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2010年12月28日 (火)

役者と名前

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社会やマスコミの常で、余計に騒ぐだけ騒いで、もう下火になりつつある話題から。
「歌舞伎役者の名前は自分のものではない。ご先祖さまから受け継いでいるもの。死んだらすぐに、息子にいく(継がれる)ものでもない。役者は芸にしっかり精進するだけだ。」
しい調で、長年の精進の末に人間国宝になったある舞伎役者が、例のおバカ役者が名跡を襲名するのが当然と思って振る舞っていたのを諫めるコメントをしたようです。
「名前は自分のものではない」という意味に、2つあると思います。
まずは、天賦のものではなく、ある地位やレベルにある(達する可能性のある)人に与えられるものだということ。
それから、その世界の「職位」、対外的な「肩書き」だということ。
いずれにしても、その家に生まれたということで、その名跡までの距離は一番近いかもしれませんが、その人の実力や行跡(行状)が相応しくなければ、当たり前のようには襲名や認定はさせてはいけないものであるべきです。
また、例えば、この名跡というのは、企業で言えば、「社長」だとか「専務」だとか「部長」だとかいうような、職位・肩書きのようなものと考えることもできると思うのです。
だから、既に襲名をしている名跡でも、その名前(職位・肩書き)に求められる業績・行跡が伴わなければ、更迭・辞任や解任もありうるということ。
だから、あのバカ役者、極端に言えば、人間国宝や大名跡襲名はおろか、斯界のために今の名前(=肩書き)を剥奪されてもおかしくないと思うのです。
相撲や落語の世界は、世襲ではありませんから、少なくとも前者の意味が貫かれています。
落語界でも、大きな名跡の襲名問題がありますが、名前は、本人や遺族(家)だけのものではなく、席亭や観客(贔屓)が認め、納得できる方法や人が襲名するのが肝要だと思うのです。

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