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2010年9月

2010年9月30日 (木)

長月の落語徘徊

長月の落語徘徊
今月は、仕事も忙しく、大切な高座が2回ありましたから、寄席・落語会には行くことができませんでした。
近来稀に見る少なさだと思います。

 ◆  4日  落語×情報大陸
 ◆ 17日  東京落語会
 ◇ 18日  学士会落語会設立五周年記念公演
 ◆ 25日  志の輔 in ACT
 ◇ 26日  東北大学落語研究部OB落語会
 ◆ 28日  人形町らくだ亭

今月は、「武闘派」として、さすがに重たい1ヶ月でした。
「ねずみ」と「笠と赤い風車
」の2席で、ご機嫌をお伺いすることができたのは、大変貴重な思い出になりました。

「学士会落語会設立五周年記念公演」での「ねずみ」は、本当に勉強になりました。
東大OBの方々と高座を共にさせていただき、色々なことを学び、感じることができたのは、これからの「武闘派生活」の大きな糧になりました。
チャンスを与えてくださった学士会落語会の委員の方々に心から感謝したいと思います。
それから、仙台での「OB落語会」では、自分の落語の作り方が分かりかけて来た気がしました。

9月だけでなく、5月以降は、文字通り暑い夏になりました
来月からは、寄席・落語会通いに力を入れようと思います。

ラジオ深夜便

今夜も聴きました。ラジオ深夜便「落語百選」。

  ◇ 蛇含草     桂米助
  ◇ 粗忽長屋    柳家喬太郎

喬太郎さん申し訳ありません。
ほとんど意識がありませんでした。

路傍に咲きし

路傍に咲きし
盛りはとっくに過ぎているのでしょうが、路傍に咲く彼岸花。
彼岸花、女郎花、おみなえし・・。
子どもの頃、田舎では「歯っ欠けばばあ」なんて言っていました。
茎がポキッと折れやすいので、そんな美しくない名前になったのでしょう。
チャンバラごっこで、棒切れで横に払うと、きれいに刀で斬られたようになりました。
わんぱく坊主にはたまらない思い出です。

路傍に咲きしおみなえしの花(乱志・散歩)
川辺に咲きしタンポポの花(西行・鼓が滝)

故古今亭志ん五師匠の詳報

落語協会のHPに、志ん五師匠のご逝去に関連する記事がアップされていました。

ご逝去は9月28日、死因は上行結腸がん、享年61歳。
ご葬儀等の日程は、以下のとおり。

    通夜      :10月4日午後6時~
    葬儀・告別式 :10月5日午前10時~
    場所      :町屋斎場(荒川区町屋1の23の4 )
    喪主      :篠崎好美(よしみ)様(夫人)

改めてご冥福を祈ります。

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故古今亭志ん朝師匠の一番弟子。
若い頃は与太郎噺を得意としていましたが、パワフルな高座からここ数年は人情味のある噺へと傾向が変わり、円熟期を迎えようとしていた矢先でした。

出身地  東京都台東区
芸 歴
    昭和41年 9月      古今亭志ん朝師匠に入門
    昭和43年 1月      前座名「高助」で初高座
    昭和46年11月     二ツ目に昇進し「志ん三」と改名
        昭和57年11月     真打に昇進し「志ん五」と改名
       平成13年10月      理事付役員に就任
       平成18年  6月      落語協会常任理事に就任
志ん五師匠のHPのトップには、こんなコメントが・・・。

やっと少し秋らしくなってまいりました
お身体ご自愛くださいませ

それから、結局休演した亡くなる前日27日の「紀伊國屋寄席」では、「妾馬」をネタ出ししていたんですね。
お元気だったなら、きっと八五郎が大活躍をする、爆笑の「妾馬」を聴かせてくださったことでしょう・・・。

高座での仕草

高座での仕草
この写真では、右手が高座についていますが、これは「ねずみ」の中で、左甚五郎を迎える、腰の立たないねずみ屋の主のシーンだと思います。
腰が立たないということは、座っているということですから、この仕草は自然に見ていただけば良いということです。
ところが、例えば、これが立っているシーンだった場合、この仕草は立ったまま地面に手をついている仕草になるのです。

圓窓師匠から厳しく言われたのは「三方一両損」の稽古の時。

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財布を拾った左官の金太郎が、落とし主の大工の吉五郎の家の腰障子に指で穴を空けて覗くシーンでした。
左手の親指と人差し指で輪を作って目に当て、右手を高座につけた瞬間、師匠から、「ちょっと待って、右手はそこじゃあ(手を下についちゃあ)いけないよ。」と。
「腰障子に穴を空けて覗くんだから、姿勢は立ったままか中腰ぐらいでしょ。手をつくとね、地べたに手をついて覗くことになる。腰障子のその高さは板が張ってあるはずだから、指で穴は空けられないし、そもそも覗くのに四つん這いにならないでしょ。」・・。
落語は、観客の想像力による映像とのコラボレーションだから、こういうところをしっかり演らないといけないということです。
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手元に学生時代に「三方一両損」を演った写真がありました。
見ると、見事に?しっかりと下に手をついて、四つん這いになって
覗いていました。
が、右手は膝の上に置いてやらないといけなかったんです。

やはり、寄席もなく、今のようなDVDもなく、落語を生や映像で見られないというハンデが、こういう部分で出て来るんですね。
30年経って学んだことでした。
お辞儀をする仕草も、膝の上に手をおけば立ったお辞儀、座布団や高座に手をつけば、正座したお辞儀になるという訳ですね。

2010年9月29日 (水)

古今亭志ん五師匠の訃報

古今亭志ん五師匠が亡くなりました。驚きました。
まだ61歳の若さです。
師匠とは、落語を聴かせていただく以外に、一度だけ接点がありました。
学生時代に仙台で、当時は志ん三と名乗っていた師匠をアテンドしたんです。
まだ与太郎で売り出す前で、とにかく大柄なドラキュラのような、病気とは無縁な感じのする噺家さんでした。
それにしても、古今亭志ん朝一門は、志ん朝師匠はじめ、重鎮だった右朝師匠、そして志ん五師匠と、若くして・・。
ご冥福をお祈りいたします。

ラジオ深夜便

NHKラジオの「ラジオ深夜便」で、立川談幸師匠の「抜け雀」を聴きました。
次の噺にと考えているので、大変グッドタイミングでした。

  ◇ 抜け雀      立川談幸

談幸師匠は、非常に軽快に噺を進めて行き、かなりスピードもある感じです。

内気家てれ生師匠のブログ

落研先輩の内気家てれ生師匠のブログを偶然発見しました。
勿論、こんなアホブログと異なり、ビジネスに関する真面目な内容ですが、嬉しいことに、落研のことも採り上げてくださっていることです。
091112_c02例えば、昨年の50周年OB落語会と今年のお江戸OB落語会の記事。
しかも、なお光栄なことには、昨年の50周年の記事には写真が添付されていて、何と私の高座の写真ではありませんか。
ありがとうございます。

http://blog.bil-doctor.jp/?eid=1213487
http://blog.bil-doctor.jp/?eid=1216037
http://blog.bil-doctor.jp/?day=20091118

高座の湯呑み

高座の湯呑み
大看板の師匠や長講を演る時は、喉を潤すために湯呑を置きます。
落研の先輩方の現役時代は、「そんな大それたことを」という感じだったんだそうです。
そのタブー?を破って、OB落語会で湯呑を使ったことがあります。
ところが、周りで見ているほど簡単ではないことが分かりました。
結局、「浜野矩随」の時は、母親が水を飲むシーンがありますが、このタイミングで何とか使うことが出来ました。
喉の渇きを潤すという目的から考えると、もう少しタイミングを捉える訓練が必要になるでしょう。

2010年9月28日 (火)

落研OB会の「会報」

落語、落語、高座、高座に明け暮れていたので、すっかり忘れていました。
落研OB会の広報担当を仰せつかっていますので、「会報」を創刊するというミッションがあったのを・・・。
早く構想を考えて、出稿をお願いして、編集して・・・、始めないと。
さぁ、どんなふうにして行こうか・・・。
いずれ、先輩方から、色々なご意見が出るでしょうから、叩き台というやつを作るのでしょうかね。

人形町らくだ亭

Img 今月最後の落語会になると思います。
「人形町らくだ亭」。
恥ずかしいことに、日本橋劇場までの道に迷いました。
そもそも、「人形町らくだ亭」の名前で勘違いして、人形町駅で降りて、日本橋教育会館ホールに行ってしまいました。
それから慌てて水天宮まで行き、開演が6時50分だったのに救われました。

 ◆ 元犬         桂宮治
 ◆ 紙入れ        古今亭菊六
 ◆ 佐野山        桂平治
 ◆ 妾馬         春風亭一朝
 ◆ らくだ         五街道雲助

菊六さんの頭は、一段と青く刈られていましたね。
平治さんは、「源平盛衰記」などと同じお得意ワールド。
一朝師匠の存在感が特筆ものでした。芸人さんとして爛熟期を迎えた感じがします。
雲助師匠らしい演出が光る「」らくだ」でした。

高座でのお辞儀

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高座に上がった時のお辞儀の仕方もこだわりです。
写真は、昨年11月の「50周年記念OB落語会」のもので、噺の中で手をついている場面なので、最初のお辞儀ではありませんが、難しいものです。

座布団に座って、扇子を前に置いて、正面に手で三角を作り、その中に鼻先を入れるようなつもりで、ゆっくりと頭を下げて行く。
しばらく動きを止めた後、またゆっくりと身体を起こし、扇子を座布団の脇に置きなおしてから噺を始める。

ここでのポイントは、扇子の場所とお辞儀の深さです。
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本年5月の落語っ子連の発表会の写真で検証しながら、進めて行きましょう。

まず扇子の場所。

子を前に置くということは、ここが「結界」だということを示すためだと言われています。
「結界というのはなる領域となる領域を分け、秩序を維持するために区域を限ることです。
即ち、聖なる客席と、座は高いけれども高座は俗なる場所で、これを分けるということ。
能狂言の発想と似ているものだと思います。というより、それを真似ているもの。
従って、高座には羽織を着て正装で出て行き、扇子で結界を作って挨拶をした後は、羽織を脱いでも失礼には当たらないということになる訳です。
プロの噺家さんでは、鈴々舎馬桜師匠と林家正蔵さんは必ずやっていると思います。
あんまり堅苦しいことは言いたくありませんが、私はこういうのは好きですから、自分でも必ず実行しています。
写真でもお分かりいただけるでしょう。
次はお辞儀の深さ。
先代の小さん師匠は、手を肩幅の広さに置いて、浅くお辞儀をしていましたが、それはそれでキリリとしていました。
深い丁寧なお辞儀は、柳家さん喬師匠、柳亭市馬さんあたりか。
ちょっと高座が狭かったので、扇子を前に置くために、手が座布団にかかってしまっていますが、深々とお辞儀は出来ているのかなと思っています。

2010年9月27日 (月)

77777

77777
7が5つ並びの記念すべき?瞬間です。
馬鹿じゃなかろうか・・。

羽織の脱ぎ方

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噺を進めながら羽織を脱ぐ形というのにも、こだわりたいですね。
実は、この間の「学士会落語会」の後、打ち上げの時に委員のWさんが、「羽織の脱ぎ方が良かったですよ。」と、褒めてくださいました。
これも大変嬉しいコメントです。

羽織の紐を解いて伸ばす。
両方の袖をつまんで、外側に引くと、羽織がスーッと肩からすべり落ちる。
両手を抜けば、完全に脱げて、脱げた羽織が後ろの方に残る。
それを、ちょっとまとめて、座布団(尻)の後ろに隠すように整える。
上手く出来ていたようです。
写真は、その時のものですが、まさに両手で袖を引いて、羽織が肩からすべり落ちようとしているところです。
羽織の紐も伸びていますから、まずまずでしょう。
羽織が肩を通り過ぎる時の感覚も、ひそやかな快感です。

羽織をいつ脱ぐか。いつ脱いだらよいのか。
まぁ、その時の気分でいいと思いますが、なかなか噺のストーリーの中では、羽織や着物を脱ぐシーンでもない限り、素人には難しい・・。
私は、先日の「学士会落語会」と5月の「お江戸OB落語会」では、マクラの時に脱ぎました。
どの場所でとは決め(られ)ずに、ただその時の雰囲気や勢いで脱いだ気がします。
一方、昨年の「50周年記念OB落語会」では、脱ぐタイミングを完全に逸してしまい、ずっと最後まで着たままでした。

明日にも77777

右肩のカウンターをご覧ください。
ただいま9月27日午後3時です。
今までのペースだと、明日ぐらいにも、カウンターが「77777」になるでしょう。
なかなか7の5桁並びなどを見る機会もないと思いますので、楽しみにしたいと思います。
普段にも増してくだらない内容でした。

戦い?すんで・・

戦い?すんで・・
七転八倒の苦しみ?から解放され、快適な疲れの中にいます。
幸いにも、ハイテンションが続いたり、バーンアウト状態に陥ることもなさそうで、ホッとしているところです。
しかし、ますます、"落語を覚えたい""もっと上手くなりたい""
色々な場所で演ってみたい"という気持ちが大きくなっている気がします。
まだ未確定要素はありますが、来春に向けて、「甲府ぃ」と「抜け雀」を温めてみようと思います。

学士会会報「まくら」

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「学士会落語会」のN委員から、早くも会報の「まくら(第13号)」が配信されて来ました。
先日の「設立五周年記念公演」に関する記事がメインになっていて、私も登場?しています。
大変丁寧に出演者の演題と噺の説明がなされていて、当日の様子が思い出され、読み応えのある内容です。
驚いたのは、山本会長からご指名されて、仲入りの時の福引のお手伝いをさせていただいた、最近、自称「金願亭乱志後援会長」に昇格?した従妹も、その福引の写真に納まっていることでした。
しかも1面に・・・。私は2面なのに。
三山亭多楽師匠のご投稿「鼓が滝・考」は、博学多才でいらっしゃるだけに、大変興味深く拝読しました。鼓が滝そのもののこと、タンポポの語源のこと・・・。
それから、唯一地名として残っているという熊本県にお出かけになるという話もお聞きしましたが、フットワークの物凄さも感嘆ものです。
これは、鼓が滝を噺にした圓窓師匠にも読んでいただこうと思います。来月の稽古会の時に持って行くことにします。

2010年9月26日 (日)

乱志の「笠と赤い風車」

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今回の「笠と赤い風車」は、時間もないくせに、色々なチャレンジをした結果、実は"初づくし"の高座になりました。
まず、全くの”ネタ下ろし”だったこと。
落語に戻って来てから演った噺は、なんだかんだと言っても、学生時代に演ったことがあるとか、ちょっと触ったことがあったものばかりでしたが、今回は正真正銘の”ネタ下ろし”でした。
次に、稽古の過程を誰にも見ていただいていないこと。
これは、学生時代を通じても初めてのことです。
圓窓師匠にご指導いただく時間もなく、全く誰にも見ていただき(け)ませんでした。高座が本当にぶっつけ本番という蛮行。
それから、実質1週間の稽古で高座に上がったこと。
事前にネタ本を作ったり、正蔵(彦六)師匠のテープを聴いてはいましたが、「学士会落語会」の高座を終えてからちょうど1週間で演るという、さらなる蛮行・愚行でした。

