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2009年8月 9日 (日)

谷中散歩

200908091400000恒例の落語協会「圓朝まつり」で谷中に来ました。

奉納落語会まで時間があるので、全生庵を出て、友人を案内して谷中墓地を散策しました。

200908091401000桜並木の通りは、蒸し暑い外界に比べると随分涼しく、天王寺の五重塔跡や天王寺の境内、そして徳川慶喜の墓所などを散策しました。

その昔、この一帯は、東叡山寛永寺の広大な一部だったのでしょう。

”谷中奇聞・猫怪談”という落語があります。与太郎が出て来る人情噺仕立ての演目で、学生時代に、入船亭扇橋師匠のテープを聴いてチャレンジしたことがありました。

谷中の瑞輪寺(瑞林寺)に、遺体を運ぶ途中に起こった、遺体がなくなってしまうという、少し気味の悪い噺です。

扇橋師匠の「お父っつぁん、何故死んじまったんだよぅ。俺は寂しいじゃあないか・・・。」という台詞が演(言)ってみたくて、チャレンジしました。

Zuirinji_hondo 深川蛤町の裏長屋に住む与太郎の育ての親の親父が死んでしまいます。線香も買えず、葬式の準備が未だ出来ていないが、早桶だけは準備出来ていました。大家さんの所の菜漬けの樽で、人の樽を勝手に使うなと言うと、「ヒト樽だからいい」などと言います。

大家さんが一通りの手配をして、お寺の場所を確認すると、谷中の瑞林寺(ずいりんじ)だという。お金がないから早々に通夜も済ませ、与太郎が後棒、月番のラオ屋の甚兵衛さんが前棒、大家さんが提灯持ちという出で立ちで、四つ、今の時間で夜10時に担ぎ出しました。

200706171357000 上野、いとう松坂に差しかかったのが、もう12時、当時の九つ。そこを右に曲がって、三枚橋、池之端にかかり、七軒町を通って谷中に抜けるのが近道です。旧暦の11月、寒く霜柱を踏みしめながら、池之端を抜けるころ、ものすごく恐がりの甚兵衛さんは、時間が時間なので恐くてしょうがない。与太郎に脅かされながら担いでいましたが、肩に食い込む痛さに肩を変えてくれと頼んだ。与太郎さん、加減を見て持ち上げれば良かったのを、思いっきり放り上げるように持ち上げたので、縄がヤワになっていたのか、底が抜けて仏様が飛び出してしまいました。その上、桶が壊れてしまったので、直そうとしたが、タガまで切れてバラバラになってしまいます。近くの仲町ではダメなので、公徳寺前まで早桶を買いに行く事になります。

一人残された与太郎さん、仏様を寝かせその隣にぼんやりと座っています。前は不忍池、その後ろは上野の森、夜の水は不気味なものですが、その奥に黒くたたずむ弁天堂が見えようと言う場所です。そこに風が吹いて、枯れアシがガサガサと音を立てる、その風が上野の森に渡っていき、ゴ~~っと唸っているが、馬鹿の与太郎でもいい心持ちはしません。 死んだ親父に語りかける与太郎さんですが、5,6間先に何か黒い物が横切りました。そのとたん、仏様が動き始め正座をして与太郎に向かって「イヒヒ」と声を発した。ビックリして、殴ってしまったら、仏様は横になってしまいました。何か言い足りない事があったら聞くから、もう一度起きあがってくれと頼みます。
200706171349001_2 今度は立ち上がって、ピョンピョンと跳びはねたので、「お父っつぁんは上手」と手囃子して騒いでいた。その時、強い風が吹いてきて、風に乗って行ってしまった。

大家さんと甚兵衛さんはその声に気づいて与太郎さんの元に帰って来ます。事の顛末を聞いてあきれる大家さんですが、甚兵衛さんはふるえが止まらず「抜けてしまいました」の言葉だけ。「何が、抜けてしまったのだ。今、買ってきたばっかりじゃないか」と大家さん。甚兵衛さん「今度は私の腰が、抜けてしまいました」。

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