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2009年1月18日 (日)

30年来の謎氷解?

創部20周年記念の時の「三遊亭圓生独演会」のことで、以前から何となく釈然としないことがあったのですが、神保町にプレオープンした「らくご・カフェ」に置いてある、金原亭伯楽著の「落語協団騒動記」を読んでいて、何となく氷解して来ました。
というのは、圓生師匠が、何故破格のギャラで来てくれたのかという点です。
20周年記念の独演会の企画を、当時窓口になってくれていた三遊亭圓丈に打診したところ、「(我々が提示したギャラでは)とても師匠に切り出せない。」というのが回答だったと記憶しているのです。
それを受けて、当時の顧問だった石田教授に一肌脱いでもらおうということになり、その一声が奏功し、当初のオファーどおりの、破格の?ギャラで了承してもらった、というのが定説でした。
「そんなものなのかなぁ」「さすが石田先生だな」という思いつつも、何か釈然しない感じをずっと抱き続けていました。

昭和53年の5月というのは、まさに例の落語協会分裂騒動が起こった時なのですが、圓丈さんが直接圓生師匠から、落語協会脱退決意の話を聞くのが、東北大落研に招かれた落語会の後の宿泊ホテルだったことは、圓丈さんの「ご乱心」でも2ページに渡って述べられていますので、周知の事実となっています。
当然、伯楽のフィクション仕立ての「落語・・騒動記」でもストーリーは同様なのですが、本著では、「三遊亭圓生独演会」ではなく、「三遊亭圓丈真打昇進披露落語会」というトーンになっているのです。
(本著はフィクション仕立てになっていますので、人物名は架空の名前になっています。確か圓生師匠は金生ということになっています。)

何が言いたいかと言うと、圓丈さんは圓生師匠には、「今まで世話になっている東北大落研が、自分の真打昇進祝いをやってくれることになっていて、落研から是非口上もやってくれと強力に頼まれている。自分の昇進祝いの会なので、ギャラは師匠の独演会のようにはいかないが、何とかお願いしたい。」というトーンで打診したのではないか・・・・。
愛弟子の昇進祝いをやってくれるのだから、師匠としては、とりあえずギャラはさておき、ということで、破格の条件で首を縦に振ってくれたのでしょう。

我々は「三遊亭圓生独演会」(三遊亭圓丈昇進披露口上付き)という認識。一方圓丈さんから圓生師匠への説明は、「三遊亭圓丈真打昇進披露落語会」(助演・口上/三遊亭圓生)だった。
・・・恐らく、これが真相ではないかと思います。
尤も、どちらが真実でも、既に大成功のうちに終えられたのですから、全員がハッピーだったのですから、大したことではないのですが。
私の中では、30年来の疑問・謎が解けました。

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