さて、客席で聴いていただいた頓平師匠によれば、マクラを除いて、正味29分かかったそうで、随分な長講になってしまいました。(また蕪生師匠に叱られる?)
とにかく、頭の中に詰め込んだ台詞の堤防が、変な時に変な方向に"決壊"しないように、恐る恐る噺を進めます。
幸いなことに、元ネタが彦六師匠ですから、ゆっくり喋っても違和感がなく、それが何よりでした。
ただ、不思議なのは、あんなに言葉が出なくて苦労していたのに、案外スムーズに出て来たところは、やはり本番でテンションが上がっているからでしょう。
先輩のこり生師匠からは「稽古量が少ない分緊張感があって良かった」という、お褒めのような、そうでないようなコメントを頂戴しましたが、その通り受け止めることにしました。

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途中、下手最前列に座っていた爺、いやご年配のお客さまが、寝息を立て始めました。もう少し呼吸を強くすると確実に鼾になりそうな・・・。
後ろの席の方々には聞こえないようですが、その鼾一歩手前の寝息が、高座にはビンビン伝わって来ます。
そう言えば、以前圓窓師匠が仰っていた「上手い落語を聴くと、心地よくなって眠くなるんだよ。睡眠と落語はマクラが付き物だから。」というのを思い出し、めげずに進めて行きました。

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最近、落語を何題か演って気がついたことがあります。
それは、落語のストーリーの中で、クライマックスというのは、語ると意外に短いものだということです。
「笠と赤い風車」も、演っている本人にしてみると、あっと言う間にクライマックスを通り過ぎたような・・・。

高座を降りた直後に、ぴん吉さんとぽんぽこさんに、それぞれ「何ていう噺ですか?」「・・・・」と尋ねられました。
いくらかインパクトになったのかも知れません。それとも演題を知らなかっただけ・・?
先輩方からも概ねお褒めいただきましたので、どうやら"ボロ"は、あまり出なかったようです。
本番までは苦しかったですが、本番はとても楽しかった・・・。

第22回OB落語会

第22回OB落語会
ちょうど午後1時、予定どおり開演。
開口一番は、現役3年生で部長の「世間亭節介」さん。
明るくて大変”らしい”いい雰囲気を持っています。

 ◇ 一目上がり       世間亭節介
 ◇ 寄合酒          夢遊亭迷々
  ◇ 子ほめ         
賀千家ぴん吉
 ◇ 笠と赤い風車      金願亭乱志
       (平岩弓枝原作)
 ◇ 片棒           井の線亭ぽんぽこ
 ◇ 宮戸川          喰亭寝蔵
 ◇ 玉蟲左太夫伝     桂友楽

駄馬師匠によれば、約80名の観客で、まずまずの盛況。
昨年の50周年以降、一般のお客様が増加傾向にあるということで、現役とOBの相乗効果が出つつあるようです。
それにしても、掛け値なしに、我が落研の水準は相当なところにあると思います。
これが、伝統というものなのでしょうか・・。
私の噺の出来など、詳細は別途ご報告いたしますが、またまた大変楽しい落語会になりました。
  

笠と赤い風車

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今回のOB落語会でチャレンジした「笠と赤い風車」。
NHKが昭和40年直木賞作家平岩弓枝さんに書き下ろしを依頼し完成したものだそうです。
文芸物が落語の高座に登る弾みになったとも言われる作品で、正蔵師匠は、この作品で、「芸術祭奨励賞」を受賞しています。

継母のおせんの好意をことごとく誤解してぐれた常吉、おきんという女ににそそのかされ、おせんの十五両を騙し取ります。
おきんと共に旅に出ようとする常吉に、おせんは生母の形見の赤い風車を笠につけてやります。
常吉は、おきんのヒモの仙吉に谷底へ叩き落とされますが、笠が体をささえるように水に浮いて助けられます。
やっとおせんの深い愛に気付いた常吉が大急ぎで家へ帰ると、おせんは両手をまっすぐ空へ上げ、重いものを支えるような恰好で、水につかったようにぐっしょりと汗に濡れて息絶えています。
「おっかさん」と子供のように泣きじゃくる常吉の背中で、風車が風もないのにクルクルクルクルと回っていました。


平岩弓枝さんという著名な作家が書き下ろしたもので、正蔵師匠が大きな賞をもらったということで、学生時代にテープを買い、何度も聴いていました。
ストーリーだけでなく、郷里の身延山・身延参りが軸になっていたのも、興味を持ち続けていた理由です。
何年か前に、正蔵師匠の弟子の正雀師匠のCDにこの噺が収録されていることを知り、早速買って聴きました。
いつかやってみようと考えていたのですが、やっと実現したという訳です。

OB落語会の会場

OB落語会の会場
欅並木が美しい定禅寺通りを、勾当台公園から、一番町・国分町・晩翠通りを横切ったところに、会場の仙台メディアテークがあり、7階がスタジオホールシアターです。
OB落語会の会場
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に書かれた馴染みの深い寄席文字。
受付カウンターには「東北大落研」の法被を着た現役部員たち。
左側の女子大生は今年の新入部員だそうです。

OB落語会の会場
席も素晴らしく、高座も立派ですよ。座席もゆったりしていて素晴らしい。

立派じゃないのは・・芸か・・・・?

また新たなプレッシャー・・。

みちのくへ

みちのくへ
「旅人は 雪呉竹の群雀 止まりては発ち 止まりては発ち」

いよいよ「OB落語会」当日となりました。
今までにない、不思議な緊張感を感じつつ、東北新幹線へ。
それにしても良い天気です。
東北新幹線沿線の田んぼは、もう稲穂が頭を垂れて、黄金色の輝き。
平和だなあ、とつくづく感じつつ、新幹線は広瀬川を渡って、第2の故郷仙台に到着です。
さあ、OB落語会の出来はいかが相成りますか・・。

高座での姿勢

高座でのお辞儀
高座に上がってからの姿勢や視線というのも難しいものです。
特に地噺の場合は、身体の向きや視線の高低や動きが重要だと思います。
圓窓師匠は稽古の時に、「肘や肩を張らずに力を抜いて自然体で、片方の肩が上がって(下がって)いたり、肘を堅く張っていると、形がよくないよ。それから、膝頭を揃えて、着物の裾がはだけないように座らないと、品が良くないから。」などと仰います。

プロの噺家さんともなれば、その居住まいが個性だと言われる場合もあるのでしょうが、中にはとても気になる人もいるようです。
そういえば、この間古今亭志ん朝師匠のDVDで「柳田格之進」と「唐茄子屋政談」を視聴しましたが、志ん朝師匠は、左肘を張り気味にするので、左肩が上がります。
でもきっと、「それでいいのだ。志ん朝師匠だから。」ということになるのでしょうね。

写真は、この間の「学士会落語会」の時のマクラのところですが、自分では「概ねよし」と思いますが、いかがでしょうか。
顔が悪い、体型が悪いのはお許しいただくとして。

OB会ネタの告白

このプログでも、会場でのプログラムでも、私の演題は明らかにしないで、一応「落とし噺」としていましたが、いよいよOB落語会当日になりましたので、演題をカミングアウトすることにします。
素人風情が(素人の分際で)こんなに勿体ぶることもないのですが、"ご趣向"ということでご理解いただきたいと思います。

さて、私が今回の「OB落語会」の仲入り前に演らせていただく噺は、「笠と赤い風車(平岩弓枝原作)」という噺です。
いわば新作文芸落語とでもいうのでしょうか。

昭和40年頃に、八代目林家正蔵(後の彦六)師匠のために、平岩弓枝さんが書き下ろした作品だそうです。
大変特徴的(個性的)な師匠の音源ですから、かなりやりづらいと思いますが、とりあえずチャレンジしてみたいと思っています。
考えてみると、「ねずみ」という噺も、浪曲から翻案された新作落語なんですね。
そうか、私は新作ばかりやってるんだ。
さて、上手く演ることが出来るでしょうか・・・?

2010年9月25日 (土)

志の輔落語inACT

志の輔落語inACT
本当にご無沙汰していました。2年ぶりぐらいかなという感じで。
立川志の輔さんの会は、良くも悪くも、ただ噺を聴くというより、ショーやコンサートという雰囲気で、従って客層も老若男女と幅広いのが特長だと言えるでしょう。

◆ バールのようなもの    立川志の輔
◆ 高瀬舟(森鴎外作)     立川志の輔
◆ 徂徠豆腐          立川志の輔

さすがに芸達者だな、お客さんを掴むのが上手だなと思います。
でも、3年前頃に頻繁に聴いていた時のような、ときめきは少なくなりました。
相変わらずスタッフを動員して、ソツのない楽しいショーに仕上げているな、というのがすばらしいと思います。
ただ、年間300席も独演会などで、それを20年以上続け(られ )ている実力は、敬服に値します。

歩き稽古

歩き稽古
「それでも・・」と、神保町から日比谷まで歩き稽古を敢行。
わざわざ神保町をスタートに選んだのは、きっと先週の「学士会落語会」の”げんかつぎ”かもしれません。
またまた行列のできる洋食屋さん「N」に行き、とんでもなくぶっきらぼうだけど、めちゃくちゃ手際のいいおねえさんに誘導されて、先週と同じカレーライスを注文して、でも今日はゆっくり食べてから、学士会館を横目に大手町方面へ。
神田橋を通り、和田倉門のあたりでちょうどオチに近づいた頃、突然誰かに声をかけられました。
振りかえると、前の会社の後輩が、これから大手町のビルへオーケストラの練習に行くところだと言うことで・・・。
みんなそれぞれ色々な趣味をやってるんだなぁと実感したものの、せっかくオチ近くまで来たのを中断されてしまいました。
最後の部分だけをやり直して、日比谷で地下鉄に乗り、「志の輔inACT」を聴きに、赤坂へ向かいます。

風邪・・?

昨夜は寒く、身体が冷えきったのか、暑さ疲れが出たのか、喉がイガイがして、だるさも感じます。
通しで稽古が出来ていないので、何とかやってみようと始めましたが、気力が伴わずにコースアウト・頓挫というやつで。
いまだに通して出来ない惨状に、さすがにややあせりも感じ始めたりしています。
登場人物の料簡で演るなど、とてもじゃぁありませんが、望むことは出来そうにありません。
また弱気虫が出て来ました。いつものことです。
・・・でも、何とかなるでしょう・・。

大岡裁き

例の中国との間の尖閣諸島の問題。
予想どおり、いつもの弱腰外交で決着?したようです。
様々な方面から批判されているようです。

昔の江戸町奉行というのは、町方の行政・司法全般を担っていたので、またローカルな世界ですから、大岡越前守のような名裁きができたのでしょうが、品格とか、謙譲とか、配慮とか、協調という概念を持たない相手との交渉というのは、実に難儀なものです。
とはいえ、こんな"ていたらく"を見ていると、「一文惜しみ(五貫裁き)」や「帯久」のような裁きというものは出来ないものかと思ってしまいますよ。
世の中、これほど「ごね得」というのがまかり通るとすると・・、ますます世知辛くなって来ますが、そういうこともあると認識して生きていかないと、大変なことになるというのも確かかもしれません。

実は、今回のOB落語会でのネタ「落とし噺」も、釈然としない、ハッピーエンドでもない噺で、悪者が良い思いをするというものです。
ただ、落語の場合は、噺の中では語られませんが、この悪人はいずれは悪の報いで不幸になる、という含みを持っている気がします。
それでないと、あまりにもやるせないですから
・・・。

鈴々舎馬桜師匠から

鈴々舎馬桜師匠から、恒例の「圓朝座」とネタ出しの新宿末廣亭の芝居の案内。
しかし、この師匠の博識なところ、マメのなところは、若手の噺家さんにも見習って欲しいものです。
落語に対して、常に基本を忘れずに真面目に取り組んでいる姿は、やはり贔屓にしたくなります。
というほどの贔屓ではありませんが、ずっと応援して行きたいと思います。

金願亭めがね?さん

先日の落語会で大変お世話になった、学士会の「S」さんに、「仙都に笑いを・創部50周年記念号」を贈呈しました。
個人的にも落語がお好きなようで、かなり多くの落語会へ行っていらっしゃる様子。
嬉しいですねぇ。意外なところ(失礼)に、こんなに落語好きな方がいらっしゃるなんて、本当に嬉しいですよ。
きっと、誰かの落語会ですれ違っていたのではないかと思います。
ご丁寧にお礼のメールを頂戴しました。
そして、差出人の名前が「金願亭めがね」とあったのには、またまた驚きました。
思いがけず、めでたく「金願亭一門」が出来ました。
これまた嬉しい。というより照れ臭い気もします。

高座への座り方

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高座の座布団に座る形も難しい・・・。
着物の裾を入れるのに、無造作にやる人、扇子で払う人、裾をつまんで整えながら座る人・・・。
これまた十人十色です。
市馬さんなどは、かなり丁寧だった気がします。
さん喬師匠は、両手を下ろしながらそのまま膝を折るような形・・・。
そこで私は、やはり裾をつまんで引きながら、膝頭にしわが出来ないように気をつけて座ろうという・・・。
裾をつまむ、持つというのは、ちょっと色気のあるように見える気がして・・。
写真でみると、そんな雰囲気は微塵も感じませんが・・・。

また談亭志ん志師匠

入院していたという志ん志師匠に、落研OBのMLには、数多くのお見舞いのコメントが投稿されています。
ご本人も、「結果的に今回のOB落語会への出演をパスしておいて良かった」などと仰っていました。
「三途の川から戻って来ました」と仰っていますが、普段健康のために水泳をやっているので、三途の川も対岸に上がらずに、ターンして帰って来たのではという、無責任な発言もあったりして・・。

そういえば、寝蔵師匠が、「志ん志50噺(あと48題)」について、マイルストーンともなるべき噺のリクエストがありました。
第25番目は「もう半分」、そして最後第50番目は「百年目」(創部100年目だから)という。
私は、これに加えて第3番目(次回)は「三年目」、第5番目は「五人廻し」、第7番目は「七段目」、第9番目は「時そば」、第10番目は「十徳」、第18番目は「お菊の皿」、第24番目は「二十四孝」、第30番目は「三十石」あたりも・・。
ちなみに、圓窓師匠の「五百噺」の第500番目は「五百羅漢」だったはずです。

志ん志師匠には、早速
次回のネタは「三年目」をリクエストしないと・・・。

2010年9月24日 (金)

連続・連勝

大リーグマリナーズのイチロー選手が10年連続シーズン200本超安打を、大相撲の横綱白鵬が今場所全勝すれば62連勝。
ずれも、”ちょいまぐれ”ではできない快挙、大記録です。
中には、内野安打が
多いとか、強敵がいないとか、快挙にケチをつけるような口さがない向きもいるようですが、そんなことを言い出したら、天候(雨や風)や道具などの違いで出るもの全てが、公平だと言えないことになるでしょう。
こういう巡り合わせ(運みたいなもの)も含めてマクロ眼で見たら、極めて公平だと思います。
もしかすると、荒れた土俵の内外の乱れや大味な野球にメスを入れて、原点に回帰させるべく、神様が遣わした人(ホワイトナイト)かもしれません。
とにかく素直に、二人の快挙を祝福したいものです。

