« ライブ&パンチ | トップページ | もしかして・・ »

2010年1月18日 (月)

「替り目」の薀蓄

先日の雲助師匠の「替り目」のコメントの後、はて元々どんな噺だったのかを、ちょいと調べてみました。

「落語のあらすじ 千字寄席」によれば、概ねこんなことが書かれています。

文化9年(1812)、江戸で刊行された笑話本「福三笑」中の小噺「枇杷葉湯(びわようとう)」が原話なのだそうです。
酔った亭主が枇杷葉湯(=暑気払いに効く甘い煎じ薬)売りに無理やり燗をつけさせるくだりが、現行の落語の後半に一致し、オチも同じなのだとか。
落語としては、大阪で「銚子の代わり目」または「鬼のうどん屋」としてよく演じられたため、
夜泣きうどん屋の登場するくだりは、当然その間に付け加えられたものでしょう。
東京では大正期に二代目三升屋勝次郎が、音曲噺として新内、都々逸をまじえて演じましたが、昭和に入り、五代目古今亭志ん生が十八番にしました。
志ん生は後半(うどん屋にからむ部分)をカットし、かみさんを買い物にやった亭主の独り言を入れ、ほほえましい夫婦の機微を見せて結んでいました。
今ではこのやり方がスタンダードになり、うどん屋の部分がカットされるだけに、笑いは薄くなりますが、一種の人情噺として定着し、独特の味わいを持つにいたっています。

・・なるほど、雲助師匠の大師匠にあたる志ん生師匠も十八番にし、色々手を加えていたというわけですね。
お互いに文句を言い合いながらも、心の底では、しっかりお互いを受け容れている。
・・・人情噺ですか。

« ライブ&パンチ | トップページ | もしかして・・ »

落語・噺・ネタ」カテゴリの記事