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2010年12月

2010年12月31日 (金)

紅白歌合戦

紅白歌合戦
いやあ何十年ぶりかで、通して視てしまいました。
NHKの視聴率アップに貢献しました。
特別な感慨はなくなりましたが、1年の大喜利だと思えば・・。
今年も本当にお世話になりました。
新年までのカウントダウンが始まりました。

寅年[今年]の落語徘徊

今年も「落語三昧な」1年でした。月毎に振り返ってみました。
       懲りずに浅草
◇ 1月
 ・窓輝さんの「真打昇進披露記念落語会」
 ・落語っ子連の発表会の会場変更に伴い日程変更を決定
 ・稽古発表会に出演 「三方一両損」
◇ 2月
 ・志ん丸さんの落語会に行き「浅草ことぶ季亭」の下見
 ・5月の「お江戸OB落語会」の出演者募集などの準備開始
◇ 3月
 ・窓輝さんの真打披露興行開始
 ・プログアクセス累計が50,000件を突破
◇ 4月
 ・窓輝さんの真打披露公演
 ・圓窓師匠の本「みんな違って」刊行記念のトークセッション
◇ 5月
  ・落研OB念願の第1回「お江戸OB落語会」に出演 「花筏」
 ・落語っ子連発表会に出演 「浜野矩随」
◇ 6月
  ・圓窓師匠の「落語体験教室」を受講(6~7月)
 ・柳家三之助さんの真打昇進披露公演
 ・地元の落語会「馬津郷寄席」「松戸竹扇落語会」を梯子

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◇ 7月
 ・圓窓師匠の落語教室「千早亭落語会」に出演 「千早振る」
 ・圓窓師匠の落語会「雑司が谷の街を噺す」に出演 「子ほめ」
◇ 8月
 ・今年も「鈴本夏まつり」でさん喬・権太楼師匠を堪能
◇ 9月
 ・「学士会落語会創立5周年記念落語会」に出演 「ねずみ」
 ・第22回「OB落語会」に出演 「笠と赤い風車」
◇10月
 ・素人グループの扇子っ子連「千早亭」がスタート
 ・Hさん出展の「寄席文字展」を鑑賞
 ・プログアクセス累計が80,000件を突破
◇11月
 ・圓窓師匠のピアノとのコラボ落語会「落語とピアノのエンソウ会」
 ・さん喬師匠の「雪の瀬川を聴く会」
  ・北大落研OB会「東京苦楽亭迷人会」
 ・寝蔵師匠がDVD「金願亭乱志独演会」を編集してくださる
◇12月
 ・国立劇場歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」
 ・プログのアクセス累計が90,000件を突破
 ・OBの年末寄り合い

落語を通じて、今年も様々なことを学び、感じることが出来ました。
噺を作り上げる緊張感と快感。
落語を通じて出会った、様々な世界の多くの方々・・・。
まだまだ、私の「落語徘徊」は「朝ぼらけ」です。
「徘徊」は来年も続きます。
 

Yahoo!検索ランキング

Yahoo!で、今年検索数の多い「検索ワードランキング」というのがありました。
  ① YouTube
  ② mixi
    ③ Google
    ④ Amazon
    ⑤ 2ちゃんねる
  ⑥ 楽天
  ⑦ ニコニコ動画
  ⑧ Twitter
    ⑨ アメプロ
  ⑩ goo
・・・・「乱志&流三」なんて、検索してくださっている方もいらっしゃるのでしょうか・・・?

11月31日・・・?

年末といえば、カレンダーを新しく替えるのも大切な仕事ですね。 
みっともない、恥ずかしい、笑えないニュースです。
このカレンダーに大きな間違いが頻発しているそうです。
神奈川県某市の観光協会が1部500円で販売するPRカレンダー。
February(2月)のつづりを「Feburuary」としたり、カレンダーに記載された市のスポーツイベントの予定が前年の日程になっていたり。
冠婚葬祭で重視される六曜の「先負」が一部「先勝」になるミスも見つかったのだそうです。
・・・このミスのフルコースは酷いですねぇぇぇぇ。複雑骨折。
「イベントの開催日と名称が違う」という市側の指摘で判明し、当初はシールを貼って対応することにしていたそうですが、その後も間違いが次々と発覚したため、3千部を刷り直すよう方針転換。刷り上がりは「年明けになる」ということです。
観光協会というのは、市の外郭団体でしょうから、この刷り直しにかかるお金は、巡り巡った税金が使われるんですよね。
許せますか?
この手のミスは、明らかに過失ですから、損害賠償するべきだと思いますよ。「ごめんなさい」じゃすまないでしょう。
天下りの給料も支払われているんでしょうし・・。
「誰のせい(責任)だ?」「彼んだ(カレンダー)」・・・。
それから、次は某人気プロ野球球団。
主力選手の写真が入った壁掛けカレンダーで、存在しない「11月31日」の表記が・・・。出荷10万部の回収・再発送が決まった。もっとも、こちらはファンの間に「ある意味貴重かも」「返品するか迷う」との声も上がっているそうです。
そうですね。、情報は誤っていても、「レア物」かもしれません。
このカレンダーの信憑性は、「半信(阪神)半疑」でいいのです。
なぜ間違いが相次いだのか。
某市観光課では、「締め切りに追われ、確認作業が不十分だった」。
日付や六曜を担当した印刷会社に至っては、「ネットの情報から引用した。元データが誤っていたのか…」という。
これ、理由になりますか?
私がいた業界なら・・・、これに関わった人は、新年にはどこかにいなくなっているでしょう・・。
こういうのが「洒落にならない」っていうんでしょうね。

落語ファン倶楽部

落語ファン倶楽部
「落語ファン倶楽部Vol.11」は、原点に戻って、「落語という素晴らしいエンターテインメントを演じる噺家さんとは一体誰だろう」という特集です。
噺家さん123名が紹介されています。
順番はよく分かりませんが、まあ、なかなか面白く読んでいます。
大御所6人(談志・小三治・米丸・米朝・春團治・仁鶴)のカラー写真のあと、小朝・さん喬・権太楼・市馬・・・。(敬称略)
我が圓窓師匠も、当然のことながら、早いページで詳細に紹介されています。
読むというより、都度調べる・見るという類のものですね。

山谷堀・山谷

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その昔、絶世の吉原に行くのに、船で大川から「山谷堀」を上ったそうです。
吉原に遊ぶ人たちで賑わっていたことでしょう。
「山谷堀」は、音無川の三ノ輪から今戸の隅田川までほぼ直線に流れる掘割で、江戸時代に開削され、音無川の排水路と、隅田川の控堤の日本堤の排水を兼ねていたそうです。

♪今日の仕事も辛かった・・♪
深夜のラジオで岡林信康の「山谷ブルース」が聴こえて来ました。
一方で、時代が下り、山谷といえば、日雇い労働者の集まる雑多な街になりました。
江戸時代から木賃宿(食事を提供しない素泊まり専門の旅館)が集まる場所で、現在も簡易宿泊所の施設が多く、日雇い労働者が集まっている地域。
いわゆるドヤ街としては、全国最大規模だそうです。
この歌は、社会の真ん中から外れてしまった人たちの悲哀を歌っているのですが、長い歌詞を聞き進むと、こんなくだりがあります。
 人は山谷を悪く言う だけどおれ達いなくなりゃ
 ビルもビルも道路も出来やしねえ 誰も分かっちゃくれねえか 
 だけどおれ達や泣かないぜ 働くおれ達の世の中が
 きっときっと来るさそのうちに その日は泣こうぜうれし泣き

彼らのつらい日々の生活の中にも、「明日は」「いつかは」という気持ちがこもっているのです。
今の日本に、こんなパワーがありますか?
ただ、自分の不幸を他人(世の中)だけのせいにして、斜に構えて生きている人が多くありませんか・・?
まず現実を受け容れて、そこから生きる術を考える。
落語国の人たちもそうでした。
年の瀬に「山谷ブルース」を聴いて思いました。

年越しそば

年越しそば
「年越しそば」は、大晦日に縁起を担いで食べられる蕎麦で、歳末の日本の風物詩。
地域によって違いもあり、呼び方も、みそか蕎麦、大年そば、つごもり蕎麦、大晦日蕎麦、年取り蕎麦、縁切り蕎麦、寿命蕎麦などと言われています。
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年越し蕎麦の由来は、細く長く達者に暮らせることを願うというのが最も一般的のようです。
他に蕎麦が切れやすいことから、一年間の苦労を切り捨て翌年に持ち越さないよう願ったという説もあります。
また、金銀細工師が金粉を集める為にそば粉の団子を使用したことから、金を集める縁起物ともされる訳ですな。
いよいよ今年もあとわずか、平和な年の暮れです。

師走の落語徘徊

              謹賀新年
2010年の殿(しんがり)は・・・、寄席・落語会への徘徊は、この数年で最小回の5回のみに終わってしまいました。
月初めの歌舞伎鑑賞での散財が祟ったという言い訳をしています。
(◇  5日      国立劇場12月歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」)
 ◆ 17日      東京落語会
 ◆ 18日      人形町らくだ亭
 ◆ 19日      特撰落語会〜雲助・さん喬二人会
 ◇ 22日      シネマ落語「昭和の名人」 
 ◆ 25日      大手町落語会
 ◆ 30日      紀伊國屋寄席
これで、今年通った寄席・落語会はちょうど80回。
稽古会や素人落語会を含めると92回ということになりました。
2010120700000002maip0001thumbどうも、地に足のついた徘徊(そんなの徘徊と言わない?)が出来ず、ボーっとしているうちに、大晦日になってしまいました。
落語の稽古は、どうも身に付かず、来春の発表会などを控えて、かなり焦りが出て来ました。
このプログは、月中にアクセス累計が90,000件を突破しました。
下らなさがますます酷くなったという声にもめげず?自分勝手な投稿が続きます・・・。

紀伊國屋寄席のプログラム

紀伊國屋寄席のプログラム
紀伊國屋寄席の12月の会のもうひとつの楽しみは、今年の全回のプログラムがてに入ることです。
かなり頻繁に通ってはいますが、さすがに12回全てには来られませんから。
昨年12月の分から今回までの13部を持ち帰りました。

三遊亭鳳楽独演会

三遊亭鳳楽独演会
三遊亭鳳楽師匠の独演会の案内葉書が届きました。
1月25日(火)に、いつもの日暮里サニーホールで。
演題は、「天狗裁き」と「井戸の茶碗」。
都合が悪くなかったら、久しぶりに行ってみたいと思います。
・・最近、こういう地道な落語会に通う頻度が減って来た気がしますから、来年は真心に立ち返って通うことしたいと思います。
三遊亭が聴きたくなります。

パンダ

パンダ
上野と言えば、近くの動物園にパンダがいたので、いなくなった今でも、パンダがイメージキャラクターになっています。
ところが、来年1月に、中国から2頭のパンダがやって来るそうです。
「パンダが街にやって来る」ってぇやつで。
そこで、2頭の愛称を募集しているそうです。
今までのパターンは、"カンカン"とか"トントン"とか、音を繰り返していますから・・。
縁起のいい「相生(あいおい)」から、"ヤイヤイ"・"オイオイ"なんていうのはどうでしょうか。
"アイアイ"じゃないのは、"アイアイ"だとお猿さんになっちゃうのと、古今亭志ん生師匠の「ヤイオイ(相生)の松」から取って・・・。
今の日本では、"ヤレヤレ"・"モンモン"・・・?

香具師(やし)

♪名も知らぁぬぅ 遠き島よりぃ・・♪の椰子ではなく香具師。Photo
いつも疑問に思うのは、この「香具師」と「百舌鳥」という漢字の読み方です。
「やし」・「もず」と読むのですが、分からないのは、読んでいない字があるということなのです。
香具師の場合は、「香具」を「や」と読むんだろうなと、いくらか納得できるのですが、百舌鳥は、どれが「も」で、どれが「ず」なのか分からない・・・・。
どうしても1文字読まない字が出てしまう・・・。
ちゃんと書いてあるのに。
・・そういうこと、考えたことありませんか?
20050814025154「香具師」というのは、寺社の祭礼や縁日で、参道や境内や門前町、もしくは市が立つ所などで、露天を出店したり、街頭で見世物などの芸を披露する商売人のことををいいます。(野師、野士、弥四、矢師とも表記するそうです。)
本来の読み方は「こう ぐし(かうぐし)」で、薬や香具を作ったり売ったりする人を意味していました。
納得、納得・・・。
でも、百舌鳥だけは分からない・・・。
ということで、もう少し調べてみたら、「百舌」だけでも、「もず」と読むようです。
ということは、、「も」が百、舌が「ず」ということになる訳か・・・・。
「百舌鳥」は枯れ木で鳴いているそうですが、「百舌」は山陰地方に多く棲息しているのかもしれません。
"鳥取"県・・なんていう・・・。

2010年12月30日 (木)

来月のチケット

     
紀伊國屋寄席の来月のチケットを買いました。
前から4列目の通路側で、なかなか良い席で、お目当ては、久しぶりの市馬・権太楼・小遊三の3師匠。
好評発売中。

紀伊國屋寄席

紀伊國屋寄席
今年の落語の聴き納めは、今年もまた「紀伊國屋寄席」でした。
  ◆ 加賀の千代       春風亭一之輔
  ◆ 探偵うどん       三遊亭吉窓
  ◆ 鴻池の犬        柳家さん喬
  ◆ 漫才           昭和のいる・こいる
  ◆ 富久           柳家小さん
紀伊國屋寄席のプログラム
ちなみに去年は、小さん師匠が「死神」、さん喬師匠が「妾馬」でした。
今回は、東京バージョンに翻案された「鴻池の犬」が楽しみでした。
東京で拾われた3兄弟のうち黒犬だけが、大阪の鴻池の屋敷に引き取られ、白犬がそれを追って東海道を渡るという壮大なスケールの話となっている(残りの一匹は途中で死んでしまう)。
旅の途中の出会いと別れ、そして苦難の末の兄弟の再開。

この東京版の雛形は、先代の林家正蔵(彦六)師匠が作ったとのことです。
一之輔さんは、あっさりしていました。
馬津郷寄席で聴いた時もあっさりでした。
吉窓さんも久しぶりでしたが、存在感がありますよ。
トリの小さん師匠も、歯切れのいい、分かりやすい噺をしてくださいました。
本日の紀伊國屋にて、今年の寄席・落語会徘徊の、打ち止めぇ〜。

休日ダイヤ

休日ダイヤ
交通機関は今日から休日ダイヤになりました。
確かに電車内は立つ人もなく、空席も目立ちます。
帰省か旅行か、大きな荷物を持った家族連れの姿もチラホラ。
ほとんど毎朝立ち寄るカフェも閑散としていて、のんびりした年の瀬を感じます。
かえってゆったり空間を独占出来る気がして、気分が良いかもしれないなんて、負け惜しみを言ってみたりして。
一昔前までは、今日と明日の大晦日に一山あったのですが、掛け取りなどという風景もなくなり、さらに平和?になりました。
思えば、社会人1年生の年の大晦日は、まだ休みではなく、仕事が終わったのは、夜8時を過ぎていて、元旦の未明の上りの夜行列車で、仙台から帰省しました。
あの時の夜明けの上野駅の寒さを思い出します。

業平橋

業平橋
業平といえば、いにしえの色男(好い男)「在原業平」のこと。
住居表示が色気のない名前に変わる中で、鉄道の駅名には、まだ粋で懐かしいものも残っています。
東武鉄道の「業平橋」駅の名前が「とうきょうスカイツリー」駅に変更になるそうです。
好い男も、高さには敵わなかったという訳ですね。
東武線には、いい名前の駅がありますよ。
「本所吾妻橋」なんて、「文七元結」の文七が出て来そうです。
業平の歌と言えば・・・
"千早振る神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは"

M-1グランプリ

先日の日曜日。
優勝賞金1000万円をかけた、結成10年以内の若手による漫才師No.1決定戦「M―1グランプリ2010」決勝が開かれ、「笑い飯」というコンビが「最後のM―1王者」の称号を手にしたそうです。
9年連続9度目の決勝での悲願達成、史上最多4835組の頂点に立ったということですが、私には、ほとんど相容れない異質の笑いで、五月蝿くて下品なだけ、そもそも相容れないお笑い芸人が審査員ということですから、興味は全く湧きません。
密かに「ナイツ」だけは応援していましたが。
私が求める笑いは、自分だけを曝け出して笑いを取るものではなくて、多くの人の悲喜こもごもな心を演ずる芸ですから。
そういえば、落研に入部した時、確か、先輩の「(二代目)狐狸亭粋狂」師匠だったと思いますが、「笑ってもらうことだけが目的だったら、高座に向かって歩いている時に転んでごらん。お客さんは間違いなく笑ってくれると思う。でも、我々は、そんな(下品な)笑いを求めているんじゃない。そもそもそんなことで笑われて嬉しいか?」と・・・。
純真な18歳の少年の心に、じ~んと響いたのでありました。

六部(ろくぶ)

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「六十六部(ろくじゅうろくぶ)」の略で、本来は全国66か所の霊場に一部ずつ納経するために書写された66部の「法華経」のことをいったのですが、後にそのお経を納めて諸国霊場を巡礼する行脚僧のことをさすようになりました。
別称「回国行者」ともいう、わが国独特のもので、その始まりは聖武(しょうむ)天皇(在位724~749)時代とも、最澄(さいちょう)(766―822)、あるいは鎌倉時代の源頼朝、北条時政の時代ともいわれ、定かではありません。
おそらく鎌倉末期に始まったもので、室町時代を経て、江戸時代にとくに流行し、僧ばかりでなく俗人もこれを行うようになったようです。
だから、この場合の「六部」は「ろくぶ」と読みます。

一方、「三省六部(さんしょうりくぶ)」という、中国の隋唐王朝で行われた政治制度があります。中国のその後の政治制度にも大きく影響を及ぼしているものだそうです。
3つの省の下に、6つの中央行政官庁(吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部)が置かれていたようです。
だから、この場合の「六部」は「りくぶ」と読みます。

落語「花見の仇討ち」に、この「六部(ろくぶ)」が出て来ます。
お花見の嗜好で、仇討ちの芝居をやって受けようじゃねえか、と我々同様の愚かしい者が企んだ筋書きは、2人の巡礼が上野の山で親の仇に出会って、「やあ珍らしや、お主は親の仇、尋常に勝負しろ」「何をこしゃくな、返り討ちだ」と仇討ちの果し合いを始める。
競り合っているところへ、"六部"が仲裁に入り、お芝居だったと明かすという寸法。

4人がそれぞれ、敵役の浪人、巡礼2人、六部の役に別れて、現場で落ち合うことにした。
当日、六部役の男が上野の山へ上ろうかという時、うるさ型の叔父さんに捕まって説教を食らい、酒を飲まされて寝てしまった。
一方、巡礼には成行きで、助太刀の侍が付いてしまったから、話が更にややこしくなる。
筋書き通り果し合いを始たが、いつまで経っても六部の仲裁が入らず、場が持たなくなった三人が揃って逃げ出すと、助太刀の侍が「逃げるには及ばない、勝負は五分だ」。
すると「勝負は五分でも肝心の六部(ろくぶ)が来ない」・・・。
ちょっと耳に挟んだ程度のことなので、確かな話ではありませんが、古今亭志ん朝師匠が、この噺のオチで、「・・肝心の六部(りくぶ)が来ない」と、間違って言ってしまったとか。

新作落語台本発表落語会

12月1日に行われた、落語協会主催の「2010新作落語台本発表落語会」の結果です。

 ◇最優秀賞
   「私をスナックに連れてって」小林由起作・林家正蔵
 ◇優 秀 賞
   「兄さんのケータイ」日原雄一作・三遊亭白鳥
 ◇佳     作
   「聖なる我が家」杉山聡作・三遊亭圓丈
   「吸血鬼」本田久作作・林家時蔵
   「ヘルパー始め」小まり作・川柳つくし

この中から、後世に残る噺があればよいと思いますね。

2010年12月29日 (水)

キャンパス寄席

芝浦工大豊洲キャンパスからの公開録音だそうで。
NHKラジオの「キャンパス寄席」というのを偶然聴きました。
  ◇ 猫の皿   三遊亭王楽
まあ、漫才のサンドウィッチマンが司会ですから、想像できると思います。
王楽さん、なかなか上手くなって来た感じです。

日経新聞"春秋"

天下の日本経済新聞第1面のコラム"春秋”の今朝は、山本リンダの大ヒット曲「どうにもとまらない」は、当初のタイトルが「恋のカーニバル」だったそうで、これでは絶対にヒットしなかっただろうという話題から、「サニー」の話題へ・・・。
・・・へへへ・・・「サニー」は、この乱志の方が採り上げるのが早かったようです。
12月23日の投稿をご覧ください。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2010/12/post-5a1d.html
いずれにしても、昇る陽の勢いだった頃の日本の再来を祈るような気持ちは、各界変わらない思いなのでしょう。
天下の日経新聞に勝ったようで、気分がいい・・。ヽ(´▽`)/

年末年始モード

師走の29日ともなると、街もテレビ番組も、年末年始モードになり、明日あたりは、電車など公共交通機関も休日ダイヤにシフトされるはずです。
昨日あたりで終わる所が多い中で、私は休日ダイヤの日まで"お勤め"です。

毎朝の通勤時にウォークマンで聴いているNHKテレビも、今朝は別の番組でした。
今年鬼籍に入った、井上ひさしさんと立松和平さんの特集でした。
お二人とも、文壇から多方面にご活躍されましたが、言の葉を操って名を上げたパワーの源が、何と"訛り"だったそうです。
山形県・栃木県の(田舎)出身で、東京に出て、訛りのコンプレックスから田舎に戻り、そこからまた東京(社会)に再チャレンジした末に、独自の世界を創り上げて成功したお二人。
落語の世界でも、江戸っ子ばかりの中、訛りに悩み、馬鹿にされながらも、必死の努力で大看板になった師匠が何人かいます。
先代古今亭今輔師匠、先代三遊亭円歌師匠、古今亭圓菊師匠・・。
人間は、成功の源には、何かコンプレックスみたいなものが必要なのかもしれません。
ハングリー精神というか。物凄い苦労も伴うのでしょうが・・。
ねぇ、示談で誤魔化したおバカ歌舞伎役者さん、いかが?

