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2010年5月11日 (火)

広小路

江戸時代以後に設置された幅の広い街路のこと。
元は江戸幕府が1657年の明暦の大火をきっかけに推進した火除地の一種として上野や両国などに設置され、火災の類焼を食い止める役割を果たした。

Ryougoku 火事と喧嘩は江戸の華で、大掛かりな水消化の機械などない時代ですから、木造家屋が密集する街のこと、火除地・破壊消防というのが不可欠だったのでしょう。
また、上野広小路や両国広小路などの、広々した場所に人も多く集ったことでしょうから、文化上も重要な存在だと思います。

それにしても信じられないのは、先日散策した皇居東御苑です。
千代田の城の天守閣が聳えていた場所ですが、この天守は、明暦の大火で消失したそうです。
街からは相当に離れた場所にあるのに・・・、ここにまで火が入るというのは、いかに火勢が激しかったかということですね。


明暦の火災による被害は延焼面積・死者共に江戸時代最大で、江戸の三大火の筆頭としても挙げられる。外堀以内のほぼ全域、天守閣を含む江戸城や多数の大名屋敷、市街地の大半を焼失した。死者は諸説あるが3万から10万人と記録されている。江戸城天守はこれ以後、再建されなかった。火災としては東京大空襲、関東大震災などの戦禍・震災を除けば、日本史上最大のものである。ロンドン大火、ローマ大火と並ぶ世界三大大火の一つに数えられることもある。

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