談亭志ん志師匠

落研OBの2枚看板の達人「談亭志ん志」と名人「喰亭寝蔵」。
今回のOB落語会には、残念ながら、志ん志師匠はご出演なさらないのですが、8月下旬から大病をされたとかで、美しい看護師さんにお世話になったと、しきりにそればかりのコメントが、落研OBのMLに投稿されていました。
知らぬこととはいえ、大変だったようで、心からお見舞いしたいと思います。
志ん志師匠には、(ご本人が宣言されたとおり)100周年記念まで、毎年1題ずつ合計50題の噺を演ってもらわないといけないことらなっていますから、こんなところで道草を食ってもらっちゃあ困ります。
イチローは200本安打まで僅かですが、志ん志師匠はまだあと48題ありますから。

いろいろな感想を

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細かくお一人おひとりを覚えてはいませんが、「学士会落語会」の懇親会、お顔を存じ上げている方以外の方々からも、懇親会の席で声をかけていただきました。
「メガネをかけていなかったね」と仰った方もその中のお一人です。

◇同窓の大先輩
私は例会でお見かけしているので、お顔は存じ上げているのですが、握手をしてくださり、「いやぁ、でかした。元気をもらえたよ。」と。
毎朝散歩するのが日課になっているが、どうしても刺激が少なくなる。そんな時に聴いた「ねずみ」で、本当に元気が出て来たという訳です。有り難いお言葉です。

◇東大OBの前の会社の大先輩
直接同じ場所でご一緒したことはありませんが、同窓ではないが職場が同じだったという大先輩。
「東北大のひとが一人だけ入って演るとは聞いていたが、君だったのかぁ。いやぁ驚いたよ。」と、ただ驚嘆の体。
びっくりさせてしまってすみません。

◇学士会の事務局の方
今年、甥っ子さんが、東北大の法学部に入学されたとのこと。ということは、私の35年後輩になります。
学士会寄席の企画などもやっておられたようで、落語には大変ご理解があるようです。
甥っ子さんに、来週のOB落語会や観賞会などの宣伝をさせていただきました。
50周年記念誌をお送りする約束をしました。確か・・・。

◇会員のご家族の方
「仙台を懐かしく聴かせていただきました。仙台で生まれて育ったんです。」と、とても上品な奥様。
東北大学の片平キャンパスからほど近い街にお住まいだったようで、これまた懐かしく、とても嬉しくなりました。
私の「ねずみ」で言えば、甚五郎が広瀬川を渡り、左前方に聳える青葉山を眺めるシーンを作りましたが、その麓で広瀬川にもほど近い街です。

皆さん、本当に落語がお好きなんですね。
最後まで聴いていただいて、とにかく感謝、感謝です。

高座への出

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緊張しながら高座へ向かう時も、色々考えます。
袖から出て観客の視線に入った瞬間から始まるものだと思いますから、それを意識しないといけません。
踊りなどをやったこともないし、普段着物を着ている訳でもないし、人前で何か披露する機会もありませんから、おのずと限界はあるでしょうが、まず元気よく、さりとて粋な雰囲気を出しつつ・・・。
上の写真は先日の「学士会落語会」、下は5月の「お江戸OB落語会」です。

201005221310443 プロの噺家さんの出を見ていても十人十色です。
意外とぶっきらぼうに出て来る噺家さんが多い気がするのは私だけでしょうか。
・・・誰のが参考になるかなぁ。あまり思い浮かびませんが、礼儀正しいという点で言えば、正蔵さん・花緑さんあたりかもしれません。
DVDなどを見ていると、もう少しゆっくり歩いた方が良い気がしています。

OB落語会仲入り前

OB落語会の顔付けが固まり、私の出演順は仲入り前ということになりました。
以前は「中トリ」などと言っていたのですが、この間師匠と話した時に、「中トリ」とは言わず「仲入り前」と言うそうですから、改めることにしました。

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プログラムでは、私の前にまず現役学生が二人出て、「一目上がり」と「寄合酒」。
そして、今回より初登場参戦?の賀千家ぴん吉(がちゃぴんきち)さんの「子ほめ」です。
読みづらい名前ですが、あの"ガチャピン"から取ったんだそうです。
前3題が比較的明るい噺ですから、あの暗い噺でも大丈夫でしょう。
仲入り後のぽんぽこさんの「片棒」は、本人は知らないでしょうが、かつて名人寝蔵師匠がお演りになり、乱志もいずれの日にかと密かに狙っている噺ですから・・。
そして、恐らく寝蔵師匠の「宮戸川」が、今回のOB落語会の「本日のハイライト」になるでしょう。
今回、達人志ん志師匠がご出演ではないので、「これが落語だ」というのを、お客さんに堪能していただけるのは、ここがピンポイントだと思います。
「玉蟲左太夫伝」は、友楽師匠のライフワークの一端を拝見できるでしょう。

昨年11月・本年5月そして今回と、3回続けて友楽師匠にトリの大役をお願いすることになりましたが、次回からは、寝蔵師匠や若手の人たちにご出馬いただきたいものです。
人情噺路線の私は、「仲入り前」あたりでご機嫌を頂戴することにします。


  番組  一目上がり         世間亭節介
       寄合酒           夢遊亭迷々
               子ほめ           賀千家ぴん吉
       落とし噺          金願亭乱志
               仲入り
       片棒            井の線亭ぽんぽこ
       宮戸川           喰亭寝蔵
       玉蟲左太夫伝      桂友楽        

2010年9月23日 (木)

多楽師匠から嬉しいメール

嬉しいメール
学士会落語会の委員でもある東大OBの三山亭多楽師匠から、ご丁寧なメールを頂戴しました。
しかも、私の高座の写真も添付してくださいました。
この写真、とても気に入りました。
めくりとのバランスも絶妙ですし、めくられた裏に「学士会落語会」の字を読むことができます。
それから、恐らくオチに近い場面だと思うのですが、なかなか「それらしく」見えませんか?

(このプログをご覧いただいているとのことなので)多楽師匠、まことにありがとうございます。
早速色々使わせていただいています。

いただいたメールの中でとても嬉しかったのは、私が「ねずみ」のタイトルのコメントの際、「出を待つ間の何とも言えない緊張感が快感になりつつある」という感覚に、多楽師匠も同調してくださったことです。
そうなんですよ。だからやめられないんですよ。

ひきこもり稽古

ひきこもり稽古
今日は終日雨模様でしたから、"稽古日和"でした。
私には、天気がどうこうと言っている余裕はありません。
自宅で「ひきこもり稽古」をやろうと思いつつも、我れながら情けないことに、全く緊張感のない稽古に終始しそうです。
夕方までの段階では、まだまだ通しではできず、たどたどしく概ね6~7割程度のところまで辿り着いたという状態です。
実は、この残り3割が、この噺のクライマックスなのに、本当に大丈夫でしょうか?
にも拘わらず、「まだ夜もある」「まだ3日ある」というのに甘えてしまいそう・・・。

季節の変わり目

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こんなにはっきりした季節の変化が見られるのも、大変珍しいことですね。
昨日は30℃以上、今日は20℃前後・・。
今日のこの陽気が平年並みなんだそうですから、やはり暑い夏だったんですね。
秋が来るぞ来るぞ、・・・来る来る・・・、ほぉら来た。
「青菜」を随分聴きましたね。
朝顔も随分咲きましたね。
釣瓶落としに涼しくなるのでしょうか・・・。
「季節の変わり目で貴方の心を知るなんて・・・」なんて歌もありましたが、何となく秋は感傷的になるものです。
でも、今の私には、今度の「落とし噺」で頭が一杯。

次のOB落語会の噺

まだOB落語会も終わっていないのに、次のOB落語会の演題の候補を考えました。
というのも、学士会落語会の後、蕪生師匠から「抜け雀をやったらいいのに?志ん生の味も試して聴かせて欲しい」というコメントがありました。
「抜け雀」ですか・・・。いいですねぇ。
初めて聴いたのが、大学1年の時の落研主催の落語観賞会での先代金原亭馬生師匠の「抜け雀」でした。

そういえば、落語っ子連の稽古会の時に、「抜け雀」が話題になったことがありました。
師匠とのやりとりの中で、印象に残っている部分があります。
まず、「ねずみ」や「竹の水仙」などと違って、雀を描く絵師の名前は出て来ないこと。
そういえばそうですね。どういう訳なのでしょうかねぇ。
それから、マクラで「駕籠かき」という説明が入りますが、今はない職業とはいえ、現代では職業差別のようにも聞こえる。
さらに、名人の絵師が屏風に鳥籠を描くのは、いくらなんでもおかしい。しかも、雀というのは鳥籠に入れて飼う鳥でもない。
・・・という訳で、師匠はこれらの設定を変え、従って「親を駕籠かきにした」というオチも変えているという話。
なるほど、そのとおりです。

それでは、屏風に鳥籠を描かない、親を駕籠かきにしないバージョンで、チャレンジしてみましょうか・・・・。

そんなことより、今度の日曜日のOB落語会の稽古をしなくてはいけないのに・・・。

落語とメガネ

学士会落語会の懇親会で、私がメガネをかけて高座に上がらなかったので、高座名とイメージが繋がらなかったというコメントをいただきました。
プロの噺家さんでも、何人かはメガネをかけて高座に上がっています。
三遊亭圓歌師匠、橘家圓蔵師匠、川柳川柳師匠など。
落研では、「落語はメガネをはずして演るもの」という暗黙のルールのようなものがありました。
古典落語をやるのに、メガネは合わないというのが第一の理由。
舞台の照明などがレンズに反射して、演者の視線を観客が見ることが出来ず、細かい描写が伝わらないというのが第二の理由。
本音のところは、客席が見えないほうがやり易い・・・?
個人的にはどちらでも良いとは思いますが、自分のことで考えると、やはりメガネははずして演りたいと思います。
正直なところ、高座に上がるのには、時々苦労することがありますが、やはり上のいずれの理由もその通りだと思いますから。
この間、千早亭のメンバーで、、メガネについて師匠に尋ねた方がいました。
師匠は、(恐らく素人落語なんだからということで)どちらでも構わないというようなコメントをされていました。
それ以外で、例えば、腕時計・指輪・ブレスレット・ピアス・タトゥなどは、やはり避けた方が良いでしょうね。
オリジナル・素・生成りの姿で演るのがいいと思います。
わざわざ演ずる舞台と異なる格好をすることもないでしょうし、落語は観客の想像力に頼る演芸ですから、あえてイメージの邪魔をすることもないでしょう。
だから、茶髪・金髪もねぇ・・・。
えっ? それじゃあかつらはどうするかって?
・・・・
歌丸師匠、どうしましょう・・・。

2010年9月22日 (水)

今朝も・・

今朝も・・
昨日を反省して、今朝の歩き稽古は、とりあえず覚えている部分だけおさらいすることにしました。
これは気が楽ですが、これで良いのかは、甚だ疑問。
ところで、上野から末広町はちょうど1キロぐらいの距離だと分かりました。
歩いて10分強ですから、ぶつ切りの稽古にはちょうど良いかもしれません。

ちょうど大家さんが来て色々話をして帰る所まで。
私の演る「落とし噺」には、こんなシーンがあるんです。
大家さんが出てきて、豆腐屋さんも出てくるんです。
さて、何ていう噺でしょう・・。お楽しみです。
私はお苦しみですが。

OB落語会の番組

高齢の、いや恒例の「OB落語会」の番組が、落研のHPにアップされていました。
これまた「いよいよ!」という気になります。

           ≪第22回 OB落語会≫

  日時  平成22年9月26日(日) 13時開演
  場所  メディアテーク スタジオシアター
  木戸  入場無料
  番組  一目上がり         世間亭節介
       寄合酒           夢遊亭迷々
               子ほめ           賀千家ぴん吉
       落とし噺          金願亭乱志
               仲入り
       片棒            井の線亭ぽんぽこ
       宮戸川           喰亭寝蔵
       玉蟲左太夫伝      桂友楽  

仙台にお住まいの皆さまに、是非ご来場いただきたいものです。
ただし、「落とし噺」はただいま仕込み中で、間に合うかどうかビミョーです。

甲府鳥もつ煮

「B級グルメ」というカテゴリーがポピュラーになって来ました。Top_torimotsu01bb_2
何と言っても、「B-1グランプリ」と言えば、郷里の隣町の「富士宮焼きそば」があります。
高校時代には、毎日この街を通っていましたが、食堂に行けばあったかもしれませんが、特別に焼きそばを意識したことはありませんでした。
それが、今やB級グルメの殿堂入りをするという・・、大したものです。
そして何と、今年の「第5回B-1グランプリ」で、「甲府鳥もつ煮」というのがグランプリに輝いたとか・・。
おいおい、今度は「甲府ぃ」ですよ。
我が郷里の県都の甲府ですから、大変興味がありますよ。
甲府だって「信玄餅」だけじゃないんだぞということです。
町興しのために、こういう新しい食べ物・料理が生まれるというのはいいことです。
「鰍沢月の兔花魁炒め」「甲府ぃ善吉お参りがんもどき」なんてのはどうでしょう。

考えてみると、仙台だって、私がいた頃は、「萩の月」もなかったし、「牛たん」だって全く無名でしたよ。
「笹かまぼこ」と「仙台駄菓子」、松島産の「牡蠣」あたりが定番でした。勿論今でも売れているはずですが。

2010年9月21日 (火)

真夏日の中秋の名月

真夏日の中秋の名月
明日は中秋の名月。十五夜さんだそうです。
が、今年は、明日は真夏日になるという予報。
場所によっては、猛暑日になりそうな所もあるそうです。
中秋
の名月の日が真夏の暑さと言うのは、とても居心地が悪いものです。

「秋霜烈日」という言葉があります。
秋の冷たい霜や夏の激しい日差しのような気候の厳しさのことで、刑罰・権威などが極めてきびしく、また厳かであることのたとえでもあり、日本の検察官記章のデザインに対する呼称でもあります。
今日、某地検の主任検事が、証拠隠滅容疑で逮捕されるという、検察の信用を根底から崩すような事件が明らかになりました。

大丈夫かなぁ稽古

大丈夫かなぁ稽古
さぁ、連休明けの今朝から心機一転、今度の日曜日の「OB落語会」にかける予定の「落とし噺」の歩き稽古をしようと、勇躍「御成街道」に繰り出しアメ横に入って行ったのですが、大変なことに気がつきました。
というのは、歩き稽古というのは、一応台詞やストーリーが頭に入っていないと出来ないということです。
つまり、今回の「落とし噺」は、まだ覚えるところまで行っていないことに気がついたのです。
ということで、ぶり返した暑さも手伝って、急に闘争心が萎えてしまい、上野広小路で地下鉄に乗ってしまいました。
大丈夫かなぁぁぁ。

落語観賞会のチラシ

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12月18日(土)に予定されている「第29回落語観賞会」のチラシが出来上がったようです。
二つ目の入船亭遊一さんと古今亭志ん八さんを呼んでいます。