一眼国

200908021318000_2昔は本所辺りを「向こう両国」といい回向院を中心に見世物小屋が並んで賑わっていました。
が、いんちきな小屋も多く、「世にもめずらしい目が三つで、歯が二つの怪物」が中へ入ると下駄が片っ方置いてあったり、「八間の大灯籠」が表から入ると手を引っ張られ裏口から突き出され、「表の方から裏の方へ、通ろう、とうろう」なんてふざけたもの、赤子を食べる鬼娘なんていういかがわしいものまであったようです。
両国で見世物小屋を持っている香具師(やし)が、諸国をめぐっている六部(ろくぶ)を家に上げ、六部が旅の途中で見聞きした珍しい物や話を聞き出し、その話をもとに本物を探し、見世物小屋に出し大儲けをしようという魂胆。
六部が、一度おそろしい目にあったことを思い出したので置き土産にということで。
江戸から北へおよそ120,30里の大きな原の真ん中の大きな榎の所で一つ目の女の子に出くわしたという話。Image
この話を聞いて喜んだ香具師は、早速支度をして北へ、一つ目を探しに旅立ちます。
夜を日に継いで、大きな原にたどり着く。見ると原の真ん中に一本の大きな榎。
足を早め近づくと、「おじさん おじさん」の子どもの声、「いいものあげるから、おいで おいで」といい、そばへ寄ってきた子どもを抱え込む。びっくりした子どもが「キャー」と叫ぶと、竹法螺、早鐘の音とともに、大勢が追って来る。
子どもも欲しいが命も欲しく、子どもを放りだし一目散に逃げ出しましたが馴れない道でつまづき、捕まってしまう。

村の役人の前へ引き出され、回りを見るとが皆、一つ目。
役人:「これこれ、そのほうの生国はいずこだ、・・生まれはどこだ、なに江戸だ?、かどわかしの罪は重いぞ、面を上げい・・・面を上げい!」
百姓:「この野郎、つらあげろ!」
役人:「あっ、御同役、御同役、ごらんなさい、こいつ不思議だね、目が二つある」
役人:「調べはあとまわしだ、早速、見世物へ出せ!」

この噺は、シュールな落語のひとつと言われますが、それ以外にも大変含むところの多い噺だと思います。
自分で常識だと思っていたことが実は非常識だったり、マジョリティだと思っていたらマイノリティだったり・・・。
思い込みや決めつけというのは危険だよ。
世間というのは広いものだよ。
・・・少数も多数も、常識も非常識も、日常も非日常も、所詮相対的なものだという風刺でしょうか。

戦場カメラマン

いやぁ、本当に驚きました。
先日、何気なく家族と話していたら、「戦場カメラマンで売れっ子のWさんて、お父さんの高校の後輩みたいだね。」・・・。
ええぇぇぇぇ うそでしょ
OBに大した有名人がいる訳でもなく、・・が、よりによって。
早速経歴を調べさせてもらいました。
・・正直なところ、複雑な気持ちも抱きながら・・・・。
Pic_outline_01_2静岡県F市出身。3人兄弟の長男。
F市立T小学校、同市立T中学校卒業。
中学時代は成績優秀で生徒会長を務める。
この頃ビールのテレビCMで「国際ジャーナリスト」を知り、ジャーナリストの仕事に興味を持つようになった。
地元で人気が高く競争率の激しいトップ進学校「F高校」卒業。
どうやら本当みたい・・・・。
それにしても、母校が「人気が高く・・・・進学校」なんて・・・

・・興味本位に、静岡県の公立高校の偏差値を調べてみました。
 ①Sz高校[普通]     71
 ①Sm東高校[理数]   71
 ②F高校[理数]        70
  ③
H北高校[普通]    69
 ④I南高校[理数]     68
  ④Sm東高校[普通]   68
  ④Ny高校[理数]    68
  ④Nz東高校[理数]   68
 ④H西高校[普通]    68
 ④F高校[普通]    68
 ⑤
Ny高校[普通]          67
  ⑤H北高校[国際]    67

・・・へぇぇぇぇ、そうなんだ。我が母校、随分健闘しているんですね。
でも、どうでもいいことでした。

オフィスぼんがの落語会

評論家の滝口雅仁さんの”オフィスぼんが”の主催する、新春からの落語会の案内メールが届きました。
瀧口さんの顔か、なかなか面白い企画が多いので、「特撰落語会」を中心に通っています。
太字の落語会は既に予約済。
お江戸日本橋亭は自由席ですから、特に平日の会は、なかなか厳しいものがあります。
どうしても指定席の会を選んでしまいます。

【特撰落語会】
○「第26回特撰落語会~桃月庵白酒をみんなで囲む会」
 ・出演者:桃月庵白酒、アサダ二世、玉川奈々福他
 ・日時:2011年2月5日(土)18時30分開場、18時50分開演
 ・会場:清澄白河・深川江戸資料館小劇場
 ・料金:全席指定3000円
   
○「第27回特撰落語会~桂雀々の『地獄八景』を聴く会」
 ・出演者:桂雀々「地獄八景亡者戯」「一文笛」他
 ・日時:2011年3月25日(金)18時30分開場、18時50分開演
 ・会場:清澄白河・深川江戸資料館小劇場
 ・料金:全席指定3000円
 
  【日本橋夜のひとり噺】
○「第9夜:三遊亭兼好の会」
 ・出演者:三遊亭兼好、入船亭辰じん 他
 ・日時:2011年1月19日(水)18時開場、18時30分開演
 ・会場:お江戸日本橋亭 ・料金:全席自由2000円
   
○「第10夜:柳亭市馬の会」
 ・出演者:柳亭市馬、入船亭辰じん 他
 ・日時:2011年2月1日(火)18時開場、18時30分開演
 ・会場:お江戸日本橋亭 ・料金:全席自由2000円
   
○「第11夜:三遊亭鳳楽の会」
 ・出演者:三遊亭鳳楽
 ・日時:2011年3月2日(水)18時開場、18時30分開演
 ・会場:お江戸日本橋亭 ・料金:全席自由2000円

2010年12月28日 (火)

W受賞

春風亭一之輔さんが、「平成22年度 第65回 文化庁芸術祭賞・大衆芸能部門新人賞」を受賞したそうです。
受賞対象は、「まちのゆめ・まちのこころ・まちのことば」落語会における話芸だそうです。
いつも贔屓にしている独演会「馬津郷寄席」における話芸ではないのが残念?ですが、一之輔さんは、「NHK新人演芸大賞」の大賞を受賞しており、W受賞となりました。
う〜ん・・・・。
おめでたいことは確かなんですが、恐らく私が一番聴いている二つ目さんなんですが、これでいいのかなぁと思います。
「それでいいのだ。」なんですかねぇぇ。
いずれにしても、大変おめでたいことで、結構な話です。

今年の様々な受賞者は以下のとおり・・・、だったはず。
  ○平成21年度文化庁芸術祭 「優秀賞」:五街道雲助
                     「新人賞」:桂平治
  ○国立演芸場花形演芸会   「大賞」:柳家三三
                     「金賞」:桃月庵白酒
  ○NHK新人演芸大賞      「大賞
」:春風亭一之輔
  ○紫綬褒章                :桂文珍

役者と名前

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社会やマスコミの常で、余計に騒ぐだけ騒いで、もう下火になりつつある話題から。
「歌舞伎役者の名前は自分のものではない。ご先祖さまから受け継いでいるもの。死んだらすぐに、息子にいく(継がれる)ものでもない。役者は芸にしっかり精進するだけだ。」
しい調で、長年の精進の末に人間国宝になったある舞伎役者が、例のおバカ役者が名跡を襲名するのが当然と思って振る舞っていたのを諫めるコメントをしたようです。
「名前は自分のものではない」という意味に、2つあると思います。
まずは、天賦のものではなく、ある地位やレベルにある(達する可能性のある)人に与えられるものだということ。
それから、その世界の「職位」、対外的な「肩書き」だということ。
いずれにしても、その家に生まれたということで、その名跡までの距離は一番近いかもしれませんが、その人の実力や行跡(行状)が相応しくなければ、当たり前のようには襲名や認定はさせてはいけないものであるべきです。
また、例えば、この名跡というのは、企業で言えば、「社長」だとか「専務」だとか「部長」だとかいうような、職位・肩書きのようなものと考えることもできると思うのです。
だから、既に襲名をしている名跡でも、その名前(職位・肩書き)に求められる業績・行跡が伴わなければ、更迭・辞任や解任もありうるということ。
だから、あのバカ役者、極端に言えば、人間国宝や大名跡襲名はおろか、斯界のために今の名前(=肩書き)を剥奪されてもおかしくないと思うのです。
相撲や落語の世界は、世襲ではありませんから、少なくとも前者の意味が貫かれています。
落語界でも、大きな名跡の襲名問題がありますが、名前は、本人や遺族(家)だけのものではなく、席亭や観客(贔屓)が認め、納得できる方法や人が襲名するのが肝要だと思うのです。

鰍沢・身延山と富士川舟運

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「甲府ぃ」や「鰍沢」という噺に欠かせないのが、日蓮宗(江戸時代は法華宗)の総本山の身延山久遠寺。
この身延山は、甲州から駿州に下る、かつての「日本三大急流」と言われた「富士川」の中流右岸にあります。
この富士川の沿線は、江戸時代に幕府に命じられた角倉了以によって拓かれた「富士川舟運」によって、甲斐と駿河の重要な物流ルートとして栄えたそうです。
甲州の鰍沢から駿州の(東海道の)岩淵まで、富士川を一気に下る(逆に苦労して上る)というルートです。Gaku_zoom
この隆盛は、明治以降は、鉄道が敷設・整備されて、物流が陸運に代わるまで続く訳ですが、義母の実家が、何代か続く鰍沢の舟運会社を経営していたそうで、そういえば、10年ほど前まで、当時使われていた蔵の一部も残っていました。
先般、義母の実弟(義叔父)が、この地に建っている、当時のことが書かれている碑文の訓読をし、それを簡単な文書にまとめて、わざわざ贈ってくれました。Fune_bw_2

いまチャレンジしようとしている「甲府ぃ」の主人公の善吉が、甲府から江戸へ出ていく途中、身延山へ5年の願かけのために立ち寄ったことになっていますが、善吉も、この賑やかな舟運の様子を横目に「みのぶ道(富士川街道)」を下ったことでしょう。
尤も、"甲府から江戸へ出る途中に身延へ立ち寄る"いう発想は、恐らく当時も少なかったことでしょう。
身延山は甲府から江戸からの途中にはありませんから。
まぁ、そのあたりは、落語のこととて、お許しいただけることでしょうが・・・。

どうして?

Image_03毎日の通勤に「Suica」の定期券を使っています。
この「Suica定期券」の具合が悪いんです。
改札口で機械にタッチすると「もう一度タッチしてください」と表示され、改札口が閉ざされてしまうんです。
「あれっ?おかしいなあ。タッチの仕方が悪いのか。何かの拍子に情報が破損したか・・?」

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よく、改札のパネルを定期入れごとバンッ!と叩く人がいます。
女性に多いようですが、よほど面白いことがなくて、機嫌が悪いのかな?なんて思ってしまいますが、非接触カードですから・・、あんなにしなくてもいいんです。
そんなことはともかく、考えました。
破損するようなこと、定期入れの状況など・・。
分かりました
定期入れで起きた変化と言えば、先日運転免許の更新をして、新しい免許証が・・。
新しく交付された免許証は、「IC免許」だというのが"売り"のようですから、2枚のICチップが重なった状態になってしまったという訳です。(多分・・。)
仕方ないので、定期入れの中で、なるべく2枚を離して入れることにしました。
そうか分かったアイ シー(IC・I see)

2010年12月27日 (月)

真打競演

テレビからラジオに梯子して、「真打競演」を聴きました。

 ◇ 芝浜     鈴々舎馬桜

芝の浜で財布を拾うシーンはカットされて、おかみさんに起こされるところから始まります。
時計を見れば25分程度の時間でしょうから、少し削る必要があるかもしれません。
前半の、あの三木助師匠の文学的な風情は出て来ませんが、馬桜師匠の軽快な噺が進んで行きます。

今夜は、静岡県袋井市での公開録音だったようです。

ゴールドライセンス

                ゴールドライセンス
運転免許の更新というのは、正直なところ、大変面倒臭いものです。
ゴールド免許が出来て、更新間隔が長くなったのは良いのですが、それだけに更新時期を忘れたり、かえって億劫になったり。
まあ勝手なものです。
5年前にも同じ免許センターで更新手続きをしましたが、いつもながらの景色でした。
優良講習は30分。
                               ゴールドライセンス
そう言えば、無駄に厚く豪華?だった教則本が、確か例の「事業仕分け」で話題になった記憶がありますが、いくらか地味になったのでしょうか?
よく分からないのが、「交通安全協会」という団体です。
昔から、免許更新の時には必ず勧誘されますが、何なのでしょう?
かつては、免許更新時には、必ず入会が義務付けられているかのような、一種のパニック状態にさせられ、高圧的とも思える勧誘に不本意にもお金を払ったのを覚えています。
様々なボランティア活動を行っている団体のようですが、どうもやり方が釈然としません。
いずれにしても、また5年間、安全運転を続けようと思います。

浅草お茶の間寄席

今夜は早めに帰宅できました。
夕食を食べながら、ローカルテレビの「浅草お茶の間寄席」。

  ◇ 肥甕     三笑亭夢丸

食事をしながら「肥甕」というのが皮肉です。

三笑亭夢丸師匠といえば、例の「新江戸噺」の試みが10周年になるということで、寄席定席4席での特別興行を行うようです。
来春1月下席から、新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場・国立演芸場で、40日間。
出し物は、公募した創作落語の中で、師匠の本の題名にもなった「えんぜる」。
全部昼席での興行のようですから、国立演芸場にでも行ってみましょうか。

まんが学校

小学校の低学年の頃、夕方6時頃のNHKテレビで「まんが学校」という番組がありました。
確か、漫画家の「やなせたかし」さんが先生役で指導してくださったのですが、この番組の司会者が「立川談志」さんでした。
短く刈った髪、ネクタイ・背広姿で、子ども心にスマートなお兄さんという感じでした。
落語家なんて知らない頃で、ましてやこの人が新進気鋭の、つい前年に落語家の大名跡「立川談志」を襲名した噺家さんだなんて、こんなに癖の、否"個性的"噺家さんだなんて、全く知りませんでした。
が、私の中の「立川談志」は、今でも「まんが学校」の司会者です。
談志師匠がNHKの子ども番組の司会をやっていた・・・。
昭和39年から41年まで続いた番組だったようです。

年賀状

年賀状
年々手抜きになる年賀状。
今年も酷いもので、先週末までは全く手をつかず、日曜日の夕方になり、いよいよ追い込まれて来ました・・。
出状数も、もう思い切って減らしました。
もう いいでしょう。
失礼・無礼の段は、ご容赦を・・・。 (*_ _)人ゴメンナサイ

2010年12月26日 (日)

ラジオ寄席

爛漫「ラジオ寄席」は、先代の金原亭馬生師匠の特集。
座談会のゲストは、お弟子さんの「五街道雲助」師匠。

 ◇ 二番煎じ  金原亭馬生

・・・いいですねぇ。55歳で亡くなってしまったんです。

平年並み?

