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2009年9月 6日 (日)

映像の良さと怖さ

落語のDVD映像を視聴してみて、素晴らしさと怖さを感じます。

41841rj4epl__sl500_aa240_ 志ん生・文楽・圓生などの名人といわれる師匠方は、既に亡くなってから時間も経ち、また私自身も実物を見たことがなかったり(少なかったり)なので、良くも悪くもイメージが固定化しています。例えば、とにかく上手い・面白い・様子がいい・・なんていう。
ところが、これら昭和の名人のDVDを視聴してみると、「若いねぇ」「普通だね」「あれっ?」という部分を強く・多く感じるのです。
これは、決して名人のイメージが壊れた、幻滅したということではありません。
自分の中で極端に神秘化されたイメージを、実在の(実在した)人間として見ることができるということです。
51ouxybrt2l__sl500_aa240_ DVDの全集も、全て一時の同じ時期の映像ではなく、時間にいくらか幅がありますから、名人の師匠方も変化しているのが分かります。生きているのです。
仕草や表情などを見ると、人間臭さ(=完全・完璧でない部分)がふんだんに出ています。
私の各師匠のイメージは、音とわずか写真のみから作られていますので、恐らく晩年で固まっていたと思います。
よく、「録音(音のみ)で聴くCD・テープなどは、場面や景色を想像できるから、落語に向いている。一方映像は、高座(落語)は動きも少ないので、映像栄えせず、臨場感に乏しい。」と言われます。
しかし、自分が落語を演るので特に感じるのかもしれませんが、今まで音でしか聴かなかった噺を、同じ高座の映像とともに聴いてみると・・、新しい発見、自分の(勝手な)想像とは違う景色を見ることが出来ます。

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