それにしても随分と地味なチラシで、予算が少ないのかなぁ・・。
それに、東北大学落語研究部主催という表示がありませんから、誰がやっているのか分からない・・・。
最近の学生気質というのは、おじさんたちの頃とは全く変わってしまっていますから、仕方がないのでしょうね。

そう言えば、先日の学士会落語会の楽屋で、東大OBの「N」さんが現役の学生さんに向かって、「コントと落語と、どちらにウエイトを置くのか」などと尋ねておられました。
落語はいわゆる「お笑い」とは違うという感覚を、今の学生さんたちがどこまで理解しているのか、なかなか難しいものです。
落語とコント(お笑い)の最大の違いは、落語は登場人物を描き、コントは自分そのものを露出するという点。
お笑いブームに乗って、落語ブームが来たという面もありますが、やはり元は全く別のものなんでしょうね。

師匠へ返信

師匠のコメントに返信しました。

三です
師匠コメントありがとうございます。
士会落語会の「ねずみ」は、何とか「ノーカット・ノー乱」で、「タイガース(虎)」を倒して来ました。ありがとうございました。
(来週もOB落語会があり多忙で)色々落語を演る機会が増えつつあるのも、落語っ子連の皆さんとのご縁がスタートで、本当に感謝しています。
り合いというよりも、プレッシャーですが、楽しみながらやらせてもらっています。

それにしても、「ノーカット・ノー乱」にはまいりました。お見事。
師匠の「ねずみ」は、独自の解釈やスタンスによって、三木助師匠が作り上げて伝承されているものと違っています。
そんな師匠の考え方もお聞きして、さまよいながら、でもほとんど冒険出来ずに当日を迎えましたので。
「台詞を飛ばさずに、噺を乱さず(壊さず)に出来ましたか?」というのは、ドキッとするコメントです。

流:「師匠、パーフェクトじゃありませんが、何とかやっつけました。」
圓:「ノーカット・ノー乱かい?」
流:「はい、”タイガース(虎)”を倒しました。」

奥:「鞍馬から牛若丸が出まして、その名
を九郎判官・・・・。」
旦:「何、そうか、それなら義経にしておきな。」

・・・似てない? ・・似ていないか・・・。

素朴な疑念

最近のテレビCMで、どうも釈然としないものがあります。
牛丼チェーンの「Y」社のものです。
業界の値下げ競争や安売り競争で他社の後塵を拝した業界トップの同社は、今までは米国産の牛肉のみを使用していたものの、遂に安価なオーストラリア産を使用し、窮余の策として牛丼よりも安い「牛鍋丼」の発売に踏み切りました。
この「牛鍋丼」のCMです。
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要するにこの牛鍋丼、100年以上も前から日本橋の魚河岸で食べられていた、伝統のある定番の献立だというもの。
いかにも昔から営々と食べ続けられていると言わんばかりの映像とナレーションなのです
おい、本当かよ。
他社の安売りに対抗するために、その場凌ぎに、安い牛肉と肉以外の具を入れただけじゃぁないの?

当に昔から食べられているものなら、ずっと前から発売していたはずだと思うんですがねぇ。
という訳で、典型的な後付けで、何か嘘臭く感じているのであります。

この話、落語には全く関係ありませんね。
ただ、あえて無理やり関係をこじつけるなら、落語にも牛丼にも「だくだく」があります。
中途半端な謎かけになってしまいました。整いませんね。

2010年9月20日 (月)

柳田格之進

休日は、相変わらずボゥーッとしています。稽古もせずに。
古今亭志ん朝師匠の「柳田格之進」のDVDを視聴しました。
もともとは「柳田の碁盤切り」「柳田の堪忍袋」という講談ネタだそうです。
色々な演出があるようで、ハッピーエンドもあれば、悲惨なものもあります。
私が大学1年生の時に初めて聴いた、志ん朝師匠の実兄の先代金原亭馬生師匠のは、吉原で客を取り、悪い病気を引き受けて廃人のようになった娘になっています。
「身受けされて家に戻った娘の後ろ姿は、老婆のようだ。」というショッキングな台詞があり、物凄く悲惨な噺だというイメージがありました。
柳家さん喬師匠もやり、これもハッピーエンドになっていますが、最近はこのパターンが多いようです。
マクラで志ん朝師匠も「昔は、今では信じられないようなこともあったということで、お聴きください。」と言って噺に入っています。
やはり今ではかなり違和感はあるはずです。

OB落語会のめくり

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いよいよ来週に迫った「OB落語会」のために、いつもめくりを書いていただいている「H」さんから、四分椿師匠が受け取って持って来てくださいました。
当日、私が会場に持って行きます。
写真は、昨年の50周年の時に書いていただいたものですが、いつもいつも本当に感謝しています。

そういえば、学士会落語会の懇親会である方が声をかけてくださり、ご一緒の奥様が、私の芸名の意味が分からないと仰ったそうなので、「近眼と乱視だよ」と説明してくださったようです。
ところが、(メガネをかけた奴が出て来るだろうという)予想に反して、私がメガネをかけずに高座に上がったので、「どうして(名前が分かるように)メガネをかけないの?」と質問をされました。
名前も、本当はただ近眼・乱視だけの意味ではないのですが、まぁいいかということで、特に説明は省略。
メガネをかけない理由の2点だけを説明しましたが、あまり納得してくださらなかったようです。
個人的には、とても気に入っている大切な名前です。

ノーカット・ノー乱?

今月は、落語っ子連の稽古に出られないので、落語っ子連のMLに、近況報告をしました。

まず、学士会落語会での「ねずみ」のことを、「パーフェクトではありませんでしたが・・」と報告したところ、師匠から「ノーカット、ノー乱?」というコメント。
一度聴いていただいて、アドバイスを頂戴していたのと、私の高座名をご存知なので・・。
この返信のアイデア(洒落で返さないと)を考えないといけません。
「おかげさまで、『ねずみ』で、タイガース(虎)を倒しました。」・・・・?

それから、立て続けに来週のOB落語会の報告(予告)では、「多忙だね・・・。張り合いがあっていいじゃん。」という訳で・・・。これも師匠のおかげです。

大変励まされるコメントでした。

先輩からの批評

早速、落研の先輩方から、甘口・辛口の「ねずみ」評をお聞きしています。
こういう声があるからこそ、圓窓師匠のコメントやご指導と同様、上達することが出来る訳ですから、ひとつひとつしっかりと咀嚼して、今後に活かしたいと思います。
蕪生師匠から、声が柔らかくて聴きやすかった、何か喉にいい飴でも舐めていたかと言われました。
やはり、会場の広さと客層と出演順等を考えて、意識的に声を少し高めにしたのが良かったのかもしれません。
それから、「ねずみ」の中での、身の上話(長い一人の台詞)の部分を、単調にならずに飽きさせない工夫・・・。仰るとおりです。師匠からも言われていますので、さらに改良が必要でしょう。
弁痴師匠が、「一点気になるところがあったが・・、忘れた。」と仰っていました。どの場面かが気になります。
「駄楽くんは、登場人物が演技ではなく、彼そのものだったよ。」とも仰いました。「登場人物の料簡になる」という、先代の小さん師匠の言葉にも通ずる話です。
名人駄楽師匠が、双葉山の69連勝なら、まだまだ20連勝に行くかどうかという程度だということですね。
それにしても、駄楽師匠と同じ高座に臨みたかった・・・。

2010年9月19日 (日)

ハイテンション

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本人は冷静なつもりでいても、何と言っても非日常な出来事であり、潜在的にプレッシャーもあったのでしょう。
昨夜は、身体は疲れているにも拘わらず、横になっても眠ることが出来ませんでした。
本番前夜はそんなこともないのに、不思議なものです。
終わってからも一種の興奮状態にあり、クールダウンするまで、相当時間がかかりました。
そして今朝になると、今度は一種のバーンアウト状態になっていて、今日は、来週のOB落語会の噺の稽古を始めようと思っていたのですが、とてもそんな状態にはありません。
少しボーッとしていることにしましょうか・・・。

高座手拭い(桜唐草)

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「ねずみ」を演るに当たって、芸のない分を何かで誤魔化そうと、色々なことを考えました。
その一例が、手拭いへのこだわりです。
演題にちなんで、ネズミの柄の手拭いを使ってみようと思い立ち、探してみたのですが、今年の干支でもないので、なかなか見つかりませんでした。
さりとて、同じネズミだとはいえ、ミッキーマウスのような外国の方は使えませんからね。
それでも、やっと桜花にネズミの柄をあしらったものと、猫とネズミの絵柄のものを見つけることができました。
なかなか見つからなかったので、一時は大学の校章で仙台の木でもある(宮城野)萩の柄のものを使おうかと思ったこともありました。
という訳で、昨日の落語会の楽屋には、思いのこもったこの3本の手拭いを持って行きました。その時の雰囲気で決めようということで。
(※写真をクリックすると拡大表示されます。)
高座の座布団の色、私の着物の色、会場の様子などを考えて、楽屋で着替えながら考えた結果、写真の左端の柄のものに決めました。
真ん中の猫とネズミの柄も、オチに猫が出て来ますので捨てがたかったのですが、高座と客席との間に若干距離があつたので、絵柄でなく図柄様を選びました。
こんなことを考えているとは、お客さまには到底分からないでしょうが、こんなこともとても楽しいものです。
ところで、後で調べてみると、今回使った手拭いの柄は「桜唐草(さくらからくさ)」という名前の柄だそうです。
吉祥模様の唐草に、大黒天の使いで、五穀豊穣・子孫繁栄をもたらすという「ねずみ」が隠れていて、桜の花びらがあしらわれています。大変縁起の良い柄のようです。

福引き

20100919image050 学士会落語会の記念例会の会員落語会、仲入りに福引がありました。
山本先生のご指名で、客席最前列に座っていた、最近落語のご贔屓になりつつある従妹が、箱の中のくじを引く役目を仰せつかりました。
和服を着ていたので、山本先生の目に止まったのでしょう。

ラッキーなことに、私は(当然いかさまでなく)圓橘師匠の手拭いが当たりました。
白地に三遊亭の定紋「三ッ組橘」が描かれたものです。
「ねずみ」を聴きに来てくれたお礼と、大役を勤めてもらったご褒美にと、この手拭いを従妹にプレゼントしました。
従妹のおかげで、我が同窓の方々も多く当てていましたので、仰せつかった甲斐もあったことでしょう。

2010年9月18日 (土)

懇親会

例会の後の懇親会。
大変ありがたいことに、先輩方から概ねお褒めの言葉を頂戴することができ、何はともあれとりあえず責任は果たすことができたようなので、ホッとひと安心しました。
思えば、1年ぐらい前だったでしょうか。学士会落語会の委員をしておられる先輩の弁痴師匠から、「乱志くん。来年の9月18日は空けておいて。」、突然の(ありがたい)ご指示からスタートした話でした。
「東北大にも、名人・上手はおおぜいいるが、学士会の会員で、おだてりゃすぐに木に登るのはお前しかいないからな。」というのが、今回の出演の肝なのです。
ただ、本当に嬉しかったのは、立食パーティなのでテーブルに立っていると、お顔もお名前も存じ上げない方々が、代わる代わる「よかったよ」と声をかけてくださったことです。
「あぁ、私の噺も邪魔でなく、演ったことも無駄ではなかっ
たんだ。」というのが実感できて、本当に幸せでした。
改めて、弁痴師匠はじめ、私をご指名くださった先輩方の蛮勇に感謝しました。

二次会では、出演者と有志の方々、東大と東北大の合同懇親会になりました。
東大の皆さんは、さすがお江戸の地元でもあり、また伝統と実績を誇っていますから、とても恵まれた落語との接点をお聞きして、またまた羨ましく思いました。
緊張の後の適度な疲れの中で、大変美味しい酒を飲むことが出来ました。
これまた感謝ですね。

ねずみ

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出を待つ時の何とも言えない緊張感が、最近ちょっと快感になって来た気もします。
一方で、失敗や不出来への恐怖感も同居しています。
かつて文楽師匠や志ん朝師匠は、扇子で掌に「人」という字を書いて、それを飲み込んでから高座に上がったとも言われます。
「あ~ぁ、なぜこんな変な(つらい)気持ちになるようなことをやっているんだろう」なんていう部分もあります。
さあ「ねずみ」です。
会場が広いので、少し声を高めにしようと思い、高座めくりをやっていただいた大先輩の「N」さんに、「座布団の場所を少し後ろにずらしてください。」とお願いをして、企画された方が用意してくださった圓窓師匠の出囃子「新曲浦島」に乗って、いざ高座へ。
私の前に「軒付け」を演られた南坊さんが、袖ですれ違いざまに、「お客さんが固い(あまり笑わない)ので、手ごわいですよ」と言っていましたから、覚悟をしつつ。

「絶対音階」を持っていない素人は、第一声が物凄く重要です。
最初の一言如何で、その高座の帰趨を決すると言っても過言ではないと思っています。
「代わる代わる、色々な顔をご覧に入れまして・・・」、うんまずまず・・・。
後は、何ヶ所も間違いや失敗はありましたが、楽しく噺を進めて行くことができました。
「私の腰が立ちました。ねずみの腰が抜けました。」という台詞で、客席の笑いを取った直後でしょうか、「あぁ、もうすぐオチだな。もうオチになっちゃうのか。もっとやっていたいな。」なんていう、とんでもない気持ちが湧いて来ました。
「えっ?あれは虎ですか?あたしゃてっきり猫だと思いました。」というオチのねずみの台詞の時、客席から「あ~っ」という声にもならないような声が聞こえて来ました。
こんな楽しい時間を過ごすことが出来る幸せを堪能させていただきました。

学士会落語会設立5周年記念

201009181307000_2いよいよ「学士会落語会設立五周年記念例会」の開演です。
会長の山本進先生のご挨拶があり、会員落語会の始まり始まり。
素人5名のうち4名は、東大落語会のOB、他大学は私だけですから、何とも余所の家に行った気分で、果たしてトリが勤まるだろうかという不安ばかり。

◇ 出来心    南達亭玉つき
◇ 粗忽長屋  愛子亭朝大
◆ お楽しみ  三遊亭圓橘
◇ 鼓が滝   三山亭多楽
◇ 軒付け   和朗亭南坊
◇ ねずみ   金願亭乱志

多数の会員とそのご家族がご来場され、さすがに緊張しました。
仲入り前まで客席で鑑賞させていただいたので、会場全体の雰囲気や客席の反応が分かりましたので、あそこはこう、あれはこう、と何となくイメージすることができました。

会場入り


学士会館の202号室。
この会場は、普段は様々な講演や食事会が開かれる、学士会館の中でも重厚な場所です。
「学士会落語会設立五周年記念例会」という横看板が掲げられています。
「あぁぁ、今日はここで演らせてもらえるんだ」という感慨と緊張・・。
同窓の先輩方から、「頑張ってくれよ」と、温かい言葉をいただきながら、前半は客席で聴かせていただくことにしました。
いよいよ開演です。