               平年並み?
今朝は寒かったです。
久しぶりに休日なのに早起きをしました。
愛車のメーターパネルにある室外温度計が「0℃」と表示され、路面凍結注意のアラームが点灯していました。
本格的な、普通の冬の寒さになりました。

「落語昭和の名人」完結編

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小学館の「昭和の名人 決定版」の続編となる、「落語昭和の名人完結編」が、来年2月8日(火)より隔週火曜日で刊行開始されるそうです。
第1巻は桂枝雀師匠。
全巻購読申込むと、「昭和の名人出囃子CD」がプレゼントされるそうで。
勿論、「買い」です。

落語協会副会長

いささか旧聞に属するかもしれませんが、柳亭市馬さんが落語協会の副会長に就任されたそうです。
12月16日の理事会で決定したとのこと。
香盤とは直接関係ないとは言え、大抜擢ですね。
と同時に、市馬さんの器の大きいお人柄によるところも大でしょう。
小三治・市馬ご両人の正副会長ということで、ますます協会全体も楽しみになりました。

2010年12月25日 (土)

大手町落語会

大手町落語会
今日の「大手町落語会」は、年末に相応しい落語会でした。
   ◆ 熊の皮       柳亭こみち
   ◆  松曳き        桃月庵白酒
       ◆ 死神                 立川志らく
       ◆ 替わり目           古今亭菊之丞
       ◆ 芝浜                 柳家さん喬
                                   大手町落語会
やはり師走と言えば「芝浜」です。
そして、「芝浜」と言えば「柳家さん喬」師匠です。
さん喬師匠のことですから、実に丁寧な筋立てと演出で、静かに噺が進んで行きます。
最も大きな特徴は、主人公の魚勝に息子が生まれるところです。
「芝浜」の元祖とも言うべき桂三木助師匠では、子どもは登場しませんから、柳派独得の設定なのかもしれません。
隣の席の着物姿の初老の女性は、後半はずっとハンカチで目を拭っていました。

東京かわら版

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新年号だけに、「東京かわら版」の文字が金色に飾られています。
かわら版を見ると、「この落語会に行きたい」「あそこでこんな落語会がある」「○○師匠の会がある」「寄席定席の特別興行も捨てがたい」・・・と、色々な思いが錯綜して、仕事の都合と、財布と、ダブルフッキングのないように考えるだけで、楽しさ余って苦しくなります。
ですから、最近は、少し遠目に見る(読む)ことにしています。
来春は、初席の予定は入れませんでしたから、あまりパニックにならずに、落ち着いて目を通すことが出来ます。
平成も23年になるんですね。
そして、この「東京かわら版」も通巻445号になっていました。
私などは、まだまだ新参の愛読者でしょう。
定期購読して4年ぐらいですから、400号ぐらいからでしょうから・・・。

あたま山

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ケチの吝兵衛さんという人が、サクランボを種ごと食べてしまったため、種が頭から芽を出して、そのうちに大きな桜の木になってしまいます。
近所の人たちは大喜びで、この吝兵衛さんの頭に上り、「頭山」と名づけて花見で大騒ぎ。
吝兵衛さんは頭の上があまりにうるさいので、苛立ちのあまり桜の木を引き抜いてしまいます。するとその抜いた後に大きな穴が開きました。
ところが、この穴に雨水がたまって大きな池になり、近所の人たちが、今度は船で魚釣りを始めだす始末。
釣り針をまぶたや鼻の穴に引っ掛けられた吝兵衛さんは怒り心頭に発し、とうとう自分で自分の頭の穴に身を投げて死んでしまいました。・・・とさ。
シュールな落語のひとつと言われる「あたま山」です。
♪翔んでイスタンブール 人の気持ちはシュール・・♪
・・のシュールと同じでしょうか?
   ①「シュールレアリスム」の略。
   ②表現や発想が非日常的・超現実的であるさま。
・・だそうで、超現実的な落語ということでしょうか。
この噺、八代目林家正蔵(彦六)師匠もよくお演りになっていたようで、私が落研に入部して初めてやった落語が、この「あたま山」なのです。
音源はなく、ただこの正蔵師匠の速記があるだけ・・・。
「昔あるところに、けちん坊の吝兵衛さんてぇ方がおりまして・・・・」。
上手く、出来るはずがない。
同期たちは、「孝行糖、こうこうとぉ~」「転失気はござらんでな」「大人なんてのは罪がないなあ」「海老床の海老は患ってるな」なんて大受けしているのに、「自分の頭へ身を投げたぁ~」ですから・・・。

落語CDムック・立川談志1

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先日、フラッと立ち寄った本屋で見つけました。
「落語CDムック 立川談志1」(竹書房・1,260円)。
立川談志師匠のCD付きの特集本です。
 ◇ 芝浜      立川談志
 ◇ 源平盛衰記  立川談志
伝説の独演会「立川談志ひとり会」より厳選した名演音源だということです。
「芝浜」は昭和57年12月9日の国立劇場(三十周年記念立川談志ひとり会)。
この時、素人時代の立川志の輔さん、立川談春さんが客席で聴いていたという、超レア?な録音だそうです。
これがきっかけで、立川流の人気真打二人が、それぞれ談志師匠への入門を決意した伝説の名演なんだそうです。
「源平盛衰記」昭和57年6月18日 国立劇場(三十周年記念立川談志ひとり会)。
談志師匠の名著「現代落語論」のマクラから、ジョーク、ギャグ、時事ネタ等を盛り込んだ二つ目時代からの十八番ということです。
私は、残念ながら「談志教」の信者ではありませんから、談志師匠の音源は、あまり持っていませんが、勿論高座は、プラチナチケットをゲットして何度か聴いていますから、直ぐに買ってしまいました。
3巻シリーズのようです。
本書で師匠の経歴を見ていて、昭和39年 NHK「まんが学校」の司会 というのを見て懐かしく思いました。
この思い出は別稿で触れてみたいと思います。

2010年12月24日 (金)

OBの寄り合い

OB忘年会
御徒町駅前のビルの5階の店に、四分椿・蕪生・頓平・〆太・古狂の各先輩師匠方と乱志の6人が集まりました。
よりによってクリスマスイブの日に、オヤジ6人だけで集まるなんて、寂しい人か家にいられない事情のある人たちなんでしょう。
年齢と時間を忘れて、楽しい時間が流れます。
蕪生師匠「笠碁」、頓平師匠は「一目上がり」、そして古狂師匠には「湯屋番」か「真田小僧」を、OB落語会に出演していただくことにしました。
ご本人たちは、「長期計画で」と逃げ回っていますが、早くしないと、今度は命がなくなってしまいます(すみません)から、人生には思い切りも必要ですよ。

私はあまり詳しくないので・・

世の中、どこもかしこも無責任な人が増えているようです。
「イラカン」こと某総理大臣の逆鱗に触れ、とうとう更迭されてしまったという某国駐在大使の話。
この大使、もともと状況判断や情報分析が拙くて評価を落としていたところに、「イタチの何とやら」で、トドメの一言を発してしまった。
「私は、あまり某国に詳しくないので・・・」。
諫早干拓、否"いやはやまったく"、これは何も「イラカン」でなくとも、誰でも怒りますよ。
いやしくも日本を代表して全権を以って駐在している大使が、たとえそれが真実・本音でも、絶対に口に出して言ってはいけないこと。
それなら、そもそも大使など拝命しなければいい。
そして一旦重責を拝命したからは、全身全霊・命をかけて職務を全うしてもらわなくては。
この人、一体何をお考えなのでしょうか。
これが全権大使?本当に信じられませんね。
某国といえば大国で、その駐在大使といえば、大使の中でも最高格の大使の一人でしょうから、外務省のエリート中のエリートでしょう。
そんな、模範になるべき立場の人が、こんな腹の据らない(言動をしている)ようでは、領海侵犯している漁船に体当たりされても、固有の領土だと主張している島を不法占拠されても、国として毅然とした態度で臨めないのも当然でしょう・・・。
現政権が迷走していますが、前政権党のボロも多く残っているだろうし、官僚たちもこのていたらくですから、やはり、この国は危ない。
ここはひとつ、落語国の「てやんでぇぃ、べらぼうめ」ぐらいの天晴れな啖呵を切りそうな、肝の据わった人に出て来てもらわないと・・・。

落語百選≪58≫

Issue_58_1 「噺家列伝」は上方の「露の五郎兵衛」師匠。
あまり聴く機会はありませんでしたが、張りのあるいい声がとても印象に残っています。
 ◇ 五人廻し   入船亭扇辰
 ◇ 松曳き     桃月庵白酒
「五人廻し」は、以前コメントしたとおり、あまり題材として好きではありませんが、客観的に噺を聴くという点では、参考になる噺だと思います。
「松曳き」は、ストーリーの展開に何となく違和感がありますが、イージーリスニングな噺です。
「なんでも落語講座」は、"シュール"な落語がテーマ。
私が、生まれて初めてチャレンジした「あたま山」も、典型的なシュール落語だと言われています。
落語の世界ですから、怪奇・SF的な噺があってもいいでしょう。
「首提灯」も「胴切り」も、冷静に考えたらグロテスクだし、そもそもあり得ない状態です。
「そば清」も気味が悪い。
「一眼国」は、非常に含みのあるテーマだと思います。
「あたま山」?・・・難しい噺でした。

姫騙り(ひめかたり)

柳家小満ん師匠で聴いた「姫騙り」というのは、こんな噺です。
正月の飾りを売る男の声が聞こえてくる。
「市やまけた。市やまけた。しめか飾りかだいだいか」

十二月の十七日。浅草寺の境内は、年の市でにぎわっていた。
そんな喧騒の中を、お供を連れたお嬢様が通りかかった。
年のころは17・8、水も滴るようないい女。
「あれは楊貴妃の再来か。普賢菩薩か常盤御前、袈裟御前か晩の御前はもう済んだ…」
見物人が見とれていると、突然お嬢様がひっくり返った。
どうやら持病の『癪』が出たらしい。
お供のものは大慌てで、お嬢様を近くの【大野林庵】と言う先生の所へ担ぎ込む。
「この方は、とあるお大名の姫だ。浅草観音へご参詣の折、にわかの緒差込で難渋しておる。如何か見て差し上げてくれ」
「かしこまりました」
一世一代の大仕事に、張り切ってお嬢様の診察を開始した。
「苦しうない。もそっと近うへ…」
「は、ハイ…」
とりあえず触診と言う事になり、お嬢様の胸に手をかける。柔らかい肌…ふくよかな胸…。つい、力をこめてムギュッ!!
途端にお嬢様が「あれぇ!」。
すぐさま長いものを抜いたお供がなだれ込み、先生哀れ捕まった。
「観世音参詣の帰りゆえ、殺生はしたくないが、こんなことが漏れたら、切腹は免れない。一同の者へ口止め料を出してくれぬか?」
「ハイ!! で、いかほど…」
「二百両で如何じゃ?」
二百両渡すと、いきなりお嬢様が跳ね起きて先生をにらみつけた。
「やい、東庵、医者のくせに金貸しまでして、たいそうため込んだそうじゃないか。だから、一芝居うったんだ。これにこりて妙なまねをするんじゃないぞ。」
尻っぱしょりで、懐手。啖呵を切ると、お供とともに意気揚々と引き上げていく。ぽかんとする先生の耳に、売り子の声が聞こえてきた。
「医者負けた。医者負けた。姫かかたりか・・。」
先生思わず「大胆な…」              
・・・という・・。
280pxtaketori_monogatari_2あまり聴かない落語ですが、オチも含めていかにも落語!という噺かもしれません。
また、「美人局(つつもたせ)」みたいなストーリーです。
「美人局」というのは、夫婦が共謀し行う恐喝または詐欺行為。
妻が「かも」になる男性を誘って姦通し、行為の最中または終わった瞬間に夫が現れて、妻を犯したことに因縁をつけ、法外な金を脅し取ること。
妻でなく、他の女で同等の行為に至った場合でも類推されます。
どこをどう読むのかは判りませんが、とにかく「つつもたせ」と読むんですな、これが。
「姫」というのは、
女性の美称で、男性の「彦(ひこ)」の対語。
単独で用いて女性一般を表したり、「かぐや姫」のように、下につけて用いられました。
平安時代
以後は、貴人の娘を指していうようになります。
小さくてかわいらしく優しいというニュアンスも含まれるのでしょうか。
語源は「日女(ひめ)」で、「ひ」は美称とされているそうです。

学士会落語会新年例会案内

先日、「学士会落語会」の新年例会の案内が届きました。
・・・が、が、何とッ、当日は「朝日名人会」のチケットを買ってしまっていました・・・。 (ノд・。)
例会のゲストは、「入船亭扇遊」師匠・・・。
見事なダブルブッキング
涙を飲んで、「欠席」の返事をださないと・・・。
委員のみなさん、申し訳ありません・・・。

2010年12月23日 (木)

サニー

Tky201012200466とうとう米国を抜いて世界最大の自動車マーケットになった中国。
N自動車が世界戦略車「サニー」を、中国市場に先行投入するそうです。
えっ?「サニー」? 数年前に国内のラインナップから消えた、懐かしい名前です。
昭和40年代、ちょうど日本が今の中国のように、高度経済成長を続けていた頃、鳴り物入りで発表されたN自動車の戦略車が「サニー」でした。
260px1966_datsun_sunny_01車名を公募して決め、その発表の模様を、当時人気だったロイ・ジェームスの司会で、テレビ中継されたのを幼な心に覚えています。
そして、その数年後、「となりのクルマが小さく見えまぁぁ~す」というCMコピーも大ヒットした、サイズアップされた「サニー」が発売されました。
T自動車の「カローラ」との熾烈な販売合戦でした。
260pxdatsun_sunny_b110_001我が家では、このサニーから、何台が家族の一員になったことでしょう。
両親がそれぞれ乗っていましたから、合計で6~7台は乗ったでしょうか。
同じN自動車の「ブルーバード」、我が家初のT自動車の「マークⅡ」から「クラウン」に代わるまで、本当に愛着のあるクルマでした。
そうそう、いつも落語を一緒に聴いている「Iさん」の最初の自家用車も、私が「サニー」を勧めました。
その昭和の名車「サニー」の名前が中国で甦るという・・・。
となりのおクニが大きく見えまぁぁ~す

蛇足ですが、ちょっと整っちゃいました。
◆N自動車のサニーとかけて 除夜の鐘と解きます
  その心は、ゴーンがなければ始まらないでしょう・・

◆サニー中国投入とかけて 落語「心眼」の梅喜と解きます
  その心は、やっと日産(日参)の夢が叶いました・・

一兵卒・・?

一番に兵(軍)隊を統率できる人・・・「一兵卒」・・?まさか?

「一兵卒」は、戦前の兵隊を指す言葉で、一般的には身分の低い兵隊を指す場合や、自分のことを自虐的にさす場合に使う言葉です。
兵隊は、戦争で最前線でいわば使い捨てで、軍という機構の戦車や飛行機といったひとつの部品(兵器)でしかないといった意味から、使われています。
従って、どこぞやの政党の偉い方の言う「一兵卒」とて、一人の兵隊として、党(あるいは国家)のために、自ら使い捨て覚悟というか、部品となってまで働く、という覚悟を示していると思っていました・・・。
ところが、この偉い方は、政党の幹事長の要請を拒否しました。幹事長といえば、党務の一番の責任者。党の代表も同様の考えを示しているにもかかわらずです。
党最高幹部らの要請をいとも簡単に拒絶できるこの方は、そんなに"エラい"存在なのでしょうか?
常識的に見て、どこまでも自分勝手(勘違い)な人ですね。
よく、国のためになる頼りになる人を「国家有為の材」と言いますが、この方はもしかすると「国家有事の罪(ざい)」かもしれませんね。
こんな人一人すら御すことのできない無力で臆病な人たち、こんな品性のない人に尻尾を振って近づいて行く無節操な人たち・・・。
「みんなア○じゃあねえか?」って、火の番屋の宗助さんが、しみじみ言ってましたよ。
"火の用心〜 さっしゃりやしょ〜ぉぉう"

三年坂

三年坂
この坂を「三年坂」と言うそうです。
霞が関の財務省と文部科学省の庁舎の間の緩やかな坂です。
黒塗りの車が、頻繁に通過したり、停車したり。
「東京名所図会」には「三年坂は潮見坂の南に隣れり、裏霞ヶ関と三年町の間の坂なり、坂をのぼれば是より栄螺尻とす。又淡路坂ともいい、一に此処を陶山が関という」とあり、さらに「栄螺尻、裏霞ヶ関と三年坂の間、道路の盤曲する所をさざえしりと呼び、虎の御門より永田町に出る裏道なり、曲り曲りたる坂の名なり、亦此辺鶯多し、因って鶯谷というよしみえたり」と書かれているそうです。
H030016chiyodasannenzaka2_a_2「三年坂」という名の坂は、他の場所にもありますが、これらの坂は、一般に寺や墓地の近くにあり、「その坂で転んだものはすぐにその土を三度なめないと三年以内に死ぬ」という迷信があったのだそうです。
それゆえ三年坂と呼ばれたとのこと。
「この坂で転ぶと三年以内に死ぬ」・・か・・。
国家が転ばないといいのですが・・。

2010年12月22日 (水)

シネマ落語

Index_headd こういう落語の鑑賞もあるんですね。
東銀座の東劇で上映されている「シネマ落語・昭和の名人」。
TBSの「落語研究会」の映像から、4人の師匠の名演をオムニバス上映しているものです。
 ◇ 明烏       桂文楽
 ◇ 抜け雀      古今亭志ん朝
 ◇ 親子酒      金原亭馬生
 ◇ 掛取萬歳    三遊亭圓生

冷静に考えてみると、馬生師匠以外は、各師匠の落語研究会のDVD全集を持っていますので、視聴したかったら自宅でも可能です。
でも、広い暗い空間で、大きなスクリーンで鑑賞するのは、全く雰囲気が違います。
・・・改めて、昭和の名人の実力・力量の高さを感じました。
馬生師匠と圓生師匠が物凄くよかった。
気の毒なのは、弱冠34歳頃の志ん朝師匠。
他の3人の師匠が、円熟の時期の映像だったこともあり、並んで視聴すると・・・。
まあ、仕方のないことです。
でも、若くてキリリとした姿は、本当にカッコイイ。
馬生師匠の「親子酒」は、この中では小品の噺ですが、出色の高座だと思います。
圓生師匠は、義太夫・芝居の場の本式な演出に圧倒されました。
1ヶ所、登場人物の名前の言い違いがあって、言い直していたのが、上手の手から・・というやつで、愛敬になっていました。
文楽師匠を除いて、3人の師匠には、何とか間に合いました。
しかも、学生時代に、馬生師匠と圓生師匠とは、落研で仙台に来ていただいて独演会を主催したこともあり、開口一番や高座返しを勤めさせていただきましたから。
あぁぁ、昭和の名人。素晴らしきかな。

蕎麦をたぐりに

蕎麦をたぐりに
先日休みの日に、蕎麦をたぐりに行きました。
ちょうどお昼時の神田の某老舗蕎麦屋さんは、ほぼ満席。
この店には、夜は友人と何度か通っていますが、休日のお昼は初めてでした。
                        蕎麦をたぐりに
本当の酒好きというのは、蕎麦屋で粋に飲むものだと言われます。
隣の席の初老の男性が、粋に熱燗でやっていました。
海老のかき揚げと板わさで、熱燗をお銚子2本(合)ほど。
そして仕上げはせいろ2枚をたぐって。
真昼間からそんな人がいる訳ないって?
いやいやいるんですよ。
私が、その人を最初からずっと見てたんですから・・・。
間違いないんです・・。
ちなみにこちらは、天ぷらそばが1,800円也。
注文すると、おかみさん(らしい人)が、店員さんが取ってきた注文を、厨房に向かって「せいろ~1枚ぃ~」「お銚子1本・・」なんて、よく通る声で伝えます。
ちょいと乙にすました蕎麦食い話でした。

芝口御門跡

       銀座御門
新橋から銀座方面に歩いていると、「芝口御門跡」という碑を見つけました。
ここも、数あった江戸城の周囲の「御門」のひとつなのかなと・・・。

中央区銀座8丁目の中央通りと昭和通りの間にあります。
このあたり、南側の今の首都高速の下は、「汐留川」が流れ、中央通り(旧東海道)には、「新橋」が架かっていたそうです。
宝永7(1710)年、朝鮮の聘使(へいし)の来朝に備え、日本の威光を顕示するため、新橋の北詰に、桜田門に見られるような城門が建設されたのが「芝口御門」で、同時に「新橋」は「芝口橋」と改称されたそうです。
城門は橋の北詰を石垣で囲って枡形とし、橋のたもとの冠木門から枡形に入って右に曲がると、渡櫓があって堅固な門扉が設けられていたようですが、建築後15年目の享保9(1724)年に焼失して以来再建されず、石垣も撤去され、「芝口橋」はまた「新橋」の旧称に戻ったそうです。
・・・・色々な歴史があるものです。

