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2009年8月22日 (土)

妾馬

鈴本中席の芝居の千秋楽、さん喬師匠は、羽織袴姿で高座に上がり、「妾馬」を熱演しました。
隣の席に座っていた母が、「袴を着けている」と、さすがに気がついたようです。
とりあえず小声で、「殿様(侍)が出る噺を演るのと、楽日のトリだから正装したのと両方のはず。」と答えました。

Image_01 丁寧な仕立ての噺を演るさん喬師匠らしく、「妾馬」でも、妹のおつるさんが産んだお世継ぎの赤ん坊が登場します。ほのぼのした家族や身内の愛情を表現しているのです。
この手法は、「芝浜」にも見られます。夫婦の間に子供が出来て、大晦日にあやすシーンを設定して、夫婦の愛情に色を添えています。
そういえば、「ねずみ」でも、卯之吉との微笑ましいやりとりを入れています。
母親も感心していましたが、「落語の素晴らしさっていうのは、悪人がいないこと。みんな明るく前向きに生きていることだ。」と力説しておきました。

ところで、この噺、最近は「妾馬(めかうま)」と呼ばれることが多いようです。が、個人的にはあまり好きではありません。"妾"という言葉のイメージが良くないのと、オチまで演ることが少ないので"馬"が出て来ずに分かりづらい、というのが理由です。
「八五郎出世」の方が良いと思います。現にさん喬師匠も、プログラムのネタ出しでは「妾馬」でしたが、「"八五郎出世"という、おめでたいお噺でございます。」と結びました。

そういえば、三三さんが演った「引越しの夢」も、ピンと来ない気がします。さりとて別名の「口入れ屋」というのはもっと違和感がありますし・・・。

ついでに、左龍さんの「お菊の皿」も、「皿屋敷」の別名の方が・・・。これは、どちらでも良いですが・・・。

いつものように、あるブログからストーリーをパクッてみました。
それにしても、「田中三太夫」・「赤井御門守」って、いいキャラクターですね。

Photo  裏長屋に住んでいるが評判の器量良しの”お鶴”ちゃん、歳は十八孝行娘。たまたま御駕籠で通りかかった丸の内、赤井御門守が見初めて、城に上がるように依頼。200両の持参金を貰って奉公に上げたが、持ち付けない金を持った兄の大工”八五郎”は遊びほおけて家にも寄りつかない。お鶴は殿様のお手がついて懐妊。生まれたのがお世継ぎの男の子であったので、お鶴の方からお側室(へや)様と出世した。この慶事に八五郎は殿様に招かれお屋敷に伺う事になったが、何一つ無い。髪結い、銭湯の銭も大家さんに出して貰い、その上着物一式、羽織袴から褌 (したおび)まで借りて、着せて貰った。がさつ者だから言葉使いには気を付けろ、特に言葉の頭には「御」最後には「奉る」を付け、丁寧に話をしろと注意をされる。
 赤井御門守の屋敷に着いて、重役の田中三太夫に付いて部屋に通された。言葉の行き違いで、どたまを下げろや、即答をぶてと言われ側頭をぶったり、殿様の言葉が分からずにいたり、丁寧すぎて自分の言っている事が分からず、無礼講で良いと言われた。屋敷中、符丁で話しているから分からないと、職人言葉で話し始めた。はらはらするのは三太夫さんだけ。ササは食べるかと言われ、酒の事とわかって所望すると、酒肴がどっさり出てきた。すっかりいい気持ちになって、改めて見ると殿様の隣にお鶴さんが着飾って座っていた。母親が喜んで踊っているし、初孫なのでおしめを洗ってやりたいが身分も違うのでそれもかなわない。と近況を話し、殿様にはお鶴をよろしくとお願い。お鶴には子供が出来たからと自惚れてはおけないと、心から話聞かせた。湿っぽくなったので、都々逸を一声聞かして、座を盛り上げた。
 「おもしろい奴で有る。彼を抱えて使わせ。」鶴の一声で、八五郎出世というおめでたい話です。

ついでに、この後の部分も・・・、「妾馬」の"馬"の訳が分かります。

士分に取り立てられた八五郎は、名を改めて”石垣杢蔵左衛門蟹成”(いしがき もくぞうざえもん かになり)となった。ある時、使者の役を仰せつかり馬に乗って出かけた。もとより馬術など知らないのでこわごわ乗っていたが、そのうち馬が駆けだしてしまった。止める事も知らず、ただ鞍にしがみついていたが運良く家中の者が通りかかり、止めてくれた。「これはこれは、石垣氏、早馬でいずこへ参られる」、「馬が知っておりましょう」。

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