会場への途上

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落ち着いているようでも、かなり緊張しているのでしょう。
早めに神保町に着いたので、古本屋さんに立ち寄り時間を潰すことにしたのですが、そのうちに空腹感を覚えました。
「そうだ、高座の上がりが4時を過ぎるだろうから」と、突然腹ごしらえをしようと思い立ちました。
いつものすずらん通りにある行列のできる洋食屋さんの「N」に入り、人気のカレーライスを注文した後、何気なく時計を見ると、何と12時25分ではありませんか・・・。
まずい、まずい、いやカレーは美味いのですが、集合時間に間に合わない!
慌ててかき込むように食べ、急いで会場へ。
控室に着くと、全員がお揃いで・・・。すみません。

いよいよ本番

Img いよいよ本番当日です。
「学士会落語会創立5周年記念会員落語会」。
何となく脱力感があるのは、緊張の裏返しでしょうか。
トリを取らせていただきますので、高座に上がるのは4時過ぎになると思いますが、そろそろ出かけなくてはいけません。
また、ぶつぶつ言いながら学士会館へ向かうことにします。

2010年9月17日 (金)

東京落語会

東京落語会
9月は何かと慌しく、会場のニッショーホールに入ったのは、かなり遅くなってしまいました。
既に仲入り前の円楽さんが上がったところでした。
      ◆  ねずみ穴             三遊亭円楽
      ◆    鉄拐                    立川志らく
      ◆    らくだ                  三笑亭可楽

仲入りの時の円楽さんの噺の評価が、金魚師匠と私とでは正反対でした。
どちらがどうと、ここでは言いませんが、人それぞれの好みなどは違うものですね。
「鉄拐」を生で聴くのは初めてかもしれません
トリの可楽師匠は、かなり視力が弱いことは知っていましたが、一旦緞帳を下げ、高座に座ってから上げましたから、広い舞台だと見えづらいのかもしれません。
話しっぷりは相変わらずなので安心しました。

無駄な抵抗稽古

無駄な抵抗稽古 無駄な抵抗稽古
昨日の大阪は快晴でしたが、東京は大雨だったそうです。
一夜明けて今朝は東京も快晴です。
今朝も上野から末広町まで歩きながらの稽古。
上野広小路から黒門町・神田元佐久間町へ。
ネタ本の大元の扇橋師匠のCDを聴いてみると、いつの間にか言葉が自分の表現にはなっていても、何か拙く聞こえるものもあり、もう一度戻す部分も出て来ます。
やはり苦手な部分はいまだに残ったままで、それが何ヵ所かありますから不安です。
あ、それから、並行してネタを仕込んでいるので、登場人物の名前がぐちゃぐちゃになりそうです。
もう本番は明日になりました。

2010年9月16日 (木)

なにわ稽古

なにわ稽古
大阪の北浜から淀屋橋に抜ける地下道を歩きながら、ぶつぶつ・・。
「おじさ〜ん」て言ったら、前を歩いていたおじさんが、怪訝そうな顔をして
振り返るような仕草。
「いけない、いけない。声が大き過ぎたな。」・・。
「へいへい、いらっしゃいまし。」で、地下鉄御堂筋線の改札を通過して淀屋橋駅のホームへ。
大阪の地下鉄は、真ん中あたりの車両が終日「女性専用」ですから、気をつけないといけません。
この続きは自宅近くの駅に着いてからにしましょう。
落語が関西弁になってしまったら困りますし・・。

家を富嶽の泰きに治める

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「家を富嶽の泰きに治める」・・。
「富嶽」なんていう言葉を見ると、つい注目してしまいます。
富嶽の泰きというのがいいですね。
泰然自若として臨むべしということでしょうか。

落語百選≪51≫

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落語百選は、アンコール20選の第1巻。
この間届いた木製専用ラックには、あと10巻程度入る余裕がありますから、追加の刊行を予定していたのでしょうか・・・?

   ◇ らくだ       柳家喜多八
   ◇ 小言幸兵衛   古今亭志ん輔

噺家列伝は、桂枝雀師匠。破天荒な高座の、でもご本人はとことん繊細な噺家さんだったようです。
亡くなってから10年以上が経ちますが、人気は衰えていないようですし、後輩の噺家さんやファン方々へのインパクトは物凄いものがあります。
談志師匠の「業の肯定」と並んで、「緊張と緩和」という表現は、絶妙な落語論だと思います。

2010年9月15日 (水)

大阪旅籠稽古

大阪旅籠稽古
ベッドでは、見た目以上に正座しづらく、足がつりそうなのを心配しながらの通し稽古をやってみました。
が、かえって不安が大きくなりました。
ネタ本などは見ずにやっていましたので、改めて読み直してみると、ネタ本と実演が随分違っていて、混乱して来ました。
この期に及んで、ネタ本なんか読むんじゃなかったと反省。(なんてしている場合ではないのです!)
あれこれ考え始めて来ました。かなり不安・・。
今のままだと、本番の高座でぶっつけで、チェックしながら演る(自信のない)部分が多すぎる。
だから、今夜は寝よう・・。えっ?寝てなんかいないで稽古しなくていいの?

大阪旅籠稽古?

大阪稽古?
寝蔵師匠にあやかって、私も大阪への一泊出張に扇子と手拭いとネタ本を持ち込みました。
・・だけどね、やっぱり簡単には稽古モードになれません。
常宿のホテルのベッドに、扇子・手拭い・ネタ本を並べてみたものの・・。
気が向いたら、少しだけさらってみようか・・。

9月15日

かつて9月15日といえば「敬老の日」でした。
2年前は、あのリーマンブラザース証券が破綻、し「リーマンショック」が世界中に広がりました。

300pxe5a4a9e6ba80e5a4a9e7a59ee7b9814年前には、大阪唯一の寄席定席「天満天神繁昌亭」がオープンしました。
ちょうど出張で大阪に滞在していますが、文字通り大繁昌で、まことにおめでたいことです。

つも超満員だということも聞いていますし、時間もなく、まだ行ったことはありませんが、何とか時間を作りたいものです。
上方落語協会の会長の桂三枝師匠をはじめ、上方落語の噺家さんたちのパワーには、ただただ敬服。

ずう〜っと、繁昌を続けてもらいたいと思います。

子は鎹・文七元結

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「泣ける落語」というシリーズのCDで、三遊亭圓生「子は鎹・文七元結」を聴きました。
あまり音質がよくないのですが、比較的安価だったので、買って聴いてみようという訳です。

何とも言えない名人の芸は、流れるようなリズムと張りのある声で、聴いているうちに眠たくなってしまいます。

そうそう、圓生師匠の口癖を発見!
特に「子は鎹(子別れ)」のマクラで耳に残るのですが、語尾に「どうも」という言葉が頻繁に入っているのです。
きっと、リズムをとるために入れているのだと思いますが、ちょっと気になりました。
昭和の名人の批評をするとは、とんでもなく不遜ですが。

今夜も、この噺を聴きながら、床につくことにします。

2010年9月14日 (火)

古狂師匠から闘魂注入

寝蔵師匠だけでなく古狂師匠も、励ましの言葉、"闘魂"注入をしてくださいました。
これまた力のこもった励ましと言いましょうか、檄と言いましょうか・・・、まことにありがとうございます。
時々このブログを覗いてくださっているようなので、心より厚く御礼申し上げる次第です。
噺の方はなかなか思い通りに行かないままに、時間だけが過ぎて行くような気がして、心が千々に乱れます。

三遊亭歌笑師匠

昨日の夕刊紙で、二代目三遊亭歌笑師匠を紹介していました。
初代と言えば、戦後間もなく爆笑王と称され、人気絶頂で、銀座で進駐軍のジープにはねられて亡くなった伝説の噺家さんです。
二代目は、先代の甥っ子だそうで、長い間東京の寄席には出演していなかったそうです。
そんな二代目が、35年ぶりに寄席に復帰したという記事です。
71歳。先代没後60年になるそうです。

2010年9月13日 (月)

今朝も歩いて・・

今朝も歩いて・・
朝方雨が降り、自宅から駅までは傘をさしました。
寝蔵師匠のエールに励まされ、今日も御成街道を上野から末広町まで歩きました。今年最後の暑さだそうですが・・・。
「ねずみ」の主人の身の上話から甚五郎が鼠を彫り上げるところまででちょうどぴったり。
見事に、苦手の部分をはずしてやるという、「それじゃ稽古にならないじゃん」です。
ネタの大元になっている三木助師匠の「文学路線」からどれだけ離れられるか・・。
尤も、まだ足元にも及んでいないのですから、そんなことを言う次元ではありませんが。

寝蔵師匠からのエール

寝蔵師匠から、大変温かいエールを頂戴しました。
寝蔵師匠も難産されているようです。
学生時代の試験の時、「夕べ寝ちゃって、全然勉強出来なかったよ。」などと、お互いにライバルを牽制していましたが、我々はそうではありません。
マジで追い込まれているんです。
稽古しなければと思えば思うほど、他事に目が行ってしまいます。
広島にご出張の寝蔵師匠も、扇子・手拭いを鞄に入れて、勇躍乗り込んだそうですが・・。
稽古など出来ませんよね。誘惑ばかりで。
お互いに相見互いに思ったり、少し安心したり・・。
でも、私の「落とし噺」は、全く手つかずですから、もう酷いものです。

落語地誌

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落語に出てくる場所を、東京の発展に係ってきた地面に精通の専門家がまとめた郷土東京の今昔もよう。

著者は長年下水道の仕事をしていた方のようで、落語に出て来る場所と噺の解説がされています。2000円近くしたので、これまた購入せず。   

2010年9月12日 (日)

徘徊稽古?

徘徊稽古?
暑さに負けてばかりもいられまい、とホームグラウンド?の上野公園内を歩きながら、たどたどしい「落とし噺」の稽古を敢行(それほどのものでもないのですが)。
せいぜい30分程度の子供騙しのようなものです。
台詞をまともに覚えていない状態で、言葉を探りながらという荒っぽい稽古です。
"うわ言"みたいなものです。
野口英世像にも、「こりゃ、ひでえよ!」と、くだらないことを言われそうな、惨憺たる状態。
まだ、来週の3連休がある・・。それだけが頼り。

「ねずみ」の方は、午前中に、自宅の水風呂につかりながら通し1回。うぅ~ん、緊張感が散漫になってしまっています。

旬の味

暑さで、「旬」という言葉も忘れかけていた気がします。
行き付けの床屋さんに行ったら、梨を出してくださいました。
梨と言えば、松戸や市川は産地だからと思ったら、お嬢さんの嫁ぎ先の熊本産の「かおり」という種類のものだそうで。
名前からしても、石のように堅そうな
「長十郎」よりは美味しそうです。
さっぱりした味で、大変結構でした。とても美味しくいただきました。

もう10年以上も通っています。仲の良いご夫婦でやっています。

10年前、義母の逝去の電話を受けたのも、当時小学生だった息子と二人で、この店に入った時でした。

梨と言えば、落語では「佃祭」。
痛を治すために、戸隠様へ納めるという梨がオチになります。
先代の馬生師匠で聴いたのが思い出されます。
「石じゃぁないよ。戸隠様に納める梨だ。」

そして、松戸と言えば、「二十世紀梨」の発祥の地なのです。

親思う心に勝る親心

「あらためて 孝行するも 不孝なり 大事の親の 肝を潰さん」なんていうのがあります。
親不孝者の照れ隠し・言い訳・正当化のためにあるような言葉です。


「親思ふ 心に優る 親心 今日のおとづれ 何ときくらん」
吉田松陰が処刑されるときに詠んだものだそうです。
後半の部分は、大変痛々しいものですが、前半部分は、とても説得力のある言葉だと思います。

「親思ふ心に勝る親心」・・・父の愛は山より高く、母の愛は海より深し。世界中の誰でも、親の愛に敵わないものです。
最近、子どもを虐待したり、果ては殺してしまうような事件が頻発していますが、おそらくこういう親は、不幸にして、自分も親から愛情を注がれていなかった、とても不幸な人なのだと思います。
落語を聴いていたら、絶対にこんなことにならないはずなのに・・。
今チャレンジしようとしている「落とし噺」。テーマは養母からの愛への主人公の葛藤だと思っています。
「人の親の 心は闇に あらねども 子を思う道に 迷いぬるかな」・・・
悲しい噺ですが、果たして描くことが出来ますか・・・。

知人のⅠさんのご母堂がお亡くなりになりました・・・。
ご冥福をお祈りいたします。

座布団一枚!

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「座布団一枚! 桂歌丸のわが落語人生」。
落語芸術協会会長を務める円熟の落語家が、「目ェつむるまで努力するしかない」と日々精進を続ける生涯「落語道」には、テレビの人気にあぐらをかいた姿など微塵もありません。
5人の弟子も育て、今も毎年夏には、新たな落語中興の祖、三遊亭圓朝作の長編人情噺に取り組んでいます。
思わず笑ってしまう『笑点』の知られざるエピソードや、初めて明かす出演者の秘話もあり、読後は落語が聞きたくなる一冊です。
桂歌丸師匠の自伝ですが、字も大きいので、あまり量は多くなく、内容も濃くなさそうです。
歌丸師匠は、何年か前にも自伝を出版していたはず。
買いませんでした。

2010年9月11日 (土)

落語三昧

暑さもぶり返し、外に出るのもいやだから、午後は稽古もせずに落語を聴こうと決めました。

 ◇ 子は鎹(子別れ)   三遊亭圓生
 ◇ 甲府ぃ         三遊亭圓窓
 ◇ 文七元結        三遊亭圓生
 ◇ ねずみ         桂三木助
 
 ◇ 浜野矩随       三流亭流三
 ◇ 花筏          金願亭乱志
 

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名人の師匠たちの噺のほかに、自分の落語の録画も視聴するという、この図々しさと勇気
そういえば、誰からだったか、高座写真を入れている私の携帯の待ち受け画面を見られて、「ナルシストだ。」と、心なく笑われたことがありました。
「ふん、誰に迷惑をかけている訳じゃないんだから、大きなお世話だ。」と、勿論いまだに高座姿にしたままです。
そんなに変ですか
普通だと思うんですがねぇ。少し傷ついたのを覚えています。

インターネット落語会

午前中は、「ねずみ」を通しで1度。
まだ後半が出来上がっていません。
今日は、稽古をやろうと決めたはずですから、もう2~3度は通してやることになるでしょう。
とはいえ、部屋での稽古ですから、少ぉし声を抑えて・・・。
それでも、別の部屋にも聞こえるのでしょうか、「私は、猫だと思いました」とオチ言った後、痺れた足をさすっていると、「ご飯だよぉ」・・。
すっかり筒抜けの模様?