訃報

かつての上司の訃報に接しました。
直接・間接に、3つの部署で上司・部下の関係にあった方でした。
半年ほど前にご本人を見かけたという方が、随分痩せてしまっていたと仰ってはいましたが、まさか、こんなに・・・・。
享年67歳。あまりにも早すぎるお別れです。
若い頃は非常に厳しく、時には強烈な叱責を受けたこともありましたし、部長・次長で仕事をしたこともありました。
一緒に部下として仕えた仲間と、ありし日の姿を思い出し、暫し語り合いました。

落語ファン倶楽部 Vol.11

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「落語ファン倶楽部 Vol.11」 が発売されます。
(笑芸人・2,000円)
今まで買って来た"惰性"もあり、早速Amazonに注文・・・。
実は、前の刊行の「Vol.10」もAmazonだったのですが、まだ梱包を解いていません。
やや内容に偏重がある気がするのは、私だけでしょうかねぇぇぇ。 

冬至・冬中・冬初め

今日12月22日は、「二十四節気」の「冬至」です。
一年中で、夜の時間が一番長い日です。

「冬至 冬中 冬初め」という言葉があります。
冬至は暦の上では、冬の真ん中ですが、本格的な冬(の寒さ)は、まだまだこれからです。
そのことから、「冬至冬中冬初め」(とうじふゆなかふゆはじめ)と言われているのです。
暦の上では「立冬」から始まる冬ですが、「二十四節気」というのは、須らく季節を先取りしているため、冬至の頃でもまだ厳しい寒さを感じません。
厳しい寒さは、実際には冬至を過ぎてから一段と増して来ます。
「冬至」の頃は、一年で最も太陽の高度が低いのに、寒さのピークにならないのは、大地も海も夏の温かさを内部に保っていて、急には冷えないからなのだそうです。
逆に、夏至が最も暑い頃とならないことも同じな訳ですね。

2010年12月21日 (火)

皆既月食

皆既月食
この滲んだ写真は昨夜の月。
今日は満月、そして天気が良ければ、夕方に何年ぶりかの「皆既月食」が見られるそうです。
誰彼時(たそがれどき)の東の空、満月が少しずつ欠けて行く様は、さぞや幻想的でしょうが、どうやら天気は曇りがちのようで・・・。

国立天文台では・・・・、
12月21日の月食(本影食、部分月食)は、15時32分に始まります。
しかしこの時刻には、日本のほとんどの地域で月が地平線の下にあり見られません。
したがって月は、月食が始まった状態(月が欠けた状態)で地平線から昇ってきます(「月出帯食」といいます)。
月食の経過は日本全国どこでもほとんど同じ時刻ですが、月の出の時刻は観察する場所によって大きく異なります。
東京では16時23分に月の出となりますが、この時の月は、すでに8割近くまで欠けた状態で昇ってきます。  
・・・・と言っています。

月月の月見る月は多けれど月見る月はこの月の月・・

・・の方( ほう)

「・・になります」という言葉の使い方と同様に、違和感のある言葉に「・・の方」というのがあります。
「ご注文の方はよろしいですか?」
「お買い物の方はお済みですか?」っていうやつ。
 →なんとかの"方(ほう)"なんて要らないだろう
それから、「大丈夫(だった)ですか?」というのもありましたよ。
「ご注文は、これで大丈夫ですか?」
「今お話して大丈夫だったですか?」っていうやつ。
 →よろしいですか?"・"構いませんか?"だろう
「こちらの方がコーヒーになりますが、大丈夫だったですか?。」
こういう会話や言葉を聞くと、虫唾が・・・、何とかなりませんか。

転失気

先日の「特撰落語会」の開口一番で、前座の「三遊亭ありがとう」さんが演った「転失気」という噺、なかなか奥の深い噺です。

おならのことを「転失気」という、「気を転(まろ)め失う」と「傷寒論(しょうかんろん)」という古い医学書に書いてあるといいます。
確かに、「傷寒論」は、中国の後漢から三国時代に張仲景という人が編纂した伝統中国医学の古典といわれるんだそうです。
内容は伝染性の病気に対する治療法が中心となっているようです。
この中に、本当に「転失気」が採り上げられているかどうかはともかく、堂々と古典の医学書の名前が出て来るんですから、凄いもんです、大したもんですよ。

私がこの噺を知ったのは、落研に入部した時、同期の「宝亭六方」さんの初めての噺だったからです。
和尚さんが「てんしきは盃のことだ」と珍念(坊主)に嘘を言われた時、即座に「」だから「呑酒器」だと言う場面がとても印象に残りました。
「呑む」の音読みは、通常は「どん」ですが、考えてみると「酒呑童子(しゅてんどうじ)」という使われ方もしているのだから、「呑=てん」もありなんだなと・・・。
落語というのは、こういう一般教養というか、知恵というかを、たくさん知ることができるんですね。

ところで、「おなら」というのは、「お鳴らし」が略されてできた女房言葉だそうで、「屁」よりも上品(あるいは婉曲)な言い方であるとされています。


和尚:「これ珍念や、当寺に代々伝わる三つ組みの"呑酒器"を持って来なさい。」
珍年:「へぇい、三つ組みの"転失気"ってぇと、ブリ・プー・スー!」

三光新道(さんこうじんみち)

   三光新道 三光新道
地下鉄日比谷線小伝馬町駅から人形町方面に向かう途中の堀留あたりに、「三光新道(さんこうじんみち)」という、なにか不思議な雰囲気の小さな路地があります。
前の字の勢いから「しんみち」と読まずに「じんみち」と読むのも粋ですか?
ご覧のとおり、「三光新道」「三光稲荷神社」と書かれたアーチがかかっているのですが、商店が並んでいる訳でもない・・。

この横丁、落語「百川」に出て来るんです。
「長谷川町・三光新道に常磐津の歌女文字(かめもじ)って言うんだ。そいつを連れて来い。」「三光新道に”か”の字のつく名高い人だと言えば直ぐに分かる。早く行って来い。」
やっとの事で三光新道を探し当て、「”か”の字のつく名高い人」と尋ねると「それは外科医の鴨池玄林(かもじげんりん)先生だ」と教えてくれた。


路地を奥に入って行くと、「三光稲荷神社」。
これまたこじんまりとしたお稲荷さんがあります。
とても不思議な雰囲気のビルの谷間の一帯です。
あぁ、でもこのあたりは「元吉原」の近くですから、こんな風情もありなのでしょうか?

2010年12月20日 (月)

情熱大陸

昨夜、TBSの「情報大陸」という番組に、「柳家三三」さんが出ていました。
TBSの宣伝文句。
「クラシカルだけどモダンな落語」。
同業者や通の客をも唸らせる話芸で今年の花形演芸大賞を受賞。
今、年間600以上もの仕事が舞い込む“超売れっ子”だ。
番組では、楽屋裏で繰り広げられる師匠との緊張感溢れるやり取りから意外な練習場所、ユニークなリラックス方法まで普段中々見る事が出来ない落語家の「リアルな日常」をお伝えする。
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また、この秋挑んだ大ネタ公演の準備で心身共に追い詰められた三三がとった行動とは?
落語とはこんなにも厳しく、孤独で、そして面白い世界だったのかと思わず膝を打ちたくなる場面が目白押しの30分。
落語を見たことが無い人にこそ、是非見て戴きたい。

彼の実力と人気に、極めて邪悪なジェラシーを感じている身から言えば、ちょっと綺麗すぎるのではと思います。
さらにお叱りを覚悟で言えば、この番組はTBSの"やらせ"的な要素も、多分にあると思いました。
ストーリーは、この11月に、三遊派の「三遊亭圓朝」と覇を競ったと言われる柳派の重鎮「初代談洲楼燕枝(だんしゅうろうえんし)」の大作「嶋鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ)」に、三三さんが3夜連続口演でチャレンジする姿を追ったものです。
この噺の舞台になっている三宅島に行く場面なんて、やや「???」と思いましたが、ファンの方々は感動したかもしれませんね。
ただ、稽古の様子や、寄席や落語会の楽屋や袖の様子がよく分かりました。
プロの噺家さんも、カラオケボックスで稽古をするんですねぇぇ。

著名な学者の延広真治さんによれば、初代談洲楼燕枝は、
生年: 天保9.10.16 (1838.12.2)
没年: 明治33.2.11 (1900)
幕末明治期の落語家。
亭号は「だんしゅう」とも。本名長島伝次郎。
江戸小石川伝通院表町生まれ。
19歳で初代春風亭柳枝に入門して伝枝を名乗る。
24歳で柳亭燕枝と改め真打。
明治18(1885)年,親交のあった9代目市川團十郎の名をもじって談洲楼を亭号とした。
創作力があり「嶋鵆沖津白浪」などを創ったほか、
狂歌発句にも才を発揮した。
好劇家としても知られるように、当初芝居咄を演じていたが、明治2・3(1869・70)年と続けて歌舞伎にまぎらわしい所作禁止の布令が発せられたが、その前後から素咄に転じた。
三遊派の三遊亭圓朝に対して、柳派の頭取として落語界を二分する存在であった。
浅草の源空寺に葬られた。

幕末から明治にかけ、三遊亭圓朝とともに落語界の双璧として名を馳せた初代「談洲楼燕枝」。
近年“落語の神様”として圓朝の作品が脚光を浴びるのとは対照的に、ほとんど顧みられることがなかった談洲楼の作品にチャレンジしたというのは、「柳派」の若きエースとしては、大正解だと思います。
むしろ、今までなぜ柳派の噺家さんたちが、圓朝物に手を伸ばすことはあっても、自派の燕枝物をやらなかったのが不思議なくらいです。
「嶋鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ)」を丸々やると、20日から1ヶ月はかかるそうで、三三さんは、3日間の公演で3カ所、一番面白いところをきちんとやって、前後はダイジェストでつなげるということにしたんだとか。
あぁぁぁ、行きたかった・・・・。
博打(ばくち)打ちの佐原の喜三郎と女郎の大坂屋花鳥、人殺しの坊さんに、敵討ちをしたい女郎屋の元主(あるじ)、スリが主人公という長編人情噺。
五人が三宅島に流されたいきさつや、島抜けして江戸に戻ってからの暮らしが描かれたそうです。
「せっかく柳家のご先祖さまが残してくださったんだから」と決意して、三三さんは、談洲楼が読み物として書いた文語体の本と、三代目春風亭柳枝が口演した速記本、講談の資料を基に台本を練ったそうです。
こんな果敢なチャレンジを、若手の噺家さんにどんどんやってもらいたいと思います。

真打競演

月曜日の夜のささやかな楽しみは「真打競演」。

   ◇ ずっこけ    五街道雲助

ここのところ、雲助師匠を続けざまに聴いています。
今夜の「ずっこけ」は、来月の日本橋劇場での「雲助月極十番」で、「文七元結」と2題がネタ出しされています。
勿論、「文七・・」聴きたさにチケットを買いました。

点て損じました

"稽古とは一より習い十を知り 十よりかえる元のその一" 
4_2茶道の教えで、初心を忘れてはならないという意味の、有名な言葉です。
これ、茶道に限らず、落語にも通じると思いますねえ。
茶道で、自分の点てたお茶を飲んだ時に、謙って「点て損じ(たてそんじ)ました」というのが、お作法なんだそうです。(厳密に言うと違うかもしれませんが・・・。)
いくら謙ったとしても、お客さまにふるまったお茶と同じものを自ら飲んで「失敗です」って言いますか?お客さまに「失敗作」を飲ませたのですか・・・?
Saho06「粗品(粗茶)でございますが・・・」「お粗末でございました」なんて、日本人は"引く"文化ですね。
落語国の住人には、そんなことは通じませんね。
「美味い"粗"茶」・「名人の描いた"粗"屏風(絵)」・「"粗"座布団」なんていう表現は好きですね。

快速運転に・・

快速運転に・・
電車に乗っていて、車内のアナウンスに笑ってしまうことがありますが、昨日の常磐線の車内アナウンスは笑いました。
低音でドスのきいた声で、「ただいまの時間、京浜東北線は快速運転に"突入してしまいました"ので、日暮里駅には停車いたしません。」・・
意に反して突入してしまったようで、これは関係者もびっくりでしょう。
もしかすると、「・・になります(なっております)」よりも、他力本願な言い方ですが、声に迫力があったので、変な説得力がありました。
私もびっくりしました。

三人旅一人乞食

「三人旅一人乞食」なんていう諺?があります。
三人で旅をすれば、一人が仲間外れになったりして「貧乏くじ」を引くということ。
要は、旅は偶数で行くのがいい、ということなのでしょうか。
三人で旅をして、二人が話をすると、一人が浮きがちになります。
ですから、旅は「丁目(=偶数)」で行くのがいいようです。(^-^;
尤も、旅に限らず、三人で何かをやっても、必ずそのうちの一人が仲間外れになってしまうということで、実感できますねェェ。
落語の「三人旅」でも、一人が"犠牲者"になりますよ。
でも、一人だけが常に仲間外れになるのではなく、場面場面で仲間外れになる人が変わるから、快感とストレスのバランスがとれて、全体として仲良く旅を続けて行く。
これが落語の素晴らしいところ。
仲間外れにしてはいけないとは言わない。奇数になれば仲間外れは起こってしまう。でもそこは美味くやり繰りして行く。
人の人生や暮らしもそうなのだと思います。
バランスがとれない、バランスが崩れて一人だけが仲間外れになる(する)から、すさんだ人間関係やいじめが起こってしまう・・・。

2010年12月19日 (日)

懲りずに上野"駅なか"


上野駅の"駅なか"が一部オープンしました。
まだ工事中の部分も多く、グランドオープンは、来年3月のようです。
どこの駅も同じようになって、不揃いに店が出ていた昔は昔でよかったのですが。
女性を意識したこじゃれた店が多く、この部分を見ても、「上野駅」ではありませんね。

上野駅らしいと言えるとすれば、上野公園内にある博物館や美術館のチケット売り場があるところでしょうか。
以前から、公園口の改札口のところにありましたが、場所も移り、垢抜けたブースになりました。

グルメは、まだこれからなのでしょうが、日本橋の老舗の洋食屋さん"たいめいけん"がオープンしているのには驚きました。
帰宅途中に引っかかって、オムライスを食べてしまうことでしょう。

特撰落語会

「居候 三杯目には そっと出し」という川柳からいえば、3日連続での落語会は、そっと行かなくてはいけないかもしれません。
さあ、いよいよいつものペース?になって来ましたぞ。

冬の噺・長講対決「第25回特撰落語会〜さん喬・雲助二人会」

  ◆ 転失気      三遊亭ありがとう
  ◆ 短命        柳家小んぶ
  ◆  富久             五街道雲助
  ◆ 掛取萬歳     柳家さん喬

二人の師匠が1席ずつ、たっぷりと長講を聴かせてくれました。

落語観賞会

昨日、仙台では、わが後輩たちの主催で「落語観賞会」が開催されました。Img_0002

創部の精神「仙都にわらいを」のコンセプトのもと、数多くの噺家さんに来ていただき、仙台市民の皆さんに、江戸の笑いを提供して来ました。
・・・なんて、力を入れることはないのですが・・・。

 ◆ 熊の皮      古今亭志ん八
 ◆ 悋気の独楽   入船亭遊一
 ◆ 狸賽        古今亭志ん八
 ◆ ねずみ      入船亭遊一

在仙の駄馬師匠によれば、志ん八さん、遊一さんの二人の二つ目さんの噺のみならず、落語に対する姿勢が素晴らしかったそうです。
大変楽しい落語会になったようです。

本日は、OB会も少し絡んで、遊一さんが、部員たちに直接指導してくださることになっています。
プロの噺家さんと接する機会のない部員たちにとっては、大変貴重な経験になると思います。
ちょうど、創部時代の先輩方が、全生・朝太・小ゑん・吉生・さん治などという、若手の噺家さんに助けていただいたように。

おしょすい

桂三木助師匠の「ねずみ」の中で、ねずみ屋の店先に「飛騨高山甚五郎作・福鼠」と書いてあるのを見つけた近所の人と、主人の卯兵衛との間で、以下のような会話の場面があります。

「とっつぁんのところに、甚五郎名人の彫った物があるだかね?」
「えぇえぇ、ありますよ。」
「ある。そんじゃぁ、とっつぁんと甚五郎名人とは心安いだかね?」

「心安いなんて言われるとおしょしいですがねぇ・・。」
「いやぁ、そんなに照れることはねぇよ。」      
・・・という。
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言い方は各地で微妙に違うようですが、東北から信越地方の広い地域で、「おしょしい」・「おしょすい」・「おしょうしい」という方言が使われているようです。
これは、「恥ずかしい」・「きまりが悪い」・「照れ臭い」というニュアンスの意味なのだそうです。

これは漢語が方言になった一例だと言われているようです。
時代劇などで「笑止千万」とか「笑止の至り」などと言う場面がありますが、この「笑止」が語源なんだそうです。
笑いが止まらないこと、笑うべきこと、気の毒でおろかなことを指しますが、ひるがえって、恥ずかしいこと、照れくさいことの意味になったという訳です。

さあて、大変に驚いてしまうのは、桂三木助師匠のこの台詞です。
「ねずみ」の舞台は仙台です。
芝居や映画なら、時代考証や方言指導が緻密に行われ、登場人物は全て仙台弁になるのでしょうが、落語では"ねずみ屋"の主人の卯兵衛も息子の卯之吉も、"虎屋"
の丑蔵も、江戸弁で話します。例外は、土地の人たちは、何弁と特定できない訛りを入れた言葉で話します。
このあたりが、落語が聴き手の想像で作り上げられている芸能であるという証左でもあります。
甚五郎だ、仙台だと言っておきながら、あまり時代や場所や人を固定させないという考え方や技法によるものです。
ところが、三木助師匠は、この一言だけ、江戸弁(≒標準語?)を使っている卯兵衛に、仙台弁で喋らせているのです。
私は、ここを聴いて「うぅ~~ん」と唸ってしまいました。
でも、こんな言葉の演出は、江戸や江戸以西の人は聴いていても分かりません。
このあたりが、三木助師匠の強烈なこだわりなんだろうなと、勝手に理解しました。

私も、「ねずみ」を二度高座にかけました。
一度は一昨年の仙台での「OB落語会」で、もう一度は今年の東京での「学士会落語会」の高座です。
勿論、三木助師匠のこの演出の部分もいただいて、台詞の中に織り込みました。
仙台では、この台詞の直後に笑いが起きました。
一方、東京では、予想どおり全く反応がありませんでした。
それでいいんです。
仙台では絶対に受けて欲しい。
でも、東京では聞き流してもらえればそれでいい。

2010年12月18日 (土)

羽子板市

    羽子板市 羽子板市  
「人形町らくだ亭」で、柳家小満ん師匠が、「昨日、浅草の羽子板市を覗いて来た。市川海老蔵のもあったみたいだが、あんまり売れていないようだ。羽子板市の業者が、羽子板に海老蔵の反省文が貼ってあった。笑点メンバーのもあった。」なんていうマクラを振ったので、「そうだ。昨日と今日は羽子板市だ。」と思い出しました。
「らくだ亭」の会場からは、都営浅草線で一本で行くことができますから、一緒だった「Iさん」と、落語会が終わった後、行ってみました。
小満ん師匠の一言で、あの会場から、我々二人も含めて、かなりの人が浅草まで足を伸ばしたのではないかと思います。
  羽子板市 
海老蔵のと笑点メンバーのもありましたよ。
それにしても、手が込んでいるとはいえ、なかなかのお値段でした。

