« 転失気 | トップページ | 復旧 »

2009年8月12日 (水)

精神年齢・年相応

長寿社会になって、昔は老域・寿命に近かった50歳前後も、今では"老人"とは言われません。

昔と比べると、実年齢の7〜8掛けあたりに相当するなんていうことも聞きます。つまり、50歳の人は、35〜40歳あたりだということ。まさに壮年真っ盛りということでしょう。

200pxitc3b4_hirobumi一方明治時代に、伊藤博文が初代総理大臣になったのは弱冠44歳、三遊亭圓朝が亡くなったのは61歳だったそうですから、逆換算する(0.8で割る)と、それぞれ55歳・76歳になります。

それでも伊藤博文は若い。圓朝はまあ相応ということになるのでしょうか。

ところで、肉体が若返るというのは素晴らしいことですが、同じかそれ以上に、精神的な部分も、かなり掛け目がかかっているようです。いつまでたっても子供、いい年をして大人になりきれない輩を多く見ます。マスコミも良くないですが。

例えば、50歳ぐらいの息子が罪を犯してしまった時に、年老いた親が引っ張り出されて「世間にご迷惑をかけて申し訳ない」とか「そんな子じゃなかった」とか・・。もう、親など出さなくてもいいでしょう。まさにいい大人、もう自己責任ですよ。

Imagesそういえば、先日、「ドリフト族」という、高速道路でドリフト走行(暴走)行為を繰り返して捕まったリーダーが、確か40歳でした。捕まっても悪びれることなく「これからも続ける」と言っていたそうです。

「お前幾つになるの?」「40歳にもなって、まだドリフトなんかやってるの?」「ほかにやることないの?」・・・ですよ。スポーツとして、サーキットで極めるならともかく、一般の人に多大な迷惑をかけて・・・。40歳にもなって、幼稚というか・・・。

「おまえ、馬鹿じゃねぇの」って言ってしまいそう。

昔なら、40歳は不惑の年。百歩譲って「あぁ、俺は馬鹿なことをやっていたものだ」と反省するべき年頃です。こういう輩には、掛け目も意味がないかもしれません。

« 転失気 | トップページ | 復旧 »

巷談」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 転失気 | トップページ | 復旧 »