落語協会のHPから、「インターネット落語会」にアクセス。
この秋の真打昇進披露パーティの様子や新真打の噺(新宿末廣亭での深夜寄席卒業公演)がアップされています。
パーティ会場で新真打へ一言ということで、権太楼師匠や南喬師匠に小満ん師匠、芸術協会の小遊三師匠と粋曲の小菊さん。
師匠方のコメントは、渋く面白く、小菊さんは着物姿でなく洋装だったのが印象的です。
個人的な好みですが、小せん・扇里さんの緊張した表情に好感が持てました。

真打の数がまた増えました。
今年は春の5人も含めて10人が真打に昇進しました。(落語協会)
半面、不幸にしてお亡くなりになった方などは、さほどいらっしゃらないはずなので。
真打になるということは、本当にこれからが勝負だということですね。
今までは、ウォーミングアップだったという感じです。

十代目金原亭馬生全集

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さあいよいよ、志ん朝・圓生・文楽・小三治の各師匠に続いて、「落語研究会 十代目金原亭馬生全集」のDVDが発売されるようです。(11月24日発売予定)
繊細にして飄々と、穏やかながらも表情豊かに独自の芸風を作り上げた昭和の名人・十代目金原亭馬生の40代の貴重な映像と音声を中心に、TBS『落語研究会』の高座を収録した3DVD+5CDのBOX。
やはり、昭和の名人の一人であることは間違いありません。
冬のボーナスで、清水の舞台から飛び降りたつもりで、買おうかと・・。定価22,470円。

競争馬イッソー

「競争馬イッソー」は、昭和49年の落研主催の「落語勉強会」で、当時の三遊亭ぬう生さん、現三遊亭圓丈師匠がお演りになった、伝説の?新作落語です。
私は、どんな噺かまったく知りません。
当時居合わせたはずの寝蔵師匠も、全く覚えていないそうです。
でも、圓丈師匠が、時々マクラで「競争馬イッソー」という噺の題名に触れたことがあった気がします。
だから、新作落語のドンといわれた圓丈師匠の作品の中でも、ごく初期作品(噺)なのでしょう。
ただ分かっているのは、
競馬で負けて悔しい!と思っていた時に出来た噺だという、ただそれだけが手がかりの、伝説・幻の噺です。
「競走馬イッソー」。圓丈フリークの方は、ご存知かもしれません。
グリコのキャラメルを配りながら演る「グリコ少年」なんていう名作もありますよ。
この4年後に、真打披露をやらせてもらった時には、確か「下町せんべい」っていう噺を演ってくださいました・・・。
ほとんど覚えていませんが。(すみません。)

新橋駅前

新橋駅前
昨夜は、仕事を終えて、虎ノ門から歩き稽古をしながら新橋まで。
夜8時ちょっと前、週末とあって新橋駅SL前広場は、サラリーマンのおじさんたちで大賑わい。
広場の脇のビルに、サテライトスタジオがあるようで、ライブ配信をしているようで、群衆のほとんどが、このビルを向いていました。
その人混みを縫って、地下鉄駅に向かいました。
虎ノ門から新橋までの歩き稽古は、「ねずみ」の前半部分。
信号待ちの交差点では、人がおおぜいいますから、声をさらに抑えたり、中断したり。
でも、絶対ぶつぶつ言ってる変なオヤジに見られていることでしょう。

2010年9月10日 (金)

溜池界隈

溜池界隈
20年以上も前、この溜池界隈で働いていました。
アークヒルズがオープンした頃のことです。
昔、本当に溜池があったんだそうで、当時は、銀座線も虎ノ門の次は赤坂見附で、この2駅の間に溜池山王駅ができたのは、つい最近(10年くらい?)のことです。
首相官邸も新しくなり、大きなビルも建ち、当時交差点のランドマークで、屋上にブルドーザーが看板がわりに飾られていたコマツビルも、目立たなくなってしまいました。
この溜池の交差点から六本木通りを六本木交差点まで行くあたりは、斜面が北側に向いていることもあり、商売が上手くいかない、元の取れない「元摺り坂」なんて言われていたそうですが・・・、昔の光は今いずこ、という雰囲気です。

歩き稽古

歩き稽古
明日はまた
猛暑が戻りそうだという訳で、涼しいうちに歩き稽古をと、今朝も鈴本演芸場を横目に見ながらの御成街道。
昨日は神田まで行って少々疲れました(軟弱)ので、今日は末広町まで。
「世の中には、酷いことをする人があるもんだねぇ・・。」と、後半部分から最後まで。
どうも、地元の二人が、「福ねずみ」を見る場面が、以前からそうですが、なかなか上手く行きません。
どの噺もそうですが、必ず最低1ヶ所は、理屈抜きにやりづらい、覚えづらい、上手くやれない場所が出来るものです。
「浜野矩随」では矩随が若狭屋に小言を言われて帰る場面。
「花筏」では、千鳥ヶ浜の家での父親の台詞。
「子ほめ」では、伊勢屋の番頭とのやりとり。
「三方一両損」では、お白洲で控えるところ。
いずれにしても、上手くなりたいものです。

週末に寄席に・・

最近、ふらりと寄席に行くというパターンが減りました。
これは、暑い日が続いて、どうしてもその気になれなかったから。
最近、寄席で一日過ごすことが少なくなりました。
これは、長時間座っていられる体力がなくなったから。

この週末は、勿論稽古をしないといけないのですが、久しぶりに寄席に行ってみてもいいかなと思っています。
・・・行くとすれば、番組から見て、池袋演芸場でしょうか。
でも、来週のことを考えると、気の小さな私は、その気持ちが萎えてしまうかもしれませんが。

まだある寝蔵ライブラリー

寝蔵師匠のライブラリーで、昭和49年の「第2回仙台落語勉強会」のプログラムが拝見できました。
私は、この翌年に入部していますから、この勉強会のことは、先輩方から、問わず語りに話を聞いたことがあります。
部室にも、この時のポスターなどが残っていた気がします。

               ≪第2回 仙台落語勉強会≫
                昭和49年11月10日(日)
        仙台歯科医師会館ホール
 【昼席】  ◇ 壷算         風流亭喜樂
        ◇ 替り目       喰亭寝蔵
        ◇ 干物箱       花町亭遊女助
        ◇ 元犬        麻雀亭駄楽
        ◇ 京の茶漬け     南亭仁昼
        ◆ 鰻の幇間      三遊亭楽松
        ◆ たぬき        柳家小三太
        ◆ 競走馬イッソー   三遊亭ぬう生
 【夜席】  ◇ 無精床        杜の家とん平
        ◇ 手紙無筆       山椒亭から志
        ◇  だくだく        花柳亭遊狂
        ◇ 辰巳の辻占     狐狸亭酔狂
        ◇ 短命         あふれ家痴生
        ◆ かけとり       三遊亭楽松
        ◆ 寝床         三遊亭ぬう生
        ◆ 船徳         柳家小三太

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・・そうか、私が生まれて初めて生の落語を聴いた時の、喜樂さんの「壷算」は、この時のネタ下ろしだったんですね。
名人寝蔵師匠は「替り目」。
きっと"地"というか"素"で、お演りになったのでしょう。
それにしても、当時は楽松だった現三遊亭鳳楽師匠、小三太だった現柳亭小燕枝師匠も、来てくださったんですね。
窓口になってくれていたぬう生さん(現圓丈師匠)は、この頃から新作落語で頭角を表し始めていましたが、古典もしっかりとやってくださったようです。
それにしても、圓丈・小燕枝・鳳楽の個性的な各師匠方の、若かりし頃の高座を、また聴いてみたいものです。
本当にいい噺家さんたちに来ていただき、ご指導いただいていたんですね。とても幸せなことです。

2010年9月 9日 (木)

今夜の稽古

帰宅して、ちょっと寛いだ後、今夜は浴衣を着て通し稽古。
「ねずみ」は、以前演ったことのある噺でもあり、何とかフラフラしながらも最後まで辿り着くことは出来そうです。
一方、OB落語会の「落とし噺」は、全く手つかずですから、この週末が"勝負"です。
人は人と言うものの、寝蔵師匠も「宮戸川」に、最後の磨きをかけておられることでしょう。
この間聞いたところによれば、広島に何泊かの出張があるそうで、「広島のカラオケで稽古を」と仰っていました・・・。
お花と半七の馴れ初めの噺。きっと楽しい噺になるんだろうなぁ。
それに比べて、何と暗い、何と不出来な「落とし噺」よ・・・。

待ってました!

待ってました! 待ってました!
今日(9月9日)は、重陽の節句。
台風も通り過ぎ、暑さもひと休み。
今日こそは、歩き稽古日和ということで、御成街道を上野から神田まで。とりあえず「ねずみ」のおさらいです。
出来不出来はともかく、たまには気持ちがいいものです。
・・・でもまた暑さがぶり返すそうで・・。

ところで、重陽の節句(9月9日)というのは、
菊に長寿を祈る日だそうです。
陽(奇数)が重なる日そして、奇数の中でも一番大きな数字という意味で重陽といわれているようです。
まだとても「菊」という感じにはなりませんが・・。

親の話

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「浜野矩随」やら「ねずみ」やら、実はOB落語会で演ろうとしている噺も、私好み?の噺というのは、どうも「親子」がキーワードになる傾向にあるようです。
これからチャレンジしたい「薮入り」や「子別れ」もそうですね。
人情噺ということになれば、必然的にそうなるのでしょうが。
やはり私は、マザコン・ファザコン・親コンなんでしょうか・・。
「浜野矩随」は母親の愛、「ねずみ」は父親との触れ合い、今度の「お楽しみ」は養母との葛藤です。

知人に、長くお付き合いさせていただいている「Iw」さんと、前の会社の同期の「Ik」さんがいます。
「Iw」さんとは頻繁に会っていて、先月末にも二人で暑気払いをしました。その時に、実家に久しぶりに帰ったという話題になりました。「これからは、頻繁に田舎に顔を見せに帰ろう。」なんて・・。
同期の「Ik」さんは、先日お母さんが転倒して怪我をしたそうです。お母さんのこともさることながら、台所に入ったこともないというお父さんに身の回りのことをやらせるのが大変だと・・・。

みんなそれぞれ、親に何かを返そう、面倒を見ようという気持ちが溢れていて、やっぱり親子なんだなという思いを強くしました。

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台風が心配なのと、今月は帰省しない旨を母にメールしたところ、文字通り老骨に鞭打ちながら、自分の身体だけでなく、父のことや、周囲の方々の慶弔事で飛び回っている様子を、半分愚痴のような、半分励みのような内容のメールで返信して来ました。
心配している台風のことなどには一切触れず、「今月は来なくていいよ。落語に集中しなさい。」ということでした。

「かくばかり 偽り多き 世の中に 子の可愛さはまことなりけり」
親にとってはそうなんでしょうね。いつも、いつまでたっても。
「親思ふ心に優る親心」
ということで、稽古不足を理由に、今月は帰省を取り止め、稽古に励むことにしましたが・・。
「親の心子知らず」という言葉もあり・・・。頑張ります。

落語会の客席

落語会の客席
落語を聴くベストな客席数は、せいぜい300席だと言われています。
「○○会館小ホール」とかいうところでしょう。
寄席では鈴本演芸場ぐらいが限度でしょう。
ところが、「大ホール」と言われる1000人以上収容する場所や、歌舞伎座や新橋演舞場などでの落語会もあります。
この間の「らくご×情熱大陸」の会場も、いわゆる大ホールでした。
考え方で、立川流のように、落語をエンターテインメントと考えれば、大ホールでの興行もありかなと思います。
今までのような、お座敷芸から発展した話芸の良さに触れるのは、やはり寄席の大きさがベストでしょう。
採算などを考えなければ、日本橋亭や池袋演芸場あたりがいいと思いますね。
桟敷席はつらい部分がありますが。

金刀比羅宮

金刀比羅宮金刀比羅宮
ご近所にある「金刀比羅宮」。
桜田通りに面して鳥居がありますが、社務所は大きなオフィスビルの中にあります。

この虎ノ門界隈も、かつては虎ノ門見附と呼ばれた外堀の要所だったようです。
ただし、虎ノ門という町名は比較的新しいようですが。
金刀比羅宮金刀比羅宮に、「百度石」が立っています。
お百度参りの時に使う石ということでしょう。
百度参りの祈願の内容は、多くは個人的なものであり、その内容が切実なものである場合に、一度の参拝ではなく何度も参拝することでより、心願が成就するようにと願ったものだそうです。
ここにお百度参りをしたら、「ねずみ」が上手くできるようになるでしょうか。
・・それなら、あっ、やっぱり駄目です。ご利益は期待できないかもしれません。
ここは、「虎」ノ門で、「ねずみ」屋は敵だからです。

2010年9月 8日 (水)

歩き稽古

今日から始めようとしていた「歩き稽古」は、残念ながら、まことに残念ながら、台風のために「中止」といたします。
(と、嬉しそうに言っているのは・・・、実に問題・・。)

真西から台風が・・?

久しぶりに雨が降りそうですが、それが台風の影響というのは、何ともいただけない話です。

Typhc

しかも、天気予報では、潮岬・紀伊半島・伊勢湾という台風予報定番の地名ではなく、日本橋・能登半島・・。えっ、これって雪の話・・・みたいな
台風が南からでなく、真西からやって来る
えぇぇ〜
そのうち、陽も西から昇るかもしれない・・。
「それでいいのだ」なんて言ってられませんよ。
冗談はともかく、やっと暑さは一段階ですが、台風の雨風が心配です。

通し稽古

大阪出張から戻った後に、ちょいと疲れを癒した後で、今回初めての「ねずみ」の通し稽古をやってみました。
言葉はある程度出て来ますので、仕草とのバランスと師匠からのアドバイスをどうやって織り込むかが課題です。
それから、年のせいか、ちょっとした言葉が出て来ませんので、どうやって誤魔化すか・・・。
何とか形は出来そうですが、本番では極度の緊張状態になりますから、暑いですが、歩き稽古をやらないといけないかもしれません。
明日から、帰り道でチャレンジしてみましょうか・・・・。

日本茶(煎茶)を味わう

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インターネットを眺めていて、何げなく目に入って来た日本茶の店「S」の紹介。
私は茶所で育った身で、お茶は飲み慣れているので、高いお金を払ってお茶を飲むという感覚は、正直なところあまりありませんでした。

が、先日ちょいと覗いてみました。
とても気さくな感じのご店主が、「これを飲めば人生観が変わりますよ。」と太鼓判を押す、鹿児島の『薩摩の光』というのを注文。
メニューの解説に「個性的な玉露風味の煎茶」とあるように、まろやかさと渋味に驚きました。
茶葉の緑の美しいこと。これこそ緑茶だという色と香りでした。

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まぁ、こういう雰囲気もたまにはいいものです。
「お~いお茶」ばかりじゃ駄目。
ご店主が「サービスです」と言ってくださった、猫の絵の皿の上の煎餅。
「猫に小判」よろしく、これもまた大変おいしくいただきました。
講談「曾呂利新左衛門」、「茶道に心得のない新左、世にいう猫に小判と同様にござりますれば、お手許へ差し上げまする」なんてね。

2010年9月 7日 (火)

あれ?この人・・

何げなくテレビを視ていると、聞いたことのある名前が耳に入って来ました。
何と、かつて同じ職場で、直接の上司ではなかったものの、大変お世話になったことがある「K」さんでした。
番組は、お祖父さんが孫育てをする、「育児に"祖父力"を」みたいなテーマでした。自分の子育ての頃は仕事一本槍で出来なかったことを、孫にしているという・・・。
現役時代は大変厳しい方でしたが、当時の面影はあるものの、映像では、とても優しいおじいちゃんでした。
なんでこんなに可愛いのかよぉ~ですね。
とにかく、突然・一瞬のことでびっくりしましたが、お元気そうで何よりでした。こんな形でもご健在を確認できることがあるんですねぇ。
「K」さんの若かりし頃を懐かしく思い出しました。

