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2010年11月28日 (日)

本所松坂吉良邸跡

来週、国立劇場に「仮名手本忠臣蔵」を観に行きます。
ここは本所松坂町。
この名狂言の元になった赤穂浪士の仇討の実話の一方の重要な当事者である吉良上野介の屋敷跡。
 本所松坂吉良邸跡  
昨年も、北大落研のOB会を覗きに来たついでに、このあたりを徘徊した記憶があります。
ところで、以前からずっと、何となく不思議に思っていたのは、幕府の重鎮で名家でもある吉良の屋敷が、大川(隅田川)を越えた本所にあったのかなぁということでした。
その疑問が、この吉良邸跡のお稲荷さんの前に置いてあったパンフレットで、今日めでたく氷解しました。
やはり、吉良邸はもともとは(神田)鍛冶橋に屋敷があったそうです。
(そうだよね。それで納得。)
ところが、あの刃傷事件の後、赤穂浪士が吉良邸に討ち入るという噂が立ち、周囲の大名屋敷から苦情が出たために、住民パワーに押されて、仕方なくここ本所松坂町に移ったんだそうです。
移って来たのが元禄14年9月、討ち入りが翌年の12月ですから、ここには1年3ヶ月しか住まなかったということですね。なるほど・・・。
忠臣蔵では、あるいは多くの日本人にとっては、吉良上野介といえば、極悪非道の敵役ですが、三州(三河の)吉良では名君だったそうですから、この邸宅跡も、「吉良上野介義央公」という、敬称がついていました。
今は小さな公園ですが、浪士が討ち取った吉良の首を洗ったという「首洗い井戸」が、唯一当時を偲ばせてくれます。
もう300年以上も前の出来事です。

     本所松坂吉良邸跡  本所松坂吉良邸跡 

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