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2010年12月31日 (金)

山谷堀・山谷

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その昔、絶世の吉原に行くのに、船で大川から「山谷堀」を上ったそうです。
吉原に遊ぶ人たちで賑わっていたことでしょう。
「山谷堀」は、音無川の三ノ輪から今戸の隅田川までほぼ直線に流れる掘割で、江戸時代に開削され、音無川の排水路と、隅田川の控堤の日本堤の排水を兼ねていたそうです。

♪今日の仕事も辛かった・・♪
深夜のラジオで岡林信康の「山谷ブルース」が聴こえて来ました。
一方で、時代が下り、山谷といえば、日雇い労働者の集まる雑多な街になりました。
江戸時代から木賃宿(食事を提供しない素泊まり専門の旅館)が集まる場所で、現在も簡易宿泊所の施設が多く、日雇い労働者が集まっている地域。
いわゆるドヤ街としては、全国最大規模だそうです。
この歌は、社会の真ん中から外れてしまった人たちの悲哀を歌っているのですが、長い歌詞を聞き進むと、こんなくだりがあります。
 人は山谷を悪く言う だけどおれ達いなくなりゃ
 ビルもビルも道路も出来やしねえ 誰も分かっちゃくれねえか 
 だけどおれ達や泣かないぜ 働くおれ達の世の中が
 きっときっと来るさそのうちに その日は泣こうぜうれし泣き

彼らのつらい日々の生活の中にも、「明日は」「いつかは」という気持ちがこもっているのです。
今の日本に、こんなパワーがありますか?
ただ、自分の不幸を他人(世の中)だけのせいにして、斜に構えて生きている人が多くありませんか・・?
まず現実を受け容れて、そこから生きる術を考える。
落語国の人たちもそうでした。
年の瀬に「山谷ブルース」を聴いて思いました。

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