大阪

大阪
一番行きたくないタイミングの大阪出張。
東京など問題にならない暑さが続いていますから、涼しい?東京にいたい・・。
ところが、私の感覚では、今日に限って言えば、東京の方が暑かった気がします。
後で調べておきますが。
今月は、中旬と下旬の2度出張予定なのですが、涼しくなっていて欲
しい。
朝6時半に家を出て、10時半から夕方まで大阪で仕事をして、駅弁を新幹線車内で頬張って、夜8時半頃に帰宅するというパターン。
大阪も近くなりました。
そう言えば、久しぶりに大阪土産などを買って帰りました。
ご当地限定プリッツ!なんていうのは色気がないので、ちょっとした和菓子にしてみました。
大阪から帰っても、まだ暫くゆっくりと寛げる時間があるというのは、とてもありがたいですね。
・・・でも、稽古しなくっちゃ。

操競女学校

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「操競女学校(みさおくらべおんながっこう)・お里の伝」。
先日の国立演芸場での「圓朝に挑む!」で、橘家圓太郎さんが熱演した、三遊亭圓朝作の噺。

お家断絶の元となった仇敵を捜すため、娘(お里)が剣術を修行。江戸中の屋敷に奉公して、ついに変名で潜んでいた仇を発見し、殿の面前で仇討に望むというものです。
「操競女学校」は、もともとも頼 山陽という人が書いたものを、三遊亭圓朝が人情噺として作り直したもののようです。旗本などの子女に対して操教育を目的とし、構成されたものといい、「お民の伝」、「お蝶の伝」、「おえんの伝」と、この「お里の伝」があるようです。
所謂「仇討ち物」というのでしょうが、なかなか聴き応えのある噺ではありました。
それにしても、読み方が難しい。
無知な私など、「競っていい女を
手に入れて操縦する術を教えてくれる」噺だと思いました。

赤坂・・

赤坂・・仕事の関係で、赤坂にもよく行ったものですが、TBSをはじめ、随分変わりました。
先日の「らくご×情熱大陸」の会場である赤坂ACTシアターに、久しぶりに虎ノ門から歩いてみました。ちょうど散歩には良い距離です。
土曜日でオフィス街はひっそりしていますが、ここTBSの周辺は賑やかでした。

ここどこ?怖い〜!ここどこ?怖い〜!ところが、隣接している赤坂BLITZで、何かイベントがあったのでしょう。
オジサンからみると気持ちの悪い格好をした若い女性たちがたむろしていて・・、やや恐怖感を覚えました・・・。
とても異様な雰囲気でした。

東京の寄席

東京の寄席有楽町の東京宝塚劇場の中にあったという「東宝演芸場」。
この間行った国立演芸場の企画展示場に掲出されていたポスターに、何となく懐かしさを感じます。
確か、この演芸場(会)は、三代目三遊亭金馬師匠が専属でご出演だったと聞いています。
私は、全く知らない寄席ですが。
時代が時代ですから、町内に寄席1軒というのは無理にしても、定席が4席というのは寂しいものです。
国立演芸場、横浜にぎわい座、お江戸広小路亭、お江戸日本橋亭、お江戸両国亭あたりが、フル興してくれれば・・・。

2010年9月 6日 (月)

真打競演

毎週月曜日のNHKラジオは「真打競演」。
北海道の釧路湿原の近くの町からの公開録音。

 ◇ たらちね     桂平治 

平治さんも、聴き応えのある噺家さんで、放送にも映えますよ。  

四分椿師匠から

落研の先輩の四分椿師匠からメールを頂戴しました。
「乱志さん。稽古してますか?・・・・」という書き始め。
が~ん!
・・・・「すみません。やっていません。・・・あんまり。」
やっばりまずいですよね。やらなくっちゃぁ。
プロじゃないんですから。

大旱の雨を望むが如く

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今年は台風が少ないと思っていましたが、酷暑が過ぎたら、台風ラッシュになると言われているようです。
日本近海の水温が例年よりかなり高いので、台風が衰えるどころか、かえって勢力を増して接近・上陸しそうだと。
台風接近・上陸と言えば、東海から東側の太平洋側が、「台風銀座」などと呼ばれていましたが、時期にもよるのでしょうが、台風のコースも変わりつつあるような。
先月下旬も、今接近しているのも、突然沖縄の南あたりで発生して、東シナ海を北上して朝鮮半島に接近・上陸した後、日本海を北東に進んで、東北・北海道に上陸するという・・・。
太平洋側の東海地方が「台風銀座」と呼ばれていましたが、台風の表玄関は日本海になった感じです。
酷暑が終わると、台風が頻発するという予報もあるようで、これまた心配です。
「大旱の雨を望むが如く」などという言葉がありますが、「大旱」の次に「大雨」になってしまったら、元も子もなくなってしまいます。

ランドマーク

霞が関ビル
霞が関ビル」と言えば、我々世代では知らない人は少ないでしょう。
何と言っても、日本で最初の超高層ビルですから。
何かの大きさや量などを分かりやすくイメージするのに、「霞が関ビル何棟分」なんて言うぐらい、日本のビルの象徴であり、ランドマークです(でした)。

ランドマークとは、陸標、灯台や鉄塔のような土地における方向感党の目印になる建物、国、地域を象徴するシンボル的なモニュメント、建築、空間。

ところが、最近の若い人たちのほとんどは知らないんです。
「名前は聞いたことがある気がします。」なんて、霞が関ビルが見える場所にオフィスのある私の会社の若い社員たちが言います。
仕方ないことでしょう。
今や、名前も知らない高層ビルが林立しているこの国ですから。

・・・そういうことを考えると、いずれ東京タワーも「紅白の色の塔」ぐらいになってしまうのかもしれません。
時の流れです。昭和のシンボルです。

研修の講師

会社で人事を担当しているので、今月~来月は、人権やコンプライアンス関連の社内研修を行っています。
2ヶ月で23コマ(回)レクチャーをすることになりますが、ちょうど発声の練習になると割り切って始めました。
初日は、「筆だめし」という感じで、ほぼ時間内で終わらせることが出来ました。
1コマが45分~50分で、うちビデオが約20分ですから、25分ぐらいの高座、いや講義です。
ちょうど「ねずみ」1席の時間ぐらいです。
不謹慎な・・・・。

2010年9月 5日 (日)

目黒のさんま祭り

Omote

今年も目黒駅周辺で「目黒のさんま祭り」が開催されたそうです。
酷暑のために、秋刀魚の水揚げが激減し、価格が高騰しているようですが、7000匹の秋刀魚が無料で配られるという、太っ腹な?お祭りです。
主催者のコメントがありました。

JR・地下鉄目黒駅前の品川区『目黒駅前商店街振興組合青年部』(通称・め組)と申します。我々は、街に「昔ながらの暖かさ」を合言葉に平成8年から『目黒のさんま祭り』を開催しています。
 このイベントのきっかけは古典落語『目黒のさんま』。「目黒の良さ」と「さんまの良さ」の両方をわかってもらうために、さんまを炭焼きと生で無料配布して、例年20000人以上のお客さんに楽しんでいただいてます。この辺りは江戸時代に松平讚岐守・森伊豆守などの上屋敷があり『目黒のさんま』に登場するお殿様(松平出羽守)の早駆けの場所とされています。つまり、訪れたお客さんたちはお殿様と同じ秋空の下でさんまを食べたことになるのです。

ところで、「目黒のさんま」のように、町興しになりそうな噺はありませんかねぇぇ。
「王子の狐祭り」なんかできないかなぁぁ。油揚げか卵焼きを配る・・。
もしかするとやってるかもしれませんね。
それから、「芝浜祭り」はどうでしょうか・・・。
革の財布を配ったら、おおぜい来るでしょうね。
ただし、やっちゃあいけないのは「品川心中祭り」でしょう。
これはちょいと洒落にならないでしょうね。

新宿末廣亭10月上席

Cafrl4xi圓窓師匠が、10月上席(夜)の新宿末廣亭にご出演予定です。
今まで、数年前に腰を痛めたこともあって、10日間の出演を控えておられたようですが、先日もご紹介したとおり、ダイエットにも成功して、かなり体調が良くなったのだと思います。
是非、以前のように頻繁に寄席に出演していただきたいと思います。
・・・稽古をつけていただく時間がなくなる・・・?
そんなことはないでしょうが。

またまた寝蔵ライブラリー

1寝蔵師匠のライブラリーが続きます。
このネタ切れ寸前の時に、大変貴重な史料と話題を、まことにありがたいことでございます。

昭和47年11月に、「第1回仙台落語勉強会」が開かれています。
これは、真打の噺家さんに来ていただくのではなく、二つ目の噺家さんと現役学生部員とのコラボレーション公演をということで始めた落語会だそうです。
当日のプログラムを見ると面白い。芸名も色々です。

      ≪第1回 仙台落語勉強会≫
       昭和47年11月18日(土)
        仙台市歯科医師会館

【昼席】  ◇ 強情灸      東風亭梅香
       ◇ 黄金の大黒   愉く亭多南
       ◇ 浮世根問     あふれ家痴生
       ◇ 看板のピン    恋せ家乙女
       ◇ 風呂敷       談亭志ん志
       ◆  お見立て     三遊亭ぬう生
              ◆
 くも駕籠      桂小勇
       ◆ へっつい幽霊  柳家さん弥
【夜席】  ◇ やかん      麻雀亭駄楽
       ◇ 高砂や      走れ家駄馬
       ◇ ぜんざい公社  南亭仁昼
       ◇ 狸賽        昼寝亭夕遊
       ◇ 親子酒      愉し家弁痴
       ◆ 出来心      柳家さん弥
       ◆ 干物箱      桂小勇
       ◆ 茶の湯      三遊亭ぬう生

Photo_23人の噺家さんは、柳家小はん・三遊亭圓丈・柳家小満んの各師匠。
懐かしいのは、広告を出してくれている「緬羊会館
」です。
汚い建物で、名前の通り羊の肉専門の学生向きのコンパ会場でした。

先代三平師匠の思い出

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学生時代、夏休みの帰省の途中に入った、確か鈴本演芸場だったと記憶しています。
昭和の爆笑王と言われた林家三平師匠のこと。
同期の多趣味亭こり生さんと客席の最前列に座っていました。
めくりで「三平」という字を見た途端、歓声が上がり、拍手が起こり、場内が騒然とします。
「祭囃子」だったと思いますが、賑やかな出囃子に乗った、黒紋付袴姿の三平師匠が高座に走り込んで来ます。
何も言わないうちから起こる笑い。
どんな小噺をしたのでしょうか?、「どうもすいません」「こうやったら笑って下さい(と額にゲンコツをかざす)」「身体だけは大事にして下さい」「もう大変なんすから」「ゆうべ寝ないで考えたんすから」なんて言いながら、会場は爆笑の連続だったんでしょう。
そのうちに、「私は歌が得意で、お客さんの出身地の民謡は何でも歌う」という訳で、客席に出身地を聞き始めました。
そこで、こり生・乱志コンビは一計を案じて、「こっちに聞かれたら『沖縄』って答えようぜ。(きっと琉球民謡は歌えないから)」と。
すると直後に、「若旦那(って我々に向かって仰いましたよ)、どちらのご出身ですか?」
「(来たッ!)はい、沖縄ですぅ!」
「えっ?沖縄ぁぁ?! ○▲×・・・凹凸・・・」と、途端にしどろもどろになり、座布団から立って握手を求めてきました。
二人は「やったぁぁ!」と、したり顔でした。
・・でも、今になって冷静に考えてみると、あれは全て三平師匠の計算ずくだった気がします。
少なくともあの瞬間に、三平ファンが二人増えたんですから。
「名人は 上手の坂を一登り」と言いますが、このあたりが、凡人には到底出来ないことだったのかもしれません。
あの時の三平師匠の手の感触・・・、何となく思い出しながら、二代目三平さんのロマンスのニュースを聞きました。

2010年9月 4日 (土)

らくご×情熱大陸

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毎日放送開局60周年企画「らくご×情熱大陸」。
TBSの赤坂ACTシアターで。
出演者は、「情熱大陸」という番組で採り上げられた方々だそうで、3日間の公演の中日です。

ぜんぶで七人。
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1998年4月の放送開始以来、スポーツ、音楽、アート、学術など、ありとあらゆる分野で活躍する人物にスポットをあて、その魅力と素顔に迫ってきたドキュメンタリー番組『情熱大陸』がこれまでにとりあげた落語家です。
その七人の落語家がぜんぶ、今回、勢ぞろいします。

・・・ですって。

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9/3(金)19:00開演 林家正蔵、立川志の輔 
9/4(土)18:00開演 桂米團治、立川談春、柳家花緑 
9/5(日)19:00開演 立川談志 


今日は第2日目。2009_0104
   ◆ 
目黒の秋刀魚     柳家花緑
   ◆ 紺屋高尾        立川談春
   ◆ くしゃみ講釈      桂米團治

やや雰囲気がちがうのは、斉藤和義と言う歌手(古い)のミニコンサートが入っていることでした。プロ野球選手に似たような名前の人がいたなぁ、ぐらいですが、なかなか良かったです。


OB落語会のお客さま

「落語見聞録~落語界に愛をこめて」という面白いブログがあるのを見つけました。
仙台にお住まいの方で、大変な落語好き。

2007年9月に横浜から仙台に引っ越して来ました。新参者ながら「みやぎ芸人発見伝」という落語会を企画しています。
というプロフィールがありました。
それは細かく丁寧に、落語のことが記録・コメントされています。
落研の先輩の友楽師匠ともご面識のある方のようです。
一昨年と昨年のOB落語会もご来場くださったようで、それぞれブログにコメントがありました。
本当にありがたく、励みになります。
と同時に、大変なプレッシャーにもなります。

http://blog.goo.ne.jp/yukiyakonko/e/018455797383744f3ea0eb8cebdb9dc2 http://blog.goo.ne.jp/yukiyakonko/e/ae4b5865ab4addd3d719af7026a1507f

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この中での私の噺については、以下のようにコメントいただきました。
勝手に紹介させていただきます。

◆トリは金願亭乱志(きんがんていらんし)さん。仙台が舞台の「ねずみ」を仙台で。
非常に魂のこもった大ネタでした。
◆中トリは乱志さん(浜野矩随)。大トリでもいいくらいの熱演に客席が引き込まれ、静まり返りました。
骨董屋の主人には愛情を感じました。
ありがとうございます。
一度ご挨拶したいものだと思います。
今度のOB落語会にご来場くださるでしょうか。

場面転換・回想シーン

師匠が仰るとおり、三木助師匠だから受けた、文芸路線と「ねずみ」での旅籠の主人の独白を、どうしたら単調にならずに、お客さまをだれさせずに語れるか・・・・・。
今になって、そんなことをやっている場合ではありませんが、実に気になる・・・。
20100311003100jpg何とか、圓窓師匠の場面転換の演出を入れられないか。
語り始める時に、手拭いを持ちながら、ちょっとしんみりさせる雰囲気で、「5年前に女房を亡くしまして・・・、」と台詞に入る。途中はリアルに演ずる。そして、手拭いを握りながら、「・・そうやってご無理を申し上げているような訳でございます
」と・・・。
出来るかなぁ・・・。
あの山本進先生も、何かでお話されていたと思いますが、三木助師匠独特の演出から離れられるかが重要なのかもしれません。
本番まで、あと2週間あまりです。

OB落語会の顔付け

駄馬師匠から、来月のOB落語会の出演予定者が届きました。

201008112121002  ◇ 片棒        井の線亭ぽんぽこ
   ◇  子ほめ       賀千家ぴん吉
  ◇ 落とし噺      金願亭乱志
  ◇ 宮戸川       喰亭寝蔵
  ◇ 玉虫左太夫伝  桂 友楽
(このほか現役部員が出演してくれるはずです。)

Butai_index2今回は、落研が主催ですから、これに現役部員が入ってくれるはずです。
私の「落とし噺」はずるいですね。みんなネタ出ししているというのに。
「いえいえ、これはお楽しみで、ご趣向・ご趣向。」などと一人で悦に入っているということで。
乱志というのは、とても「KY」極まりないOBですよ。

2010年9月 3日 (金)

友人との再会

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上野池之端の老舗「I」は、暑さに耐える体力をつけようとしてか、多くのお客さんで賑わっていました。
我々も同様で、「鰻でも食べて元気を出そう」という訳です。
今は別々の世界になりましたが、若い頃と最近、お互いに刺激をしながら働いていた「N」さんと、半年ぶりぐらいに会い、近況の確認をし合いました。
この店のあっさりした味は、この酷暑には非常にいいですよ。
仕事の話、家庭の話、親の話、それからいくらか天下国家の話、時間の過ぎるのを忘れます。
まだ私の落語は聴いてもらっていませんが、いずれは語り込んで、私の芸?の餌食にしてしまおうと、密かに思っていることを、彼は知る由もありません。ふふふ・・・(そちもワルよのぉ・・・)。

日本は大丈夫?