懲りずに浅草

           懲りずに浅草
また性懲りもなく、浅草に来てしまいました。
きっかけは、「人形町らくだ亭」の柳家小満ん師匠の一言。
一緒に落語会に行った「Iさん」に浅草案内をしようということです。
仲見世から観音堂を参拝し、羽子板市を覗いて、伝法院通りを経て六区へ。
仲見世で、手焼き煎餅を買い、食べ歩きながらの仲見世ブラです。
今夜は、かなり丸くなった月もワンショットに収めることができました。
月下に羽子板市で賑わう浅草寺の五重塔から建設中の東京スカイツリーを望む景色もいとあはれなり。
   懲りずに浅草

人形町らくだ亭

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昨日と連日の落語会。
寄席・落語会徘徊は、こうでなくっちゃあという訳です。

この落語会としては珍しい、休日の昼間の開演です。

 ◆ 万金丹     五街道雲助
 ◆ 姫騙り      柳家小満ん
 ◆ 二番煎じ    古今亭志ん輔

この落語会のコンセプト(レギュラー交代出演)が好きで、ここ何度か通っています。
今回は、前半は、やや地味な噺。
「姫騙り(ひめかたり)」は、恐らく、生で聴くのは初めてだと思います。
小満ん師匠の渋い芸が光ります。
楽しそうな高座を見ていると、こちらも楽しくなる感じ。
マクラで、昨日から浅草の「羽子板市」という話題が出ました。
「そうだよ。上野駅にでかでかと宣伝してある羽子板市だ。ここ(人形町)からも遠くないな。」

らくだ亭志ん輔師匠、この「二番煎じ」も珠玉ですね。
丁寧に、仕草や表情も豊かに、しかも品良くまとめられています。
いいなあぁ。面白いなぁ・・・。

小網神社

小網神社
人形町に隣接する日本橋小網町にある「小網神社」。
日本橋に昔から鎮座する稲荷神社で、1929年に創建された社殿の正面左右の梁には昇り龍と降り龍の彫刻が施されています。
戦時中、度重なる空襲から神社を守り、出征した氏子全員が無事に帰還したことから別名「強運の龍」と呼ばれ、強運厄除けの力が宿るといわれています。
毎年11月に行なわれる新嘗祭「どぶろく祭り」から正月までの間に授与される「すすぎみみずく」は、強運厄除けのお守りといわれ人気が高いお守りだとか。
この「強運」にあやかろうという訳で、落語会の前にちょいと足を伸ばして、手を合わせて来ました。

検算・・・

昨日、いつものように「東京落語会」でご一緒させていただいた頓平師匠と した時に、先日の「千両八百十三年」が話題になりました。
頓平師匠が計算したところ、毎日800文を使えば、確かに13年で使い果たしてしまうことになるということです。

1両は4貫(4,000)文ですから、1,000両は4,000,000文。
1日800文で割ると5,000日。さらに365日で割ると13.698年になる。・・・確かになりますねぇぇぇ。

八百八町、八百八橋、嘘八百などという時の八百は、極めて数が多いという意味で使われていますが、この諺では、珍しく?正しく算数が成り立っています。

ところで、800文は、0.2両ということです。
現在の通貨の価値との比較は難しいですが、仮に1両を100,000円に換算すると、20,000円ということになります。
庶民感覚で言えば、毎日20,000円使うなんて、かなり贅沢に過ごせますよ。
それを13年続けることができる。
千両というのは、大金なんですね。

「日千両」というのも以前話題にしましたが、朝の魚河岸・昼の芝居・夜の吉原は、一日千両のカネが動いたということですから、江戸のエネルギーを感じることができますね。

今年の漢字

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「今年の漢字」が、いつの間にか発表され、「暑」になったそうです。
記録的な「猛暑」日の連続により、熱中症にかかる人が続出、 「暑さ」対策の支出と野菜価格の高騰が消費者の生活を直撃。
自然界では魚介類の不漁や、山で餌不足となった動物が人里に出没、 いつまでも続く「酷暑」に地球温暖化の警鐘を感じた。
チリ鉱山のトンネル内落盤事故では、地中の「暑い」中から、 作業員全員が生還したことで人々は勇気づけられ、 「はやぶさ」は大気圏突入時の猛烈な「暑さ」に耐え、無事帰還し、 日本の未来への希望を届けた・・・ 。
・・・だそうです。
確かに暑かったですが、今ひとつインパクトに欠けますね。
過去10年ぐらい遡ってみました。
 2000年 「金」  シドニー五輪で高橋・田村が金
 2001年 「戦」  同時多発テロ
 2002年 「帰」  朝鮮に拉致された人が帰国
 2003年 「虎」  イラク戦争、タイガース優勝
 2004年 「災」  中越地震・各地で豪雨・三菱リコール隠し
 2005年 「愛」  愛・地球博
 2006年 「命」  悠仁親王誕生
 2007年 「偽」  食品偽装、防衛省汚職、番組捏造
 2008年 「変」  オバマ大統領「チェンジ」、気象・経済等の変化
 2009年 「新」  政権交代、新制度

国立演芸場の木戸銭

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国立演芸場の木戸銭が改訂されるそうです。
理由は「諸般の事情により」ということですから、色々とあるんでしょう。
定席公演の前売割引(200円)がなくなるということです。
定席の入場料2000円のところが、前売りで購入すると1800円だった訳で、1000円台というのはとても割安感がありました。
今風に言うと"とってもリーズナブル"でしたよ。
一律2000円になったからと言って、アンリーズナブル、アンビリーバブルという訳でもありませんが・・・・。

2010年12月17日 (金)

東京落語会

               東京落語会
信じられないことですが、今月初めての落語会です。
やはり、「仮名手本忠臣蔵」で散在をした影響が出てしまいました。トホホ・・・。東京落語会
先月来られなかったので、2ヶ月ぶりの「東京落語会」。

 ◆ 袈裟御前        春風亭鹿の子
 ◆ 締め込み        柳亭燕路
 ◆ 城木屋          桂歌春
 ◆ 小言幸兵衛       三遊亭好楽
 ◆ 三方一両損       金原亭世之介
 ◆ 夢金           柳家さん喬

1週間の疲れが出たものか、とにかく眠い・・・。
仲入り前までは、かなり意識が混濁状態にありました。
世之介さんの「三方一両損」は、しっかり聴かせていただきました。
私が、師匠と作ったオチ、お白州で膳を食べるシーンのないオチは、絶対に負けないと思っていますが、師匠のご指導で、余計な会話を削ぎ落した内容にも自信がありますので、じっくり比較させていただきました。
トリのさん喬師匠の「夢金」は、全体的に上品な作りになっていて、私の嫌いな部分が、かなり少なくなっているのが嬉しかったです。
オチもさりげない、あっさりしたもので、これまた好印象でした。

暮れの皇居

世が世であれば、"かしこどころ"のお住まいを、上方から見下ろすなどと言うのは、とんでもない暴挙だったでしょうが、こんな角度から緑や紅葉を見ることが出来るのは、大変幸せなことだと思います。
      
この景色は、ずっと昔から見慣れているもので、お堀端にあるビルの11階から眺めたもので、大手門から本丸跡や御所を俯瞰し、その向こう側に、新宿などの高層ビルが林立しているのを確認できます。
天守跡から北の丸方面
大手門から二重橋方面
この11階は、社員食堂になっていますから、毎日食事をしながら眺めたものでした。
松の廊下や大奥、天守があった場所などを見ながら。
暮れだからと言って、普段と変わることなく、静かな佇まいを見せてくれています。
平和な景色です。

三代目桂三木助落語全集

三代目桂三木助落語全集

小学館からのDM。
三代目桂三木助師匠のCDボックスの宣伝。
三木助師匠が亡くなったのが、確か昭和34年だったと思います。
没後50年を過ぎても、派手ではありませんが、未だに根強いファンがいるんですね。
芝浜・火事息子・ざこ八・ねずみ・たがや・へっつい幽霊・・。
ちょっと高いキーで穏やかで粋な語り口は、職人肌で玄人好み。
マクラでは、落語らしからぬ文学的な表現にも凝ったりして、芝浜などは芭蕉の白魚の句を入れたり。
"明ぼのや しら魚しろきこと一寸"
私の「ねずみ」も、そのルーツは三木助師匠で、台詞の中に、巧みに仙台弁が入っていたのには驚いたものです。
(これは別の機会にご紹介することにします。)
〆て31,500円也・・・。

2010年12月16日 (木)

偶然のすれ違い

地下鉄の駅の改札口で、前の会社の先輩に偶然ばったりと。
私より3年上の方で、同じ職場での経験はありませんでしたが、ある拠点の前任と後任で引継ぎをさせていただきました。
実は、明治大学の落研のOBの方なんです。
明治の落研では、ちょうど「紫紺亭志い朝」の三宅裕司さんと同期ぐらいではなかったかと思います。
社内で、落研出身といえば、この方が大変に有名でした。
でも、当時は二人で落語談義をする機会はありませんでしたが・・・。
本当に久しぶりのとても嬉しいすれ違いでした。

"駅なか"まもなくオープン

    
暮れもだんだん押し迫って来て、相変わらず慌しい朝の駅も、さらに暮れの忙しさが加わったような気がしています。
ところで、この秋からリニューアルのために、全店がクローズしていた上野駅のホーム上の"駅なか"が、18日にオープンするそうです。
・・が。、素人から見ると、「本当に18日にオープン出来るのかな」と心配になってしまいます。
       上野
あと2~3日しかないのに・・・。
店舗は覆いが被っているし、天井は剥き出しだし・・・。
どんな店が出るのかも知りませんが、本屋さんだとか、ちょっと休息できる場所とか、きっとあるんでしょう・・・。
      

緊急地震速報

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気象庁が緊急地震速報のシステム改修のために、現在東京で運用しているシステムを、作業の間一時的に大阪のシステムに移すそうで、この時にシステムが作動しない状態が発生するそうです。万が一その時間に緊急地震速報の対象になる地震が発生した場合、最大で10秒速報が遅れる可能性があるということで、是非ご理解をと呼びかけているというニュース。
そんなに申し訳なさそうに言わなくても・・、と思いませんか?
意地悪な言い方をすれば、今まであまりこの速報の恩恵を受けているという感覚はありませんからねぇぇ。
大きな地震がなくて良かったという裏返しでもありますが。
尤も、最近は、「モンスター・・・」とかいう、とんでもないクレーマーや"自己中"な輩がおおぜいいますから・・。大変ですね。
気象庁は、緊急地震速報システムの改修作業を実施すると発表。
その作業に伴い、万が一、12月15日と22日の午前2時〜2時10分の間に地震が発生した場合、速報の発表が最大10秒程度遅れる場合がある。
現在、緊急地震速報システムは本庁(東京都)と大阪管区気象台(大阪府)にあり、通常は東京のシステムから速報を発表している。
今回の改修作業は東京のシステムが対象であるため一時的に大阪のシステムからの発表に切り替えることになるが、切り替え作業中、一時的に地震速報の発表ができない時間帯が生じる。同庁は「作業は地震活動状況を確認しながら慎重に行う」としているが、この間に地震が発生した場合、緊急地震速報情報の作成は行うものの、最大10秒程度の遅れが生じるという。
・・・ということです。

「地震」て、「じしん」と読むのか「ぢしん」か、どちらなのでしょう。
私の携帯では「ぢしん」では漢字変換出来ず、「じしん」でないと駄目でした。
Yahooの辞書も「ぢしん」では該当なく、「じしん」でした。
「地」は「ち」ですから、素朴に「ぢ」が正しいと思うのですが・・・・、何かルールがあるのでしょうか?
何か釈然としないんです。
「鼻血」は、「はなぢ」でないと出て来ないのに・・・。
これでは、てんで"はなち(話)"になりませんな。

ところで、昔は、恐いものの代名詞に、「地震・雷・火事・親父」なんて言われていたそうです。
ところが、落語には、「地震」だけはあまり登場しないんです。
「雷」は、「宮戸川」などで濡れ場?の呼び水になっています。
「火事」はもう、「火事と喧嘩は江戸の華」ですから。
「親父」は、倅を勘当したり、小言を言ったり、勝手し放題。
ところが地震は、どういう訳でしょう・・?
私なりに解釈すると、他の3つは、脇でその災難を他人事で見ている(笑う)ことができますが、地震だけは全体が揺れますから、自分もそれどころではないということで、本当に恐ろしかったんだと思います。
他のものに比べて、頻度は少なく、何の前触れもなく突然やって来ますから、洒落にならなかったんでしょう。

後ろ姿

後ろ姿
先日、「落語百選」での橘家圓太郎さんの「鰻の幇間」のDVDで見つけた、客席の自らの後ろ姿。
ある知人から、「凄いですねえ。何が凄いって、一番凄いと思うのは、ナルシスト度
「落語の映像を視ていて、落語以外に"アテンション"が行ってなければ、普通見つからないよ
「いつも自分のことを一番に考えてるってことが証明されました
確かに、写真で頭に手を載せているのが、間違いなく私ですが、余計なお世話ですよねぇ。
アテンション プリーズ・・・。
「ナルシス亭乱志」で何が悪いの・・。(醜い開き直り?)

暮れの霞が関


霞が関の財務省の庁舎などが並ぶ官庁街の暮れの景色。
予算の季節ですから、この建物の中では、様々な議論や駆け引きが行われていることでしょう。

朝日名人会通し券

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またまた、「朝日名人会」の通し券の募集が行われています。
大変人気のあるプラチナチケットで、ここのところ連戦連敗ですから、今回も期待はせず、さりとてエントリーはしておこうという訳で、葉書に必要事項を記入して送りました。
来年1年間10回の公演を決まった席で聴くことができるので、何とかゲットしたいと思っているのですが、発売席は計170席。一人2席まで。先着順ではなく抽選。
料金は、10公演=40,000円/席、5公演20,000円/席。
ご丁寧に、アンダーライン引きで、以下の注記がされています。
★通し券へのご応募が年々増えており、ご希望に沿えないケースが増えることも予測されます。あらかじめご了承くださいますようお願い申し上げます。 
そんなことは、ハナから分かっとるわい。
・・・今回も駄目なんでしょうね・・・・。

久しぶりに来月の会は、何とか「チケットぴあ」で購入できました。
出演者は、「柳家さん喬・五街道雲助・林家たい平・隅田川馬石ほか」という豪華メンバー。
それよりも驚いてしまうのは、3月公演のメンバーです。
柳家小三治・立川志の輔 ・柳亭市馬・桃月庵白酒ほか」
それぞれの独演会や出演する寄席や落語会の席やチケットが、超満員・即日完売になる噺家さんばかり集まって・・・。
来月発売されますが、このメンバーで、チケットをゲット出来るはずがありませんよね。
やれやれ、ふぅ~ッ             

2010年12月15日 (水)

三角関係?

Tohokugate2_0403「三角関係」って言っても、決してややこしい関係ではありません。
大学の(同学部の)同期のTさんと、会社の(同じ職場だった)同期のYさんとは、偶然高校の同窓だということで、高校・大学・会社で、それぞれ一人だけ"仲間外れ"になる3人が、以前からやろうやろうと言っていた「三角関係同窓会」が実現しました。250pxe4bfaee98193e5ada6e59c9201
Tさんはテニス、Yさんはサッカーで名を馳せたスポーツマン。ここは私が仲間外れ。
落語で言えば、「三人旅ひとり乞食」というやつですな。
最近、この二人が高校の同窓会で再会したそうで、その時に私の名前が出て、今度は3人でやろうということで実現したという訳。

二人は、某大都市の名門校の出身で、若い頃はスポーツマンで"ま~イケ面"。
一方の私は、過疎地の弱小校の出で、若い頃から落語の好きな"ま~ヌケ面"。
・・・えらい違いです。
二人の地元の郷土料理の店で旧交を温めました。
時間の経つのを忘れました。

明けの明星・・?

          明けの明星・・?
朝の通勤の駅のホームからの見た、夜明け直後の明星です。
「あかつき」くんは、とりあえずあの星の近くまでは行ったんですね。
今頃どうしているんでしょう。
"捲土重来"を期して、太陽電池に充電しながら飛び続けているんでしょうか・・。
いやいや星の軌道に入るべく満を持しているんだから、"捲金重来"か"捲道重来"かな・・。

つくっても笑顔・・


3年ほど前に、「古今亭志ん輔」師匠からいただいた色紙に、師匠が「つくっても笑顔」と書いてくださいました。 (゚ー゚)
2008年の「学士会落語会」の新年の例会後の懇親会でいただいたものです。ヽ(´▽`)/
「ビクター落語会」での「お見立て」が物凄く良くて、その直後だったので、思わずご本人に感想を言ってしまいました。
その時の志ん輔師匠、照れ臭そうに、「どうもありがとうございます」なんて言ってたっけ。
この高座は、その後、「ビクター落語会」のDVDのシリーズで発売されています。
勿論、志ん輔師匠の第1弾が「お見立て」ですから、私の見立ても正しかったということでしょう。
「つくっても笑顔」・・・・。(*^-^)
たとえ作り笑顔でも、笑顔でいる方がいい・・。 o(*^▽^*)o
勿論、心からの笑顔が一番素敵だけれど、ぶっきらぼうな顔をするより、作り笑顔の方がずっと温かい・・、そんな意味なのかな・・。(*^ω^*)
形から入れば、そのうちに本当になる・・、ということかな?
という訳で、皆さん、やはりいつも笑顔でいましょうよ。 (o^-^o)

大安売り

「大安売り」なんていう演題ですから、何か商売の噺かと思いますが、相撲の噺なんですね。
もともとは上方の噺ですが、最近はかなりポピュラーになりつつあります。
主人公の力士の、あんまり危機感のない姿勢が、「頑張らない」ことを評価する今日の一部の考え方にマッチするのでしょうか。
全身の力の抜けたような、けだるい雰囲気が魅力の噺なんでしょうか・・・?
この噺、長らく埋もれていたのを、昭和40年代後半に上方落語の長老の「橘ノ圓都」師匠が若手に伝授したネタなんだそうです。
比較的軽い噺でクスグリも多く、上方では多くの演じ手がいるそうです。
現在は、先日の「ラジオ寄席」でも放送されましたが、東京の「三遊亭歌武蔵」さんの十八番だというのは、歌武蔵さんが相撲の出身なだけに、納得できる話です。
上方落語で相撲を題材とした演目は、ほかに「鍬潟」・「花筏」・「相撲場風景」などがあり、今日でも、東京でもよく演じられています。
相撲と落語というのは、相性が良いのでしょうね。
         櫓太鼓が隅田の川に 櫓太鼓が隅田の川に
町内の若い衆が、顔見知りの相撲取りを街で見かけ、声をかける。
この相撲取り、本場所で上方に行っていたとの事。
若い衆が結果を尋ねる。
相撲取りは、無我夢中で相撲を取ってまいりましたが、勝ったり負けたり。
初日は、思い切り突っ込んだが、はたきこみで負けましたと。
緊張して固くなっただろうからしょうがない、二日目はどうだった?と若い衆。
それに対し相撲取りは、今日こそは負けられぬ。
親方衆、御贔屓衆のお情けに対し、申し訳が立たぬと臨んだ取り組みは、得意の右差しで頭をつけて、ぐいと土俵際まで寄りましたが、うっちゃりで負けました、とのこと。
相撲取りはその後も「今日こそは親方衆、御贔屓衆の御為に」と前置きをして話をするものの…。

