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2010年10月17日 (日)

東京落語会のプログラム

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先日の東京落語会のプログラム。
布目英一さんという方の、"私が思う落語の楽しみ方"という一文が載っていました。

落語から知識を得ることがしばしばあるという話題。
おっしゃる通り、本当に蘊蓄に富んでいると思います。

その話題に「浜野矩随」のことも出ていました。
これは、固定観念、リアリズムの観点からかなと思います。
「腰元彫り」というのは、小さな彫金細工なのですが、木彫りのように演じている噺家さんがいるようです。
十八番にしていた先代の圓楽師匠は、小さな腰元彫りの描写を高座で演じたら、仕草が小さくなってしまって、観客に分かりづらくなるから、描写として正しくなくても、木彫りのように大きな動作にするべきだと仰ったとか。
確かに、志ん朝師匠のDVDを視聴すると、観音像をこけしぐらいの大きさで演っていらっしゃいます。

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一方、志の輔さんは、根付けに使う彫金細工として、せいぜい小指ぐらいの大きさの観音像を、そのまま表現している。
志の輔さんの仕草を見て、決して小さくなってしまっているとは思いません。
私も、「浜野矩随」を演る時に、師匠からアドバイスいただいたこともあって、リアルに描こうとしました。

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そもそも腰元彫りすら知らずにやっている噺家さんがいるんじゃないかと・・・。
疑い過ぎですか・・・。

ちなみに、圓楽師匠のは、仏像の大きさを演出していないというか、手に持ったりする仕草はありません。随分ずぼらな表現です。圓楽師匠らしい・・?

落語のリアリズムと嘘・・・。絶妙のバランスが必要です。
要は、観客が正しくイメージしやすい、膨らめやすい演出が必要だということでしょう。

あれっ?すっかり本題から外れてしまいました。
まぁ、いいか・・・。

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