしっかりしていて食べ応え十分。
700円也。コストパフォーマンスはかなり良しと見ています。
正月早々、おせち料理とは全く関係のないものの紹介でした。

初夢

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初夢(はつゆめ)とは、新年に見る夢のことで、この夢の内容で、1年の吉凶を占う風習があるそうです。
以前は節分の夜(立春の朝)の夢を初夢としていましたが、暦制の関係から、除夜や元日の夜に移り、やがて「事始め」の正月2日の夜の夢に一定したと言われていて、現代では、元日から2日の夜、または、2日から3日の夜に見る夢とされることが多いようです。

室町時代ごろから、良い夢を見るには、七福神の乗った宝船の絵に「ながきよのとをのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな(長き夜の遠の眠りの皆目覚め波乗り船の音の良きかな)」という回文の歌を書いたものを枕の下に入れて眠ると良いとされているそうで、これでも悪い夢を見た時は、翌朝、宝船の絵を川に流して縁起直しをしています。
さあ、どんな夢を見ることが出来ますか・・・。

故郷の山

   故郷の山
霊峰「富嶽」に今年の幸せを祈り・・。

謹賀新年

Image_2明けましておめでとうございます。
本年も、落語を「聴く」・噺を「演る」・咄を「書く」・・の3分野をバランスよく。
今年、出演予定の落語会(高座)は、今のところ下記のとおりです。

◇   1月    某老人会の新年会
◇   2月    某祝賀会
◇    3月     落語っ子連発表会
◇    3月        扇子っ子連発表会
◇    5月        お江戸OB落語会
◇  11月        OB総会落語会        
            ・・・・と、既に6回あります。
本年も倍旧のこ贔屓を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。   

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