甲府ぃ

260pxkuonjitemplehondou「落語百選」にある、入船亭扇辰さんの「甲府ぃ」を視聴。
扇辰さんは、噺の組立てがしっかりしているのと、言葉もはっきりしているので、「ねずみ」の時もCDを聴いて、参考にさせていただきました。
そもそも「甲府ぃ」という噺は、法華(日蓮宗)の宣伝噺だなどという向きもあるようで、志ん朝師匠も、出だしで「穏やかなところをお聴きいただきますが」と仰っているように、大事件が起こるとか、騒動になるというところの全くない噺ですから、実に難しいと思うのです。
4036594712_ea403b4a4扇辰さん、冒頭で「広々と心狭しき野糞かな」なんていう、汚い川柳を持ち出したりして・・。
考えれば考えるほど、この噺は難しいのではないかと思うようになりました。
扇辰さん、「豆腐〜ぃ、胡麻入りぃ、がんもどき〜ぃぃ」を、長ぁ〜くやってたなぁぁぁ。
この売り声が難しいんだろうなぁ。

2010年12月14日 (火)

討ち入り

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元禄14年3月14日(1701年4月21日)、播州赤穂藩主の浅野内匠頭長矩が、高家旗本の吉良上野介義央に対して江戸城殿中において刃傷に及ぶ。
浅野内匠頭長矩は殿中抜刀の罪で切腹となり赤穂藩は改易となった。
遺臣である大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47名(四十七士)が、翌元禄15年12月14日(1703年1月30日)に吉良屋敷に討ち入り、主君が殺害しようとして失敗した吉良上野介を家人や警護の者もろとも殺害した。


赤穂義士たちが吉良邸に討入り、仇討ちの本懐を遂げたのが元禄15年12月14日。
国立劇場では、12月歌舞伎公演『仮名手本忠臣蔵』が大人気のようです。
そりゃあそうでしょう。私が観劇するぐらいですからね。
News101208_4先日、国立劇場のメルマガが届いて、義士討入りに合わせ12月13日・14日・15日の3日間に「仮名手本忠臣蔵」に来場のお客さんには、記念の絵葉書セットを進呈するという・・・。
この絵葉書は、三代目歌川豊国が描いた「誠忠大星一代話」から今回の公演に関係の深い場面を取り上げ作成したものだとか。
私は、2日目に、特別席で観たんですけどね。
欲しいなあ・・・。
でも、その絵葉書のために、また大枚をはたく訳にもいかないし・・・。

看板のピン

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別に"模範児童"を標榜するつもりはありませんが、どうも「飲む」・「打つ」・「買う」という三道楽は苦手です。
だから、「廓噺」もあまり好まないなんて言いましたが、博打の噺もねえ・・・。
「業の肯定」なんて、落語のことを評した師匠がいましたが、落語は受け容れのスタンスですから、良し悪しではなく、まずは事実として認識して、それから噺を展開して行く。
「丁だっ!半だっ!」って、昔は数少ない娯楽として、多くの人たちが楽しんでいたのでしょう。
賭博罪なんて無粋なことを言ってはいけない。

身を持ち崩すことはありませんが、賭け事の好きな上司がいました。
ゴルフでも、麻雀でも、一生懸命やっていました。
それでなくても、"チンチロリン"でも面白いって言っていましたから、これは先天的なものですね。
けだし、私には須らく「博才」というのが、全くないのです。

落語百選DVDで大発見!

落語百選のDVD
八五郎「お、親分、てえへんだ、てえへんだあ!」
親分「おう、八公じゃぁねぇか。そんなに慌ててどうしたんだい?」
八「あ、あの落語百選のDVDを視てたら、とんでもねえもんが、映ってるんだよぉ!」
親「なにぃ?とんでもねえもんだあ?一体ぇ何が映ってるんだい。」
八「きゃ、客席に、あの"乱志"の後ろ姿が映ってるん!」
親「へえぇぇ、そうかい。あのDVDは、"ビクター落語会"の映像も使ってるからな。そんなこともあるかもしれねえな。」
八「そうなんだよ。乱志のやつ、赤いシャツを着て、前から2列目あたりに座ってやがんだよ。」
親「あの野郎、"ビクター落語会"にはかなり頻繁に通っていたから、映ってても不思議はねぇけれどもな。まだあるかもしれねえな。」
八「あの野郎、そんなに度々行ってたんですかい?」
親「うん、時にゃあ昼と夜の梯子もしてたよ。その中で一番だったのが、古今亭志ん輔さんの"お見立て"だったって言ってたよ。」
八「へえぇぇ、数多く、人気の噺家を聴いて、その中で・・。よほどの出来だったんだろうねぇ。」
親「うん、そうだったみてえだな。あの天邪鬼が、その直後に志ん輔さんが"学士会落語会"に出演した後の懇親会にも参加してくれた時に、本人に直接その感想を伝えたそうだから、さぞや面白かったんだろうなぁぁ・・。」

2010年12月13日 (月)

真打競演

暫く聴かなかったかな。毎週月曜日の「真打競演」。

    ◇ 旅行日記   柳家喜多八

今夜は岡山県での録音でしたが、喜多八師匠も伸び伸びとやっています。

千両八百十三年

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古今亭菊之丞さんの「こういう了見」を読んでいて出て来た言葉。
いつかはやってみたい「三味線栗毛」の話題で出て来ます。
「千両八百十三年」は、千両もの大金も、毎日八百文ずつ使えば、十三年で尽きてしまう。浪費を戒める諺です。
菊之丞さんは、「千両という大金を貯めるには八百十三年かかる」と教わっていたそうです。

「三味線栗毛」という噺、なかなか渋い噺ながら、成功譚です。
人てぇものはねえ、悪いことばかりそう続くもんじゃないよ。
悪い
こともありゃァ、いいこともある。
またいいことがありゃ悪いこともある。
                   
按摩の錦木(にしきぎ)が病に倒れると、長屋の者がみなで看病してやっています。
幸い、錦木は一命を取り留めますが、独身で盲目で近所の人に迷惑をかけるばかりで申し訳ない、いっそ首をくくろうかと思った、と言う錦木を、近所に住む彦六という男がこう言って励ますのです。
錦木がふせっている間に、お得意さまだった酒井雅楽頭の末子・角三郎は、かつて揉み療治の際、錦木が予言した通り、家督を相続して大名になります。
その引き立てで錦木は検校に出世します。
病気で不在の間に懇意の人物が大出世して、自分にも運が向いてくる、という筋立ては「徂徠豆腐」にも似ています。

地下鉄銀座線

毎日利用している地下鉄銀座線。
日本で最初の地下鉄です。
春日三球さんによれば、開通したのは昭和2年だそうです。
残念ながら、私は未だにこの地下鉄の電車をどこから入れたのか知りません。
別に三球さんに教えてくれと言った訳ではありませんが、私の地下鉄に関する知識の多くは、寄席で春日三球・照代さんの漫才で学びました。
千代田線新御茶ノ水のエスカレーターの長さとかも。

200pxtokyometro01(東京メトロ)銀座線は、浅草から上野・神田・日本橋・銀座・新橋を経由し、赤坂・青山を経て渋谷までというコースです。
地上の道路で言えば、浅草通り・中央通り・外堀通り・青山通りと、大都市東京の中の古今のメジャーな街をくまなく通っていますから、電車や駅ホームが小ぶりなこともあり、いつも混雑しています。

実家の近所のおじさんは、昨年亡くなりましたが、戦時中に徴兵されて、渋谷あたりにあった軍隊の施設にいたそうですが、兵隊さんにも日曜日(休日)があって、休みの日には、地下鉄に乗って浅草の仲見世や六区に遊びに行ったそうです。
懐かしそうに話をしていたことを思い出します。
あの頃は、浅草こそが日本の中心のような賑やかさだったようですから、今とは全く違う状況だったという訳ですね。

国立演芸場休館

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国立演芸場が、舞台設備などの改修工事のために、一時休館するそうです。
来年1月23日(日)から2月28日(月)までの1ヶ月強の休館期間。

国立演芸場では、ちょっと前に客席を改修した記憶があります。
確か私が社会人になったのと同じ年の開館だったはずですから、様々な場所がくたびれて来ていることでしょう。
そう、30年以上経ったんですから・・・。

2010年12月12日 (日)

ラジオ寄席

爛漫ラジオ寄席。
今夜は、若手人気噺家さんの出演。

 ◇ 看板のピン       柳家三三
 ◇ 大安売り         三遊亭歌武蔵

三三さん、何か首の筋が痛いとかでしたが、ラジオでは見えません。
そういえば、最近あまり三三さんを聴いていませんね。
相撲出身の歌武蔵さん、相撲ネタの「大安売り」です。
「ただいまの協議についてご説明申し上げます。」で始まるマクラは、いつもと同じものですが、やはり面白い。

新しい眼鏡

新しい眼鏡
注文していたメガネが出来上がったので、誂えた眼鏡屋さんのある池袋まで出かけました。
まあ、池袋の街も大混雑で、眼鏡屋さんで現物を受け取って、そのままとんぼ返りです。
暮れの日曜日で、池袋駅のフクロウの像の周りも、人、人・・。
フクロウっていうのは、昼間は視力が低かったんでしたか?
今流行り?の、レンズ部分は細くて角ばって、ツルが平たくて太いデザインで、やや照れ臭いですが、そんなことに気がつく人もいそうにありませんか。

全く話は変わりますが、池袋はフクロウがキャラクターになっているようです。
「池袋→いけふくろ→いけフクロウ」ということでしょう。
カラスのほうが知能は高いようですが、フクロウは古代ギリシャでは女神アテナの従者であり、「森の賢者」と称されるなど知恵の象徴とされているそうです。
日本ではフクロウはの象徴とされ、フクロウを見かけることは不吉なこととされていましたが、現在では、「不苦労」、「福郎」のゴロ合わせから福を呼ぶものとも言われているようです。
「なんだよ、駄洒落かよ。」・・・でも、そういうの好きですねえ。
そういえば、豊島区にお住まいの師匠が、独演会や一門会をやる会場が、「あうるすぽっと」という通称を使っていますが、「あうる(owl)」はフクロウのことですよね。

去り状

Ka_karibarai

Or170541「去り状に無筆は鎌と椀を書き」という江戸川柳があるそうです。
文字を知らない(無筆の)夫が、 離縁を申し渡す言葉を綴れないので、鎌とお椀の絵を描いたという・・・。そのこころは「 かまわん」という洒落。
「去り状」というのは、夫から妻に渡す離縁状のことで、「三行半(みくだりはん)」とも言われます。
この「去り状」には、夫が離婚を決めたという宣言と、妻に再婚を許可するという趣旨が、3行半にまとめられていたことから、「三行半」と呼ばれるようになったそうです。

時代が下って、夫婦連名による離婚届になってからも、離婚することを意味して三行半という言葉だけが残っています。さらに、離縁まではしなくても、一方が愛想をつかしたという意思表示程度でも「三行半をつきつけた」といわれるようになっています。
確かに本文は3行半になっていますねぇ・・・。 
   一札之事
  一其許義、此度手前存寄有之候て
   離縁致遣候間、向後再縁は勿論如何様之
   儀有之候共、此方差構無之候、為後日
   離別状仍て件如
       年 月 日        本人名 印
   妻の名 どの

「いっさつのこと
ひとつ そこもとぎ、このたび てまえ ぞんじより これありそうろうて
りえんいたしつかわしそうろうあいだ、こうごさいえんはもちろんいかようの
ぎこれありそうろうとも、このほうさしかまえこれなくそうろう、ごじつのため
りべつじょう よってくだんのごとし」
  
「仍て件如(よってくだんのごとし)」というのは、こういう場所に使われている訳ですね。
「あぁぁら我が君・・・・。」じゃないんだ。

呉越同舟・・?

呉越同舟・・  呉越同舟・・
いよいよ12月も3分の1が過ぎて、例年通り慌しくなって来ました。
日本人の懐の深さか信心の浅いところというのか、毎朝通り過ぎる上野駅の正面改札口前は、「羽子板市」の看板と「酉の市」の熊手と「クリスマス」ツリーが、仏教・神道・キリスト教?が、それぞれの存在感を競い合っているようです。

「宗論はどちら負けても釈迦の恥」なんていう時代ではなく、仏教以外の宗教も、無邪気に街に出ています。
自由な国ですね・・・。
訳も分からず「にわか信者」になれるのは、「八百万(やおよろず)の神」を信仰して来た先人たちの頃からでしょうか・・・・。

こういう了見

こういう了見
休日の午後、喫茶店でコーヒーを飲みながら読書と決め込んだのはいいとしても、読んでいる本が、古今亭菊之丞さんの「こういう了見」 という自叙伝・・?
色々悩みながら、挫折感を味わいながら、今日の地位?を築いて来たんですね。
「栴檀は双葉より芳し」と言いますが、やはり・・という部分が多く、片鱗が垣間見られますね。

2010年12月11日 (土)

アクセス90,000件突破御礼

このプログのアクセス累計が90,000件を突破しました
2009年1月から始めましたので、1年11ヶ月強で・・。 (o^-^o)
まあ、自分勝手に、これからも続けて行きたいと思います。
引き続きご贔屓のほどをお願い申し上げます。 m(_ _)m
なお、100,000件突破は、来年2月上旬ぐらいかと思います。
大台突破の暁は・・・、色々考えています。 o(*^▽^*)o

笑児さんから嬉しい返信

Tohokugate2_0403

先日、手紙を出した「破れ家笑児」さんから、大変ご丁寧なメール返信をいただきました。
細かな事情はいずれ聞くことにして、やはり同年輩のことで、落語に戻って来た気持ちは、同じようなものがある気がします。
メールを拝見して、こりゃあ「筋金入り」の「武闘派」だということが分かりました。
これは、半端じゃありませんよ。
ちょっと、勝手にメール文を紹介させていただきます。
私も、ここ1〜2年ですが、最近のブームにあやかり、しばらく遠ざかっていた落語を、また始めることに致しました。
ここ半年間では、芸能花伝舎の落語教室に通ったり、某信用金庫の落語会に出たり、大阪での「社会人落語日本一決定戦」にチャレンジしたりと、落語関係のイベントを楽しんでおります。
ちょっと加速しすぎかと思ってはいるものの、落語の魅力にはどうも勝てません。
どうですか。
こりゃあ、私も負けてはいられないという気がして来ます。
何と言っても、「社会人落語日本一決定戦」に出場するなんていう、私にはとても出来ないことにチャレンジしているし。
「落語教室に通う」・「落語会に出る」・「コンテストに出る」・・・。
素晴らしい!
笑児さんの現役時代は、確か初めての噺が「牛ほめ」だったかなぁ。印象に残っているのは「船徳」ですね。
私の1年下の部員は多士済々で、文化系の学部で、私と同じ業界に就職した3人は、それぞれ個性があって上手かったですねぇ。
笑児さんのほか、「下町亭楽生」さんと「夢の家楽珍」さん。
現役時代に、楽生さんは「たぬき」、楽珍さんは「道灌」でデビューしましたが、三人三様、よく覚えています。

さあ、これで、「お江戸OB落語会」の有力な出演者が確定ですね。
前回の「お江戸OB乱後会」では「東風風梅香」さんが、今年の仙台での「OB落語会」では「賀千家ぴん吉」さんが、50周年後のOB落語会にデビューしてくださっていますが、今回も新しい顔が仲間入りということですね。
お江戸OB落語会は、談亭志ん志・喰亭寝蔵・破れ家笑児の各師匠と、不肖金願亭乱志の出演がほぼ確定しましたので、ぽんぽこさんとぴん吉さん、梅香さんと御大友楽師匠にも確認したいと思います。

メガネ(^0_0^)

メガネ(^0_0^)
乱志が眼鏡屋さんに行きました。
ゴールド運転免許が来月が誕生月で有効期限になるので。
それに今使っているメガネの度が合わなくなり、レンズにも傷がついて見づらくなっていましたので、免許更新のタイミングまで、我慢していたという訳。
「金願亭乱志」の名に恥じない強度の近眼で乱視の私は、左右の視力の差が大きく、なかなか視力を上げられず、作りづらいんだとか。
この眼鏡屋さんは、7〜8年ぐらい前に一度作ってもらったことがあり、そのメガネが(今は度が弱くなったので、普段は別のメガネをかけていますが)とても気に入っていたので、池袋まで行きました。
今にかけているメガネは、仕事上のお付き合いもあって、4年前ぐらいに作ったのですが、値段は数倍したのに・・・。

言い出し(ハナ)のところ

「甲府ぃ」の言い出し(マクラ)に、こんな台詞を入れようかと・・・。200pxganmodoki
人と人との繋がりなんてぇものは、本当に面白いもので、
「こいつと一緒になったのは、こういうことがきっかけでねぇ」とか、
「あいつと友だちになったのはこういう訳だよ」なんていう・・・、
「奇遇」なんてぇのがありますが、よく考えてみますってぇと、人間の出会いなんてぇなぁ、みんな「奇遇」「奇縁」なんですな。
そういうお話を聞いているってぇと、「おや、まあ、そうですか」と、まるで作り話のような、面白い話がよくありますな。Mains
「ひもじさと寒さと恋と比ぶれば、恥ずかしながらひもじさが先」なんてぇことを言いまして。
とにかく人間というものは、お腹が空いているというのが一番辛いことですな。これが何よりも辛い。
こんなことはどうでも良い訳で・・・。
もっとしっかり噺の本題をやらなくっちゃあいけませんな。
実はこのマクラ、志ん朝師匠の古~い音源から、ちょいと失敬しているんです。

失敗学

「失敗学」という分野の学問があるんだそうです。

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「あかつき」の金星の軌道投入失敗のニュースで、この失敗学という学問の専門家の先生が解説しているのを聞きました。
失敗学(しっぱいがく)というのは、起こってしまった失敗に対し、責任追及のみに終始せず、(物理的・個人的な)直接原因と(背景的・組織的な)根幹原因を究明する学問のことなんだそうです。
失敗に学び、同じ愚を繰り返さないようにするにはどうすればいいかを考える。さらに、こうして得られた知識を社会に広め、ほかでも似たような失敗を起こさないように考える活動をしているのだとか。
今回の「あかつき」は、「大事な失敗」だとかなんとか解説していた気がします。
予め予想されていた、可能性の高い失敗であり、誰かの悪意・手抜きや不注意からのものではないので、失敗の内容や原因をしつかり分析して、同じ失敗を繰り返さないようにすることが大切だとか。

落語は、いつも失敗ばかりする落語国の人々が出て来ますが、まあ懲りずに、今日も今日とて失敗を繰り返しています。
ただし、「失敗学」は、個別の噺ではなく、落語全体にとっては、あるいは何となく必要なスタンスだとも思いましたが、さて・・・。

2010年12月10日 (金)

坂東玉三郎

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「坂東玉三郎」といえば、一人の歌舞伎役者(の固有名詞)というより、もはや妖艶な女形を指す普通名詞になっていると思います。
「役者はお声をかけていただけるうちが華、生きがいですから。」
この言葉を今一番聞かせたいおバカ役者の代わりに、特別公演を引き受けてのコメントの一部です。これで一層男(女?いや男)を上げましたね。
私も観に行きたくなりました。
いよっ、大和屋
でも、ケチをつける訳ではありませんが、公演は「壇浦兜軍記 阿古屋」と玉三郎の「女伊達」の2演目で「中村獅童」と共演するんだそうで、この獅童さんも、やはり"問題児"のイメージがありますから、やめておきます。
尤も、チケットは即日完売することでしょう。
ちょっと最近、偶然にも忠臣蔵を観に行ったので、何も知らないくせに、生意気なことを言ってしまいました。
落語徘徊に戻ることにしましょう。

ところで、"坂東"さんなのに、屋号は"大和屋"とはこれいかに・・。

暁の明星・宵の明星

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暁の明星、宵の明星。
「あかつき」にとっては、とても遠い星になってしまったようです。
金星の軌道に乗るための逆噴射が上手く行かず、軌道への投入失敗・・。
このタイミング一度しかなかったということで、本当に残念です。
それでも、予定していた軌道には乗れなかったものの、宇宙を飛び続けるのでしょう。
聞くところによれば、今回ほどではないにしろ、6年後に再び金星に近づくんだそうで、その時に再チャレンジをするなんていうこともあり得るんだそうです。
さすがに宇宙のこと、6年なんていう時間は、一瞬の、誤差のようなものかもしれません。
6年後、人々は、この「あかつき」のことなどすっかり忘れ去り、もし「金星の軌道に投入」なんていうニュースを聞いたら、宇宙の壮大さに改めて驚くことでしょう。
あたかも、先日の「はやぶさ」の快挙のように。

「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」の「豊志賀(とよしが)」のように、巡り巡って、「あかつき」の情念が甦って来る・・。
それとも、そのうちに火星・木星の方が注目されるようになってしまい、金星と火星と木星との三つ巴の先陣争いになってしまうという、三遊泳延長作「金星火木ヶ先(きんせいかもくがさき)」となるか・・。
いずれにしてもロマンがありますね。
※写真は金星(左)と地球(右)の"兄弟星"

師匠のコメント

圓窓師匠との最近のやりとりです。
201005302212000流三: 来年1月9日の地元の老人会の新年会に一席をと依頼されました。
(師匠にご指導いただいて)発表会で演らせていただいた「子ほめ」「三方一両損」あたりで、ご機嫌を伺おうと思っています。

師匠: いいことだね、、、。 精一杯、やってきてください。

流三: 入院中だった(落研先輩の)Oさんが、退院しました。
師匠: 退院した、というメールをもらった、、。
        なにしろ、あたしの青年の頃からの落友でね、、、。


地元の老人の会では、最終的に何を演るか決めかねていますが、やはり、師匠から直接稽古をつけていただいた噺になってしまいます。
あと、「花筏」「ねずみ」「浜野矩随」とありますが、長講は
お年寄りにはちょいとつらいかも・・・?