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某政党の代表選挙の候補者が公開討論会に臨んだ際に、写真のように揮毫したそうです。
一人は、名前だけという、相変わらずの不遜さ。一人は、「初心」の「ころもへん」を間違えるという無様さ。
野に下ったかつての政権党の総裁にも、字の読めない人がいましたが、何かこう・・・、国の舵取りを語る以前の次元で・・・、この国は本当に大丈夫なのでしょうか・・?
この二人に、「方向音痴の伝書鳩」が加わり、もうぐちゃぐちゃ。
与太郎の方が賢い気がするのですが・・・。

江戸の気分

41fl8a4b2gl__ss500_ 本屋さんで見て、結局買ってしまいました。
堀井憲一郎さんの近著。

最近、私の寄席・落語会の回数が減って来たので、久しくお見かけしていませんが、昨年頃までは、様々な会場で、お姿を拝見したものです。
一度は、隣に座ったこともありましたが・・・。
「大切なことはみんな落語が教えてくれた」ということで。

バスに揺られて

バスに揺られて
酷暑の昼下がり、仕事で六本木へ出かけました。
あの六本木ヒルズのすぐそばまで。
行きは地下鉄を使いましたが、帰りはバスに乗ってみました。
本当にしぶりにバスに乗りました。
ゆっくり走っても都バスとはこれいかになどという、クラシックな親父ギャグを飛ばしている場合ではないのですが・・・。
なんと言っても、{Suica}が使えるのが便利です。
昔は、バスに乗って一番嫌なのは、小銭を用意しなければいけないことでしたから。
六本木通りから外堀通りへ、約10分のふらり旅。

三遊亭鳳楽独演会

三遊亭鳳楽独演会
「最近、独演会の案内葉書がもらえなくなったな」と思っていた矢先、案内葉書が届きました。
「三遊亭鳳楽独演会」、9月16日(木)・日暮里サニーホール。
演題に痺れました。
「甲府ぃ」「ねずみ」です
???スケジュールは大丈夫だったかな?

「落語百選」専用ラック

Campaign__先日、デアゴスティーニの「落語百選」全50巻の配本が完了したタイミングで、専用のDVDラックが送られて来ました。
「桐製 和風 DVD ラック」と段ボールの箱に書いてあります。
全巻購読者への特典です。
狭い部屋で・・、かさばるかなぁぁ。

小はん師匠と寝蔵師匠

寝蔵師匠が語ってくださった、柳家小はん師匠の思い出話はさらに盛り上がります。

12 さん弥師匠(現小はん師匠)とのつながりについて、第十二回鑑賞会。
このとき私はまだ、落研に入っていない、純真な、うぶな、まじめな青年でした。
この鑑賞会は「友人」と行ったのであります。そして、さん弥師匠の「蛙茶番」を聞いたのです。
「汚れを知らない」「純真」な二人にとって、それは、それは強烈でありました。その後、二人がどうなったかは、ご想像にお任せします、、、、、、、。
さん弥師匠と「蛙茶番」の淡い思い出であります。

うわ〜ぁぁ・・。デートで行った落語会で「蛙茶番」ですか・・・。
・・お気の毒に・・・。
あれっ、これって言ってはまずい「個人情報」だったでしょうか・・?
この寝蔵ライブラリーのプログラムによれば、当日の番組は以下のようになっています。
      ≪第12回古典落語鑑賞会≫
       昭和47年1月23日(土)
       「日の出会館6階」ホール
【昼席】  ◇ 千早振る     恋せ家乙女
       ◆  肥がめ       柳家小稲
              ◆
 竹の水仙     柳家さん弥
       ◆  居残り佐平次   三遊亭ぬう生
       ◆ おとし噺       桂小南
【夜席】  ◇ 嘘つき村      雪家こんこん
       ◆ 粗忽の釘     柳家小稲
       ◆ 大工調べ     三遊亭ぬう生
       ◆ 蛙茶番       柳家さん弥
       ◆ おとし噺      桂小南

・・・確かに・・・。「蛙茶番」柳家さん弥とあります。

Photo_3それで、「柳家小稲」さんという噺家さん。「柳家さん喬」師匠ですよ!
さん喬師匠は、昭和42年4月入門して「小稲」、昭和47年11月に二つ目昇進と同時に「さん喬」を襲名されていますから、二つ目昇進直前の頃ですよ。
三遊亭ぬう生は現三遊亭圓丈師匠。桂小南は、今は亡き二代目の師匠です。

わが落研の先輩方の若手の噺家さんを見る「眼力」に敬服してしまいます。
尤も、兄弟子にあたるさん弥さんが連れて来てくださったんでしょうが・・・。

2010年9月 2日 (木)

師匠のご記憶

先日の稽古会の時に、寝蔵師匠から聞いた、昭和48年の落研の古典落語鑑賞会に、圓窓師匠がお子様同伴で来仙されたことをお尋ねしました。

師匠:「へぇ~、そんなことあったかなぁ。全く覚えていないよ。」
流三:「窓輝さんじゃなくて、お兄ちゃん(ご次男)ではないかと思うのですが・・。」
師匠:「う~ん、記憶にないねぇ。いつ頃?昭和48年ねぇぇ。う~ん。」

見事に玉砕・・・。

土俵の鬼

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私は、「巨人・大鵬・卵焼き」世代を自認しているのですが、幼心にかすかに記憶にあるのが栃錦・若乃花の両横綱です。
その、元若乃花(元二子山理事長)が亡くなったそうです。
スポーツ根性の権化のような横綱だったと聞きます。「呼び戻し」とか「二枚蹴り」なんていう技もあったんじゃなかったでしょうか・・。
Img_0002実際には、実弟の貴乃花や二代目若乃花の師匠としての二子山親方というイメージが強いのですが、現役時代の「土俵の鬼」のニックネームよろしく、厳しい親方だったと思います。
また、昭和のスターが逝ってしまいました。

柳家小はん師匠

この間から落研OBのML「晴坊会」で話題になっていた柳家小はん師匠は、いかにも噺家さんという、とても粋な師匠です。
落研では、小三治師匠から引継いでくださり、昭和40年代後半を中心に、大変お世話になりました。
最近では「学士会寄席」にもレギュラー出演されていました。
(今は、学士会寄席の公演自体がなくなってしまいましたが。)

小はん師匠との思い出。
昭和52年の落語鑑賞会にご出演いただいたこと。桂小南師匠との二人会でした。

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今から数年前に、取引先の社長と師匠が出身の上野高校の同級生だというご縁があり、ヤクルトホールでの独演会に行った時「東北大落研のOBです」とご挨拶をしたら、笑顔になって懐かしそうに、「東北大?これですか。まだやってんの、これ。」と、寿司鉢で一気飲みの仕草をされました。
かなり強く落研が印象に残っているようでした。
つい2~3年前、友人と神田の蕎麦屋にいると、後から入ってきたのが、浴衣に帽子を被った小はん師匠でした。
そして蕎麦を注文すると、粋にたぐって出て行かれました。
後で店主に聞くと、「お客さんは、師匠をご存知ですか。えぇ、時々いらっしゃいますよ。」
そのちょっと後、どこの駅だったか、鞄を持った着物・帽子姿の師匠を見かけました。
どこかの公演の帰りだったかもしれません。
いずれの時も、声をかけることはできませんでした。

三平さんのロマンスの噂

林家三平さんのロマンスの噂が報道されているようです。
三平さんというより、どうもまだ、いっ平くんというイメージなのですが・・・。相手は、某国営放送局の女子アナウンサー(あたりまえ?)だそうで。
まぁ、三平さんが誰とどうこうというのは、実はほとんど興味はないのですが、何かで読んだ記事の中での三平さんの紹介文に、思わずのけぞりました。(ごめんなさい。)


三平は「どうも、すいません」などのギャグで一世を風靡(ふうび)した“昭和の爆笑王”故・初代林家三平の次男。
祖父は7代林家正蔵、兄は9代林家正蔵(47)と親子3代続く落語一家に育ったが、中大経済学部卒で英語が得意というインテリでもある。
89年に父と同じ落語家を志し、02年に真打ちに昇進。
09年3月、林家いっ平改め2代林家三平を襲名。
兄・正蔵の古典落語とはひと味違う、父親に似た爆笑落語に挑んできた。
08年、三平は女子大生が選ぶ「イケメン落語家グランプリ」の35~49歳の部で1位に輝くなど、人気、実力を兼ね備えた落語界のプリンスだ。

ほとんど内容については否定はしません。
ただし、最後のアンダーライン部分は・・・、ブラックジョーク?

2010年9月 1日 (水)

落語百選≪50≫

「落語百選」も、とうとう最終巻(第50巻)になりました。
Campaign__約2年間にわたって、隔週で配本されて来ましたが、とりあえず今回が最終回。
この後、プラス10巻が追加刊行されるようですが、一段落です。
そのうち、こんな専用ラックが届くようです。

なかなか全ての映像を視聴してはいませんが、名人集ではなく、百席の落語のコレクションができたのは、落語好きとしては、コストパフォーマンスよしとすべきでしょう。
実を言うと「この噺はこの噺家さんでは?」というような違和感は、度々感じましたが、逆説的に言えば、それなら個人のDVDを買えばいいわけですからね・・・。

   ◇ 居残り佐平次   柳家権太楼
   ◇ 干物箱       入船亭扇遊

噺家さんの記事

愛読している夕刊紙「F」の昨日の紙面では、落語芸術協会の2人の師匠が、それぞれ別々の場所で紹介されていました。
「昔昔亭桃太郎」師匠と「三遊亭小遊三」師匠です。
記事の内容は、ほとんど覚えていませんが、いずれも両師匠を絶賛するものでした。
読んでいて、「あぁ、そうなんだろうな」と思いました。詳細は忘れました。
以前から思うのですが、こういう世間受けするやり方は、落語協会より、落語芸術協会の方が上手いですね。
記事の中にもありましたが、この2つの協会は、よくプロ野球の2リーグに例えられることがあります。
最近のプロ野球のパシフィックリーグの実力と人気の上昇のことを考えると、この2協会の将来も見えて来る気がするのは、私一人でありましょうか・・・?
まだまだ実力・人気、いずれも差は歴然としていると思いますが、うかうかしていると・・・。
でも、こういう切磋琢磨は、全体のレベルアップに繋がるかもしれません。
どこかの国技といわれるスポーツ(興行?)の皆さんも、少しは参考にするといいかもしれません。
「ただいまの協議についてご説明いたし」てばかりいないで。

サッカー日本代表監督

迷走していたサッカー日本代表監督が決まったそうです。
"ザッケローニ"さんていうイタリア人だって。
なかなかいいんじゃないですか。サッカーの監督で「さぁ蹴ろうに」ってんですから。
今までの候補者には蹴られてばかりでしたから、「ザッ蹴ろう!」はいいですよ。
どうやら、ご本人も「ザ・苦労人(ザッケローニん)」みたいだし。
なかなか上手く行かなくて、「もう、イタリアに帰ろう(ザッけえろう)!」にならないように・・・。
あぁぁぁ・・苦しい。

サッカーにはあまり興味はありませんが。

私も雀、止まりては・・

250pxtree_sparrow_august_2007_osaka私が今年一番多く使った漢字は、今までのところ、「落語」と「暑い」ではないかと思います。
「落語」というのは十分想定できたものですが、「暑い」というのは、思いもよりませんでした。

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帰宅する道すがらも、暑さに耐えながら、必死に家まで辿り着く毎日です。駅から自宅まで約10分強。
途中、駅から約4分地点と、約7分地点に、お誂え向きにコンビニが2店あります。
汗だくになった身体に涼(だけ)を求めて、このコンビニを梯子して立ち寄り、また家路を急ぐという・・。
私も雀、「帰宅人 酷暑の帰路のコンビニ店 涼んでは発ち 涼んでは発ち ・・・?」

ところで、新たに知ったこと。
「竹に雀」は、伊達家の家紋なんだそうですよ。
ものの本で調べると、ますます「ねずみ」との関連が出て来ました。
Date竹に雀紋は「仙台笹」とも呼ばれ、伊達家を象徴する家紋である。竹に雀紋は、天文11年(1542)6月、伊達稙宗がその子五郎実元を、越後守護職上杉定実の養子とする約束をした際、上杉家から贈られたものを定紋としたものである。しかし、このことが原因となって、稙宗、晴宗父子が7年に渡って相闘う天文の乱が起きている。伊達家を二分するこの内戦のために上杉家への入嗣は実現しなかったが、既に贈られた竹に雀紋は家紋としてそのまま使用するになったのである。

ところで「OB落語会」

間近になった「OB落語会」宣伝をしておこうと思います。
仙台にお住まいの方も、そうでない方も、是非お出かけください。

        ≪第22回 OB落語会≫
  日時  平成22年9月26日(日) 
              12:30開場13:00開演
  場所  仙台メディアテーク スタジオシアター

  木戸  入場無料
  出演  井の線亭ぽんぽこ  賀千家ぴん吉
       金願亭乱志  喰亭寝蔵  桂友楽 
         
Itiban_2"高齢の"……もとい、"恒例の"OB落語会です。
番組は決定次第、お知らせいたします。
御馴染みのあの人もいれば、「お久しぶりね」のあの人も…お楽しみに!!

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