生きてみよ、ツマラナイと・・
三代目桂三木助の娘・四代目の姉・現桂三木男の母である小林茂子さんの著者「生きてみろ、ツマラナイと思うけど」。
あまり買う気もなかったのですが、いつもの駅構内の本屋で見つけ、ちょいと立ち読みをすると、四代目桂三木助さんのことが、かなり詳しく書いてありそうな感じだったので、彼の晩年のことが知りたくて、読んでみることにしました。
四代目三木助さんとは同い年で、彼の死には驚かされたもので。
通勤の行き帰りで一気に読んでしまいました。
文章も内容もとても面白いものではありました。
しかし、それにしても我々とは異質な世界の出来事だと思います。
一番感じるのは、「桂三木助」という名前、そして「三代目桂三木助」という噺家に、身も心も捧げているというか、殉じている一家の姿を見て、とてつもない違和感を禁じえませんでした。
四代目三木助さんも、やはり一般的な世界では、もっと生きていけなかったでしょうね。
「それこそ芸人の生き方だ」とか言う部分も決して否定はしませんが、著者も含めて、自分で勝手に思い込んで、独り善がりに生きている人たちが、多く出て来ました。 「名人に二代なし」と言われます。偶然、私は今「浜野矩随」に取り組んでいますが、この噺のポイントも、まさにここにあります。
名人の家には、"悲劇"は付き物なのかもしれませんね。
著者の息子の三木男さんも、談志師匠が特別扱いしたり、小林家(三木助)の期待と因縁?を担いながら、二つ目として頑張っていますが、もっと普通の立ち位置で頑張ってもらいたい気がします。
それにつけても、金原亭馬生・古今亭志ん朝の兄弟の生き様は素晴らしかったと思いますね。
それから、噺家の名前というのは、誰のものなのでしょうか?
落語家では、「宗家」のようなものはほとんど存在しないと思いますから、「○○家」のものではなく、あくまでも個人(噺家本人)にのみ付いているものだと思うのです。
遺族が出て来るというのは、例えば著作権などの世界ではそうかもしれませんが、遺族が反対して、後輩が名前を継げないというのは・・、落語ファンにはちょっと悲しいところです。
まぁ、そんな簡単なものではないのでしょうが・・・。
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