入院していた先輩とは「ご落友」にあらせられるという、こんなフレーズを師匠から言っていただけるなんて・・・・大変羨ましいことです。

2010年12月 9日 (木)

昔の仲間

             昔の仲間
30歳頃に一緒に仕事をしたメンバー5人で、新橋で久々の会合。
昔なら二次会・三次会が当たり前だったのに、2時間の宴会コースだけで散会。
あの頃のパワーはいずこへ行ったやら。
それでも、思い出話や今の仕事の話や、体調(健康)の話に、童心に?戻って話の花が咲きました。

・・になります

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ある喫茶店で・・・・。

「お待たせしました。こちらコーヒーになります。」
来た時から既に立派なコーヒーのようでしたが、さらにどんなコーヒーになるのかなと思って、じっと見ていたら、そのうちにコーヒーが冷めてしまいました。
それなら、「アイスコーヒーになります」って言わなくっちゃぁ・・

バカな冗談はともかく、実は先日、仕事で以下のようなメールを受信しました。
 「大変お世話になっております。
  標記の件になります。
  なお、本件は入札となります。
  以下が本件資料になります。

  パスワードは別途メールでご案内致します。
  今後のスケジュールは以下の通りとなります。
この後、パスワードを知らせるメールが来て・・・、
  「先ほどのファイルのパスワードは『・・・・』となっております。」
これ、ある一流の会社の営業担当者(今年の新入社員らしい)から、本当に受け取ったものです。
行間に、若干の説明文が入っていますが、ずっとこんな調子で・・・。
これ本当の話ですよ。
まぁ、こんなにたくさん"なっちゃって"・・・・。
"なります"は板橋区だけで十分なのに・・。
それにしても、最近の日本語がおかしくありませんか・・?
"短々短気な"
私は、思わず上司に文句を言おうと思ってしまいました・・・・。

街角でもよく見かけます。

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「入口はこちらになります」→「入口はこちらです」だろう。
「禁煙になっております」→「禁煙にさせていただいております」だろう。
「特別価格になっております」→「特別価格で販売しております」だろう。
「おつりになります」→「お返し(おつり)でございます」だろう。
どうも、自分でやっている癖に、自分は関わりがないのに誰かがやった、自然にそうなっちゃったような、無責任な表現ばかりです。
「お前(たち)がやっているんだろう!」って言いたくなりますよ。

あ、またととのいました。
この「なります言葉」とかけまして 墓前の供花と解きます
その心は どちらも聞くに堪えない(菊に絶えない)でしょう 

朝ぼらけ

明け方を表わす言葉シリーズ。今回は「朝ぼらけ」。
辞書には、「夜のほのぼのと明けるころ。夜明け方。"あけぼの"より少し明るくなったころをいうか」、とあります。
   "あさぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里にふれる白雪"
・・・なんていう歌もあります。

旧制第二高校校歌「天(そら)は東北」の一番の歌詞をご紹介します。
  天は東北山高く       水清き郷七州の
  光り教えの因るところ    庭のあしたの玲瓏の
    露に塵なし踏みわくる        我
れ人生の朝ぼらけ
あの土井晩翠作詞の名歌にも、「朝ぼらけ」が出て来ます。
Kisho2「人生の朝ぼらけ」って、これからどんどん明るくなっていく感じが出ていて、とても好きなフレーズです。
学生時代が「人生の朝ぼらけ」なら、今の私は「人生のたそがれ」と言うんですかねぇ。
そのうちに、「誰そ彼」でなく、自分のことすら分からなくなってしまう「誰そ我」・・・?
「人生の朝ぼらけ」だった人も、だんだん「人生の浅ぼけ」になる?

2010年12月 8日 (水)

高座本「甲府ぃ」

高座本「甲府ぃ」
そろそろ、来年3月の落語っ子連の発表会で演る噺の稽古を始めなければいけません。
一応、「甲府ぃ」にチャレンジしてみようと思っています。
2ヶ月前に、扇子っ子連(千早亭)の稽古の時に、圓窓師匠の高座本をいただきましたので、これを元に仕上げて行こうと思います。
師匠の高座本はA4 サイズですが、A3に拡大コピーをして綴じて、訂正や補足などペンを入れやすいようにしました。
(原本は大切に保管しておきたいし。)
この師匠の高座本の表紙には・・・
 ◇ 「圓窓五百噺 その〇六八」
            『 甲 府 ぃ 』
              原作 : 古典落語
              脚色 : 六代目 三遊亭圓窓
              口演 : 六代目 三遊亭圓窓 
 とあります。   
今までは、CDなどの音源や速記から、自分のPCでネタ本を作っていましたが、今回はそのプロセスを飛ばして、師匠のものを使わせていただきます。
全体的に抑揚の少ない噺ですから、工夫して作り上げないと冗長になってしまいます。
難しい噺だと思いますが、何とかものにしたいと思います。
三流亭流三の「甲府ぃ」、さていかがなりますことやら・・・・。

彼誰時(かはたれどき)

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「あかつき」の話題で、明け方を表現する言葉として、「曙」「有明」「東雲」などとともに、「彼誰時」というのもありました。
「かはたれどき」と読むようですが、実に日本人の感性がよく出ている表現だと思います。
辞書で調べてみると、「あれはだれだとはっきり見分けられない頃。はっきりものの見分けのつかない、薄暗い時刻」とあります。
・・なるほど、なんとも色気がありますね。
元々は、彼が誰か訊かなければ判らない薄暗い朝方や夕方両方を指していたようですが、後には朝方に限定され、「黄昏(誰そ彼)」が夕方を指すようになったそうです。
・・うわぁぁ、ますます色っぽい。
「黄昏」って、「誰そ彼」から来ているんですね。
言葉というのは実に面白い。
えっ? 要は「あれは誰って言っているだけだろう」って?
そう言っちゃあ、おしまいでしょ。
「彼誰(かはたれ)時」は明け方。
「誰彼(たそかれ)時」は夕方。

笑児さんへ手紙

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落研1年下の破れ家笑児(やぶれやしょうじ)さんが、1年前ぐらいから落語を始めたという情報を聞きましたので、早速連絡を取ろうと思ったのですが、住所は分かるものの、メールアドレスや電話番号が分からないので、手紙を書いて投函しました。
落研の活動を伝え、特にOB落語会への出演を打診しました。
それから、ちゃっかりこのブログの宣伝をしました。
もしかすると、このブログを見てくれるかもしれません。
メールに返信してくれると有難いのですが・・。

「笑児ぃ、とうちゃんが悪かった。もう酒も博打も止めたで、帰って来てくれぇぇぇ。」(嘘ですよ・・・。念のため。)

2010年12月 7日 (火)

運転停止

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帰宅しようと地下鉄の駅のホーム。
電車がホームに入るのと同時に響き渡る聞き慣れないブザー。
全線での運転停止を指示する合図だそう。
駅のアナウンスは、原因・状況はただいま確認中。
「混雑する時間帯にまた人身事故かぁ」・・。
そのうちに判明したのは、人身事故ではなくて、先行する電車の運転士が急に体調が悪くなり、運転不能になったと。
大変珍しいパターン。
詳しいことは分からないが、走行中に意識不明になって事故にならなくて良かった。
運転士さんは大丈夫?
おかげで、随分長く乗車駅に停車。
やっと運転再開しても、折り返し運転では、目的の駅までは行かれない。
でもまあ行ける所までと、そのまま乗車を続ける。
その間、多くの人たちが、振替輸送の他の路線へ向かう。
折り返し予定の駅に到着。
すると、全線運転再開のアナウンス。
乗車していた電車は、元通りの駅まで行くことに。

・・今までの経験から、よほどのことがない限り、運転停止になっても、そのまま待っていた方が正解なことが多い気がする。
少しばかり早く着けても、大混雑の振替輸送線で汗をかくより、かなり空いた元々の電車で、ゆったり帰った方がいい。

あかつき

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今年5月に打ち上げられた金星探査機「あかつき」が、約5億キロの旅を経て、いよいよ金星に近づいたそうです。
「あかつき」は自動制御プログラムに従い、減速のためのエンジン逆噴射を開始し、金星の軌道に入るのですが、さあ、その成否やいかに・・・。
成功すれば、日本初の惑星探査機として、謎の多い金星の気象観測を始めることになるそうです。
先日の「はやぶさ」に続いて、頑張れ「あかつき」
特別に宇宙に興味や知識がある訳ではなく、個人的なある理由から「あかつき」という名前が好きなので、このプロジェクトの成否が気になるのです。
こういう変な動機のやつがいてもいいでしょう。

あかつき・・・・暁・・・・。 200pxdawn_in_hong_kong_2
「夜明け」「明け方」(太陽は出ていないが、空が明るくなり出している状態)。
古語では「未明」(空が明るくなる前の状態)を表す。
夜が明けて明るくなる時間帯を、日本人は微妙に、明け・夜明け・暁(あかつき)・東雲(しののめ)・曙(あけぼの)・朝ぼらけ・黎明(れいめい)・彼誰時(かわたれどき)などと表現したんですね。
それから、 待ち望んでいたことが実現する、という意味もありますよ。


"有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし"
空には有明の月がつれなくかかっていた。
あなたのそばにもっといたかったのに、明ければ帰らねばならぬ世の習い、私は心を残して帰った。
あの日からというもの暁ほど切なく辛いものはないようになってしまった。
・・・つらくて悲しげな歌も・・・。

法論石

落語「鰍沢」の舞台になる、甲州小室山妙法寺のすぐ近くの懸腰寺
に安置されている、日蓮聖人と土地の法印との間で法論が起きた
際、空中に石を留めたという故事に基づく「法論石(ほうろんせき)」。
妙法寺は、犬が身代わりになって食べた饅頭の毒を護符で消した
ということから、毒消しの護符が圓朝の三題噺の一項目になった訳
ですな。
落語「鰍沢」の主人公は,まずこの法論石を参拝し、小室山でこの
毒消しの護符を受けた後で雪の中を身延山に向かいますが、雪道
に迷い、偶然、吉原の遊女だった月の輪のお熊の茅屋に宿を借りる
ことになるのです。
路銀目当てのお熊により、毒入りの卵酒を飲まされますが、小室山
の毒消しの護符のおかげで一命をとりとめることになるのです。
さて、四代目の三遊亭圓生と「法論石」のつながりについて、ちょい
と調べてみました。
この法論石のお堂の床下に、墨だけになった、四代目の千社札が
残っているそうなのです。

Horonseki写真の右上に黒く字が見えますが、四代目三遊亭圓生と書いてあるのです。
※写真をクリックすると、拡大されて字が読めます。

落語百選≪57≫

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落語特撰の第57巻目。
 ◇  掛取萬歳     柳家さん喬
 ◇ お直し       古今亭志ん輔
良い噺家さんが演っているので、安心して視聴を楽しむことができます。

噺家列伝は「五代目三遊亭圓生」。
あの昭和の名人「六代目三遊亭圓生」師匠の義理のお父さんです。
圓生という名前を襲名するコースは、「三勇亭圓窓→橘家圓蔵→三遊亭圓生」というのが、パターンになっているようです。
先代圓蔵から桂文楽門下からの襲名となっているので、今の圓蔵師匠が圓生に繋がることはないと思いますから、名前で言えば圓窓師匠ということになる訳ですね。
五代目の圓生は、別名「デブの圓生」。
数々の人情噺の名手だったそうです。
同じ圓生という名前でも、随分雰囲気が違うものですね。
また、義理の父親として、伸び悩んでいる息子のことを心配していたこともあるようです。
後の昭和の名人も、停滞・低迷していた時分があったんですね。
ところで、鰍沢の「法論石」に圓生ゆかりのものが残っていると聞いたことがありますが、これが五代目だったかと思って調べてみると、残念ながら、その前の四代目圓生だったようです。

「掛取(萬歳)」という噺は、落語だけにとどまらない芸達者でなければやれない噺です。
さん喬師匠も面白いですが、柳亭市馬さんのもいいでね。何と言っても<本人が一番楽しんでやっていますから。
「お直し」という廓噺は、どうも陰気というか陰惨というか、どうしても好きになれません。
古今亭志ん生師匠が、この噺で大きな賞もらったということですが、陰気な噺を活き活きとした噺に作り上げた芸は、評価されても・・・。
やりたくない噺です。個人的には。

来年のOB落語会

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落研OB会の企画・広報を仰せつかっていることもあり、来年のOB会の活動、特に落語会の告知を、OBの皆さんににメール送信しました。
何とか、北大の落研も見習って、毎年最低1回は、東京でOB落語会が開催できるよう、頑張りたいものです。
落語研究部OB各位
今年も残すところあと僅かとなりました。
創部51年目の本年は、9月26日(日)に仙台で現役部員主催で「第22回OB落語会」を開催し、約80名のお客さまにご来場いただくことができました。
さて、来年も「OB落語会」として、東京で下記2回の開催を目指しております。
是非とも皆さまの来年のご予定にお入れくださいますよう、お願い申し上げます。
また、出演は大歓迎ですから、奮ってご連絡ください。
皆さまのますますのご健勝をお祈り申し上げます。
               記
  ≪第2回 お江戸OB落語会≫
   ◆ 日 時   平成23年5月28日(土)
   ◆ 場 所   「浅草ことぶ季亭」
   ◆ 木 戸   入場無料(ご祝儀は大歓迎)
   ◆ 出 演   OBの名人上手ほか 
  ≪OB総会落語会(仮称)≫
   ◆ 日 時   平成23年11月(以下詳細は未定)
   ◆ 場 所   都内某所(未定)
   ◆ 木 戸   入場無料
   ◆ 出 演   OBの名人上手ほか
                OB落語会広報担当:金願亭乱志

2010年12月 6日 (月)

真打競演

久々に聴く「真打競演」。今夜は、漫才・漫談と落語でした。

   ◆ 昭和芸能史    林家木久扇

いつものお得意の噺でした。
「彦六伝」という、林家彦六師匠を扱ったネタもありますが、どうも重複している部分も多いようです。
ラジオを聴きながら、このプログに入力をしているという、ごく軽い、いわば巷談です。

人間国宝

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どこかの御曹司もどきの不良息子が「オレは人間国宝(になるん)だぁ!」と嘯いていたという「人間国宝」というのは、「重要無形文化財保持者」として各個認定された人物を指す"通称"なんだそうです。
文化財保護法では、無形文化財とは、演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとって歴史上又は芸術上価値の高いものをいい、その中でも特に重要なものを、文部科学大臣は重要無形文化財に指定することになっています。

芸能分野は、雅楽、能楽、文楽、歌舞伎、組踊、音楽、舞踊、演芸の8つの種別に分かれていて、2009までに認定された芸能分野の重要無形文化財保持者は、死亡により認定解除された人を含め、のべ168名になるそうです。

そのうち、落語界では、五代目柳家小さん師匠と上方の三代目桂米朝師匠。
講談では、 一龍斎貞水先生が、人間国宝に選ばれています。
ですから、米朝師匠がご出演の落語会では、「入場料(木戸銭)」ではなく「拝観料」を払わないといけないんだとか・・・。
実に、ありがたいことです。

破れ家笑児さん

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二代目「多趣味亭こり生」さん宛に、(ご命令どおりに)書作展に行って、こり生さん渾身の大作「筆山なんとやら」を鑑賞して来たと報告をしました。
すると、ご本人は前日(土曜日)に上京していて、いつも来てくれる同期の三代目「多趣味亭狂楽」さんのほか、落研の1年下の「破れ家笑児」さんも書を見に来てくれて、三人で食事をしたということでした。
破れ家笑児さんですか。懐かしい・・・。
ところで、そのこり生さん情報によれば、笑児さんも、最近落語をやり始めているようだということでした。
そうですか。それは大変いいことを聞きました。
早速、連絡を取って、「お江戸OB落語会」に出演してもらおう。
私のようなギスギスした噺でなく、飄々とした、優しい芸風で、とても上手な人でした。
友楽・志ん志・寝蔵の御三家の中に入り、十分「四天王」を名乗れるレベルだと思います。
ますます楽しみになって来ました。

2010年12月 5日 (日)

仮名手本忠臣蔵

5893_1 待ちに待った、国立劇場12月歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」。
三宅坂の国立大劇場の10列31番という特別席。
タイ米、でなく大枚を払って観に行きました。 http://www.ntj.jac.go.jp/cgi-bin/pre/performance_img.cgi?img=5893_1.jpg&idx=1
今回は、松本幸四郎さんの高師直と大星由良之助の2役。
息子の染五郎さんとの高麗屋親子の共演。
楽しみ満載です。                              
さすがに奮発した席ですから、舞台の見渡しや花道もよく見えて、役者さんたちの息遣いも聞こえて来るようでした。
大きな緞帳が上がると、歌舞伎の幕が出て来ます。
        忠臣蔵
「三段目」は、刃傷事件の場面。役人の癒着が思い出されます。
「四段目」は、塩冶判官の切腹の場面。白装束が美しい。
       忠臣蔵
落語の「淀五郎」に出て来る場面の数々を、本式の芝居の中でじっくり観ることが出来ました。
「そうか・・・、落語では、市川團蔵はあそこで、淀五郎のところに近寄って行かないんだな。」
ところが、今日は、大星由良之助と塩冶判官役は実の親子だから、待ちかねているところへすぐに近づきますよ。
「由良之助かぁぁ。。待ちかねたぁぁ。。」。
いやぁ、この場面ですよ。これこれ。

「四段目」が終わると仲入り。
       忠臣蔵
幕の内弁当を予約していたので、指定された店に行くと、おいしそうな弁当が用意されています。
「お芝居を観に行く」を実感できる瞬間です。贅沢な時間。
ただし、幕間は25~30分ぐらいですから、そんなにゆっくりできる訳ではありません。
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幕が開くと、お軽と勘平の道行を、福助と染五郎が魅せてくれます。
そして「七段目」の一力茶屋の名場面。
落語「七段目」の前後が繋がり、よく分かりますよ。
「じゃれつきあって身受けの相談。じゃら、じゃら・・・。」
いいですねぇぇ。
「十一段目」の討ち入りも面白かった。
花水橋のセットが綺麗でしたね。
こういうところは、「宝塚歌劇」も似た雰囲気があると思います。
今回は通しではありませんでしたが、堪能しました。
昨日のすき焼きに続いて今日の歌舞伎と、2日続けての贅沢三昧をしてしまいました。
日本人に生まれて良かった・・・・。

筆山駕馭・・・・

                            書作展
落研の同期で、高校の物理の先生の二代目「多趣味亭こり生」さんが出展している「東京書作展」に行きました。
こり生さんは、昨日福島県から上京して会場に来ていたようなので、今日は会うことは出来ませんでした。
もう随分前から「書」をやっていて、この会の常連のようです。
その度に招待券が送られて来ます。      書作展
まあ、"ご招待"というより「見に来い!」という"ご命令"みたいなものです。
でも、決して嫌いじゃありませんから、楽しみにはしているんです。
考えてみると、落研時代は、こり生さんと乱志で、立看板の寄席文字(もどき)を書いていたんです。
こり生(芸名?は渓山)さんの作品、何て書いてあるか分かりませんが、「特別賞候補」っていう札が付いていました。
「焼肉定食」や「今川焼」ではないことは分かります。
さりとて「笑門来福」でもなさそう・・・。
メールで本人に、読みと意味を訊いてみると、「筆山駕馭(ひつざんがぎょ)と書きました。筆に山のような支配力を与える。という意味です。」という答えが返って来ました。
・・・なるほど・・。
      書作展
これがその「筆山・・」という作品です。

"乳液"でととのいました

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昨日の朝のニュースで、「化粧品会社の工場から大量の乳液を積んで出たトラックが、タンクのバルブを閉め忘れて走行したために、多量の乳液が道路にこぼれ、その乳液のためにツルツルになった路面でバイクの転倒事故が何件か発生し、怪我人も出た。」なんて言っていました。

このニュースを聞いて、"乳液"なだけに、肌だけでなく、「なぞかけ」も"ととのい"ました。 

◆"乳液を塗ったお肌"とかけまして "道路"と解きます 
     その心は・・・、どちらも"曲がり角が危険"です・・

浅草徘徊

     浅草たそがれ  浅草徘徊
浅草寺だけが浅草ではありません。
昨日の夕暮れ時の浅草六区界隈も賑やかでした。
牛すじ煮込みや焼き鳥、大衆的な飲み屋さんが軒を連ねる横丁。
浅草の街を案内する人力車。
そして、定番の浅草演芸ホール。
本当に平和な国だと実感します。
     浅草たそがれ

2010年12月 4日 (土)

すきやき

           浅草たそがれ
清水の舞台を3段に重ねた上から飛び降りたつもりで、久しぶりに家族4人で食事に行きました。
娘の誕生日と息子の就職内定のお祝いという訳です。
今までは、ほとんど地元の中華料理や焼き肉などでしたが、子ども二人の社会勉強?も兼ねて、浅草へ繰り出しました。
         浅草たそがれ
身の丈もわきまえず、かなりの贅沢をして、個室を予約しましたので、水入らず、ゆっくりと"すき焼き"に舌鼓を打ちました。
普段は話せないことも、腹を割って交わすことが出来ました。
おかげさまで、親バカながら、何とか二人とも普通に成長してくれた(ている)ようです。
親としては本当にありがたいことです。
至福の時間を過ごすことが出来ました。 (o^-^o)

えっ 落語の話ですか・・?
落語の話題は・・、残念ながら、全く出ませんでしたねぇ。
落語は、親父だけの道楽ですから・・。

浅草たそがれ

師走の黄昏時の浅草に行きました。
仲見世や浅草寺の境内の賑やかさは相変わらず。
お祭りみたいに賑やかです。
ライトアップされた宝蔵門(仁王門)と五重塔は、日中の雰囲気とは違い、別の趣きがあります。
本堂(観音堂)も改修工事を終えて、元の美しい姿を見せています。
仲見世から仁王門越しに見る五重塔は美しいと思います。
       浅草徘徊  
       浅草たそがれ
       浅草たそがれ
さて、そうなると気になるのは、やはり東京スカイツリーです。
先日500メートルを越えたということでしたから・・・。
薄暮に浮かぶ姿、宝蔵門越しから見える姿、西参道近くから五重塔越しに見える姿は、完成後の名所?になることでしょう。
           浅草たそがれ
     浅草たそがれ 浅草たそがれ

達人・志ん志「百川」

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落研の先輩「談亭志ん志」師匠が、「お江戸OB落語会」にご出演してくださることになりました。
前回は「粗忽の釘」の大熱演でしたが、今回ももうネタ出しをしてくださいまして、「百川」でご機嫌を伺ってくださるそうです。
満を持しての「百川」だと思いますので、トリをお願いしようかと思います。

北へ飛ぶ"はやぶさ"

Image数々の困難を乗り越えて、7年かけて地球に戻って来た「はやぶさ」も待ち焦がれましたが、もうひとつ北に向かって走る「はやぶさ」。

本日、東北新幹線の八戸-新青森間が開業し、東京-新青森間が全線開通したことになります。
基本計画から約40年で本州最北端に到達したことになります。
開業により東京-新青森間は最短3時間20分。
来年3月5日に新型車両E5系「はやぶさ」が登場し10分短縮。
13年春に国内最速の最高時速320キロへアップし同3時間5分で結ぶことになるそうです。

Tohokushinkansen_aomori01学生時代、上野から仙台まで、特急で4時間20分かかっていました。
「早く新幹線が開通しないかなぁぁ」と思っていたものでした。
東京-仙台間の倍以上もある青森まで、3時間強で行けるようになるんですね。
東北新幹線が(一部)開通する頃、「ひかりは北へ」というキャッチフレーズが使われていましたが、とうとう完結です。

"駄楽忌"

Img_0147_22006年12月5日。
我が落研創部のリーダー(初代部長)の「麻雀亭駄楽」師匠の急逝のニュースは、突然やって来ました。
学士会落語会設立の一員でもあり、前日(4日)も同会の役員(委員)会に出席され、メンバーの方々と元気にご歓談されていたと聞いています。
夜帰宅された後、翌未明に急に・・、還らぬ人となってしまいました。

文化放送の大学受験ラジオ講座で、数学を担当していた勝浦捨造先生は、大学の助教授時代に落研顧問をしていた時期があり、ラジオ講座で、落研の話題を出すこともあったそうですが、当然麻雀亭駄楽の名前も紹介していたようです。

駄楽師匠の祥月命日が12月5日。
今年で4年忌ということになりますが、私は「駄楽忌」と呼ぶことにしています。

2010年12月 3日 (金)

開催招致運動(騒動)

まだかなり先の「蹴球世界杯」の開催国が決まったそうです。
五輪招致でばか騒ぎをした挙げ句に落選したばかりなので、国内での盛り上がりは、さほどでもなかった気がします。
それでいいでしょう。
別に国中で大騒ぎするようなものではない。
結果は、無駄に派手な招致"合戦"にカタール(勝った)のは、中東の国だと、ニュースキャスターがカタール(かったる)そうに、カタール(語る)のを聞きました。
それでいいでしょう。
同じような場所でやるより、治安の問題などがなければ、間口は広げた方がいい。
バカ(に)派手な招致活動などやらせない方がいい。
勧進元やその中に巣食うガリガリ亡者たちを太らせるだけですから、そうした方がFIFA(いいわ)・・
五輪も、新興国での開催を優先したらいいですよ。
日本では、もう"箱"は要らないし、新興国に協力や支援をしてあげればいい。
日本ではその任務が終わり、完全に大いなる無駄なイベントと化してしまいましたが、かつての国体(国民体育大会)のように。
尤も、それじゃあ勧進元が儲からないですか・・。
それにしても、今回のロシアとカタール開催の決定は良かった。
暑さ対策はドーハ(どうか)という懸念はあるそうですが・・。

芸道の階級

「中村仲蔵」や「淀五郎」などで話題になった芝居の役者の階級。
落語、芝居、相撲・・・、いずれにも階級があります。
一概に語れませんが、こんな感じなんでしょうか・・?

    【落語】      【芝居】      【相撲】
    真 打      名 題              幕 内
    二つ目      名題下       十 両
                                              幕 下
                    相中上      三段目
    前 座         相 中            序二段
              新相中        序の口

比較は難しいですが、相撲の世界が一番厳しいでしょうね。
落語は、どちらかと言えば、真打になってからが本格的なスタート。
"名家"に生まれないと出世が難しい芝居の世界。
相撲は、実力のみの勝負。温情も世襲もありません(よね)。
が、だからと言って"芸"の道の厳しさもすさまじいものがあるはず。
最近騒がれている、自分で「人間国宝(≒名人)になる」なんて馬鹿なことを言っているような酒・女・素行の3拍子が揃って悪い輩の料簡では、絶対に無理ですね。
まず、立派な人間にならなくては。

≪名人は 上手の坂(上)を ひと登(昇)り≫
名人の技は、上手といわれる人の技量をも一昇りで越えてしまう。
名人がいかにすぐれた腕前をもっているかというたとえ。
≪名人は人を謗らず≫
名人ともなると他人の短所をとがめ立てるようなことはしない。

初冬のオフィス街

 初冬のオフィス街  初冬のオフィス街
初秋の街の黄葉の木々。
ビルの谷間をわたる"ビル風"に吹かれて、落ち葉が舞っています。
もう本格的な冬も間近です。

ウォークマン

Nws750_w 驚きました。

技術の進歩にです。
先々月、入院された先輩に、落選ばかりを入れたウォークマンを、お貸ししたこともあり、もう1台買うことにしました。
確か、前のは容量が4GBだったはずですが、今度は何と32GB
しかも、価格は同じぐらいだったと思います。
前のが、落語が約150席弱入りましたから・・、えっ、1200席ぐらい入れることが出来るということ 計算は間違っていませんよね・・。
凄い まだダウンロードしていませんが・・・。

2010年12月 2日 (木)

お江戸OB落語会~Ⅱ

「お江戸OB落語会」の第2弾の日程が、概ね決まりました。

      ≪第2回 お江戸OB落語会≫
  ◆ 日 時   平成23年5月28日(土)午後1時
  ◆ 場 所   浅草ことぶ季亭
  ◆ 木 戸   入場無料
  ◆ 出 演   OBの名人上手と乱志 

それから、11月開催予定のOB会総会の後にもOB落語会を。
      ≪OB総会落語会(仮称)≫
  ◆ 日 時   平成23年11月(以下詳細は未定)
  ◆ 場 所   都内某所
  ◆ 木 戸   無料
  ◆ 出 演   OBの名人上手と乱志

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さあ、志ん志師匠・寝蔵師匠・梅香さん・ぴん吉さん・ぽんぽこくんに準備をお願いしないと。
それから、ほかのOBの方々にも、ご出馬をお願いしないと。
また忙しくなりそうです。

芸は砂の山

三遊亭圓丈師匠が、圓生師匠の言葉として「芸は砂の山」という言葉を紹介しているのを見つけました。Art_18_l
若き日の圓丈師匠(あるいはぬう生時代?)が、圓生師匠に尋ねたそうです。
ネタおろしの時は受けるのに、二度目にやる時はあまり受けないのはどうしてなんでしょう?
その時、圓生師匠曰く、「芸というのは砂の山。いつも少しずつ崩れている。私の芸はここまで上がったと思っても、なにもしないとずるずると落ちて来る。最初は必死でも、二回目は安心して少し手を抜くので受けないのも当然だ。」と・・・・。
車の中で一人になると、師匠はすぐにブツブツと噺(はなし)の稽古(けいこ)をしていたそうです。
「名人」と称されたのは、陰の努力を惜しまなかったからこそですね。

ゲゲゲの・・

今年の流行語大賞は、"ゲゲゲの・・"に決まったそうです。
流行語にはなっていませんが、"灰皿にテキーラ"なんて秀逸だとおもうのですが。
"ゲゲゲの・・(鬼太郎)"は、昭和への郷愁もあるでしょうね。
これから年末まで、今年1年を振り返って、事件や様々な出来事がランキングされます。
「今年の漢字」というのもありましたね。
漢字と言えば、常用漢字が増えたようです。
"憂鬱"なんていうのも入っているようですが、何とか読めますが、書けないし、複雑すぎて書き方を覚えようとも思わないですよ。
例えば、"蒟蒻"・"花魁"なんて・・・どうでしようか・・・。
そうか常用するものではありませんね。
"憂鬱"はいつものことだから・・採用?

「風流」の意味

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知らなかったのですが、「ああ風流、風流・・」は、本当は全く反対の意味のようです。

そもそも、「風流(ふりゅう)」とは、中世以後の日本において高揚した美意識のひとつで、人目を驚かすために華美な趣向を凝らした意匠を指し、婆娑羅数寄とともに侘び・寂びと対峙する存在として認識されていたのだそうです。後にはこうした意匠に沿った芸能や美術・建築などにも用いられたということです。
現代日常的に用いられる「風流(ふうりゅう)」の言葉の指す美意識とは異なるものですよ。
≪風流≫
1、上品な趣があること。みやびやかなこと。風雅。
2、世俗から離れて、詩歌・書画など趣味の道に遊ぶこと。
3、美しく飾ること。数奇(すき)をこらすこと。また、そのさま。
4、先人の残したよい流儀。遺風。

今の風流っていうのは、侘び・さびの世界に近いイメージですから・・、上の2の意味なんですね・・。

2010年12月 1日 (水)

灰皿にテキーラ

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古都の師走を彩り、「歌舞伎の正月」ともいわれる京都南座の吉例顔見世興行が昨日初日を迎え、東西の人気歌舞伎役者らが華やかな舞台を繰り広げたそうです。
舞踊「羽衣」で幕開け、このあと「伊賀越道中双六」の「沼津」などが披露され、人気狂言である「仮名手本忠臣蔵」の「七段目」などが上演されたようです。
飲食店で殴られてけがを負った、あの若手人気役者さんは(当然のことながら)休演。
ただ、急なことだったので、まねき看板は掲げられたまま。
この芝居、1等席は25,000円だそうです。

「灰皿にテキーラ」・・・・某新聞朝刊の見出しの表現です。
流行語大賞にしたいですね。
偶然にその家系に生まれ、いくらか芸は学んだのかもしれませんが、恐らく人の道は学んでいない(教えられていない)のでしょう。
先日話題にした、横綱双葉山や白鵬とは全く違います。
日本人は、酒の上だからとか、芸人だからとか、芸の肥やしになるとか、こういう輩に対して異常に甘いと思います。
確かに、昔から、破天荒な芸人に対して寛容な所を見せてはいましたが、それは根底に"蔑視眼"があればこそのものだったはずです。
若気の至りと弁護する人には、彼は既に三十路、白鵬はまだ二十代ですよと、声を大にして言いたいですよ。
だって、そんな料簡の人の演る芝居なんて、観たくないでしょう。
「灰皿でテキーラ」・・・・酒の席だからと言って、有名人だからと言って、他人の尊厳や人権を蹂躙して良いものではありません。
こんな人に"なりたや(成田屋)"でなく、決して"なりたくなや"。
私のようなしがないサラリーマンでも、よく上司から言われていたし、常日頃から心がけていたのは、「肩書きが上に行けば行くほど謙虚になれ」ということでした。
どの世界、就中、芸の世界には必要だと思うのですがねぇ・・。
ましてや「人間国宝」になると豪語しているなら。
あれは自分で宣言してなるのではなく、人に評価され、認められ、推されないとなれないのですから。
「ノブリスオブリージュ」という言葉があります。
社会的な地位の高い人、有名人、あるいはお金持ちといった、いわゆる「勝ち組」と言われる人なればこそ、社会から高貴な品格・品性を求められるというものでしょう。
≪ノブリスオブリージュ no・blesse o・blige≫
身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観。もとはフランスのことわざで「貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ」の意。

正面を切る

先日、蕪生師匠と「正面を切る」という言葉の話題になりました。
「落語も、素人だとしても、正面を切れないとね。」と蕪生師匠。

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相手とまっすぐに向き合うという意味から、「堂々と」「改まって」「気を引き締めて」などの意味で一般的にも使われている「正面を切る」という言葉。
元々は、歌舞伎の世界から生まれた言葉なのだそうです。
歌舞伎の舞台上で、お客様に面と向かい(客席の正面に向かい)、口上を述べたり演技をしたりすることを指す言葉で、演劇でも同じように使われているようです。
「そこは正面切って」と言われたら「お客様の方に向かって」という意味になります。

Imagejpg正面を切る噺(演技)というのは、役中の人物が堂々として立派であることを表したり、決意を独白したり、感情を露わにしたりして、お客様を噺の世界に誘い込むために不可欠なものだということですね。
「あの人は、正面が切れるねぇ。」と言われたいと思います。

中村仲蔵・淀五郎

ある梨園の人気の役者さんが、酔っ払って殴られて、前歯を折って、頬骨を陥没骨折だそうで・・・。
やはり、所詮・・・、品格は求めても仕方がないのでしょうか・・。
梨園なんていうと、セレブな世界の一族のようなイメージですが、周囲が美化し過ぎて、本人も勘違いして・・・。そんなところが真実の姿ではないかと思いますね。
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・・なんていう下衆な話題は止めて、「中村仲蔵」と「(澤村)淀五郎」という名優の成功譚を、「仮名手本忠臣蔵」を背景に語る名作2題の話題。
仲蔵が「五段目」、淀五郎が「四段目」ということになりますね。

「淀五郎」には、中村仲蔵が出て来ます。
「淀五郎」という噺は、市川團蔵や澤村淀五郎を描くよりも、初代中村仲蔵が難しいと思うのです。ただ親切なだけの仲蔵ではなく、名役者の楽屋の様子を語ることが必要で、舞台を描くよりも難しいと思うのです。
先日の「人形町らくだ亭」での春風亭一朝師匠は、無言の仕草で表現していて見事でした。

大部屋出身の役者が大看板に出世する夢物語を、日本人は好み、庶民の英雄として讃えるのでしょう。
こんな噺を念頭にしながら、国立劇場12月歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の鑑賞を楽しみに待ちたいと思います。
四段目、五段目・・。ワクワクしますね。

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